摂南大学住環境デザイン学科卒業研究発表 感想メモ ( 2025.04.02 )
日本でコロナ禍のはじまった2020年に高校3年生だった学年である。コロナ対策が当たり前になった時期に学生生活を送った。部活もイベントもない青春時代を送らざるを得なかった学年である。それゆえであろうか、ことさら仲の良い学年にみえる。明らかな未完成がなかったのは珍しい。それはお互いが助け合ったためだろう。卆計展もいつになく楽しそうだったのが印象的だ。困難な時代に育まれた友情は一生ものである。ぜひこれからもお互いを励ましあって進んでほしい。卒業おめでとう。
(全体として)
正直に言えば、作品になにかが足りないと感じることがある。調査不足や説明不足、設計の未熟さ、そんなスキルの問題ではない気がする。もっとその人にとって大切なこと、切実な思いのようなものを感じたい。建築に正解はない。表現は作者の存在証明だから失敗も成功もない。だから作品にはよくも悪くも作者自身が反映する。われわれは作品を透かして作者を見ている。恥ずかしいかもしれないが表現とはそんなものだ。どうせ見えてしまうのだから、ありのままの自分をさらけ出したほうがおもしろくなるのではないか。そんな気がする。
(個別に)
< 建築・環境デザイン研究室>
1 密集市街地における延焼防止建築物・道路整備による地域防災向上の提案
密集木造市街地を部分的に切り開き細街路を広げ、さらに延焼防止建物を設ける計画。地域の防火性能の向上を、大規模なクリアランスではなく小規模建て替えで達成しようとする手法がおもしろい。新築された建物は周囲に回廊を巡らせている。回廊は避難路の確保と同時に町の縁側として地域コミュニティのためのオープンスペースとしても機能する。上尾の小規模建て替え再開発の手法に似ている。今後のまちづくりの主流となりうる手法を提示してみせた手腕を評価したい。
2 インクルーシブな遊び場が生む新しい学びや学びのきっかけづくり
~大阪府下の公園に焦点を当てて
インクルーシブは包摂的という言葉だ。近年は多様性を尊重する社会づくりを指すことが多い。インクルーシブ公園とは障がいや年齢にかかわりなく利用できる公園のことで、すでに国内に事例がある。この計画では隣接敷地にインクルーシブに役立つ複合施設を設けたのが特徴。施設には託児、ショップ、カフェ、教室、医療などの機能があり公園と一体的に利用することでインクルーシブ効果をあげようとする工夫がおもしろい。都市型公園の新しいイメージを提案した。
3 折り紙を用いた災害情報伝達の提案【円満字賞】
外国人観光客のための災害時の避難地図を折り紙にしてコンビニに置く計画。折り紙であればこどもたちが持ち帰るだろうという発想がおもしろい。大規模災害時には携帯はつながらないことが多く、外国人観光客はたちまち情報が遮断される。そのときこどもが持っていた折り紙に避難場所などの基礎情報が書かれておれば、それで助かる命は確実にあるだろう。コンビニという既存ネットワークを使って折り紙を防災メディアに仕立てた構想力を評価したい。
4 変化が生み出すもの【円満字賞】
大阪市内の京橋駅前の乱雑で細長い空地に大型インスタレーションを設置してコミュニティ広場に変換する計画。上空にかかる屋根はアーケードのようなものではなくばらばらに分割された不定形で軽やかなものだ。光や風や音を反射させて多様な表情を作り出す。地面はやわらかく盛り上がり段差がベンチとなる。そうしたシンプルな装置を使って南北に性格の異なるふたつの広場を作った。現場をよく確かめたうえで活き活きとした力強い計画をまとめた確かな設計力を評価したい。
5 風景と建築[菅野賞][森下賞]
和歌山県有田の田園風景のなかに5つの貸しヴィラを計画した。有田の風景が大好きなことが伝わる作品だ。みかん畑、海沿い、橋型、塔型、伝統的な集落内など立地を活かした計画は秀逸だ。それぞれのヴィラは風景を楽しむものであると同時に田園風景の添景としても機能している。ヴィラがあることで風景の魅力がいや増しになる効果がある。夢窓国師が嵐山十境を設定して、嵐山の地域全体を庭園に読み替えたようなスケールの大きさがこの作品にはある。
6 都市で生まれる小集団を主体とする“まちづくり戦略”[こした賞][谷口賞]
~水道筋商店街における戦術実践~
自発的なまちづくりは数人の有志から始まることが多いという。その数人がコアとなりアイデアが生まれイベントが発生する。そして次第に多くの人を巻き込んで地域再生の動きになっていく。この計画は実在の地域を想定して、生まれたばかりの生き物のようなまちづくりチームを育てるための小規模拠点を提示してみせた。コラボカフェや図書室など自由に使えるスペースだ、それが小規模であるがゆえに巣のような安心感と安定感がある。造形もおもしろいが、なにより都市経営の戦略的実践モデルを具体的に提示したことを評価したい。
7 スケートボードを通じた新たな文化空間の創出
大阪ミナミの繁華街にスケボをテーマとした複合施設を計画した。近年、スケボは歩行者の敵として囲い込まれつつある。しかしスケボはオリンピック競技種目となるなど、新たなスポーツコミュニティを確実に獲得しつつある。この計画では、立体なスケボコースを核にカフェ、ライブハウス、ギャラリー、読書スペース、空中庭園などを自由に複合させた。新しいタイプのスポーツ交流拠点を具体的に計画できる構想力がある。
<インテリア・建築デザイン史研究室>
8 線路をたどり、新たな一冊を。
京都市内の叡山鉄道の各駅舎を図書室にした計画。各駅ごとに農業や工芸などの地域特性を反映させたテーマの本を集めるのがおもしろい。そのテーマに応じて駅舎に新たな機能を付加しているのもよくできている。線路から見える駅舎を木製の門のようにしたのもドラマチックだ。終点をエピローグとして路線全体を一冊の本とみなしてデザインしたのも楽しい。
9 思う火葬場
京都市内宝ヶ池公園に葬祭場をつくる計画。仏教用語である地水風火空の五大をテーマに5つの施設がつながる。地が会食場なのは大地が人体を表すからとする。これは五行説に従ったものだ。風が樹木葬施設なのも風が五行の木気であることからヒントを得たのであろう。水を参道したのは木気である風を強めるためか。火は礼拝堂、空は金気である天を望む展望台へ続く。五大というテーマをよく理解して静逸な葬祭場と設計した。
10 海と月の現象美術館‐宇田津の背宇臨水‐[カワチ賞]
香川県宇田津に海中美術館を計画した。潮汐、海流、浮力など海そのものを感じるミュージアムである。水中通路をめぐりながら生きた海と関わるさまざまなシーンを展開さた。水中をテーマとした卆計は今までもあったが、海そのものをテーマにしたものは珍しい。海中は想像以上に多様で動きのある世界であることを初めて教えられた。波型をモチーフとした造形も美しい。
11 垣間見の山館~言語の壁を覗く、非言語の空間建築~
京都市銀閣寺あたりが敷地として意識段階を具象化した場をつくった。強制、半強制、自由の3つ意識段階は、思考の可視化、個人意識、集合意識に対応するとした。それを顔合わせの場、学びの場、他者の環境を理解する実践の場の3つに読み替えて建築化した。施設は巨大な地下ドームから始まる。そして山の斜面に設けた高床式の建築で眺望を得る。そして最後は膜シェルを張りめぐらした斜面公園に至り、林のなかで交流する。銀閣寺庭園の公案を思わせる作品だ。
12 棚田暦で百姓仕事と暮らす【円満字賞】
明日香村の耕作放棄された棚田をつかった農業体験施設を計画した。棚田暦とは農事暦のことだろう。農事暦とは旧暦のうえに農作業や年中行事を記したものだ。これにしたがって地域の農事や年中行事を再現し体験する。時間をテーマにした卆計は珍しい。カカシまつり、月見などの年中行事が楽しそうだ。棚田がよみがえれば、虫が戻りカエルが戻り鳥も帰ってくる。棚田や里山を復元させることは地域環境を再整備することでもある。10年20年と長期にわたって環境を整えていく雄大な計画である。
13 西条の日本酒と酒蔵建築を現代に繋ぐ
広島県の酒どころ西条市に酒造体験施設を計画した。西条は酒蔵のある町並みとして知られている。敷地は旧街道沿いの造り酒屋で、そこへ酒蔵を模した展示と宿泊の複合施設を配置した。修景しつつ古い町並みに新しい機能を付け加えた手堅い設計である。新機能のひとつにイベントスペースがある。酒造り関連のイベントを定期的に開きながら、西条の良さを伝えようとする意欲の伝わる作品である。
14 3.5プレイスとなる立体・体験型北摂観光マップ【円満字賞】
‐千里セルシー再開発計画‐
フジタ工業(現フジタ)設計施工で1972年に竣工した商業施設・千里セルシーを周辺住民のための観光拠点としてよみがえらせる計画。セルシーは人工地盤が重層する特殊な構造をした娯楽センターだった。その構造を活かして立体的な観光マップを組み上げた。万博公園の緑、勝尾寺の池やモミジ、箕面の滝などの地域の名所風景が各層で再現され、それが吹き抜けを通して入り混じる。新人歌手の登竜門として知られるセルシー広場を復活させ、セルシー自身をも名所に加えたのもおもしろい。既存建物の構造をよく理解し、多用な要求まとめあげた設計力を評価したい。
15 京の花街文化を守るための建築 ‐支える人を支える-[和田賞]
京都の花街・宮川町に花街を支える人たちの支援施設を計画した。お茶屋遊びの体験もできるが、主目的はあくまで花街のコミュニティを支えることにある。銭湯、市場、工芸工房など多様な施設が揃い、ここに集うことで閉鎖的になりがちな花街コミュニティを開いていこうする計画だ。中央に吹き抜けを設けた町家風の造形もおもしろい。
<地球共生デザイン研究室>
16 失われつつある日本の木工に秘められた叡智【円満字賞】
~たらい舟から日本の木文化を再発見する~
たらい船の復元を通して木工技術の復元を試みた作品。出来上がったたらい船ががなかなかよい。タガにする竹を伐採するところから始めたそうだ。そのプロセスを記録しながら施工精度や工程を研究した。反りかんなが手に入らず苦労したという。道具の復元が一番難しいのかもしれない。かつての文化財修理の現場では、修理対象の時代の技法を復元するために工具づくりから始めていた。それでこそ技術の伝承が行われるからだ。その基本に立ちかえった作品である。
17 フィリピンの聴覚障がい者への「社会的障壁」解消に向けた生業支援カートデザイン開発研究【円満字賞】
フィリピンのミンダナオ島で地元の青年団体と協力してキッチンカーづくりのワークショップを開いた。そこで販売する鶏卵そうめんスイーツも彼らと共に開発した。言葉の通じない異国で聴覚障がい者と向き合うことはたいそう大変だったろう。それでも記録には参加者の笑顔がならぶ。ファシリテータが外国人であることで、言葉以外のコミュニケーション能力が発揮されるのかもしれない。その能力こそ社会的障壁の突破力になるだろう。そこがこのワークショップの肝なのだと思った。
18 「主体性を育む」高等学校デザイン ~新教育理念から導く論・施設提案~
大阪府阪南市の敷地に生徒の自主性を育むための高校を計画した。自主性は柔軟性、心の安定、ささいな気づき、お互いを理解するための余白などから構成されていると分析した。それらの要素を計画に適用した。可変的な間仕切りは柔軟さを、林野に散在する教室は自然のなかを移動することで心の安定を得る仕組みなのだろう。プロムナードと展望台は友と語らう場として構想されたようだ。大倉三郎が校舎を設計するときに必ず歩廊とバルコニーを設けたことを思い出した。そのことは学校建築のみならず公共建築の基本なのかもしれない。
19 小生物の高温障害予防に向けた外壁コンポーネントデザインの基礎的研究【円満字賞】
高気温の環境が小動物に与える影響を調査した。ここで扱う小動物とは昆虫やクモなどである。調査に基づいて小動物の退避シェルターを考案した。それはワラ縄を無数に垂らしたパネルだ。これを住宅地の壁面に取り付ければ小動物を救うことができることを実証的に示した。実証実験の結果、ワラ縄はカビが生えやすいことが分かり、雨がかりのない場所での使用を推奨している。かつてのワラ葺き民家には多数の小動物が棲んでいたのかも知れない。小動物が棲めない環境は人間にとっても害があるだろう。昆虫やクモもふくめた生態系全体をまもる仕組みが必要であることを具体的に示した作品である。
20 土の行方[アソ賞]
大阪府茨木市の廃河川を敷地として小規模なコンポスター施設とそこでできた土を固定する「たまりの壁」を設計した。発酵と乾燥のプロセスは住民みずからが担う。生活に取り入れることで環境教育の一環ともなるという。この施設はごみ処理施設というよりは肥沃な土壌をつくるための施設だ。地域住民の営々とした土づくりが、いずれは化成肥料ですさんだ周辺農地を再生させる。それは地域環境の再生でもある。さらに施設が旧河川敷上に増えていくことで、旧河川敷も肥沃な農地となる。果樹園や養蜂など新たな小規模農業の起業も作品では想定していた。ごみ処理と地域環境の改善とを小規模な農業施設として構想したことを評価したい。
21 聴覚障がい者との「ノンバーバルコミュニケーション」を促進するためのゲーム/作業ツールのデザイン提案[中村賞]
~GeosymbioticWorkshop2024での協同とからめて~
フィリピンのカトリック系の聴覚障がい者青年団体とともに筆談ボードとチョーク作りのワークショップを行った。筆談だと筆談ボードばかり見てしまうのが難点だということが分かった。そこで筆談の不要なカードゲームを使ったコミュニケーショントレーニングを行った。障がい者、健常者ともども楽しくゲームができたという。言葉や文字にたよらないコミュニケーションはたしかに存在するわけだ。70年代ニューヨークのコミュニティガーデン運動も、移民のこどもたちをコミュニティーに取り込もうとする努力だった。それは住民にとって都市の荒廃を食い止めようとする切実な活動だった。言語にたよらないコミュニケーション能力は今後ますます重視されるだろう。そのことを教えてくれた作品である。
<建築意匠・設計研究室>
22 児童館付き多世帯集合住宅[高木賞]
児童館と高齢者向け集合住宅との複合施設。こども食堂や共有リビング、習いごと教室など多世代が交流するスペースを設けている。1,2階は児童館部分と住居部分とが混在している。1階の路地奥に吹き抜け広場があり、2階のデッキ広場へと視線を誘導する。そこには魅力的な路地空間が実現している。広場には外キッチンや本の塔など多世代が利用できるコーナーがある。児童施設や高齢者施設を閉じたものではなく、地域コミュニティとともに支え合う開かれたセミパブリック空間として計画した構想力を評価したい。
23 農に住まう、まちのコモンズ
ユズ産地である大阪府箕面市に12世帯で共同営農する果樹園を設計した。住宅と果樹園のあいだに地域に開かれたセミパブリック棟があるのが特徴。そこにはユズの直売所のほか、コミュニティキッチン、ワークショップスペースなどがあり、地域と農園とがお互いを支え合う関係を想定しているのがおもしろい。そこでは工房があってジュースやジャムなどの商品開発を行うのだろう。伊賀のモクモクファームを思い出した。地域に開かれてこその共同果樹園なのだ。
24 道の駅五十六次京街道と淀川をつなぐ
大阪府の枚方宿のイベントスペース。枚方宿は淀川舟運で栄えた港町だ。しかし現在は交通量の多い土手道路で町と川とが切り離されている。それをつないで河川敷と宿場町を連携させたイベントが可能なプランを提示した。有名な枚方の花火大会は施設の展望台で楽しむことができる。カフェや展示室があり観光拠点としても機能するよう工夫しているのも楽しい。
25 時を映す水と光【円満字賞】
大坂万博公園の国立民族学博物館の増築案。民博は黒川紀章の設計で1973年に竣工。増築可能な特殊なプラン・構造をしており、いままでに4ブロックの増築を果たしている。計画ではさらに1ブロックを南側に付加する。中庭に水面を引き入れて、そこに反射する光と影を楽しむことができるのが特徴。入射光の角度を綿密に調整して静かで深い思索を誘う修道院のような優れた計画を実現させた。
26 人々をつなぐ憩いの庁舎‐大阪狭山市庁舎増築計画‐【円満字賞】
大阪府狭山市役所の増築を計画した。隣接する小公園を中庭として取り込み、その上に歩廊デッキを巡らせた明るい設計が好ましい。中庭は駅からの近道につながっており庁舎の第2のエントランスとして機能している。増築部と既存部の正面玄関とを回廊でつないだところもセンスがよい。増築部の低層は街中サロンやこどもたちの学習室などに開放した。災害時には防災拠点となるという。こうした使い方は庁舎機能を確実に向上させる提案だ。敷地と既存庁舎を現場でよく調べて、まちがいのない提案のできる構想力を評価したい。
27 集落の循環‐鳥取県上淀地区における地域課題解決のための提案‐【円満字賞】
鳥取県の40世帯ほどの農村のためのコミュニティ支援施設。デイサービス、高齢者の運営するカフェ、こどもたちの学習スペース、地域菜園など地域住民の利用するセミパブリック空間を配置した。既存集落のなかへ無理なく配置できる高い設計力がある。コミュニティのアイデンティティである綱引祭りの会場となることも織り込んでいる。暮らしやすい地域を作りだし人口流出を食い止めたいという切実な想いの伝わる作品である。
28 10人のシングルマザーのための大きな家
母子家庭のためのシェアハウスを計画した。保育園に通うこどもは病気になると家庭へ戻される。ひとり親だと仕事を休まねばならない。そのとき困らないように病児保育サービスを組み込んでいる。母子家庭の実態をよく調べている。大小の箱を入れ子にしたプランニングもおもしろい。その構成のおかげで、部屋と部屋のあいだに豊富なセミパブリック空間が生まれた。プライバシーを保ちながら共同生活を送るための工夫である。細かいところまで配慮の行き届いた設計である。
29 育つ建築‐交差と共生‐[ナベタニ賞]
大阪市内の下町に6戸の店舗付き独立住宅を計画した。1階は店舗で、住宅はラセン階段で2階に上がる。各住戸はスキップフロアとなっているため立体的なワンルームともいえる。複雑に入り組む配置を整えて住戸間で視線が交錯しないよう工夫している。上階ほど部屋の大きい造形がおもしろい。頂部に各戸をつなぐテンション材が張りめぐらされている。立体路地型集合住宅の提案ともいえよう。路地のような親密感にあふれた作品である。
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