陰陽五行説

2022年8月29日 (月)

永平寺は何段なのか

永平寺は斜面をひな壇造成して作られている。なぜこんな面倒なことをしたのだろうか。まだよく分からないが、とりあえず絵に起こしてみると6段なのが分かる。それじゃあ易じゃないか。と思い至り、これを易で読めば離為火(りいか)となる。火がいっぱいあるというシンプルな卦である。火は土を生む。土用を盛んにして水の霊地から木気を生もうとしているように読める。木気は再生を象徴する。永平寺の伽藍配置は再生をテーマにしているように私には見える。
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2022.08.29

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2022年8月25日 (木)

木気の霊地・永平寺へ行ってきた

高校生のころに来て以来だ。これほど水の豊かな場所だとは知らなかった。いたるところに湧水があり、それが階段回廊沿いの水路を流れ落ちるので、どこにいても絶えず水の音が聴こえる。あらゆるものが苔むしていてここが水気に満ちた木気の霊地であることがよく分かる。

斜面をひな壇造成した立体的な境内なのもおもしろかった。山門、中雀門、仏堂、法堂(はっとう)と一直線に並ぶが、その中央軸に道はない。道がないのはほかの禅宗寺院もそうなのだが、ここでは境内が立体化することで中央軸が空中回廊のような仏の道であることが視覚的に迫る。

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2022.08.23、福井県、永平寺

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2022年7月25日 (月)

石山寺はモンサンミッシェルだ

久しぶりに滋賀県の石山寺を訪れた。寺そのものが大きな岩の上に建っていることに驚いた。まるでモンサンミッシェルではないか。以前訪れたときにも見ているはずなのだが気づかなかった。当時はどこへ行くにも幼児を連れていたので景色を確かめる余裕がなかったこともあろうが、むしろ風水の知識が無かったのでさほど気に留めなかったのだろう。では風水で考えるとどうなるのか。

この岩は石灰岩が熱や圧力によって変成した硅灰岩というものだそうだ。だから鍾乳洞のように水で浸食されて風変りな形になっている。岩は金気である。金気は水を生むのでここは水の湧き出る霊地なのだろう。水気はさらに木気を生む。観音は木気であることが多い。岩の上に如意輪観音が顕現したのは水気が木気を生んだからであろう。やはり海上の岩上に聖ミカエルの降り立たったモンサンミッシェルの伝説とよく似ている。岩上には木気の神様が降り立つのである。

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2022.06.19、滋賀県大津市、石山寺

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2022年7月18日 (月)

木気を克(こく)して雨が降る

最近、風水の話を書いていないので少しだけ。

新型コロナウイルスのが蔓延し始めた3年前から全国の社寺では疫病を抑えるお祓いや修法が行われている。それは勅使差遣の公式のものから各社寺の自主的なものまでさまざまなレベルで一斉に行われていよう。ではその祭祀とはいったいどのようなものなのか。

もっとも古典的な疫病除け祭祀は「金克木(きんこくもく)」つまり金気によって木気を克する(滅する)ものであろう。疫病除け祭祀として知られる祇園祭りは金気の神様である牛頭天皇の神力によって木気である病を滅する祭礼である。これが古来から日本で行われてきた疫病除け祭祀だ。

病は五行のなかでは木気に配される。なぜなら病は悪い風が体内に吹き込むことで起きると考えられたからだ。そして風は木気に配される。だから木気である疫病を滅するためには金気の力が必要となる。

さて、ここ数年台風の発生が少ないのは金克木の祭祀のせいではないかと思っている。金克木の祭祀は疫病を抑えるのが目的だが風全般をも克してしまう。だから風のかたまりである台風は日本に上陸できないのではないか。もし上陸しても各地で行われている金克木の祭祀によってたちまち撃墜されてしまうのだろう。

台風が九州から日本を縦断するコースをたどろろうとすれば、最初に九州の宗像大社、大宰府天満宮、宇佐八幡宮を通り抜けねばならない。そのあとは中国地方の厳島神社、出雲大社、吉備津彦神社と続き、畿内へ入れば円教寺、住吉大社、松尾大社、伏見稲荷大社、上賀茂下鴨神社、そして高野山と比叡山延暦寺が待ち構える。中部地方から北へかけても続々と金克木の祭祀は行われており台風の北上は難しかろう。

もうひとつ思うのは、金気が強すぎて水気が増えることだ。ここ数年、台風は少ないわりに夏の雨が長いのは金克木の祭祀の副作用ではないか。金気は水気を生むからだ。しばらくは大雨に注意したほうがよいだろう。

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2022年1月11日 (火)

薬師寺の塔の謎を解く(7)平城京の守護神

龍田大神は風神であると同時に疫神であった。そのことは7年前のブログに書いていた。

法隆寺の謎を解く(2013.11.14) http://www.tukitanu.net/2013/11/post-e6ef.html

法隆寺の再建が平城京建設と同時に進められていたことは着目してよい。どちらにも裳階が付けられていることは平城京守護のために法隆寺を調整した形跡ではないかとわたしは思う。調整の詳しい中身については再度検討したいと思っているが、とりあえず平城京の防疫のために金気の神様である龍田大神を祀りなおした点は動かないだろう。それは薬師寺が防疫目的の寺であることと共通している。

7年ー5年前の連載は自分でいうのも何だが、いま読み返してみてもおもしろい。とくに雲形ひじきを風、手すりの崩し卍を雷と読んで風雷益の易を導き出した推理はよくできている。なぜなら益は「国を遷すに利あり」と易経にあるからだ。まさに遷都のために法隆寺を祀りなおした状況証拠のひとつといえよう。

法隆寺の謎を解く(2)(2015.6.14) http://www.tukitanu.net/2015/06/post-5c61.html

連載の(3)では法隆寺金堂の仏像配置から聖徳太子信仰のはじまりと新国家建設との関係を推理している。書いてから5年も経っているので自分でも内容をすっかり忘れていた。おもしろいな。

法隆寺の謎を解く(3)(2016.6.26) http://www.tukitanu.net/2015/06/post-59af.html

横道にそれた。法隆寺と薬師寺のどちらもが平城京の防疫を担当するために整備されたとすれば、薬師寺の薬師如来も金気の神・龍田大神と習合していると考えてよいのではないか。薬師寺は法隆寺の出先機関として用意されたようにも見える。

法隆寺は都の南西にある。先天図によれば易の8つのイメージのうち南西に配当されるのは風である。ぴったりだ。というより龍田大神が風の位置になるように都は造られたと考えるべきだろう。つまり風の位置に風神を祀ったのではなく、既存の風神が風の位置になるように都を計画したのだ。つまり龍田大社(=法隆寺)の北東に都を置いたわけだ。平城京の立地はこうして決められたと推定できる。

龍田大神は竜田姫神でもある。それと対になるのは佐保姫神だ。竜田姫が秋を象徴するのに対して佐保姫は春を象徴する。つまり木気の神様なのだ。薬師寺が竜田姫の聖地であるならば大安寺は佐保姫の聖地であろう。やはり大安寺は木気の聖地として整備されていると考えてよい。

佐保山は都の北東にある丘陵地だ。先に見た通り先天図によれば北東には雷が配置される。雷は木気であり妊娠を示すイメージであった。竜田姫により疫病を防ぎ、佐保姫により子安を願う。これが平城京のコンセプトであろう。それはそのまま新しい律令国家体制による国家鎮護の祈りの形式そのままであろう。下に図示しておいた。

しかし、そうまでして防疫と子安の呪術を織り込んだにも関わらず平城京は疫病に襲われ、また皇室には男子がなかなか生まれなかった。そして疫病と内部抗争によって平城京は内部から崩れていった。それが奈良時代という時代であったと思う。
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これで今回の連載を終える。薬師寺の塔の謎を解くうちに平城京の計画コンセプトが分かったのが今連載の収穫であった。「京都の風水地理学」を書いたのは2017年だった。その後で提出した「奈良の風水地理学」の企画は採用されなかったが、今ならもっとおもしろく書くことができよう。ちなみに前著はアマゾンでいまでも売れ続けているようだ。こんなことを書くものが他にいないので少しずつ売れ続けているのだろう。新本の版元を募集したい。

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2022年1月10日 (月)

薬師寺の塔の謎を解く(6)観音の聖地・大安寺

大安寺の住所を確かめてみよう。図のように大安寺は6条東4坊に立地する。6は水気、4は金気である。つまり金生水の相生の呪術が成り立つ。水が増えて喜ぶのは木気の神様だ。それは観音であろう。大安寺のご本尊が観音であればこの住所表示はふさわしい。わたしはこのときまで大安寺のご本尊のことを知らなかった。さっそく検索してみるとご本尊は天平時代に造られた十一面観音菩薩であった。推理通り、と思った。

しかし、ご本尊は当初釈迦如来であったという。その釈迦像は1596年の慶長伏見地震で損壊したので、ご本尊を十一面観音へ変えたのだそうだ。釈迦が木気である事例をわたしは知らない。しかし他の状況証拠から考えて大安寺が木気であることは動かないように思う。
220106_20220107111701平城京図

状況証拠についてメモしておく。

まず塔の形式が木気を喜ばせるものである。ここにはふたつの七重の塔があった。7は火を示す数字だ。火は金気を克す。木気は金気を嫌うので火気を供えれば木気の神様は喜ぶのだ。塔には火克金の相克の呪術がかけられている。

もうひとつは境内の東北の角に古墳があることだ。それが乳房のかたちをしていたことから大安寺は乳がん封じの寺として信仰されている。古墳に乳房のイメージを重ねることは、ここが子安の聖地であることを示すのだろう。子安とは安産と乳児の健康を祈ることだ。

木気は四季でいえば生命の芽生える春に相当する。春は木気の季節であり生命誕生を象徴する。子安の聖地であるとは、すなわちここが木気の聖地でもあると言っていることと等しい。大安寺の安の字は子安を示すのかも知れない。

易の8つのイメージは方角にも配当される。先天図によれば東北には雷が配当される。雷は木気であり妊娠を象徴するイメージでもある。一方、古墳は土のかたまりなので土気である。つまり境内の雷の方角に古墳のあるレイアウトは、木気を土用によって盛んにする相生の呪術を成す。

以上の状況証拠から、大安寺は木気の神様をまつる子安の聖地であると推定できる。
220108大安寺の構成
さて、薬師寺と大安寺のどちらも数字のマジックで護られていることが分かった。当時は神仏習合の進んでいた時代である。薬師寺の薬師と習合していたのは龍田大神であることは先に見た。では大安寺の釈迦如来に習合する神はどなたであろうか。それは次回に。

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2022年1月 9日 (日)

薬師寺の塔の謎を解く(5)平城京での立ち位置

薬師寺塔のかたちの話が平城京全体の設計方法にまで広がるとは思っていなかった。しかし考えてみれば薬師寺は平城京の護りとして飛鳥から移されたわけだから、平城京計画と関係がないわけがない。それは薬師寺の平城京内での住所を見れば分かる。

平城京は条坊制を敷いている。条坊制とは格子状ブロックをX軸を坊、Y軸を条とナンバリングする方法だ。平城京は最北部のブロックを1条とし南大門のある最南端のブロックを9条とした。東西については朱雀大路の左右を東1坊、西1坊とし、東西端部のブロックを東4坊、西4坊とする。図示すると次のとおり。
220106_20220107111701(図の上が南である)
条坊制に従うと薬師寺の住所は6条西2坊となる。先に見たように数字は五行に配当されている。6は水気,2は火気だ。つまりこの住所には水克火の呪術がかけられているのだ。なんと念の入ったことか。相克の呪術は三尊形式、塔のかたち、薬師寺の立地それぞれにかけられているのである。

わたしはかねがねなぜ薬師寺は朱雀大路に面していないのだろうと不思議で仕方なかった。平城京のお手本となった長安では都を護るふたつの寺院と道観は当然のことのように朱雀大街に面している。朱雀大街からお堂を見せることで国際オアシス都市長安は宗教に寛容であることを政治的に示しているわけだ。

政治状況はもちろん長安とは違うが、それでも朱雀大路に面しておれば平城京を訪れるものにここが仏教国家であることを強く印象付けることができよう。それがなぜ一筋西へ入ったところにあるのか皆目見当もつかなかったのだ。その謎がようやく解けた。住所に呪(まじな)いをかけるからこうなる。平城京の設計は見栄えよりも数字のマジックを優先している。

長安図を示しておこう。ご覧のように朱雀大街に面して寺院と道観とが並び立つ。さぞ壮観であったろう。これと平城京図とを見比べてほしい。長安の玄都観に当たるのが薬師寺だとすれば、大興善寺に当たるのは大安寺であろう。しかし大安寺は朱雀大路からさらに遠ざかるのだ。なぜ大安寺が都の端にあるのか。実はここにも五行説の数字の呪術がかけられていたのである。その謎解きは次回に。
220106_20220108094401長安図(当時の長安へ行ってみたいものだ)

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2022年1月 8日 (土)

薬師寺の塔の謎を解く(4)薬師三尊という形式

さて、薬師寺の塔の風変りなかたちを易で読めば火と水であることが分かった。これを五行で読み直せば火克水であり金気のご本尊薬師如来を護る呪術であることを見た。実はこれは薬師三尊のありかたそのものだ。

というのは、易における火と水のイメージは太陽と月に置き換えられることができるからだ。すなわち薬師の脇侍である日光菩薩は火気、月光菩薩は水気ということになる。薬師三尊は金気を中心として左右に火克水の相克の呪術をまとう形式だったのである。
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日光菩薩と月光菩薩とはお姿がよく似ていて見分けがつかない。しかし易によって方位が決まっている。易による8つのイメージの方位配置は先天図と後天図の2通りある(これも陰陽なのだろう)。先天図を示す。
220106_20220106210101(風水の図表は南を上とするのが標準)

先天図によれば水は西に火は東に配置される。これも陰陽による配置だろう。陽気である日は昇っていく東へ、陰気である月は沈んでいく西へ配置しているわけだ。これが入れ替わることはまずない。したがって南面した薬師三尊の場合ならば、薬師と向き合ったとき右側(東側)が日光菩薩、左側(西側)が月光菩薩となる。

元来、日本古代の塔は神そのものと考えられてきた。塔の中心にある柱がご神体もしくは依り代というわけだ。これは四天王寺型と呼ばれる寺院配置で釈迦の墓所である塔を寺院の中心に据える。ところが薬師寺では塔が東西ふたつに分かれている。つまり塔はご神体でも依り代でもない。塔は中央の薬師を護るための脇侍なのだ。平城京の造営に当たって適応された風水理論は、古来の信仰の枠組みから大きくはみ出していると言わざるをえない。

さて、薬師寺の平城京内における位置についても火と水の呪術は適用されている。この件は次回に。

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2022年1月 7日 (金)

薬師寺の塔の謎を解く(3)火気を滅ぼす水気の呪術

なぜ薬師寺の塔は水克火(すいこくか)を表わすのか。それは薬師寺に祀られるのが金気の神様だからだ。金気の神様は火気を嫌う。だから水気で火気を消して金気を護るわけだ。

なぜ薬師が金気の神様なのか説明しておこう。

五行説において疫病は木気とされた。風邪のことをカゼと呼ぶのは、風のように体内に入り込むからだ。風邪をひくと咳き込むこともウイルスのようなものが息を介して体内に入ることを思わせたのだと思う。だから風は木気に配当される。

風をコントロールできる風神は疫神に変化することができるのだ。コントロールとはすなわち克すということである。つまり疫病が木気であるから、それを克す疫神は金気である。防疫は金克木の相克の関係を応用しているのである。

したがって疫神と習合した薬師も金気であることが多い(すべてではない)。薬師寺のご本尊が木製でも塑像でもなく金銅製なのはそれゆえであろう。本来、木気は春の芽生え(誕生)の季節を示すめでたい気である。それなのに疫病も表すところがおもしろい。

正月7日の七草かゆは無病息災を祈る行事だが、7は火気を示す数字なので火気によって木気を克す呪術だろう。七草かゆの行事ではまな板の上で七草を包丁で唄いながらたたく。草を金属で叩く動作こそ金克木の呪術の本体と思われる。そのときの歌にしばしば「唐土の鳥が渡る前に」とあるのは、いかにも鳥インフルを知っていたかのようでおもしろい。春は芽生えの季節であると同時に疫病の流行する季節でもあった。

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以下は付録である。この連載は付録のほうが多い。

さて、ここで五行説の数字の配当について説明しておこう。ここから先の論考で数字のマジックを多用するので承知しておいてほしい。

五行にはそれぞれ数字が配当されている。

水気 1,6
火気 2,7
木気 3,8
金気 4,9
土気 5,10

なぜこうなっているのかというと、これは暦から割り出されている。というより陰陽五行説は暦を作るための理論だといったほうがよかろう。

季節が4つで構成されるのは東アジアでは共通している。五行説は春夏秋冬を次のように五行に配当した。

春 木気
夏 火気
秋 金気
冬 水気
土用(各季節の最後の18日間)土気

五行説では土用も含めて季節は5つあると考える。われわれは夏の土用にウナギを食べるので土用は夏しかないと思われる向きもあるが、実際には土用は春夏秋冬の4回あるのだ。土用とは土気の作用のことだが、季節が変わるためには土気の力が必要なのだ。この土用の考えこそ五行説のおもしろいところだ。

土用とはなにか。各気に働く土気の作用を見ておこう。

木気から火気を発するためには土で作ったカマドが必要である(木生火)。またカマドの灰が炭火を守りさらに灰を作り出す(火生土)。大地の奥深くの土中で鉱物は成長する(土生金)。土の上に現れた岩山から水は流れ出す(金生水)。そして植物の種は土中にあって芽を吹く(水生ま木)。気は土気の作用によって次の気に生まれ変わることができるわけだ。同様に季節もまた土用が正しく働くことで移り変わることができるのである。

季節の循環を図示してみよう。
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土用は各季節の最後に配される。ウナギを食べるのはこのなかの旧暦7月の土用だ。ここは春夏の陽気から秋冬の陰気に移り変わる重要な土用なのでことさら重視されたのだろう。同様に陰気から陽気に変わるのは旧暦1月の土用で、これは年末行事に反映されている。大掃除も土気を集める呪術なのだ。さて、この図に先の数字を当てはめると次のようになる。
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陽気側に2と3、陰気側が4と1となる。それぞれの合計が同じ5となって陰陽同数となる。土気は5なのでこれも陰陽と同数となる。五行を1年の円環に展開させたときに配当される数字もバランスがとれているわけだ。ただし、なぜ(3→2、4→1)となっていて(2→3、1→4)ではないのかは私には分からない。

配当される数字がふたつあるがこれも陰陽になっている。1,2,3,4,5はまだ生まれたての若い気で陰気である。これを生数(なますう)という。これに土気の5を足した数字が6,7,8,9,10である。これを成数(なりすう)という。生数が陰気的数字で成数が陽気的数字なのだろう。ちなみに生も成も同じセイ、ジョウという発音なので、便宜的にナルとかナリとか呼び分けている。

さて、上の図を表に書き直すと次のようになる。

  2,7  
3,8 5,10 4,9
  1,6  

この表は黄河から現れた龍馬の背中に星の数として表されていた。馬は黄河から現れたのでこの数表を河図(かと)と呼ぶ。河図は世界の謎を解くために神が人類に与えたふたつの数表のうちの1枚である。エデンの園の知恵の実に相当する図表なのだ。世界は数字で作られている。まるでピタゴラス学派である。

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2022年1月 6日 (木)

薬師寺の塔の謎を解く(2)易ではなく五行説を使う

(風水連載をはじめるとブログの閲覧数が減る。これはしかたない。わたしは書きたいことしか書けないからな)

さて、薬師寺の塔を易で読むとどうなるか。大きな屋根を陽気、小さな屋根を陰気とすれば、上から順に陽陰陽、陰陽陰となる。6つの気を上下3つずつに分けて読めば、上の陽陰陽は火、下の陰陽陰は水となる。易だと火水未済(びさい)となる。易経は未済をこう説明する。

火水未済(かすいびさい)
順調にことが運ぶ。小狐が尾っぽを挙げて川を渡り、もう少しで渡り切ろうとする時に尻尾を濡らす。なんの得もない。
(三浦國雄著「易経」)

これでは意味が分からないだろう。わたしも分からない。悪い易ではなく、どちらかと言えばよい意味に受け取る場合が多い。未済の字義は未完成ということなので、まだまだこれから希望があるというわけだ。風水的にはものごとの完成は忌むべき避けるべき事象なのだ。そのことを踏まえたとしても薬師寺の塔が未済だというのは説明できない。

以前、このことを検討したときには未済の説明がつかなくて頓挫した。「京都の風水地理学」(2017)を書いた後だった。次の執筆の注文がくれば「奈良の風水地理学」を書こうと思っていろいろ考えたのだ。けれどそのときは薬師寺の塔の読み方が未済のほかにもうひとつあることに気づかなかった。

結果的に言えば、これは易で読むのではなく五行説で読むのが正しい。至極簡単なことである。上が火で下が水なのだから、これは水克火(すいこくか)と読むべきであろう。

ここで五行説について簡単に説明しておこう。これもシンプルな理論なのだ。そしてなぜかギリシャ哲学との共通性がある。ギリシャ哲学を基礎として西洋科学が発展したのなら、五行説を基礎とした東洋科学の可能性もあったと私は思う。

さて、風水においては気が世界を作ると考えられた。宇宙のはじまりである混沌とした気のかたまりを太乙(たいいつ、太一とも書く)と呼ぶ。これがビックバンを起こして陽気と陰気に分裂した。明るくて軽い陽気は上昇し、暗く思い陰気は下降した。こうして世界は生まれた。これを陰陽論という。陰陽論は天地創造の神話なのだ。

陽気と陰気はさらに分裂を繰り返す。次の分裂では陽気が火気と木気に、陰気が水気と金気に分裂した。上下に分かれた世界のちょうどまんなかあたり、陽気でも陰気でもない中間地帯が土気となった。これらの五気が五行である。五行の行とは作用という意味で五行は五気の作用ということだ。

火や植物が上へ伸びるのはそれらが陽気であるで、水や鉱物が下へ落ちるのはそれらが陰気であるからだ。逆に言えば落ちるか昇るかによって、そのものの陰陽が分かる。

五行はさらに分裂して八卦となる。先に見た8つのイメージはここからくる。具体的に示せば、木気は雷と風に、火気は火に、土気は地と山に、金気は天と沢に水気は水となった。火と水は分裂していない。これも分裂すれば八卦ではなく十干(じっかん)となる。

さて、五気はそれぞれ変化する。ここが五行説のおもしろいところだ。変化の仕方にも陰陽のふたつの方向がある。別の気を生み出す方向を相生(そうしょう)、別の気を殺す方向を相克(そうこく)の関係と呼ぶ。相生が陽気的変化で相克が陰気的変化に当たると思う。陰陽論はあらゆるものごとをふたつに分けて考えるのが基本だ。

相生とは相手を生み出すという意味である。5つの気は木火土金水(「ぼっかどごんすい」と覚える)の順に相手を生み出していく。これは自然観察の結果だろう。木を燃やせば火が生まれる。火が消えたあとには灰(この場合は土)が残る。土の中で鉱物が育ち、岩山が水を生みだす。そして水によって植物が育ち、相生の関係は循環するのである。

相克とは相手を克すという意味だ。克すとは克服するということなので相克とは相手を殺すというくらいの意味である。5つの気は木土水火金の順に相手を克す。木は根によって土を崩す。土は堤防となって水を防ぐ。水は火を消す。火は金属を溶かす。金属製の斧は大木を切り倒す。こうして相克の関係は循環するのだ。

このふたつの循環によって世界はぐるぐる動き生きることができる。これを図示すれば五芒星となる。
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ご覧のように五芒星(五角形)だとふたつの回転を図示することができる。数ある多角形のなかで対角線が循環するのは五角形だけだ。なぜそうなのかは分からないが五角形は他の図形とは違う。この特徴をもとに世界が5つの気でできていると定めたのだろう。世界が4気や6気で作られていると考えると世界がうまく循環しないのである。風水は幾何学でもある。

では薬師寺の塔が表わす水克火(すいこくか)とはどんな意味があるのか。それは次回に。

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