妄想読書

2019年6月 2日 (日)

鈴木喜一「ふーらり地球辺境紀行」秋田書店2008

 建築家・鈴木喜一の「ふーらり地球辺境紀行」を読み始めた。鈴木先生は神楽坂アユミギャラリーの主だった。20年ほど前に武田五一写真展の会場をお願いしたときに知り合った。搬入の朝は大雪でようやくたどりついたギャラリー前で鈴木先生は一斗缶で焼き芋を焼いていた。ごあいさつしても「あー」とか「うん」とかいうだけで要領を得ない。変わった人だなと思っていると「焼けたから」といってアルミホイルに包まれた焼き芋を差し出してくれた。あれは今から思うとわたしたちが来るころを見計らって焼いてくださっていたわけだ。雪のなかを歩いて冷え切ったからだに焼き芋の温かさが染みた。そんな優しい人だった。

 鈴木先生に放浪癖があると知ったのはずっと後のことだった。聞いたこともないような国のスケッチを見せてくれる。酷寒の北欧でスケッチしていると青い絵の具が一瞬で凍って画用紙の上に青い半透明の膜ができる。それを砕いてジャリジャリした空を描くと話してくれた。スケッチに失敗はない。なぜならスケッチはそのときその場所に自分が生きていたという証なのだから。そんなお話も聞かされた。そんなスケッチ満載の紀行文である。

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2019年5月29日 (水)

鈴木隆之「未来の地形」講談社1992年

 おもしろかった。建築家の書いた小説という触れ込みだったが建築はほぼ出てこない。片岡義男に似た乾いた情景描写が心地よく、気が付いたら物語のなかへ引き込まれていた。3本目の「ダブル・スコア」が一番おもしろい。嫌味なI助教授ときっぷの良いシノブそれぞれのキャラがよかった。3本とも主人公が観察者の位置からほぼ動かないのが気になるがそういう作風なのかも知れない。(2019.05.20読了)

 鈴木隆之の建築の仕事はよく知らない。1961年生まれとあるから私と同世代だ。京大卆だそうだからどこかでお会いしているかも知れない。1987年群像新人文学賞を受賞。私が3留年の後ようやく卒業できて設計事務所に就職したころだ。収録3本は1989ー1992年に「群像」に掲載されたもの。

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2019年2月27日 (水)

木間のどか「AGRI、三鷹台おでん屋心霊相談所」

 最後のどんでん返しが鮮やか。無職の青年二人が心霊相談を受けて解決していくミステリー。ひとりは医学部を中退、ひとりはブラック企業を退職。なぜ医師をあきらめたのか、なぜブラック企業に就職したのか。そのなぞもちゃんと最後に解いてくれる。いつもふたりにお客を紹介するおでん屋の若い女将自身が最後の謎となるという構成にしびれる。続編を読みたい。


文響社2018刊行、2019年2月27日読了

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2019年2月26日 (火)

泉ゆたか「髪結百花」

 久しぶりに良い本を読んだ。吉原に出入りする髪結いの話。見習いだった若い髪結いが師匠の病気から突然吉原担当となる。髪から分かることは多いようだ。健康状態から心の機微に至るまで細やかに読み取りながら次第に相手と深くつながっていく。髪を結うこと自体がコミュニケーションであることを教えてくれた。


KADOKAWA 2018年刊、2019年2月14日読了

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2019年1月 4日 (金)

内藤昌「近世大工の美学」

 前半の大工列伝が西洋ルネサンスの建築家列伝のようでおもしろかった。戦国時代の建築家は西洋ルネサンスの建築家と肩を並べる天才揃いだ。その活躍が江戸時代の建築にも影響していることもよく分かった。近世から明治までの日本の建築家を俯瞰する良書だと思う。

 後半の環境倫理についての章は哲学的な用語が多き私にはさっぱり分からなかった。西洋文明の行き詰まった現代を日本の古典建築が再生すると言いたいのかも知れないが、古典のなにが現代を再生させるのかが分からない。古典建築に関する記述がデザイン中心なのだが、もし現代社会に役立つとすればデザインよりも当時の構法や施工体制のほうではないかと思っている。


中公文庫1997年刊、2019年1月2日読了

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2017年10月 3日 (火)

宮部みゆき「荒神」

 670ページもある。遅読ゆえ読み通せるか自信がなかったがスラスラ読めた。それでも1ヵ月かかったが、ストーリー展開が速くて楽しく読めた。

 ストーリーそのものには異論がある。本当にあの終わり方で良かったのか。からみあったいくつかの筋を最後の10ページで断ち切るように終わらせている。それがこの人の書き方なのか。1ヵ月も読んできてズバッと終わられると途方に暮れてしまうぞ。
 
 宮部みゆきは初めて読んだ。1960年生まれ。1987年オール読物推理小説新人賞を「我らが隣人の犯罪」で受賞しデヴュ。その後数年おきに各賞を受賞している実力派だ。


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2017年9月 6日 (水)

小野不由美「図南の翼」

 これを読んでいると言ったらかみさんが「最初から?」と尋ねる。「?」 聞いてみるとこの本は十二国記というシリーズもので読む順番があるのだそうだ。そんなこと知らなかったが、これは単独でもちゃんと読めた。

 小野不由美も初めて読む。おもしろかったので続きも読みたい。

 中華風の世界観なので、難しい漢字がいっぱい出てくる。女性に人気、ファンタジー、難しい漢字というのがつながらない。わたしは半分読んでも主人公の名前の読みを覚えられなかった。ただし文章は平易で分かりやすい。さすがエンタテイメント小説だ。ワクワクドキドキのスリル満点の冒険活劇小説だ。

 小野不由美は1988年に講談社X文庫ティーンズハートでデヴュ。これは少女小説系のラノベレーベル。他大学ながら京大推理小説研で活動したそうだ。そのころの作品を読んだ講談社の編集者から声がかかったとウイッキにあった。翌年「悪霊シリーズ」がベストセラー化し一躍人気作家となる。十二国記は1992年からでシリーズ未完。

 ずっと受賞歴がなかったが、2013年「残穢」で山本周五郎賞を受賞した。デヴュ25年目の受賞である。こういう時代小説とファンタジーのあいだのような小説は酒見賢一や高田大介を思い出す。ものすごく売れるけれどなぜか出版界から冷遇されている。なぜだろう。遅筆だからかも知れない。


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2017年8月27日 (日)

加藤眞吾著「清水寺の謎」

 これも謎解きではなかった。「謎」で読者を釣るのはやめてほしい。副題に「なぜ舞台は造られたのか」とあり、かねがね私もその意味を考えていたので買ってみた。でも結論は「狭くなったので増築した」「舞台というからには芸能を奉納した」「記録が残っていないので本当のことは分からない」だった。それは推理ではない。

 おもしろいエピソードはいくつもあった。平安時代に貴族の若ボンが舞台の手すりを蹴鞠のリフティングをしながら渡った話などおもしろくて仕方がない。また、清水寺の僧侶が尊王の志士として活躍した話など興味深かった。百科事典のようで読むのに苦労したが、案内本としてよくまとまっている。良書である。

 著者は清水寺の学芸員の方なので、さすが取り扱う内容が的確で信頼できる。1942年生れ2013年没。この本は亡くなる前年70歳のときの出版。京都新聞の記者だったとあるが詳しい履歴は不詳。他の著書があるのかどうかも不明。


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2017年8月21日 (月)

邦光史郎「法隆寺の謎」

 驚いたことに謎解き本ではない。

 たとえば中門が4間である謎に対して諸説を紹介し、最後に自分はこの説がいいと感想を述べてすませている。なぜそれがよいのか理由を書いていない。推理の経過が無ければ謎解きにならないだろう。中門の謎を軽視しているのかも知れない。

 この本は「日本史の旅シリーズ」の1冊なので「謎解き本」ではなく「旅行ガイドブック」なのだ。それなら「謎解き」を紹介文に使うのはまぎらわしいのでやめてほしい。ガイドブックとしてなら読みやすくて良い本だ。さまざまな謎を総まくりしいるので、法隆寺を考えるための準備になった。

 邦光史郎は産業推理小説というジャンルを開拓したことで知られる。わたしは読んだことがない。1996年に74歳で亡くなっている。この本は1989年なので67歳の作だ。変わった経歴の持ち主で、最初で構成作家をしていた。40歳のときに「欲望の媒体」でデヴュし一躍人気作家となる。多作で年に2~3本書いた。一度直木賞候補に挙がったことがあるが生涯文学賞を受賞せず終わった。

 45歳から65歳までを「熟年」と呼ぶ言葉を提唱したひとりとされる。そのとき彼は50歳だった。おもしろい人だと思う。いずれ作品も読んでみたい。


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2017年8月10日 (木)

梨木果歩「裏庭」

 ファンタジーだった。異世界と現実とで書体を替えているのが珍しい。現実のドロドロが異世界で解き明かされていく対比がおもしろかった。

 名前の設定に凝るあたりは平山夢明の「ダイナー」主人公オオバカナコを思い出した。梨木果歩は前に「リカさん」を読んだことがある。人形たちの物語でおもしろく読んだ記憶がある。

 梨木果歩は35歳のときに「西の魔女は死んだ」でデヴュ。ベストセラーとなり翌年第28回日本児童文学者協会新人賞・第13回新美南吉児童文学賞・第44回小学館文学賞を総なめした。同年「裏庭」を出版し第1回児童文学ファンタジー大賞を受賞。世に出てから賞が追い付いていく珍しいタイプの小説家。

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