2026年1月
2026年1月31日 (土)
2026年1月30日 (金)
2026年1月29日 (木)
2026年1月28日 (水)
JR摂津富田駅の双頭レール
プラットホーム上屋に使われている鉄骨は明治時代のI型レールで、いわゆる「双頭レール」と呼ばれるレアものだ。鉄道かいわいではここにあることは有名らしい。わたしは知らなかったので驚いた。
いたってシンプルな構造で美しい。他ではあまり見ない珍しいかたちだと思う。ウイッキによれば摂津富田駅は1924年開業だそうだ。かたちはそのころに見えるが、六角ボルトで締めているので戦後かも知れない。
2026.01.27、大阪府高槻市
2026年1月27日 (火)
2026年1月26日 (月)
駒井邸の黄色い型ガラス(1927)
ダイヤと呼ばれる型板ガラスである。ザラメのような凹凸が光を拡散して階段室を黄色に染める。黄色いガラスは礼拝室によく使われる。心を落ち着かせる効果があるのだろう。階段室は駒井邸の一番の見どころであるが、それはこの黄色い型板ガラスによる効果が大きい。
大正期の国産型板ガラスは4~5ミリと分厚かったようだ。これが2~3ミリとベルギー産なみに薄くなるのは1930年以降だそうだ。もしそうだとすれば、このガラスは薄いので輸入品ということになる。
材料からみた近代日本建築史その3、板ガラス生産と近代の日本家屋
https://www.kensetsu-plaza.com/kiji/post/29651
2026.01.25、京都市左京区、まいまい京都ツアーにて
2026年1月25日 (日)
なぜ駒井邸の手すりがゾウの鼻のようなのか
階段の曲がり角は踊り場ではなく三角形段板3枚による回り階段となっている。通常の設計ならば下側の手すりは角の支柱に突き当たって終わる。ここではゾウの鼻のように上へ伸びている。なぜか。
もし下の手すりがまっすぐ支柱に当たっていると、角を曲がるとき手すりを持ち替えねばならない。持ち替えるとき手が手すりからいったん離れる。回り階段は段板が狭いので足を踏み外すおそれがある。
そんなときに一瞬であっても手すりから手がはなれるのは危ない。そこで上下の手すりの継ぎ目で高さをそろえて、手がはなれないように工夫したのだろうとわたしは思う。行き届いた設計である。よく考えられていると思う。わたしも見習わねば。#まいまい京都
2026.01.25、京都市左京区、まいまい京都ツアーにて
2026年1月24日 (土)
2026年1月23日 (金)
旧木村時計店の4面時計
4面時計は1台の時計機械で4方向の針をまわす優れものだ。おそらく中に機械が残っているのではないか。かつて京大時計台や同志社女子大栄光館などに据えられていたが、今はデジタル化されて機械は撤去された 。残っていれば珍しい。
京都新聞に記事あり
時を超えた時計塔突如出現の謎“銀幕モダン”今に|THE KYOTO|京都新聞
(有料記事なのでわたしは未読である)

2026.01.22、上京区
2026年1月22日 (木)
2026年1月21日 (水)
ニデック京都タワービル(1964)
行くたびに撮っている。からし色のプラスチック板が描く曲線が美しい。眺める位置によって曲線が変わるので上がったり下りたりして撮っている。楽しい。
2025.07.25 京都タワービルの手すり
2025.07.02 ニデック京都タワービルの階段
2025.04.28 ニデック京都タワーのフードホール階段
2021.12.12 山田守の未来都市ここにあり

2026.01.12、京都市下京区
2026年1月20日 (火)
新京極のパテー館(1911)
以前ご紹介したところ、辻野さんから映画館の跡と教えていただいた。調べたところパテー館(朝日座、弥生座)らしい。レンガ壁は防火壁だと思う。延長が短いのは映写室だけを囲っているからかもしれない。
レンガ壁に隣接して、もうひとつのレンガ壁がある。その上に大正期と思われる木造壁が残っている。細かい横板は木摺りといい、プラスター下地によく使われる。これがパテー館の本体なのだろうか。
大正期の新京極を調べるために絵ハガキを集めている。ここに挙げた2枚は新京極通りに立って北を望んだ写真だ。突き当りが今の六角広場で夷谷(えびす)座が南面しているのが写っている。
1枚目の右側は映画館「キネマ倶楽部」で、その隣の洋館がパテー館だ。2枚目の右側がパテー館。入り口の上に看板絵が並んでいる。
いずれも大正時代の写真と思われる。この写真と同時代のレンガ壁がそのまま残っているのが不思議だ。

2026.01.18、京都市中京区
2026年1月18日 (日)
2026年1月17日 (土)
2026年1月16日 (金)
2026年1月15日 (木)
2026年1月14日 (水)
2026年1月13日 (火)
2026年1月12日 (月)
2026年1月11日 (日)
2026年1月10日 (土)
水晶橋(1929)
照明器具はオリジナルらしい。とてもよくできている。アールデコ風の不思議なデザインがかっこよい。水上バスの運行試験で2度にわたってこの橋の通過に失敗して、中之島周回コースはおじゃんになった。あらゆるものを堰き止めようとする強い意志を感じる。
もとはアーチのなかに水門があって満潮時に閉め切り上流側に水を溜めて、干潮時に水門を開放してちり芥を押し流したという。ようするに川の掃除が目的だった。1982年に水門は取り払われ、照明器具も修理された。そのときに堂島川可動堰から水晶橋へと名前が変わったと識者のPDFにある。
橋のデザインは大阪市建築課の伊藤正文、可動堰システム設計は内務省技官から大阪市顧問に引き抜かれた岡部三郎とある。文中にある武田五一は、大阪都市計画橋梁全体の顧問だったから名前があがっているのだろう。この美しい橋は武田の薫陶を受けてできたものと考えてよい。
おしゃれなアーチの組み合わせが美しい「水晶橋」/髙橋 真弓


2025.11.16、大阪市北区、まいまい北浜
2026年1月 7日 (水)
内閣文庫(1911)テトラ型照明
こんなの見たことがない。三角錐の頂点に吹きガラスシェードの愛らしいランプが付いている。軽やかで端正でかっこよい。天井のひし形飾りと合わないようで実はそうでもないところもよろしい。
本当に最初からこれが付いていたのだろうかという疑問は残る。ガラスシェードは明治時代らしいが、純粋なテトラ型は昭和モダンな感じがする。
3つのシェードから天井の吊元へ伸びるのは蝋引き電線そのものに見える。3本吊り下げたところへ鉄棒で作った三角形の枠をはめているのではなかろうか。もしそうであれば構造そのものがデザインになっている。とてもおもしろい。
これが竣工当時のものだとして、このアイデアは大熊の独創だろうか。大熊の上司かつ恩師である武田の仕業に見える。武田ならやりかねない。
2025.11.23、まいまい明治村にて
2026年1月 6日 (火)
2026年1月 5日 (月)
2026年1月 4日 (日)
内閣文庫(1911)明治時代のラスタータイル
ごく深い緑色のタイルで、表面が虹色に光る。これはラスタータイルの特徴だが、明治時代にラスタータイルがあったのだろうか。とても珍しいしとても美しい。
言わずと知れた大熊喜邦の設計で、内閣文庫は国会議事堂設計の練習台のひとつと言われる。だからこの暖炉は鋳鉄枠もタイルも国産ではないかと思う。


2025.11.23、まいまい明治村にて
2026年1月 3日 (土)
第五十番の吉
今年のみくじをメモしておく。かつては凶や半吉など容赦なかったが、ここ数年は吉しか出ない。今年は50番の「吉」だった。
有達宜更変(いうたつ、よろしく、かうへんすべし)
重山利政逢(ちょうざん、り、まさにあふ)
前途相偶合(ぜんと、あひぐうごうす)
財禄保享通(ざいろく、こうつうをたもつ)
えんまんじ訳
(目的地に)達するにはぜひとも(道を)変更すべきである
そうすれば、深き山々といえども越えれば必ず利益と出会い
進むべき道は自然に次々と現れるだろう
滞りなく道を進めば財産と禄(給与)を保つことができる
参道の茶屋でお昼をいただいた。おでんとバラ寿司がことのほかおいしかった。
2026.01.01、兵庫県宝塚市、清荒神
「宝光亭」(大正8年創業)



















































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