たぬきの異界案内

2022年11月23日 (水)

これが「小倉百人一首」の小倉山だ

小倉(おぐら)百人一首は誰でもご存知かと思うが、その「小倉」の由来となった小倉山がこれだ。藤原定家はこの地で百人一首を作った。小倉山はこのように渡月橋からよく見える。おまんじゅうのような特徴的な形の山で亀山という別称もうなずける。小倉山のふもとに亀山天皇の離宮があり、後に離宮跡が天龍寺となった。天龍寺が東向きに建てられているのは、亀山をご神体と仰ぐからだろう。小倉山のクラは岩倉のことなのだろう。

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2022.11.23、京都市右京区嵐山

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2022年3月20日 (日)

ひみこの庭へ行った

古墳を見渡せるカフェテラス「ひみこの庭」へ行った。ときたま他の客がおらず、古代墳墓を眺めるだけの静かな時を過ごした。ひろびろとした風景が気持ちよい。

見えているのはひみこの墓として古代史ファンのあいだで取沙汰される箸墓古墳である。わたしは訪れたのは初めてだった。全長278メートルの前方後円墳を一周した。思っていたより大きかった。そして墓のすぐ後ろに三輪山がそびえるロケーションがよく分かった。また、箸墓を中心にするように纏向(まきむく)遺跡が広がっていることもよく分かった。纏向遺跡は集落遺跡ではなく祭祀場遺跡である。

ちなみに卑弥呼が活躍したのは3世紀中ごろ。箸墓古墳の推定造営年代は3世紀後半なので微妙にずれている。陵墓に比定されるほどの巨大古墳のなかで埋葬者が女性であるという伝説が残っていたのはここだけであった。そのことが卑弥呼説の契機だが、日本神話と中国史書と考古学資料である古墳とをどこまで重ね合わせてよいものか迷う。

とりあえず箸墓伝説と三輪山との関係、前方後円墳と古代祭祀との関係を考え直す必要があろう。箸墓を眺めながらそんなことを考えた。

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2022.03.13、奈良県桜井市「ひみこの庭」

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2021年4月 1日 (木)

圓徳院北庭を初めて見て気づいたこと

高台寺のライトアップのあと隣接する圓徳院のライトアップも見てきた。観光客が少なくほぼ貸し切り状態だった。圓徳院を訪れるのは初めてである。いくつか気づいたことがあるのでメモしておく。

1598年秀吉没
1605年圓徳院(木下家の菩提寺、ねねの在所)伏見城からねねの化粧御殿と庭園を移築
1606年高台寺創建(秀吉の菩提寺)小堀遠州が作庭
1624年高台寺が曹洞宗から臨済宗へ改宗

まず高台寺庭園のふたつの池はつながっていたように見えること。中門を作った際に作り替えたのだろう。池がつながっておれば開山堂の建つ場所は蓬莱島に見える。

二つ目は圓徳院庭園は高台寺庭園とセットであろうということ。高台寺庭園の開山堂には橋がふたつ架けられているが圓徳院庭園の蓬莱島にもふたつの橋がかかっている。蓬莱島にかかる橋は普通は1本で行き止まりになっているが円徳寺庭園のように蓬莱島を2本の橋で通り抜けられるかたちは珍しい。ふたつの庭園構成がよく似ていることもセットであることを示すように思う。

三つ目は上にある高台寺が秀吉、下にある圓徳院がねねの場所なので易の「天沢履(てんたくり)」の形式に見えること。秀吉を天神に、ねねを天神を祀る巫女になぞらえているわけだ。高台寺と圓徳院はセットで鎮魂のための装置となる。

四つ目はねねは相当人気があったのだろうということ。カリスマ性が強いので政治利用を避けるために家康はねねをアジールへ隠したのだろう。高台寺あたりは現世権力の及ばないアジールだったわけだ。圓徳院の掌美術館にねねのくつしたが展示されていた。防寒用の綿入れの大きな白い足袋だった。なんだかおもしろい。

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2021年3月19日 (金)

安芸の宮島は鬼が島のようだった

宮島SAの展望台から異様なかたちの島が見えた。鬼ヶ島のようだねぇと話していたらこれが宮島だった。中央の高い山が弥山(みせん)というそうだ。弥山は須弥山のことだろう。世界の中心にそびえて天地をつなぐ生命の山である。

この山の真下に入り江があり有名な厳島神社がある。厳島の「いつく」は「斎(いつ)く」だろう。天神を斎く巫女の島なわけだ。巫女は八卦の沢だから天沢履の易卦を体現している。天沢履とは最高の安全を意味する。

この島は標高が535メートルもあり瀬戸内海では小豆島(817)に次いで高い。遠くからでもよく見えるこの島が古代より航海安全の守護であったことが少しわかった。

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2021.03.17、宮島の遠景

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2020年8月24日 (月)

勝尾(かつおう)寺へ初参詣した(3)

二階堂のカメの懸魚。二階堂は開祖であるふたりの僧を祀っている。法然上人が籠ったことでも有名だそうだ。カメは玄武だとか霊亀などと呼ばれるが水を示すことが多い。やはりこここは水の霊地なのだろう。

二階堂と言えば鞍馬寺の転法輪堂を思い起こす。これは斜面に建つ舞台づくりのお堂で大きな阿弥陀様を安置する。阿弥陀様が大きいので須弥壇が半地下となり仏像の胸から上を拝するようになっている。わたしはこれがもともとの二階堂だろうと思う。

ミロクは西方浄土の仏、西方は金気の世界なので「金生水」の相生(そうしょう)の関係により水気を生む。二階堂の存在はここが水の聖地であることを語っているように思えてならない。

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2020.08.09、大阪府箕面市勝尾寺

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2020年8月21日 (金)

勝尾(かつおう)寺へ初参詣した(2)

連載にするつもりはなかったが言い足りないことがあるのでメモしておく。

本堂下を護る石垣がとてもよかった。桃山時代の穴生積みに見える。多少ハラミがあるものの全体としてはしっかりしている。角のラインなどはいまだに健在で力強い美しさを見せている。本堂は秀頼が慶長年間に再建したものなのでそのときの石垣だろう。

本堂は桃山風の装飾がほぼない。最初からこうだったとは思えないので何度かの修理を通じてこうなったのだろう。とくに明治維新後の修験道弾圧のために荒廃したのではなかったか。

ここと聖地の構造の似ている鞍馬寺は戦後天台宗から独立し鞍馬弘教という新興宗教を起こした。終戦により修験道の禁止が解かれたのでもとの神仏混淆の信仰を復興しようとしたのだろう。鞍馬寺はそうやって弾圧の歴史をはねかえした。勝尾寺も同じような歴史を歩んだのではなかったか。

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2020.08.09、大阪府箕面市勝尾寺

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2020年8月20日 (木)

勝尾(かつおう)寺へ初参詣した

西国札所。境内のスピーカーから太鼓の音が響き祈祷の声が流れる。初めて参詣したがそこは活きた札所だった。にぎやかでとても楽しい。気づいたことをメモしておく。

鞍馬寺とよく似ている。街道に面した立地、観音信仰、水が豊富なこと。おそらく鞍馬寺と同じ「水生木(すいしょうぼく)」による子安信仰の霊地だったのだろう。水生木とは水気が木気を生み出す力のことをいい、湧水地は木気である春、芽生え、妊娠などを祈る霊地であることが多い。その後修験道と結びついて独特の信仰を生みだしたのだろう。明治期の廃仏毀釈で神仏分離が行われ信仰の元の形式が分からなくなっているところも鞍馬寺と似ている。

開成(かいじょう)皇子開基とあった。開成皇子は桓武天皇の兄にあたるお方だそうだ。桓武朝は弟といい兄といい神界に通じる人間が多い。興味深い。

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弁天池から本堂方向を望む
2020.08.09、大阪府箕面市、勝尾寺

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2019年11月27日 (水)

牛頭天皇の社は緑のコケの包まれていた

 細かい雨が降っていた。地面がコケの鮮やかな緑に覆われていて美しい。

 関神社が防疫のために朝廷が置いた神社とは知らなかった。姫路の広峰神社と同時だそうだ。どちらも牛頭天皇を祀る。牛頭天皇はスサノオと習合するが淀・鴨川流域のスサノオ信仰の大元が広峰・関の両神社にあるような気がして興味深い。

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2019.10.19/ワトソン紙はがきサイズ、グラフィックペン0.5、固形透明水彩/兵庫県養父市関宮町関神社

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2019年11月26日 (火)

寝屋川の大利(おおとし)神社を描いた

 門寿司が開くまで時間があったので大利(おおとし)神社を描いた。これで18分。暗くてよく見えないので適当なところで切り上げた。大利神は大年神、大歳神、歳神と書くことが多い。最近気になっている神様だ。スサノオの子で稲荷神と兄弟で松尾神の父親だ。こうした神々は淀川から桂川水系に広く分布していることから氏族関係が反映されているのだろう。

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2019.11.23/ワトソン紙はがきサイズ、グラフィックペン0.5、固形透明水彩/大阪府寝屋川市大利神社

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2019年11月23日 (土)

養父市の狛犬左右逆転事件(3)

 二宮神社の裏手にある観音堂で急こう配の屋根が現世離れした雰囲気をまとっていて素敵だ。宝形屋根なのだが頂部に宝珠ではなく煙抜きのような小屋根が載っている。これはなに? もとは茅葺だったと思うが、そのころからこんな形をしているのだろう。ひとつ考えられるのは、小屋根の両端を2と数えて陰気を象徴する数字2に合わせたこと。そういえば二宮神社という名前にも2が付いている。もしそうならこれも月待信仰の名残りかもしれない。

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2019.11.17/ワトソン紙はがきサイズ、グラフィックペン0.5.固形透明水彩/兵庫県養父市大屋町大杉大福寺

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