関西美術院再訪(6)黄金比でつくられた美術院
失われた倉庫を図のような細長いものだったと仮定する。倉庫は石膏写生室に隣接していたのだから、石膏模型を保管する場所だったのではないか。ならば細長い倉庫で十分だろう。模型を保管する棚が片側の壁沿いにあったはずだ。
そう想定すると講堂から倉庫までの輪郭は、黄金比長方形を横にふたつ繋げたことが分かる。タテにすると附室の輪郭を成す。そうやって黄金比で分割していくと平面図ができあがる。この設計手法と関係がないWCと外部廊下は後補の可能性がある。
黄金比は1:1.618で自然界に多く存在する。19世紀美学では自然物の美しさは黄金比のためと考えていた。したがって建築教育でも黄金比をもとに設計することを教えた。武田は黄金比をことのほか気に入ったようだ。京大では黄金比を省略した2:3で設計するよう指導していたといわれる。
彼が関西美術院を設計のころは、黄金比をそのまま使っていたようだ。平面図に現れる比率は次のとおり。
黄金比(大)4 :6.5 =1:1.625
黄金比(中)2.5:4 =1:1.600
黄金比(小)1.5:2.5 =1:1.666
よくもこれだけ黄金比に合わせたものだ。断っておくが平面を黄金比にしたからといって美しくなるわけではない。そもそも部屋の形そのものは黄金比でもなんでもない。そのことは武田も承知していただろう。これは武田のクセなのだ。方眼紙とコンパスで設計し、黄金比に揃えずにはいられない何かを武田は終生失わなかった。
ただし私のこの推論は、失われた倉庫が細長いものだったという仮定のうえに成り立っている。あくまで仮説として挙げておく。

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