初めての尊攘堂(8)松下村塾の四天王と呼ばれた勤王志士たち
丸窓のように見えるが窓ではない。丸いアルコーブ(壁のへこみ、壁龕(へきがん)ともいう)の下に台がある。この台上にブロンズ製の胸像を置くのだろう。それはもちろん勤王の志士たちだ。いったい誰が載るのか。
アルコーブは4つある。つまり4つで1セットなわけだ。それならもう吉田松陰の弟子の四天王しかなかろう。久坂玄端、高杉晋作、吉田稔麿、入江久一の4人は、獄死した松陰の遺志を継いで泥沼の倒幕闘争に明け暮れながら、その成就を見ずに死んだ。
この「堂」は彼らの鎮魂の館なのだ。わたしは4人の胸像は完成していたと思う。ひょっとするとそれはここへ飾られていたのかもしれない。戦時の金属供出で堂内の松陰像とともに持ち去られて帰ってこなかったのではないか。復元しなくてもよいので、せめて元の姿はどうだったのか明らかにしてほしい。

2025.11.08、京都モダン建築祭にて



















































































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