陰陽五行説

2019年9月 6日 (金)

大山咋神(おおやまくいのかみ)について

 大山咋神(おおやまくいのかみ)考えたことをメモしておく。

 久しぶりにお参りした松尾大社の社殿の後ろに大きな屏風のような岩があった。この巨石を気のあふれる磐座(いわくら)として神を祀ったのだろう。ここに祀られたのは大山咋神。

 大山咋神は大歳神(おおとしがみ)の子だ。下流の向日神も大歳神の子である。しかも雷神だ。だから大山咋神も雷神と考えてよかろう。実際、上賀茂神社のご祭神である賀茂別雷命(かものわけ・いかずちのかみ)の父親は大山咋神なのだ。松尾大社の社殿後ろの岩はよく見ると青い。青は木気の色であり八卦の雷(らい)の色でもある。雷神の社殿を置くのにふさわしい色だ。

 桂川をはさんで松尾大社と向かい合う梅宮大社のご祭神・コノハナサクヤ姫もまた大山咋神の娘である。したがって系図を書くとこうなる。

 大歳神ー大山咋神 ー 向日神(向日神社)・賀茂別雷命(上賀茂神社)・コノハナサクヤ姫(梅宮大社)

 鴨川・桂川流域の古代から続く古い神々がほぼ大山咋神系ということになる。これはいったいどういうことか。わたしは淀川流域から丹波や近江にかけて開拓されたころの古い信仰が大山咋神に残っているのではないかと考えている。神話にコノハナサクヤ姫や賀茂別雷命の母であるタマヨリ姫のような婚姻譚が必ず含まれているのも特徴だ。人は山から命をいただいてこの世に生まれ、死ぬと山へ帰る。山こそ人の帰るべき場所だという考え方が大山咋神の信仰のベースにあるように私には見える。

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2019年8月23日 (金)

いなばの白ウサギはなぜ白いのか その4

  日本の英雄が少年の姿が多いのは「地山謙」の戦勝祈願の形式を履んでいるからだと考えている。大地の女神に愛された少年こそ無敵なのだ。大国主もまたそうした英雄のひとりであった。末子という設定も暗に易でいう小男であることを示している。この場合の母神は妻問する相手のヤカミヒメだろう。大巫であるヤカミヒメに選ばれて大国主は英雄となり「地山謙」の易が完成する。

[地、山]=[母、小男]=[地母神、少年]=[ヤカミヒメ、オオクニヌシ]

 だから大国主は八白土星であり色は白となる。したがって彼の使い魔である因幡のウサギは白ウサギでなければいけない。これが波ウサギが白い理由である。

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北野天満宮三光門

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2019年8月22日 (木)

いなばの白ウサギはなぜ白いのか その3

 なぜ、いなばのウサギは白いのか。つまり、なぜ白ウサギは八白土星の山とされたのか。結論から言えばこれは易の「地山謙(ちざんけん)」によるとわたしは考えている。

 易はカード占いだといった。実際にカードは使わないが8つのイメージの組み合わせて占果を得る。イメージは8つあるので占果は64通りとなる。なかでも最強なのは「天沢履(てんたくり)」だ。天と沢のイメージの組み合わせて占果が「履」となる。これはトラのしっぽを履(ふ)んでも大丈夫だと易経にある。もちろん占果は両義性があるので占う内容によっては最悪の場合もあろう。ただし予祝儀礼の場合は縁起がよいのでよく使われる。

 予祝とは前祝いのことで、欲しい占果を形にして祝う。「天沢履」なら天なるものと沢なるものを壇上にあげて祀ることが多い。このときの天なるものと沢なるものの代表例が父と小女だ。こうして小女が天父を祀る信仰の形式が生まれた。祇園神を祀る舞子も同じ形式だろう。

 「天沢履」はオールマイティな占果なのであらゆる予祝に応用できる。この易と対をなすのが「地山謙」なのだ。つまり大地なる母神と山なる小男の組み合わせだ。謙とは謙譲のことで、節度を守ればあらゆる敵を打ち砕くと易経にある。この易は戦勝祈願のための予祝儀礼になくてはならない。

 こうして戦時には地母神になぞらえた大巫と少年の姿の英雄の組み合わせができたと。ヤマトヒメとヤマトタケル、推古天皇と聖徳太子、クラマ神と牛若丸、探せばもっとあるだろう。いなばの白ウサギの神話もその形式を履んでいるとわたしは考えている。(つづく)

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祇園祭月鉾

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2019年8月21日 (水)

いなばの白ウサギはなぜ白いのか その2

 九星図とは洛書と後天図を組み合わせてアレンジしたものだ。洛書とはこれだ。
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 星が並んでいる。これを数字に置き換えるとこうなる。
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 これはシンプルな魔方陣だ(魔法陣ではない)。魔方陣とは同じ数を2度使わずにマス目を埋めてどの列の数字を足しても同じ数になるものをいう。3×3のマス目の場合は、これとこれの左右対称形のものの2種類しかない。マス目が増えても魔方陣は成立し数学の問題として有名だ。032  
 後天図とは易の8つのイメージを並べたものだ。
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 易は(天ー地)(火ー水)(山ー沢)(雷ー風)の4セット8種類のイメージを使うカード占いだ。その並べ方は2種類あり先天図、後天図と呼ばれている。後天図は上図だ(図の上が南となる)。
 後天図は土気が右上と左下にあり、これをつなぐ斜線が陽気と陰気とを分けている。つまり右上は木気と火気、左下は金気と水気だ。これは暦と対応しているのだが、その話はまだ別のところでしよう。
 九星図はこのふたつの図を合体させてアレンジしたものだ。
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 九星図がいつからあるのか分かっていない。ひょっとすると九星図は後天図より前にあったのかもしれない。
 さて、九星図は上のようになっている。数字は洛書と同じだ。色はなぜこういう配置なのかは不明だ。白が3度使われている理由も分かっていない。木星や土星の木や土は木気、土気という意味で、星は洛書が星で表されていることから派生しているのだろう。
 
 いなばの白うさぎの「白」はこの八白土星の白だと考えるわけだ。白は水星や金星もあるが、ウサギは土気の神様のお使いだということで土星を選んでいる。


 さて、ここまでが前置きである。ではなぜウサギの色を九星図まで引っ張り出して白にしなければならなかったか。五行説で言えば土気の色は黄色なので土気を強調したいだけなら黄色でもよいわけだ。長くなったので続きは次回に。

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2019年8月20日 (火)

いなばの白ウサギはなぜ白いのか

 波乗りウサギはわたしの呼び方で本来は波ウサギという。謡曲「竹生島」を語源にあげることもあるが、あれは語源ではなくて古い使用例というのが正しい。「竹生島」では波が騒ぐようすを波の上をウサギが飛ぶさまに見立てている。波が荒れると三角波のてっぺんが次泡立って飛ぶ。それは確かにウサギが飛んでいるように見えるだろう。もちろん出雲神話のワニの背を飛ぶウサギと同じイメージだ。おそらく波ウサギという海民の使う古い用語があったのではないかとわたしは思っている。

 わたしは丹後半島で野ウサギを見たことがある。白くはなかった。日本に野生の白ウサギがいるのかどうか知らないが、イギリスでもピーターラビットは白くない。ウサギが白いものだというのは思い込みだろう。しかし波ウサギは必ず白い。なぜか。これは九星図の八白土星の「白」だと私は考えている。ではなぜウサギが八白土星なのか。長くなったので続きは次回に。

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霊鑑寺(京都市左京区)

 

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2019年8月19日 (月)

霊廟系はウサギが多い?その2

 ウサギについて補足をしておきたい。なぜウサギが冥王の使いなのか。これはウサギが穴に棲むからだろう。地中に棲むから地底の冥王の使いとなるのだ。だからネズミでもよい。大黒天の使いはネズミだ。大黒天は大国主命と習合(同一視)されている。

 おもしろいのはルイス・キャロルの「不思議の国のアリス」でアリスを地底の国に導くのがウサギだということ。キャロルは東洋思想を知っていたのではないか。地底国のハートの女王は赤いバラを愛していた。赤は火気を示す色。ハートの女王が土気だったら火気を愛するのは当然だろう。土気から火気が生まれるからだ。やはりキャロルは東洋思想を知っていたとしか思えない。

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浄心寺(京都市中京区裏寺通り蛸薬師)

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2019年8月18日 (日)

霊廟系はウサギが多い?

 大正元年の再建だそうだ。ぎこちないところが愛らしい。

 最近思うのだが波乗りウサギは霊廟に多いように思う。霊廟とはお墓のことだ。ここには秀吉の妻ねねを葬り神として祀っている。れっきとした霊廟系だ。ほかには最近見た滋賀院(そこは慈眼大師のお墓に隣接)や出雲大社など。理由はウサギが大国主命の使い魔だからだろう。大国主の国は大地を指し、彼は地底を司る冥界の王である。

 霊廟建築にウサギを使うとき両方とも口を閉じるというルールがあるように思う。こいつらも陰陽どちらも口を閉じている。出雲大社がそうなっていたし、滋賀院では両方とも陰気の振り向きタイプだった。

滋賀院 http://www.tukitanu.net/2019/07/post-244b20.html

 また、ここのように左右が逆転しているのも珍しい。それも霊廟系だからだろうか。

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2019.07.3、高台寺勅使門

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2019年8月 9日 (金)

龍安寺の石庭の謎を解いてみた(4)

 民俗学者の吉野裕子(ひろこ)が龍安寺の石庭の謎を解いている。15年ほど前に読んだときには難しくて分からなかったが、いま改めて読んでみるとよく分かる。結論から言えばこの庭は火の庭だということだ。わたしとはアプローチが違うのに同じ結論に至るところが興味深い。

 吉野のすごいところは、なぜ火の庭なのかという理由も突き止めていることだ。ミステリーでいえば犯人の動機を明らかにしたようなものである。さすがだ。

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 吉野裕子説
 吉野は土気の島の5つの石は金水木の各島へ分散したという。たしかにそれぞれの島には数に入れていいのかどうか分からない小さな石がある。わたしも左端の島の5個は3個+2個ではないかとさんざん迷ったが、この2個が土気のかけらだとは気づかなかった。

 土気は他の気に働きかけて活性化させる働きがある。これを土用という。各季節の終わりの18日間を土用と呼び土気の働きかけによって次の季節に移り替わることができる。この庭の土気も土用として他の気に働きかけているわけだ。

 金気の4は図のように2(土気の小石は数えない)+2に分断されている。それは隣の火の島の働きだ。火気には土気を生み出す力と火を克す(こくす、殺すこと)のふたつの能力がある。この庭は火を克す相克の力が発動して金気がまっぷたつに分断された状況を示すというわけだ。ここは金気の殺しの現場なのだ。

 わたしは気づかなかったが火の島のふたつの石のうち左側は小さいけれど正三角形だという。三角形は火のかたちだ。そうすると右側の長い石は火の剣なのかも知れない。

 火も土用がなければ相生や相克の力を発揮できない。では火の島への土用はどこにあるのか。これは方丈の主もしくはこの庭の観察者のあなた自身の人体が土用となるのだろう。人体は最良の土気だからだ。この庭は観察者が参加して初めて完成し金気を分断する状況を生み出す装置なのだ。では金気を分断するとはどういう意味なのか。

 不立文字(ふりゅうもんじ)の庭
 禅宗の奥義は「不立文字、以心伝心、直示人心、見性成仏」だそうだ。この最初の不立文字とは言葉を使わずに仏と通信する力をいうらしい。言葉は五行のなかでは金気とされる(金言という言葉はここからきている)。その金気を分断するとは言葉を絶ち心で仏と向き合えという不立文字の教えを表しているわけだ。これがここが火の庭である理由である。

吉野裕子「易・五行と庭園」(「陰陽五行と日本文化」大和書房2003所収)

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2019年8月 8日 (木)

龍安寺の石庭の謎を解いてみた(3)

 わたしの二つ目の解釈は次のとおりだ。

 石の移動
 この問題は「5、2、3、2,3」の数列を読み解くものだろうと最初に述べた。実はこの数列は逆ではないかと思い始めた。つまり「3、2、3、2、5」ではないか。なぜならそれぞれに五行を当てはめたとき後者なら「木、水、木、火、土」となり後半の「木、火、土」の3つのならびは相生の関係「木、火、土、金、水」の前半に相当するからだ。
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 整理するとこうなる。

石庭の数列 3(木) 2(火) 3(木) 2(火) 5(土)
相生の関係 4(金) 1(水) 3(木) 2(火) 5(土)

 お分かりだろうか。石庭の数列の最初の「3、2」が「4、1」に変われば五行説とおりになる。そうする方法は簡単で2番目の島から最初の島へ石をひとつ移動させればよい。そうすれば2が1になって水に、3が4になって金となる。


 トラの一家は親1頭とこどもが3頭の4頭だった。トラは白虎にみるように金気を代表する生き物だ。石の移動は金気の完成をもたらすと同時にトラの一家をも完成させる。この庭園の「トラの子渡し」のネーミングは2番目の島から最初の島へ子トラになぞらえた石をひとつ移動させることを示唆しているのではないか。これがわたしの今のところの結論である。
 
 火の庭
 ではトラの子渡しで完成する相生の関係はなにを示すのか。普通、相生の関係をいうときは「木火土金水(ぼっかどごんすい)」と木気から始める。それは木気は春を表すので暦に合わせているからだ。しかしこの石庭では「金水木火土」と途中から始まっている。相生の関係はリング状につながっているのでどこから始めてもいいわけだが、なぜ通例に従わず金気から始めたのか。それはこうすると方丈の正面に火気がくるからだろう。やはり二つ目の解釈でもここは火の庭となる。では火の庭とはいったいなにか。それは次回に。(つづく)

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2019年8月 7日 (水)

龍安寺の石庭の謎を解いてみた(2)

 この庭には名前がある。「虎の子渡しの庭」という。虎の子渡しとは次のような数学の問題である。結論からいうとこのネーミングはフェイクだった。

 トラの子渡しのトラップ
トラは3頭こどもを産むとそのうちの1頭がヒョウになるという。ヒョウはこどもくせに虎の子を食べてしまう。だから兄弟と2頭きりにしてはならない。ヒョウのほかに2頭以上のトラが一緒にいればヒョウは虎の子を食べないし、親と2頭きりのときも親トラを食べることもない。これが前提条件だ。

 さて、あるときトラの一家は川を渡らねばならなくなった。2頭しか乗れない小船があり、これを使って親はこどもたちを向こう岸へ渡らせねばならない。最初に子トラを船に乗せると岸の残ったもう1頭の子トラがヒョウに食べられてしまう。さてどうすればヒョウも含めた一家4頭を向こう岸へ運ぶことができるだろうか。これがトラの子渡しの問題である。

 答えはひととおりしかない。まずヒョウを向こう岸へ渡す。次に子トラ1頭を渡し、帰り船にヒョウを乗せる。岸に戻れば残っていた子トラとヒョウとを入れ替える。子トラを渡したあとヒョウを連れにもう一度戻る。これを数列に書くと次のとおりとなる。これは行列だな。

[4,0][2,2][3,1][2,2][1,3][2,2][0,4]

 さて、石庭の島の石の数は2,3,5の3種類しかない。1と4がない以上、トラの子渡しの答えがそのまま石庭に当てはまらない。一見、島の配置がトラの子渡しの問題と似るので関係があるように思わせるがこれはフェイクなのだ。ではこのネーミングは石庭と無関係なのだろうか。実はそうでもないのである。(つづく)

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2019.08.01、現場メモ

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