摂南大学住環境デザイン学科卒業研究発表 感想メモ(2024.03.08)
いずれも見ごたえがあった。この学年はコロナ禍の始まった2020年入学である。教育現場の混乱が悪影響を与えたのではないかと恐れていたが、それは杞憂であった。例年にも増して力のある作品ばかりだった。
不思議なことにレベル差をあまり感じさせない。それはお互いの作品をよく見ているからだと思う。全員が一定以上の実力を持っているのは、困難な環境のなかで助け合ったからだろう。卒業してもぜひお互いに助け合って苦難を乗り越えてほしい。卒業おめでとう。
< 全体として >
設計は調査から始めるのが常道だが、プレゼンにおいてどこまで調査結果を説明するのかは悩ましい問題である。すべてを語ればくどいし、無ければ設計根拠が希薄に見える。それを上手に説明するのはなかなかむつかしいのだ。しかし、今回の作品群はいずれもその塩梅がちょうどよかった。事実関係を端的にまとめる力が身についているのだと思う。それは自分自身の視点や考えがしっかりしていることの証左でもあろう。調査した内容を鵜呑みにせず、自分自身の言葉で語ってみせる。その迫力が今回の卆計展には確かにあった。
< 個別に >
( 建築・環境デザイン研究室 )
・~地域コミュニティが機能し持続させるアソシエーション組織の発生に関する施設~
和歌山新宮に紀伊半島豪雨などに即応できる支援拠点をつくる計画。斜面地に合わせた木造低層の複合的な造形がひとつの集落のような柔らかい風景を作り出している。確かな設計力を感じさせる作品だ。支援プログラムに参加するボランティア学生たちがここに住まい、拠点運営にかかわる。運営方式にまで踏み込んだ丁寧さもとてもよい。
・小さな住まいから広げる暮らし方 ‐コアハウス型住宅‐
高知市内の斜面地を利用した津波復興住宅の試み。3メートル角のコンクリートユニットと2.7メートル角の木造ユニットを組み合わせたユニットシステムを考えた。日常はカフェやテナント、イベントスペースなどの公共スペースとして利用し、避難時にはシステムに従って増築して被災者の住居となる。平時になれば、減築して再び公共スペースに戻す。斜面に展開するユニット群が集落のような美しい風景となる。規模を拡大すれば、集落計画としても機能するシステムだと感じた。集落風景をシステムとして提示する小気味よさがある。
・子どもが感じる「わくわく」の要素
大阪市内の天満駅前の雑多な飲食街に展開するこどものためのスペースづくり。まちの隙間や空き地を利用した4つのサイトが路地でつながる。駄菓子屋、ターザンロープ、落書き黒板、ジャングルジムなどを張りめぐらせる。秘密基地のような楽しさがある。夜になれば大人が使う場所に変身したりビールケースを利用したストリートファニチャーなどの工夫もおもしろい。外国人の増え続ける大阪ではさまざまなコミュニティ計画が必要となる。アートや音楽、食文化など言語にたよらないコミュニティづくりのテーマのなかで「こども」は大きなジャンルだ。それを先取りした作品だと思う。
・地域「らしさ」の構造に関する研究 ~記憶の強度と思い出の強度に着目して~
大阪市内のガモヨンと呼ばれる蒲生4丁目を舞台として、地域特性を活かしたコミュニティづくりを提案した。こどもたちが主役となるガモヨンこども祭りをさらにパワーアップさせるための施設を古民家エリアと商店街エリアに分散配置して計画している。展示スペースや簡易店舗など祭りと日常それぞれの使い方を用意するなど入念な調査とそれに基づく秀逸なアイデアが見て取れる。ガモヨンカレーなど既存の名物を取り扱うなど、ディテールが楽しい。
・河川の夜間景観について【円満字賞】
このクラスでもっともスケールの大きな計画。ライトアップによって水の都を復活させる試み。大阪城北の寝屋川とや第二寝屋川周辺を計画敷地とした。地域性や季節を反映させた色の違いを考慮するなどライトアップによるランドスケープの正統な手法をよく理解している。照明を組み込んだストリートファニチャーの試案など散策者が都市景に参加できる仕組みもとてもよい。
・これからの都市の住まい方を地方のお裾分けから提案
大阪府堺市内の津久野駅前を敷地とした。石津川の付け替えにより使われなくなった万年橋がモニュメントとして残されている。昭和7年竣工のRC造の吊り橋が珍しい。布のようなやわらかい大屋根の施設が万年橋に寄り添う。漬物を交換し合うことでコミュニティの熟成を計るという発想がおもしろい。施設で作られ保存される漬物をお互いに交換し合う。漬物だけではなく酒造りや藍染めなどの発酵製品全般を対象としたのもよく考えられている。藍染めの河内木綿が万年橋に翻る風景が目に浮かぶようですばらしい。
( インテリア・建築デザイン史研究室 )
・三重県熊野市移住促進のための拠点の提案
旧波田小学校の木造校舎を改造した施設を中心として移住者支援施設を計画した。宿泊施設のほかカフェなどの複合施設となっており、地域との連携を視野に入れた設計となっている。斜面地に小学校と同じ赤い屋根の建築が並び、新しい集落風景を作りだしているのがとてもよい。造形力を感じさせる見ごたえのある作品だ。
・タタズム
大阪市内芝田町に散財する4つのアートスペースの計画。それぞれ李禹煥(リ・ウファン)のガラスや鋼を使ったアート作品に着想を得たポケットパークを設計した。下町を舞台としたインスタレーションの一種と考えてもよいだろう。モデルとした作品それぞれの「出会う」「聴こえる」「ぶつかる」「ひろがる」などのメッセージを忠実に再現しようとする気迫が感じられるおもしろい作品だ。
・移住者住宅×思い出がしまえる避難空間の提案
~姉妹都市すさみ町にて~
和歌山県すさみ町に津波被災時の救援施設を兼ねた移住者25世帯の集合住宅を計画した。地域住民のセカンドハウス20戸を併設するのがおもしろい。施設の中心は住民の思い出をしまう金庫室なのがとてもよい。地域が災害を乗り越えるためには地域共有の記憶の力が必要となることをよく理解している。違い棚のようなずれたグリットの上で壁を動かすことで、平時と被災時の使い分けを実現させた設計力を評価したい。配給所を移住者らが運営するという設定もなかなかよいと思う。
・見上げる建築 ‐星空×駅-
兵庫県河辺郡猪名川町地域課題解決のための提案
兵庫県猪名川町のニュータウンに天体観測をテーマとした新駅を計画した。天体観測をテーマとしてニュータウンのバラバラになっている住宅地をひとつにまとめようとする試みである。プラットホームとバスロータリーは丘の地下にある。徒歩で帰宅する場合は、駅上の丘にある天体観測エリアから遊歩道をたどる。丘を貫通するいくつかの筒がある。筒を通して地下駅から見える星座が季節と時間によって入れ替わる工夫がおもしろい。宮沢賢治の天気輪の丘を思わせる楽しい計画である。
・心と建築 ‐ストレスコーピングによる空間の提案‐
ストレスコーピングとはストレスを軽減させるヒーリングの手法をいう。大阪市内の業務地域のまんなかにある中之島にコーピングのための公園施設を設ける計画。施設は水上へも広がり、風や水音、見通しなどを感じることができる。造園と建築の双方を視野に納めて、新しい都市景を作り出そうとする意欲にあふれた作品である。
・鎮まる建築 ‐香川の遍路巡礼と思索空間‐
香川県高松市内の斜面地に設けられた新しい巡礼聖地。宿所と瞑想のためのスペースを計画。小規模な矩形を雁行させて丁寧に配置して、斜面にひろがる低層都市のような美しい風景を作りだした。フランク・ロイド・ライトに似た、内外の相互貫入が心地よい。このクラスでもっとも設計力のあるうちのひとりだろう。
・学生+商店街≒キャンパス街
寝屋川駅前に学生の住む街を作る計画。駅前商店街に接して学生寮、小体育館、カフェ、ギャラリーなどを設けて学生街とする。また既存駅前広場に農産物販売やキッチンスペースを有した道の駅を併設し、学生街と地域との連携を計画した。既存商店街のとりとめのない風景のなかに学生街を創出させて新しい風景を作り出そうとする発想がおもしろい。
( 地域共生デザイン研究室 )
・稲作の副産物を用いたRBB(Rice Byproduct Bale)シェルターの新デザイン提案
ベールとは牧草などをワイヤーやビニルなどで包んだもの。ここではワラなどで構成した避難シェルターをベールと呼んでいる。2本柱の高床構造。荒縄を編みこんだ外壁にモミ殻の断熱材をタタミ表で包んだ。ガラス塗料を塗った板材で屋根をつくる。稲作地帯の身近な素材を中心に、被災者自身が容易に作ることを前提としている。それが茅葺き屋根の古民家集落の風景と通じるものがあるのがおもしろい。
・在日ミックスルーツ(MR)コリアンと日本人の豊かな共生にむけて
~文化背景の異なる人同士の結婚儀式・場のデザイン提案~
大阪市内のコリアタウンを流れる平野川の水面に共生をテーマとした結婚式場を設ける計画。世界の結婚式を調べたうえで新しい儀礼を考えている。朝鮮半島の伝統工芸であるポシャギの天幕で覆われた水上の道を新郎新婦が歩く。ポシャギは一種のパッチワークだそうだ。ふたりの婚儀を祝うものたちが布を持ち寄り、それを大きな天幕にともに縫い上げる。縫うという行為に祝福の意義を見出したのは卓見だ。ほかに記念植樹の儀式など象徴的な儀礼を考えていておもしろい。川を敷地に選んだのは境界性を意識させるためかもしれない。川は横から見れば地域を分断するが、縦に見れば地域をつなぐ水路となる。いかようにでも深読みできるおもしろい作品である。
・サルとの共生デザイン提案
~サル山からこれからのヒトとその他の動物との関わり方を考える~
大阪府箕面市の野生ニホンザル保護区の整備計画。杉やヒノキの人造林を干ばつして広葉樹との混交林をつくる。そこへサルの道であるサルパスを丸太とワイヤーで作り、サルの遊動域を確保する。そのとき、丸太が動くようにテンセグリティ構造(吊り橋のような構造)を採用する。そのほうがサルたちの平衡感覚を養うのによいらしい。ニホンザルの習性に基づいた生息域を見事に復元しているのがすごい。動植物も含めた環境研究として秀逸である。
・タコの知能を利用した新蛸壺デザインの基礎的研究【円満字賞】
発想・調査・設計とバランスのとれた作品。実際にタコを飼育しながら作品を仕上げた過程がすばらしい。必然から生まれた造形も美しい。明石タコの減少を克服するために天敵であるハモから身を守るための蛸壺である。タコを採るための蛸壺ではなくタコを育てる漁礁としての蛸壺だ。タコが自分でフタをしめるシーンは感動的でさえある。蛸壺に開けられた隙間からタコが外界を伺うようすもおもしろい。これほど楽しい卆計をわたしは見たことがない。
( 建築意匠・設計研究室 )
・酒と道の歴史
滋賀県湖南市の東海道沿いにワークショップスペースを併設した観光拠点を計画した。沿道の造り酒屋が運営する。タル作りや竹細工の体験ができるほか、東海道の歴史と酒造りについて学ぶ資料室や飲食スペースがある。街道から少し離れた酒蔵までは竹で作られた回廊が伸びている。街道沿いの酒蔵のある風景と体験的観光とを組み合わせた発想が評価できる。
・アリ塚【円満字賞】
まっとうなパッシブデザイン。3ヶ月に1度のメンテナンスワークショップによって技術を伝承する仕組みを仕込んだところがよくできている。アフリカサハラの住居のような形を日本の伝統的な技法で再現したのも楽しい。井戸水や煙突効果による熱サイフォン流の応用などよく考えられている。太い竹の骨組みに細竹を編みこんだカゴのような竹塚と土壁にワラの覆いをかけた土塚の2棟のドーム建築がある。土や竹の匂いを感じられる魅力的な建築となっており、ぜひ中へ入りたいと思った。
・まちのゆくえ
堺市内の町家の残る旧市街地に地域と観光のための拠点を分散配置した計画。鉄砲鍛冶師の既存町家の庭園を眺めるカフェ、地域の伝統産業である打ち刃物、線香、匂い玉などのワークショップスタジオ、それらをつなぐ天井が格子状になったトンネル路地。集会施設は祭りの拠点としても機能する。今もなお古い風景のおもかげの点在する地域を小規模な木造施設でつないで再生する計画は魅力的だ。
・つながって暮らす
大阪市阿倍野区に小規模住宅の密集する住宅地を計画した。住宅地は細路地によって分割され光と風の通り道となる。路地、ピロティ、テラスなど内部と外部が貫入し合い、全体としてひとつの集合住宅のように設計されているのがおもしろい。そうした隙間は、温熱環境を整えるだけではなくコミュニティのためのコモンスペースとして機能することを想定している。隣家どうしの視線を完全に遮断しない扱いはコーポラティブハウスの手法でもある。この計画は、良質なコーポラティブハウスとして評価したい。
・街に開くコミュニティセンター
寝屋川市内のコミュニティセンターの計画。用水路沿いに通り抜けられる設計がよくできている。内部と外部のつながりを回遊性や温熱環境などの要因ごとにパターン化し、それを設計に取り入れる手法が分析的でおもしろい。建築や地域を分析的に観察する力は設計力を裏打ちする。具体的な設計力を感じさせる作品である。
・街に開く福祉施設
大阪市内の障碍者施設と高齢者デイサービスセンターの複合施設を計画した。ふたつの性格の異なる施設を「会館」という第3のスペースがつなぐ。そこは図書室やフリースペースなど地域の一般人が使う場所となっている。そこへ向けて障碍者施設のショップや高齢者施設の縁側を開く手法が興味深い。変形敷地をうまく使って3つのエリアを自然につなぐ手法もよくできている。障碍者の就業先として会館を位置付けているのもよい。門切り型になりがちな複合施設を手堅くまとめた手腕は見事だ。設計力を感じる作品に仕上がっている。
・環境をまなぶ植物園図書館
大阪府の服部緑地の湖畔を敷地として、植物をテーマとした図書館を計画した。その外壁には3種類の日射コントロールの手法が使われている。蔦を使った外部ユニット、ノウゼンカツラやザクロを使った西日避けの植栽、小さなオフセット壁を並べて日射を防ぐと同時に通風を確保する開口部などさまざまな手法を部分ごとに定期王させながら全体を破綻なくまとめた秀作である。植栽のザクロを使ったザクロ染めワークショップを開くスペースを用意するなど施設の設定もよく考えられている。企画力と設計力の両方を備えた作品である。
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