戦後ビル編

2022年5月15日 (日)

堀口捨巳の常滑陶芸研究所を見た(7)

ほかにもいくつかおもしろい工夫があったのでご紹介してこのメモを終わる。

ひとつめはドアノブまわりにプラスチック板を取り付けていること。おそらく陶土のついた手で触るところなので拭き掃除がしやすいようにしているのだろう。色付きのプラ板を使って楽しく仕上げている。

ふたつめはドア上に照明を仕込んでいること。これは常夜灯のように使うのかもしれない。ここだけ電気が点いていれば廊下も部屋もほの明るいだろう。

今回は突然訪問したにもかかわらず快く迎え入れてくださったのでありがたかった。堀口捨巳を初めてみたが勉強になった。この時代特有の若々しい工夫や挑戦の数々を見ることができて勇気が湧いた。ありがとうございました
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2022.04.23、常滑陶芸研究所

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2022年5月14日 (土)

堀口捨巳の常滑陶芸研究所を見た(6)

当時の家具も相当残っていた。おもしろいのは丸テーブルで、これはロクロに載せる台でカメ板というそうだ。常滑の町でもたくさん見た。応接室のものが竣工当時のものだろう。

2枚目は脚がアルミなので後で作ったものに見えるが、カメ板らしさがよく出ている。竣工当時の家具は脚を真ちゅうパイプで作っていて軽やかだ。水平垂直を強調したデザインで床の間の違い棚のような端正な美しさがあっておもしろい。

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2022.04.23、常滑陶芸研究所

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2022年5月13日 (金)

堀口捨巳の常滑陶芸研究所を見た(5)

突然訪問したにもかかわらず応接間も開けてくださった。建物の見学者に慣れてらっしゃる。どこを見てもよいという。ヲタク用語でいうところも「野放し」だ。うれしい。写真も撮ってよいと許可をいただいた。ありがたい。

応接間はなぜか真っ赤だった。床のPタイルもソファーも赤い。緋毛氈を敷いた野点の気分を表しているのかも知れない。茶室が付随しているが、わたしには何の写しなのかさっぱりだ。茶室の左側の棚には常滑焼の茶器が飾られている。だから茶室も茶器と同様展示物扱いなのだろう。

おもしろいと思ったのは天井だ。高いところと低いところがある。応接セットの上は少し低くてアルコーブ風の落ち着いた感じにしている。

応接セットと茶室のあいだは天井が高い。ここは展示物を見るための通路に当たるので高くしたのだろう。その部分は天井板を市松貼りにしている。天井の段差の部分に照明を仕込むあたり芸が細かい。こういう天井をわたしも作ってみたい。

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2022.04.23、常滑陶芸研究所

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2022年5月12日 (木)

堀口捨巳の常滑陶芸研究所を見た(4)

玄関扉の左右にガラスブロックの袖壁がある。斜めになっているのは風よけ室を広くしたかったからだろう。普通であれば風よけ室を箱型に前へ飛び出させるところだが、斜めにすることで飛び出した感じを消してすっきりと納めている。設計が柔軟だ。

わたしは紫色のガラスブロックを初めて見た。とても珍しい。もちろん外壁の紫色のモザイクタイルと響きあっている。ガラスブロックにはガラス窓よりも光を拡散する効果が強い。そのおかげで階段室に紫色の光が満ちる。階段の背景である白い壁もほんのりと紫色を帯びている。

前回考えたように展示室が海底をイメージしたものであれば、紫色に染まった階段室は海へ潜ることを予告しているのだろう。よくできている。

天井は光天井となっている。幾何学的なパターンが入っているので光の拡散効果が高くふんわりとした光が落ちるよう工夫している。中の蛍光灯を斜めに取り付けるあたり芸が細かい。

吹き抜けから見下ろした吊り階段はやはり美しい。こうやって眺めると吊り棒を垂らした大梁が背後の白壁を上下に区切っていることがかっこいい。ほんとよくできていると思う。

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2022.04.23、常滑陶芸研究所

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2022年5月11日 (水)

堀口捨巳の常滑陶芸研究所を見た(3)

この階段は、しばらく前からツイッターをにぎわしていた。どこだろうと思っていたがここだった。ほんとすばらしい。端正で軽やかで美しい。さすが堀口である。

驚いたことにこれは吊り階段である。吊り橋のような階段で軽やかな意匠となる。ライトの落水荘の階段が有名だが、わたしは吊り階段の現物を見たのは初めてだった。なめるように見てきた。

踏板は真ちゅう板を折り曲げて作っている。表面には真ちゅう色のプラスチックタイル(Pタイル)を貼り、段鼻は真ちゅう製の滑り留めを取り付けている。真ちゅう製の階段をわたしはよそで見たことがない。

踊場から上は真ちゅう色の梁から垂らされた角パイプで吊られている。パイプのなかに鉄筋が入っているのではなかろうか。壁側はコンクリート壁にボルト留めである。梁は鉄骨を真ちゅう板でカバーしたものだと思う。

踊場から下も基本的に同じだが踏板の下に補強用の斜材が入っている。この斜材は踊場から上には無いのだから下も無くて大丈夫だと思うが。この斜材は床には接しておらず完全に宙に浮いている。完全な吊り階段である。おもしろい。

軽やかな細工物のような階段は昇るのもわくわくする。さほど広くもない階段ホールがこの階段のおかげで楽しい場所となっている。わたしもこういうかいだんを作ってみたい。常滑に来てよかった。

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2022.04.23、常滑陶芸研究所

 

 

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2022年5月10日 (火)

堀口捨巳の常滑陶芸研究所を見た(2)

バルコニーにもモザイクタイルが貼りまわしているので紫色の光に満ちている。その光が室内にも反射して透明度の高い風のなかにいるような気持ちになる。

さて、なぜモザイクタイル貼りなのか。考えられる理由のもうひとつは国宝の秋草文壺に触発された可能性だ。ちなみに秋草文壺は常滑焼と言われていたようだが、今では渥美焼とされている。平安期の古い壺で胴回りや肩にススキやそのほかの秋草がヘラ描きされた珍しいものだ。出土状況から骨壺と推定されている。

前出本の解説に、工業化された常滑焼に工芸の創造力をよみがえらせるために平安時代の秋草文壺の精神に立ち返ろうとしたとある。秋草文は着物の裾模様にあしらわれることがある。だからモザイクを使った裾模様を採用したのかも知れない。

ただしこの説明だとなぜ紫なのかは分からない。堀口は茶室研究の大家だから、なにかしらの茶道的教養が関係しているのかも知れない。もうそうなると私にはさっぱりわからないだろう。

わたしはこの二つ目の可能性はないと思う。そんな小難しいことを堀口はしないだろう。わたしはただ単に海をイメージしているのだと思う。利休も珍重した常滑焼の水差しは、海底に沈んで貝殻に覆われたような趣がある。

展示室はトップライトから光が舞い落ちる設計となっている。今回、残念ながら展示室に入れなかったのではっきりとは言えないが、それは海をイメージしたものだろう。暗い海底に眠る古陶に海面から差し込んだ光がゆらめく。そうした深い瞑想的な建築なのではないか。カラコンモザイクの紫を選んだのはそれが海の色だからだろう。

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2022.04.23、常滑市立陶芸研究所

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2022年5月 9日 (月)

堀口捨巳の常滑陶芸研究所を見た(1)

堀口捨巳をはじめて見た。1961年竣工なので彼が66才のときの作品である。大きな庇が気持ちがよい。いくつか気づいたことがあるのでメモしておく。

建物を見て最初に驚いたのはモザイクタイル貼りだったこと。モダニズム建築はコンクリート打ち放しが多いので驚いた。なぜタイル貼りなのだろう。とりあえず考えられる理由はふたつある。

第一に陶芸研究所を市に寄贈した伊奈長三郎へのリスペクトだろうということ。

陶の森で入手した「堀口捨巳展」(とこなめ陶の森、2016)によれば、使われたのは伊奈製陶製のカラコンモザイクタイルだという。カラコンモザイクは色土を焼いたもので釉薬がけではない。だから釉薬タイルのように光らず落ち着いたパターンを床や壁に描くことができる。ちなみにカラコンはカラーコンディション(色調整)の略だと上記本にあった。発売は1953年だそうだ。

もともと日本で最初に本格的なモザイクタイルを作ったのは伊奈製陶だったとされる。モザイクタイルはスクラッチタイルと並んで伊奈製陶を代表する製品だった。だから伊奈長三郎を陰ながら顕彰するなら伊奈の製品を使うのがよろしい。

伊奈長三郎は帝国ホテルのスクラッチタイルやテラコッタの製作を担当したのちに伊奈製陶を設立した。地元愛知県の組合理事長や常滑市長を歴任し、地元産業の発展に尽力している。常滑陶芸研究所は引退する伊奈が後進の教育のために市に寄贈したものだと研究所入り口の説明にあった。この時代の名士は伊賀の川崎家といい半田の中埜家といい、成した財を地元へ還元なさるのがえらい。

長くなったので続きは明日。
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2022.04.23、常滑市立陶芸研究所

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2022年4月23日 (土)

下京税務署(1965)

さきたかさんに教えられた。落ち着いた黒タイルの壁に大きな庇がさしかけられている。そのおかげで陰影が生まれて彫りの深い表情を得ている。前面に空地を置くことで町との接続もうまくいっているように思う。手慣れたモダニズムだ。詳細不詳。国交省の「官庁施設の耐震化に関わるリスト」(2008)によれば1965年竣工。

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2016.03.10、京都市下京区

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2022年4月12日 (火)

旧上野市 庁舎(1964)

とてもよい。バルコニーや回廊、吹き抜けが縦横に組み合わさってワクワクする世界を作り出している。わたしは回廊が好きだが、久しぶりにドキドキした。話には聞いていたが、これほどのものだとは思わなかった。設計した坂倉準三は戦前にパリにあるコルビュジェの事務所で実務を学んだ。バルコニーや回廊が組み合わさる作風はコルビュジェ譲りだ。

わたしはかねがねコルビュジェは中世主義者だと思っている。コミュニティの器として建築を考えているように見えるからだ。だから彼の作品には中世都市の市場のような活気や修道院のような静寂がよく似合う。この回廊に立っていると市場の喧騒とこどもたちの歓声が聞こえてくる気がする。

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2022.04.08、三重県伊賀市

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2022年4月 2日 (土)

聖ミカエル国際学校

見よ、この日本人離れした美しき国際様式を。改修されているがよく旧状を保っている。大切にされているのだろう。

敗戦後に設立された英国聖公会系の外国人学校。神戸聖ミカエル教会が開校に尽力したのでこの名がある。校舎に関する詳細は不詳。聖ミカエル教会(1959年築)と雰囲気が似ているので同じ設計者だと思う。竣工も教会堂と同じころだろう。

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2016.03.03、神戸市中央区

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