橋梁

2026年9月 5日 (土)

センダンの木橋(1914)

スタイリッシュでかっこよいと通るたびに思う。張り出しが深い笠と上にいくほど細くなる親柱のバランスが気持ちよい。水晶玉のごとき球の大きさもちょうどよい。和風に見えるが細部は洋風にも見える。誰のデザインだろう。

江戸時代初期に最初に架橋された。橋名は栴檀(せんだん)の木があったことにちなむ。明治18年洪水で流され大正3年に復旧、昭和10年、昭和60年に架け替えられたという。

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2026.08.15、大阪市中央区

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2026年6月22日 (月)

神子畑(みこはた)鋳鉄橋(1885)

思っていたより小さかった。黒錆びに覆われているのか全体的に黒い。鉄の表面は石のように見える。 アーチが極端に薄いので優雅だ。全体が三分割されており、ボルトで組み立てられていた。橋脚は石垣に埋め込まれている。この上を鉄道馬車がいくようすが目に浮かぶ。

前から見たいと思っていた。鋳鉄橋はここともう1ヵ所しか残っていないそうだ。フランスからの輸入品だとばかり思っていたが、フランス人技師の指導のもと日本人が設計施工したと朝来市公式HPにある。ウイッキは横須賀製鉄所製だという。どうりで欄干親柱が和風なわけだ。しかし、橋の裏にフランスの製鉄会社の刻印があるらしい。どういうことだろう。

雨だったので下へ降りられなかった。下から見たようすも美しいらしい。いずれ下からも眺めたい。

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2026.06.20、兵庫県朝来市

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2026年4月 4日 (土)

榎橋(1925)

「京都市管理橋りょう一覧」によればPC橋とある。この場合のPCとはプレストレスト・コンクリートの略だろう。プレは「前もって」で、ストレストは「圧力を加えた」だ。普通はコンクリートに仕込んだワイヤーを引っ張って圧力をかけるが、アーチの場合はどうやるのだろう。それともPCはプレキャスト・コンクリートの略で工場生産品ということだろうか。

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2026.03.28、京都市下京区

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2026年4月 3日 (金)

六軒橋(1926)

鉄橋である。わたしが学生のころ堀川高校前に同型があった。かっこよいと思っていたが写真を撮る間もなく堀川埋め立てで無くなってしまった。30年ぶりの再会である。とてもうれしい。鉄骨のアーチ橋で中路式なのが珍しくてとてもおもしろい。

「京都市橋りょう長寿命化修繕計画、別冊資料、京都市管理橋りょう一覧(令和6年12月時点)」によれば1926年架橋。
https://www.city.kyoto.lg.jp/kensetu/cmsfiles/contents/0000296/296183/R612bessatu04.pdf

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2026.03.28、京都市下京区

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2026年3月19日 (木)

京阪電鉄乗越橋(1932)

橋脚が斜めに入っている。なんじゃこりゃ、ということで歩き回って眺めまわす。これは斜めに通る水路か道路のための立体交差だな、と思って銘板を見ると京阪電鉄乗越橋とあった。「乗り越え」るのだから下を通るのは京阪電鉄だったわけだ。どゆこと? 

ウイッキによれば京阪とは新京阪(今の阪急)のことで、上新庄駅から桜ノ宮駅へつないで梅田まで通す予定だったそうな。桜ノ宮駅や天満駅の南側空き地は駅予定地だったとある。ここまで準備ができていたのに完成しなくてさぞかし残念だったろうな。残念橋だなこれは。

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2026.03.13、大阪市都島区

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2026年3月18日 (水)

水道上陸橋の変遷を推定した

ウイッキの桜ノ宮駅の項目を見ながら推理してみた。推理といいながら、はっきり言って当てずっぽうである。さて、レンガ橋脚は2か所に分かれており鉄橋高さは5段階ある。とくにアーチ橋に隣接する部分は3段階もある。なぜこうなったのか、おもしろ過ぎる。

3段階の最初のかさ上げは1915年の城東線複線化の時だと思うが、それならなぜ上りと下りで高さが微妙に違うか。すでに推理は破綻しているのかもしれない。

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2026年3月17日 (火)

桜ノ宮駅あたりの斜めアーチ橋

なかなか見事な斜めっぷりである。斜めだと半円アーチの入り口が放物線になるのでダイナミックに見えるのだ。神戸の王子拱橋(昭和11年)に匹敵する。

銘板に大正3年とあるが本当だろうか? 橋名は「水道上陸橋」とある。大正3年は柴島浄水場が整備された年だ。この道の下に水道幹線が通っているのではないか。このあたりの高架部分は昭和7年にやりかえているようだから、アーチ橋そのものはそのころのものだろう。

南側に大阪鉄道や関西鉄道時代の遺構が残っているのも興味深い。どの部分がいつの時代のものなのかは次回に。

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2026.03.13、大阪市都島区

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2026年3月15日 (日)

安藤忠雄の桜宮橋から武田五一を見る

車線増設に伴って架けられた安藤忠雄設計の新しい橋は、武田の桜宮橋がよく見えるように工夫されている。道路を吊る鉄骨をワイヤーにして透明度を高めた。おかげでトップヒンジもよく見えるようになったわけだ。安藤先生、ありがとう!

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2026.03.13、大阪市都島区-北区

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2026年3月14日 (土)

桜宮橋のトップヒンジはこれだ

地盤沈下に備えてアーチ頂部にヒンジ(蝶つがい)を入れた。左右両岸の沈下量の違いによって橋が斜めになれば橋の長さが伸びる。固定アーチだと横に引き伸ばされて壊れてしまう。その点、このようにヒンジを入れておけばアーチが扁平に変化して壊れない。なんと頭のよい構造か。

武田五一らの都市橋梁設計チームは構造むきだしの美を追求して各所を丸く仕上げた。おかげで柔らかくしなやかな橋梁美が実現し、いまも区民に愛されている。さすが武田である。

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2026.03.13、大阪市都島区-北区

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2026年2月 7日 (土)

JR大阪駅東の跨道橋

小さなアーチが連続する橋脚が道路中央に壁のように立っている。道路幅をとるために橋脚を極限まで薄くするとこうなるのだろう。アーチのむこうを車が通るとパラパラマンガのようでおもしろい。

以前はオレンジ色のナトリウム灯だったのでもっと不思議な感じがした。いまは白色LED灯に変わって不思議感は薄れたがアーチはよく見えるようになった。

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2026.02.04、大阪市北区

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