2025年9月
2025年9月30日 (火)
2025年9月29日 (月)
2025年9月26日 (金)
〈 越前を行く-11 〉昭和会館(1931)
今庄宿で社会事業に尽力した田中和吉氏の寄付した会館。今は町有となっている。外観は改装されている。もとはもっと装飾の多い表現主義建築だったらしい。「福井の文化財」に京都の上田工務店の設計施工とある。上田工務店は京都のレストラン菊水(1926)を設計施工している。
設計を担当したのは松村次郎(生没不詳)。1921名古屋高等工業卒。卒後竹中工務店、1925上田工務店へ移籍。日本近代建築人名総覧増補版によれば、作品としてレストランあけぼの、竹内栖鳳邸RC部、京都アパートなどがあげられている。京都アパートといえば百万遍にあった府警青雲寮のことだ。あれも中はすごかったのだろうなぁ。

2025.07.06、福井県南越前町
2025年9月25日 (木)
〈 越前を行く-10 〉ガラス
1枚目はサンドブラストだと思う。絵の線がつながっていないので型紙を使ったのだろう。同じ絵をいくつも作ることができる。
2枚目は型紙を使わないサンドブラストだと思う。既製品なのかもしれない。
3枚目はニカワガラスだと思う。ニカワガラスは大正期に流行ったようだ。これらのガラスもそのころのものなのかもしれない。

2025.07.06、福井県南越前町
2025年9月24日 (水)
2025年9月23日 (火)
2025年9月22日 (月)
〈 越前を行く07 〉ウダツのある町
今庄宿の古民家には本ウダツがあった。本ウダツとは屋根の両端の防火壁だ。簡略化されて2階両端の袖ウダツの場合もある。若狭屋が袖ウダツを備えながら板葺きだったというのなら、最初は本ウダツだったと考えるのが自然だ。瓦葺きに変更した際に本ウダツから袖ウダツへ改造したのだろう。
1枚目の京藤甚五郎家住宅は酒造家で脇本陣を務めた。1799年火災被災後の建築で、いまは文化財として公開されている。瓦葺きでありながら本ウダツにするのは雨漏りのリスクがある。それを承知のうえで本ウダツにこだわったのは袖ウダツに抵抗感があったのだろう。江戸時代後半の瓦葺き普及期には、本ウダツのほうがかっこよいと考えられていたことが分かる。
注目したいのは1階の庇が銅板葺きであるものが多いことだ。これは三国湊と同じである。おそらく積雪には瓦よりも銅板のほうがよいのだろう。積雪の重さを軽減するためか、雪解け水の侵入を防ぐためにこのほうがよいのか分からない。中ほどがふくらんだ形がやわらかで優しい表情がある。

2025.07.06、福井県南越前町
2025年9月21日 (日)
2025年9月20日 (土)
2025年9月19日 (金)
2025年9月18日 (木)
2025年9月16日 (火)
〈 越前を行く〉越前古窯博物館
旧水野九右衛門(くえもん)邸を移築したもの。移築が丁寧でとてもよい。軸組は能登半島の枠の内づくりと同じだ。耐震構造である枠の内づくりは少なくとも福井県まで届いている。
正面の小窓のあいだの柱の上に小さな斗(ます)が載っている。斗と柱の木目が通っているので、柱の先を斗の形に削り出したのだろう。斗が支えるのは仏堂建築で用いられる虹梁(こうりょう)だ。梁の両端の流れるような模様が美しい。それが懸魚(けぎょ)の波模様と響きあって見事だ。ちなみに裏側には懸魚も虹梁もなかった。
虹梁の中央を斗で受けるのはイレギュラーである。この建物には天保年間の墨書があったそうなので、江戸中期の建築なのだろう。しかし虹梁を斗で受ける正面デザインは様式から自由になった明治以降のものだと思う。そのころに屋敷正面を虹梁や懸魚で飾りたくなるような慶事が水野家にあったのだろう。


2025.07.06、福井県越前町
2025年9月15日 (月)
2025年9月14日 (日)
2025年9月11日 (木)
2025年9月10日 (水)
2025年9月 9日 (火)
2025年9月 8日 (月)
2025年9月 7日 (日)
2025年9月 6日 (土)
9/7(日)建築探偵講演会、七条通りの謎(6)
講演会申し込み
https://rekisaikan.jp/news/post-news/post-19000/
講演会では歴彩館のある北山かいわいの建築も簡単に紹介する。けっこうおもしろい。私のメモを歴彩館がマップにした。最新の北山建築マップである(当日会場配布)。

2024.08.07、京都市左京区
2025年9月 5日 (金)
9/7(日)建築探偵講演会、七条通りの謎(5)
講演会申し込み
https://rekisaikan.jp/news/post-news/post-19000/
伝道院に採用された日本様式は2系統確かめられる。ひとつは大仏様。ドーム下の組み物がそうだ。もうひとつは「人形割り束」や「皿斗(さらと)」などの法隆寺の様式である。大仏様は天竺様ともいうので、インドつながりの採用だろう。法隆寺は日本最古の現存木造建築なので、新しい日本様式を作るための基準としてふさわしいと伊東が考えたからだと思う。
2025年9月 4日 (木)
9/7(日)建築探偵講演会、七条通りの謎(4)
講演会申し込み https://rekisaikan.jp/news/post-news/post-19000/
整列したようすがかわいい。手前から2番目がクチバシがあるので鳥なのだろう。わたしはカラス天狗だと思っている。3番目のゾウは分かりやすい。一番手前が何なのか考えている。謎解きは講演会で。
やっぱりこれは明の十三陵ではないか。機能的には車止めなのだろうが、そこへ動物たちを整列させるのは陵墓参道の造り方だ。もちろんここは保険会社であって陵墓ではない。
だから彼らが守っているのは門徒の生命と財産なのだろう。伊東の考える新しい真宗の建築様式は、こうしたガーゴイルたちの跋扈する中世主義的なものであったことがよく分かる。
2025.08.30、京都市下京区
2025年9月 3日 (水)
9/7(日)建築探偵講演会、七条通りの謎(3)
2025年9月 2日 (火)
9/7(日)建築探偵講演会、七条通りの謎(2)
講演会申し込み https://rekisaikan.jp/news/post-news/post-19000/
伝道院のデザインは、洋風と和風とインド様式とが混じっているといわれる。では実際どこのどの部分がそうなのか。それを指摘するのは結構むつかしい。なぜなら、さまざまなスタイルのデザインをそのまま張り付けたのではなく、伊東忠太流にアレンジされているからだ。
だからといって全く分からないわけではない。講演会では誤解を恐れずにどこが何なのかを見ていきたい。そうすれば、伊東がなにを考えていたのかがおぼろげながら浮かび上がってくるだろう。これはミステリーでいうところのホワイダニット(動機はなにか)を明らかにする行為である。
(データ)伝道院(旧真宗信徒生命保険株式会社本館)、1911年竣工、レンガ造、地下1階地上2階(一部3階)、伊東忠太設計、竹中工務店施工、1958年・2011年改修
2025年9月 1日 (月)
9/7(日)建築探偵講演会、七条通りの謎
講演会申し込み https://rekisaikan.jp/news/post-news/post-19000/
昨年に引き続き歴彩館で講演会を開く。今年は七条通りを取り上げたい。ご紹介するのは富士ラビット、伝道院、顕道(けんどう)会館などの「謎」を取り上げる。データを整理するために、ここでメモしておく。
富士ラビットの「謎」は正面の3枚のレリーフがなにを表しているのか。中央はアポロンとマーキュリー、右端は笛を吹くエンゼルたち、そして左側はプロペラをもった天女たちだ。
アポロンは社名の日光からの連想だろう。アポロンは太陽神であり、2頭立ての馬車で1日に1回天上をめぐる。その左側になぜマーキュリーが立つのか。マーキュリーは商業の神なので、そのことにあやかったのだろうか。私の推理では理由はそれだけではない。
右側の楽奏する天使たちは、アポロンを寿いでいるのだろう。わけが分からないのは左側のプロペラを持つ天女だ。日光社はアメリカの自動車メーカー・フォードの代理店である。それがなぜプロペラなのか? これは七条通り最大の事件である。その謎解きは歴彩館にて。
(データ)富士ラビット(日光社七条営業所)、1923年頃、鉄筋コンクリート造、地下1階地上3階、坂尻一郎(愛仁建築事務所)、施工者不詳 ※「モダン建築の京都100」より

















































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