戦後たてもの編

2022年11月11日 (金)

村岡区中央公民館

正面が講堂で右側に図書館があり幅広の回廊で結んでいる。雪深いのだろう。講堂は庇が出ていて壁面を由紀から守っている。白タイル貼りの清楚なデザインが好ましい。詳細不詳。

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2022.10.15、兵庫県香美町村岡

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2022年11月 9日 (水)

新阪急ホテル(1964)

最初からこの姿だと思っていたが違っていた。当初の外装はグレーのアルミパネルだったらしい。「大阪建築ガイドブック」(1982第3版)には黒っぽいビルの写真が載っている。今は銀色の金属パネルで包まれてきれいだ。四角い窓が並ぶデザインとよく合っている。同書によれば竹中工務店の設計施工。ウイッキによれば2025年に営業を終える予定。

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2022.10.30、大阪市北区

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2022年10月31日 (月)

イヨビルディング(1965)

地下鉄本町駅を上がったところにある。ステンレス製の出窓がかっこよい。出窓の角が丸いので滑らかな美しさがある。船場倶楽部のHP(https://sembaclub.com/)によれば設計施工は清水建設、1965年竣工。

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2022.10.30、大阪市中央区本町

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2022年10月27日 (木)

戦災復興建築の四天王寺の美しさ

これほどきれいだとは思わなかった。五重塔は1934年の室戸台風で倒れ1940年に再建するも1945年の大阪大空襲で焼失した。今度こそ風害にも火災にも負けないものを建てたいと鉄骨鉄筋コンクリート造りで再建された。

伝統的な木造としなかったことを未だに非難する向きもある。わたしは当時の人たちが二度と都市型火災のなか寺宝を抱えて逃げ惑うようなことをしたくないという気持ちを理解するし、その結果鉄骨鉄筋コンクリート造となったことにも歴史的な必然があると思う。

そうは思っても、鉄骨鉄筋コンクリート造りは伝統的な木造よりは一段劣るという偏見にとらわれていた。今回改めて見直してみて、鉄骨鉄筋コンクリート造りには伝統的な木造とは違う美しさがあることに気がついた。鉄骨鉄筋コンクリート造で伝統的な形を復元しようとするひたむきな努力の成果がここにある。

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2022.10.23、大阪市、四天王寺

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2022年10月21日 (金)

名古屋のモダニズム・中電ビル(1963)

中電ビルの換気塔。角が丸いところやラッパ型の庇がかっこよすぎる。地下駐車場用の換気塔なのだろう。庇下が黒いのは車の排気ガスのためと思う。不動産情報によれば日建設計工務の設計、1963年竣工。

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2019.03.19、名古屋市、中電ビル

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2022年10月 9日 (日)

汐見橋駅の鉄骨アーチがすばらしい

大きな鉄骨アーチがクロスしている。ダイナミックで気持ちのよい場所を作りだしている。鉄骨自体はボードで覆われて見えない。

裏から見ると屋根はホーム側(南側)への片流れだった。北側の正面と東西側面には壁が立ち上がっていて屋根を見せないようにしている。ホール内から見上げると天井は東西へ階段状に下がっている。屋根も同様に東西側面へ流れる切妻屋根とするのが自然だ。

聞くところによれば、いずれ路線は北へ延長する計画があったとか。ならばこの鉄骨は阪急三宮駅のような長いカマボコ屋根に化ける予定だったのだろう。ならば東西に流れる切妻屋根がふさわしい。将来を見据えたデザインとなっているわけだ。

ホール内には元の出札窓口が残っていた。天井板の継ぎ目には数珠玉のような飾り棒が使われているのもおもしろい。こうしたディテールは今後も大切にしてほしい。ホール内にトイレなどが増築されて少し狭くなっているが、これはもちろん無いほうがよろしい。元の姿に戻せば大阪を代表する駅舎のひとつとなるだろう。

ホール内の説明書きによれば1956年竣工。

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2022.10.01、大阪市、汐見橋駅

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2022年9月25日 (日)

中日新聞社北館のモダニズム

名古屋城の三ノ丸地区にある良質なモダンビル。跳ねだしの玄関ポーチや大ぶりな手すり壁、側壁のタイル貼りなどバランスがよくて見ていて飽きない。中も入ってみたい。

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2018.02.19、名古屋市

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2022年9月15日 (木)

京都国博旧資料棟

京大の増田友也かと思うがよく分からない。旧東山区役所の西となりにあり東山通から見える。西側は崖になっていて全体で3階建てになっている。下2階分は増築予定だったようで、床が小庇のように突き出ている。完成すればけっこう大きな建物となったろう。東山通り側は深い庇のまわった落ち着いたデザインだ。詳細不詳。

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2017.12.13、京都市東山区

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2022年9月14日 (水)

京都国博北収蔵庫(1956森田慶一)

森田設計の平常展示館(1965)は建て替えられたが、北収蔵庫は残っている。竣工当時は「北倉」と呼んだらしい。庇下のギザギザやレンガ壁の訳あり顔の半円型の換気口など見た瞬間に森田と分かる。わたしはいまもって森田がなにをしたかったのか説明できないが、見たとたんに分かるということはそれなりに理解しているのかもしれない。

タテヨコの柱や梁を表に出して庇を出すのは平常展示館と同じだ。庇下のギザギザは屋根が本体から浮いているという表現なのだろう。そうすることで軽やかさを強調している。レンガ壁は旧館の赤レンガに合わせたのだろう。半円型換気口も旧館のアーチ窓やドーマー窓のイメージなのかもしれない。そう考えてくるとタテヨコの柱や梁を強調するのも旧館の新古典主義様式に準じていると言えなくもない。新古典主義の現代的解釈とでもいうような理解でよいのだろうか。

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2017.12.13、京都市東山区

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2022年9月 9日 (金)

サン北浜ビル(1982)

 立面をタテにふたつに割って変化をつけている。角のガラスの映り込みがおもしろい。右側にバルコニーを設けて影を落としタテ方向へのリズムを作り出しているところがうまい。バルコニーの手すりが村野風の金属パネルなのも目を引く。中央の大窓の四角い囲みも60年代デザインを思わせてとてもよい。なかなかこうは設計できない。手練れによる作品である。不動産情報によれば1982年竣工。玄関の定礎は1981年。設計施工不詳。

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2022.09.03、大阪市中央区北浜

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