庭園巡礼
2025年6月15日 (日)
2025年5月19日 (月)
北前船拠点の三国湊(13)瀧谷寺の石庭2
観音堂は本堂の東側にあり渡り廊でつながっている。観音堂も室町時代の建築で本堂と相前後して建てられたらしい。つまりこの寺は開創からほどなく薬師ー観音のセットを祀ったわけだ。金気である薬師は西側に、木気である観音は東にあって陰陽が調っている。
ふたつめの庭園は観音堂の目前にある。なかなか豪壮な石庭なので、およそ戦国武将の作庭かと思っていたが、昭和時代の中根金作の作品だそうだ。彼の庭は妙心寺退蔵院で見たことがある。とてもモダンな作庭で彼の名はこころに残っていた。
直径2メートルほどの大石をタテ一列に並べている。石のあいだは鮮やかなコケが敷かれ、背景には土塀と大きな杉の木がある。転がされた大石のようすが自然で、よい具合に配置されていて美しい。それにしてもこれはいったいなんだろう。
大石は9個あり、加えて直径1メートルほどの石が付け加えられている(左から5番目)。これは9+1=10を示すのだろう。9は金気を示す数字で、それはここが薬師の降り立つ金気の霊場であることを示す。ただし観音は木気なので金気に負けてしまう。そこで小ぶりな石をひとつ加えて10としたのだ。
一方、杉の大木は3本だ。3は木気の数字で観音と呼応する。しかも10の示す土用が働いて木気がいやがうえにも高まるのだ。ここには風水による数字のマジックがかけられている。
近代庭園は重森三玲が知られるが、重森は風水にこだわっているように見えない。近代の作庭家はみな風水には冷淡なのかと思っていたが、そうでもないらしい。おかげで瀧谷寺では金気の霊地でありながら、観音堂とも共生している。
観音は船乗りの信仰が篤いから、それに応えた作庭なのかもしれない。そう思うと三国湊へ入港する大型廻船の列のようにも見える。
2025年5月18日 (日)
北前船拠点の三国湊(13)瀧谷寺の石庭
「たきだんじ」と読む。谷を「だん」「たん」と読むのは沖縄に多いが北陸にもあるそうだ。真言密教の寺院である。
もとは三国湊のすぐ北にある東尋坊のかたわらにあったようだ。瀧のある谷はそちら側にあるのかもしれない。寺は開創からほどなく現在の三国湊を見下ろす丘に移転した。室町時代初期の開創で代々越前国主の崇敬を得た。つまり三国湊はそのころに整備されたと考えてよかろう。
瀧谷寺にはふたつの庭園があった。ひとつは本堂裏の巨石を中心とした庭だ。本堂裏に書院があり、そこから眺めることができる。 巨岩からはいまも水が湧き出していた。この岩が本尊・薬師如来の垂迹した磐座(いわくら)なのだろう。風水でいえば薬師は金気であり水を生む、つまり庭園のかたちそのものが本尊を表している。
江戸時代中期の本堂、書院と同時の作庭と考えられているようだ。それまでは自然な泉のままだったのだろうか。それもまたよいかもしれない。静かですがすがしいお庭である。
2023年9月 5日 (火)
雷雨の修学院離宮を参観した(5)
西側に大きな土手を築いて水を溜めている。金閣寺庭園と同じ手法だ。ただし浴龍池のまわりに石組みがほとんどなかった。石組みを使って神仙郷を再現するのが当時の造園方法だったはずだ。それがないので読みにくい。
もっとも似ているのは平等院庭園だ。平等院と同じように修学院離宮の池の縁は石組みを用いず州浜として仕上げている。ここも平等院と同じ浄土式庭園なのかもしれない。
本来、土手の上に大きな樹木を植えなかっただろう。そうすれば空と空を映す水面とが一続きになる。それがもっともよく見えるのは島の上に設けられた「御腰掛」ではなかったか。夕焼け空が水面に映り、世界は上下とも深紅に染まる。修学院離宮庭園は夕陽に阿弥陀如来の来迎を見る日想観の庭なのかもしれない。これが今のところの結論である。

2023.08.24、京都市、修学院離宮庭園
2023年9月 4日 (月)
2023年9月 3日 (日)
雷雨の修学院離宮を参観した(3)
窮邃亭(きゅうすいてい)は島の頂上にある。小高いので全体が見渡せる。窮邃亭は四方が開け放しにできる開放的な作りだった。ここは茶室ではなく茶屋(休憩所)だ。この風通しのよい茶屋でお弁当を広げるのだろう。修学院離宮庭園は大勢を招いて催す大茶会の会場というよりも、わずかな親しいものたちだけでピクニックを楽しむような私的な庭園に見える。
後水尾天皇のお書きになった扁額が残っていた。八角形をふたつ並べて、その交わったところに結び目を描いている。これは陰陽図だろう。八角形をふたつ並べてできた12ヶ所の角に十二支を引きあてる。陽気側である左側に6つ、陰気側である右側に6つだ。そう考えれば、ふたつの八角形に配置された窮邃の文字はそれぞれ陽気と陰気を示すはずだ。
窮はきまわる、邃は奥深いという意味だ。窮は空高く極まった天を指し、邃は大地の奥深まった地を示すのだと思う。もちろん天は最大の陽気であり、地は最大の陰気である。陽気側に陰気である邃を、陰気側に陽気である窮を置く。窮は陽気側へ、邃は陰気側へ戻ろうとするので陰陽は真ん中で入り混じる。陰陽和合の呪術であろう。


2023.08.24、京都市、修学院離宮庭園
2023年8月27日 (日)
雷雨の修学院離宮を参観した(2)
隣雲亭の開け放した軒先が見たかった。雷雨のなかにいると名前のとおり雲の隣りのように感じる。軒桁はまっすぐな丸太で柱も丸太だった。古びた丸太であるゆえに、肩肘張らない自然で優しい回廊となっていた。
雨に煙る浴龍池が見下ろせた。まさに龍が水浴びをしているように見える。隣雲亭から池までの斜面に大きな樹木はなく大刈込としているので景色がよく見える。この庭園は今まで見た庭園とはまったく似ていない。見通しを大事にする英国風景式庭園が近いと思う。
一二三(ひふみ)石のオリジナルも見た。赤と黒なのがおもしろい。赤は鞍馬石だという。これはチャートだろう。赤と黒は五行説でいうところの陽気と陰気を示す。

2023.08.24、京都市、修学院離宮、隣雲亭
2023年8月26日 (土)
2023年5月 2日 (火)
永保寺庭園は月の庭だった(8)
さて、永保寺を訪ねたのは、京都の西芳寺(苔寺)庭園の元形を観たかったからだ。西芳寺庭園は水害を受けたようで元の姿が想像できない。文献上には観音堂があり、そこへ渡る橋がかかっていたとあるそうだ。永保寺庭園とそっくりである。
無窓を西芳寺に招いた藤原親秀は松尾大社宮司の家柄だった。西芳寺と松尾大社の中間に月読神社がある。月読神社は松尾大社の摂社である。やはり松尾にも月待をこととする巫女集団があったのだろう。西芳寺庭園も永保寺庭園と同じ月の庭だったのではないか。
足利義政は西芳寺庭園に感動した。そして母親に見せるためにそっくり同じ庭を高倉御所に作った。一草一木もゆるがせにせず、まったく同じにしたというから尋常でない。その庭の観音堂を移築したのが銀閣だとする説がある。銀閣寺庭園はご承知のように月の庭として知られている。移築が事実であれば、銀閣寺庭園が月の庭であるのは西芳寺庭園譲りだったわけだ。
2023年4月30日 (日)
永保寺庭園は月の庭だった(7)
ランマが水なら扉の飾り格子は月かもしれない。観音堂の別名・水月場にちなんだのだろう。飾り格子は真円なので、それが月なら満月だ。満月の月光が水に反射して観音堂の天井を照らす。だから観音堂の天井は板張りなのだろう。
これは臥竜山荘(愛媛県)の不老庵と同じ月光反射装置なのではないか。不老庵は肱川に迫り出した崖造りの茶室だ。仲秋の名月のころ町の人は河原に集まって「いもたき」をするという。サトイモを大鍋で煮るようだ。丸くて白いサトイモは金気の象徴なのだろう。それを食すことで金気を克し木気を援ける呪術と思われる。
肱川は渓谷なので月のでは遅い。いもたきしているとようやく山端から満月が昇り渓谷は月光に包まれる。不老庵は肱川に反射した月光で天井を照らす工夫がされている。天井はかまぼこ型となってる。これは凹型反射板の形だ。天井を照らした月光をは床の間へ集める仕組みである。おそらく月見の夜の床の間には木気を象徴するようなものが依り代として置かれたことであろう。
水面に反射した光は水気を帯びると考えられたのではないか。水気を帯びた光で木気を照らすことで木気を盛んにするという意味だろう。木気を盛んにして不老を得るというのが不老庵の意味だと考えられる。それと同じことが永保寺観音堂でも行われていたと推測できる。
元来、長瀬山には月待信仰をこととする巫女集団があったのだろう。梵音巌は彼女らが祀る子安神の磐座だったのだ。夢窓はその信仰をベースとして永保寺庭園を作庭した。作庭を通して子安信仰を禅宗風にとらえ直したわけだ。ここでは夢窓によって聖地の上書きが行われたのであろう。
2023.04.28、岐阜県多治見市、永保寺庭園「観音堂(水月場)」
より以前の記事一覧
- 永保寺庭園は月の庭だった(6) 2023.04.29
- 永保寺庭園は月の庭だった(5) 2023.04.28
- 永保寺庭園は月の庭だった(4) 2023.04.27
- 永保寺庭園は月の庭だった(3) 2023.04.26
- 永保寺庭園は月の庭だった(2) 2023.04.25
- 永保寺庭園は月の庭だった 2023.04.24
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