琵琶湖疏水(4)疏水11号橋
日本で最初の鉄筋コンクリート橋と言われていたが、近年の研究で半年ほど前にできた別の橋ほうが古いことが分かったらしい。わたしとしてはどっちでもよい。問題なのはこの橋が鉄筋コンクリート造りなのかどうかだ。ネット検索で分かったところまでメモしておく。
この橋はメラン式と呼ばれている。鉄骨でアーチを組む。その鉄骨をメラン材というらしい。意味はよく分からない。そのメラン材を「コンクリートで巻きたてる」という。現代も行われているコンクリートのアーチ橋はみなメラン式工法のようだ。先に組み上げた鉄骨アーチに型枠を吊ってコンクリートを打つので、大掛かりな足場が必要ないという。なかなかおもしろい工法である。
そのコンクリートを打つ際に、補強として鉄筋を入れるだろうと思う。そのあたりがはっきりしない。石造りのアーチをコンクリート造りに代えただけなので、鉄筋は必要ないのかもしれない。でも橋が熱膨張するだろうから、やはり鉄筋は入れるのではないか。
11号橋ではトロッコのレールを使ってメラン材を作ったそうだ。そのまわりをコンクリートで巻きたてている。見てもそのあたりはよく分からない。鉄筋を使っているとすれば、鉄筋コンクリート造りではなく鉄骨鉄筋コンクリート造りということになろう。ただし橋は土木系なのでわたしのような建築系とは用語が異なるのかもしれない。とりあえず保留しておく。
11号橋 1903年竣工、田辺朔郎設計
ウイッキによれば田辺は1896年に東大から北海道鉄道部長へ転任している。その後1900年から京大土木教室に赴任する。日比忠彦は1897年東大卒なので田辺に教わっている。彼の鉄筋コンクリート研究は学生当時からのものだろう。卒後ただちに京大土木へ助教授として赴任した。田辺と日比との共同は田辺が京都へ帰ってきた1900年以降と考えるのがよさそうだ。ただし日比は1902年から1904年まで欧米留学しているので11号橋にはあまり関わっていないのかもしれない。
1897年は土木学科が創設されたときで、第1講座の教授は二見鏡三郎という人だった。二見のことはまったく知らないが測量系の人らしい。初期の鉄道建設に功績があったようで興味深い。
2025.08.26、京都市山科区

















































































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