2026年4月 8日 (水)

七条新地のカフェー建築

七条新地は戦後「五条楽園」と呼ばれた風俗街として名を馳せたが、戦前は祇園や先斗町と同じような花街として栄えていた。今残る昭和初期の建物群はそのころの名残である。

七条新地はほとんどが町家造りのお茶屋(待合茶屋)建築だが、そのなかに混じる洋風建物が目をひく。これは待合茶屋ではなくカフェーではないか。
 
昭和初期の待合茶屋は風俗斡旋および貸し席業であり、カフェーはいまのキャバクラと同じ業態だったように思う。国際様式をまねながら、タイルやステンドグラスで飾る「当世風」意匠は、実は当時の職人芸の極致であり見逃せない。

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2026.03.28、京都市下京区

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