庭園巡礼
2026年5月24日 (日)
2026年5月22日 (金)
天空の庭園・兼六園(2)ことじ灯籠
ことじ灯籠の横にトラ石がある。半分が木に飲み込まれながらも咆哮している。トラは金気を示す。金気は水気を生むので、水源地を盛り立てるのがトラ石の役目なのだろう。
全体像がまだよくわからないのだが、水源地から3筋の水路に分かれているらしい。一つ目の水路を渡る石の橋が六角形だった。こんな分かりやすいことってあるだろうか。水源地は「水」の象徴であふれている。
そう考えてくると兼六園の「六」も水気を示すのではないかとも思えてくる。兼六の意味については古典籍に基づいたもっともらしい説明があるが、「兼六園」を揮毫した松平定信が兼六ってなに? と尋ねたくらいだから当て字なのだろう。では兼はなにか。
これは易経の地山謙だろう、というのが今のところの推理である。この庭園は天空にあるのだから天沢履(てんたくり)の易を実現している。易によれば、天の下に沢(庭園)のある構成は「履(り)」という結果をもたらすのだ。「履」はトラの尾を踏んでも大丈夫というオールマイティなかたちである。トラ石もここからの連想で据えられたのかもしれない。
一方、庭園を一枚の地平(世界)と見れば山の上に地があるので地山謙のかたちとなる。地山謙は天沢履と同じくらいよく使われる縁起のよいかたちで、易経では「すべては順調、君子は有終の美をかざる」と解説する。兼六園という名前は地山謙のかたちを通して金沢の地の悠久の平和を願う予祝なのではないか。
2026年5月20日 (水)
2026年4月 2日 (木)
竹林寺まわりの巨木たち
植物園でもっとも大きい木がこれだ。栴檀(せんだん)の木だと思う。この木だけ独立して立っているので、これは竹林寺東参道の目印なのではないか。遍路路は、こうした一里塚のような巨木を植えて道しるべとするのだろう。
2026.03.24、高知市
2026年4月 1日 (水)
2026年3月31日 (火)
竹林寺庭園(1318)
夢窓国師は北条氏の招きから逃れるために土佐に渡ったとウイッキにある。夢窓国師の作庭としては1314年の永保寺に次ぐ古さだ。竹林寺庭園は客殿の西側と北側、書院の北側の3つに分かれており、客殿まわりだけ拝観できる。
西側はメモにあるとおり池をめぐる作庭で分かりやすい。山中の巨岩から池までの斜面に石を並べて地脈を表している。池には亀石と鶴石があるので、池の向こう側の斜面を蓬莱山と見立てているのだろう。
北側の庭園には池がなく、大岩がふたつ並んでいるだけだった。竹林寺は文殊菩薩をご本尊とする。文殊が二黒の坤だとすれば、ふたつの岩をもって文殊を示すのかもしれない。書院北の庭園を見ていないのでなんとも言えないが、地脈を通じて文殊が現われるという公案なのだろうか。
そういえば永保寺も大岩に地蔵が現われるという作庭だった。夢窓国師の作庭は岩がキーなのかもしれない。
2026.03.24、高知市
2026年3月30日 (月)
2025年6月15日 (日)
2025年5月19日 (月)
北前船拠点の三国湊(13)瀧谷寺の石庭2
観音堂は本堂の東側にあり渡り廊でつながっている。観音堂も室町時代の建築で本堂と相前後して建てられたらしい。つまりこの寺は開創からほどなく薬師ー観音のセットを祀ったわけだ。金気である薬師は西側に、木気である観音は東にあって陰陽が調っている。
ふたつめの庭園は観音堂の目前にある。なかなか豪壮な石庭なので、およそ戦国武将の作庭かと思っていたが、昭和時代の中根金作の作品だそうだ。彼の庭は妙心寺退蔵院で見たことがある。とてもモダンな作庭で彼の名はこころに残っていた。
直径2メートルほどの大石をタテ一列に並べている。石のあいだは鮮やかなコケが敷かれ、背景には土塀と大きな杉の木がある。転がされた大石のようすが自然で、よい具合に配置されていて美しい。それにしてもこれはいったいなんだろう。
大石は9個あり、加えて直径1メートルほどの石が付け加えられている(左から5番目)。これは9+1=10を示すのだろう。9は金気を示す数字で、それはここが薬師の降り立つ金気の霊場であることを示す。ただし観音は木気なので金気に負けてしまう。そこで小ぶりな石をひとつ加えて10としたのだ。
一方、杉の大木は3本だ。3は木気の数字で観音と呼応する。しかも10の示す土用が働いて木気がいやがうえにも高まるのだ。ここには風水による数字のマジックがかけられている。
近代庭園は重森三玲が知られるが、重森は風水にこだわっているように見えない。近代の作庭家はみな風水には冷淡なのかと思っていたが、そうでもないらしい。おかげで瀧谷寺では金気の霊地でありながら、観音堂とも共生している。
観音は船乗りの信仰が篤いから、それに応えた作庭なのかもしれない。そう思うと三国湊へ入港する大型廻船の列のようにも見える。
2025年5月18日 (日)
北前船拠点の三国湊(13)瀧谷寺の石庭
「たきだんじ」と読む。谷を「だん」「たん」と読むのは沖縄に多いが北陸にもあるそうだ。真言密教の寺院である。
もとは三国湊のすぐ北にある東尋坊のかたわらにあったようだ。瀧のある谷はそちら側にあるのかもしれない。寺は開創からほどなく現在の三国湊を見下ろす丘に移転した。室町時代初期の開創で代々越前国主の崇敬を得た。つまり三国湊はそのころに整備されたと考えてよかろう。
瀧谷寺にはふたつの庭園があった。ひとつは本堂裏の巨石を中心とした庭だ。本堂裏に書院があり、そこから眺めることができる。 巨岩からはいまも水が湧き出していた。この岩が本尊・薬師如来の垂迹した磐座(いわくら)なのだろう。風水でいえば薬師は金気であり水を生む、つまり庭園のかたちそのものが本尊を表している。
江戸時代中期の本堂、書院と同時の作庭と考えられているようだ。それまでは自然な泉のままだったのだろうか。それもまたよいかもしれない。静かですがすがしいお庭である。
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