戦後ビル編

2022年1月29日 (土)

シキボウ(1965)

シキボウの看板から向こう側の部分がいまは無い。その部分は増築だと思っていたが写真には長谷ビルの看板が見えるので所有者も違ったのか。同じような立面の連続がかっこよかった。黒いカーテンウォールにタテのストライプの連続が軽やかで美しい。シキボウは大阪発祥の古い紡績会社で敷島紡績から現社名となったという。HPによれば1965年竣工。

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2016.02.17、大阪市中央区備後町

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2022年1月28日 (金)

中沢佐伯記念野球会館(1968)

スタッコのような小さな凹凸のある外壁仕上げが陰影を生んで奥ゆかしい。最上階の窓には枠が付いている。だから最上階の窓まわりの影が濃くなる。2階窓をバルコニーにしたのも陰影をつけて3階から上を軽く浮いたように見せたかったのだろう。シンプルで端正な建物は表情が硬くなりがちだが、そうならずに軽やかでやさしい柔らかさを獲得している。相当できる方の設計をお見受けした。

 朝日新聞デジタル1968年5月30日付け記事「大阪の50回大会史」によれば竣工は1968年。

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2016.02.17、大阪市西区江戸堀

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2022年1月27日 (木)

大阪化学繊維会館(1966ーc2018解体)

ガラスの緑色が美しいビルだった。化繊関係の建物だからレースをイメージしていたのだろう。彫りの深いカーテンウォールは重厚になりがちだが、ここでは正反対のレースらしい軽やかさを作り出している。手許の「大阪の建築ガイドブック」(第3版1982)によれば設計は日建設計、施工は大林組で1966年の竣工。

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2016.02.17、大阪市西区

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2022年1月26日 (水)

大阪府警第一方面機動警ら隊(1968)

中空に浮かせたボックスを二本のシャフトが大胆に突き抜けている。なかなかよい。「京都大阪神戸名建築ガイドブック」(第2版1916)に載せたが詳細不詳。

石原祥著「大阪ビル景」(2013)に補強前の写真がある。それと見比べるとどこを補強したのかよく分かる。正面両側の斜めの袖壁は補強のために付けたようだ。無いほうがかっこいいし袖壁を付けない補強方法もあったと思う。

ちなみに1968年竣工というのは府警のHPで調べた。
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2016.02.17、大阪市西区立売堀

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2022年1月22日 (土)

NTTデータ堂島ビル(1974)

「大阪の建築ガイドブック」(第3版、1972)によれば日本電信電話公社建築局設計、大阪データ通信局舎(堂島)新築工事共同企業体(竹中工務店、大林組、錢高組、間組)施工で1974年竣工予定とある。予定通り竣工したようだ。

独特の淡いブルーのビルでとても美しい。なぜこんな色なのだろうと不思議だったが、同ガイドブックに「外装はプロフィリットとアルミ板材の組み合わせで構成されている」とあった。

プロフィリットとは溝形ガラスのことで、コの字断面の厚めのガラスの板材だ。写真を拡大してみると四角い窓にこれをタテに10~15枚ほど並べているのが分かる。この溝形ガラスのおかげでガラスブロック風の淡いブルーに仕上がっていたというわけだ。なるほどねぇ。

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2016.02.17、大阪市

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2022年1月21日 (金)

コスモ堂島中町ビル(1962年ー2017解体)

2017年に解体されたらしい。ネットに残る不動産情報によれば1962年竣工の鉄骨鉄筋コンクリート造で2005年に改修をしたらしい。わたしの感覚的には1970年前後かと思ったがそれより早い。前面を傾斜させたデザインが秀逸で、骨太の手すりがコルビュジェみたいでかっこいい。思わず足を留めて写真を撮るほど個性的で異彩を放っていた。

5年ほど前の写真を掘り起こしているのだが、思った以上に解体物件が多い。1960年‐1970年代のものが評価もされずに消えていく。

誤解ないように付け加えると、わたしは建物が消えることよりも歴史上無かったことになるほうがこわいと思っている。

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2016.02.17、大阪市

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2022年1月20日 (木)

大阪府歯科医師会館(1962年竣工)

手許の「大阪の建築ガイドブック」(1972)によれば彦谷建築設計事務所の設計、不二建設の施工で1962年に竣工している。

ごらんのように上質の国際様式だ。一階の車寄せの庇が左側へずっとまわりこんでいる。この回廊風のデザインが水平性を強調している。この水平感がデザインの肝なのだが、後付けのエレベーターが回廊部分を分断しているのがいかにも惜しい。

国際様式は下手をすると堅苦しくなりがちだが、ガラス張りの回廊が明るく親しみやすい趣きを作り出している。回廊部分の地上から浮いた感じもとてもよい。彦谷さんはおもしろいと思う。中も見たい。

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2016.02.16、大阪市天王寺区堂ヶ芝

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2022年1月18日 (火)

大阪社会運動顕彰碑(1970竣工ー2020年解体)

 無くなっていたとは知らなかった。いまは解体されて別の記念碑が立っている。惜しいと思う。大阪社会運動協会のHPによれば解放運動の無名戦士の廟として大阪総評と大阪同盟が共同で事業を進めたそうだ。設計は彫刻家の浅野孟府(あさのもうふ)とある。戦前に前衛運動に身を投じたかただとウイッキにあった。検索すると力強い動きのある作品群が出てくる。この顕彰碑の幾何学的で構築的で少し和風を意識した作風とは違う。誰か建築家がアシストしたのではなかろうか。無くなってしまった今となっても調べるつもりはないが、名のある建築家の作品だと思う。

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2016.02.16、大阪城公園

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2022年1月15日 (土)

正善院(夫婦池の妙見さん)

70年代に見える。70年代特有の自由さを感じる。敷地の幅が狭いので屋根の左右の庇の出がとれない。下手をすると肩身の狭い窮屈な感じになってしまう。屋根の下を暗くすることで窮屈感を脱して伸びやかさを手にしている。なかなかこうはできない。名のある建築家の作品だとお見受けした。詳細不詳である。

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2016.02.16、大阪市北区天神橋

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2022年1月14日 (金)

山西福祉記念会館(1980)

枚方療育園の運営する福祉系の宿泊施設と宴会場などが入っている。三角形敷地を活かしたおもしろい設計が見どころ。建物を機能ごとに複数のボックスに分節しているが、各ボックスの角を切ってつなぎ合わせることによって自然な連続性を得ている。相当なてだれの設計である。HPに1980年10月会館とある。詳細は調べていない。

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2016.02.16、大阪市北区

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