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2024年11月

2024年11月30日 (土)

神戸サンボーホール(1969)

きれいに撮れたので再掲しておく。西側から撮るのがよい。今は東側に駅があるので東側ばかり見ていた。これが建ったころは駅はまだなく、西側が正面だったのだろう。西側にホールと貿易センタービルに面した広場があった。ここからが見えるのが一番きれいだ。

鉄骨造りで耐火被覆されている。2階窓上の小壁を傾斜させることで、エッジを利かせたシャープなデザインを実現している。1階柱の下を細くしているのもかっこいい。2階の屋根はスペーストラス(立体トラス)のようだ。耐震補強されているが、ほとんど目立たない。原形を尊重したよい改修だ。

サンボーとは産業貿易のこと。「建築ガイドブック西日本編」によれば、日建設計の設計、鹿島建設の施工1969年竣工(第3版では1970年竣工)。

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2024.11.23、神戸市中央区

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2024年11月29日 (金)

フィッシュダンスは誰が設計したのか

フィッシュダンスのなかへ入った。これは貴重な体験だろう。中から見て、どうやって作っているのかよく分かった。写真はコイの頭の下から尻尾のほうを撮ったもの。

構造的にはシンプルだ。鉄骨の塔のようなものが建っており、そこから二次部材が突き出されてコイのかたちを作っている。そこへ亜鉛メッキされた鉄網製のウロコをステンレス針金で取り付けていた。よく考えられていると思う。外装材の鉄網のウロコが1枚ずつ形が違うので、作るのはたいへんだったろう。亜鉛メッキが不十分なために海風の塩害によりサビ始めている。

さて、このフィッシュダンスは誰が設計したのか。公式にはフランク・ゲーリー設計、安藤忠雄監修、竹中工務店施工となっている。

フィッシュダンスという施設はカフェ、カフェの事務所、鯉のオブジェ、ダンススタジオの4つから成る。実見した印象では、鯉のオブジェと蛇のかたちの事務所のふたつはゲーリーの基本設計として良いと思う。

鯉のオブジェは、敷地周辺の鯉川の地名に紐づけられているが、2017年にゲーリーが設計したバルセロナオリンピックのモニュメント「フライングフィッシュ」の写しだ。

フライングフィッシュ 

設計には2種類ある。全体の方向性を定める基本設計と見積もりのできる設計図を用意する実施設計のふたつだ。フィッシュダンスの実施設計は安藤忠雄さんが担当したのだろう。ただそうすると安藤さんの作品になってしまうので「設計」ではなく「監修」としたのだと思う。

フィッシュダンスは世界的に有名な建築家であるゲーリーの作品として神戸に誕生した。それを誘致したのは安藤忠雄だ。安藤さんは日本の建築を元気づけるために、交友関係をフル活用して海外の有名作家の作品を日本に誘致しようとしている。その一環としてゲーリーの作品が神戸にあるというわけだ。

したがってわたしは、フランク・ゲーリー基本設計、安藤忠雄建築研究所設計、竹中工務店施工で良いと思う。

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2024.11.24、神戸市中央区

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2024年11月27日 (水)

メリケンパークにガス灯があった

メリケンパークから神戸駅まで広い道ができていて歩いてすぐだった。街灯が並んでいて夜景がきれい。よく見るとガス灯だった。ガス灯特有のゆらめく炎に趣きがある。後で知ったが神戸ガス燈通りというそうだ。

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2024.11.24、神戸市中央区

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2024年11月26日 (火)

旧新港第五突堤信号所(1921)

46.3Mもある。両腕を広げた姿がかわいい。

八角形の塔のなかに四角い筒がある。たぶんエレベータシャフトだろう。いまもエレベータが遺っているのだろうか。

説明板によれば最初第4突堤に造られたという。この第4とは今の第4のことだろうか? ともかく新港のどこかにあったわけだ。1937年に第5突堤に移築され1990年に廃止された。1992年にハーバーランドに移築保存された。

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2024.11.24、神戸市中央区

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2024年11月25日 (月)

和楽庵を見てきた(3)

現地説明版にふたつの写真があった。ひとつはダイニングの右側に暖炉のある壁がある。もうひとつは壁も暖炉もなくてサンテラスになっている。現況は後者に合わせたようだ。

さてABCの3枚の写真を年代順に並べるとどうなるか。

Aの外観を見ると1階の窓は格子状になっている。移築した建物の窓に格子はない。Bもカーテン越しに格子が見える。したがってAとBは竣工時に近い写真なのだろう。格子窓は移築時には失われていたことになる。窓だけではなく暖炉のある壁も、ある時期に取り払われたわけだ。

AとBでは照明器具が違う。現状で使われている逆さクラゲ型のシャンデリアはAとCに見える。したがって、Bがもっとも古い写真なのだろう。撮影時にシャンデリアが間に合わなかったか、しばらくたってからシャンデリアに取り換えたかのどちらかだろう。以上のことから3つの写真を年代順に並べるとB>A>Cとなる。

壁を取りはらう大改造のときに、天井も網代張りから現状に近い白いものに変わった。デコ風のシャンデリアも追加されている。三十六歌仙の板絵のあいだを金箔貼りにしたのもそのときだろう。

白天井と照明器具の増加と金箔貼りで、食堂は相当明るくなったろう。デザイン的にはコテージ風からウイーンのカフェ風に変身している。この改造も武田が関与したと思う。

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2024.11.17、京都市左京区
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A「武田五一博士作品集」1933刊行
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B「建築工芸叢誌」1916(現地説明板より)
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C「清水建設アーカイブ」1939(現地説明版より)

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2024年11月24日 (日)

神戸モダン建築祭2024が終わった

神戸モダン建築祭が無事に終わった。わたしのガイドツアーは参加者さんの乗りがよくて楽しかった。ご参加くださったみなさん、ありがとう!

23日(土) 税関ツアー 午前21名、午後17名参加
24日(日) フィッシュダンスツアー 午前19名、午後13名参加

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2024.11.25、クロージングパーティ会場近くにて

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和楽庵を見てきた(2)

正面の屋根のかたちが竣工時と違う。見比べてみると元は庇の出がもっと深い。移築時に外観の大きな変更はしていないので、ある時点で作り替えられたわけだ。台風に罹災したあと軒の出を切り詰めたのかもしれない。軒の出で深ければもっと軽やかなバンガロー風に見えたろう。武田のねらいはそこにあったと思う。

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2024.11.17、京都市左京区
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「武田博士作品集」(1933)より
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2024年11月23日 (土)

和楽庵を見てきた(1)

京都工芸繊維大学に移築された武田五一設計の旧稲畑勝太郎邸(1916)を見てきた。思った以上におもしろかったので紹介しておきたい。

外壁には蟇股をアレンジした装飾がある。蟇股とは寺院建築のパーツで写真の下部分がそれだ。そのなかに動物彫刻があるがよく見えない。愛らしいので今度行ったら望遠で撮りたい。

蟇股の上に細長いU字形の部材が載っている。これは和風からは逸脱したデザインで武田オリジナルだ。このU字形のおかげで、ハーフチンバー風のコテージの趣きを得ている。

大正時代の武田は日本建築を素材にして新しいデザインを考案することに熱中していた。同時期の芝川又右衛門邸(1912)や少し後の松風嘉三邸(1921)も同様の試みが見られる。

当時の武田は国会議事堂設計チームのメンバーで、どうすれば和風アレンジの議事堂が作れるのか模索していた。その試みの一端がここにある。よく遺してくださった。ありがとう。

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2024.11.17、京都市左京区

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2024年11月22日 (金)

神戸モダン建築祭の円満字ツアー残席あります

土日の特別コース(有料)を担当している。残席状況は次のとおり。

<税関コース>
残席状況 https://teket.jp/11329/41942
昨年に引き続きKIITOと税関を巡る。
KIITOのディテール愛連載 http://www.tukitanu.net/2024/07/post-f3e7a8.html
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<フィッシュダンスホール>
残席状況 https://teket.jp/11329/41973
ブログ掲載のコース下見記事(行かないところもあり)http://www.tukitanu.net/2024/09/post-e76e45.html
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2024年11月20日 (水)

JR茨木駅東口駅前広場(2015、高松伸監修)

2階改札から駅前広場を見下ろす屋上デッキに出られる。地上はほぼバスターミナルなので、このデッキが実質的な駅前広場だ。デッキにはバス停を見下ろす大穴がある。それが二重円でとてもきれいだ。月刊近代建築のアーカイブによれば、JR西日本コンサルツ設計、高松伸監修、大鉄工業施工。

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2024.11.15、大阪府茨木市

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2024年11月19日 (火)

グラングリーン見てきた(4)

周囲のビルのミラーガラスに映った風景がおもしろい。建物の位置をずらしているのは、映り込みに変化を付けるためだろうか。

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2024.11.10、大阪市北区

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2024年11月18日 (月)

グラングリーン見てきた(3)

形はおもしろいのだが、どうやって作っているのかよく分からない。鉄骨の三角形をつなぎ合わせるシェル構造だと思う。船のつくり方に似ているが、船の部材はすべて手作りだ。これは全部の部材を自動成形しているのではなかろうか。

1万本にもおよぶ部材を自動成形したとしても、それを溶接するのは人力だろう。ものすごく大変なのではなかろうか。ものすごく大変なわりには、自動成形の工業製品に見えるところがつらい。

鉄骨三角形シェルの上にコの字断面の軽量鉄骨を敷いて、その上に屋根を葺いている。薄い天井裏があって、そこに設備配管を隠している。屋根はガルバリウム鋼板を葺いているが、いかにも雨が漏るだろうという葺き方で驚いた。こういう作り方でよいのだろうか。

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2024.11.10、大阪市北区

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2024年11月17日 (日)

アンティークハウスを設計したいきさつ(3)玄関

玄関扉はやはり借り受け建具だ。これは須磨区にあった室谷(むろたに)邸(1934-2007、ヴォーリズ設計)のもの。外部用ではないと思うが雨掛かりがないのでよいだろうと思って使った。小扉は新しく作った。

古い建具は部品がなかったり、壊れたりしていた。これらはすべて向日市の三宅家具店に調整していただいた。三宅さんは施主さんとなじみの京指物師。建具類は50点ほどある。すべて実測してリストを作ったが、設計中にも施主さんが古建具を買ってくる。増える一方で途中でわけが分からなくなったので、施主さんと三宅さんに管理してもらった。わたしは大工さんとのつなぎ役に徹した。意欲的な施主、腕のよい指物師、それと設計者、施工者の連携がなかったらこの建物はできあがらなかったろう。

欄間のステンドグラスは施主さんがアンティークショップで買ったもの。デコ風のシンプルなデザインでおもしろい。門灯はアンティーク。ドアまわりにタイルを貼るのはヴォーリズがやっていたのをまねた。タイルは施主さんが選んだ。

玄関の傘立てと照明は、建て替え前の建物にあったもの。よく馴染んでいる。床タオルは施主さんが選んだ。

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2024.10.26撮影

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グラングリーン見てきた(2)

公園の中央を空中遊歩道が渡る。まだ南半分だけなので遊歩道も途中までしかない。ここは遊歩道の南の端でラセン階段で終わっている。それが渦巻くように舞い降りていてかっこいい。

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2024.11.10、大阪市北区

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2024年11月15日 (金)

グラングリーン見てきた

グラングリーンの南半分が完成して公開されたので、建築学校の学生さんたちと見てきた。大勢のこども連れが集まっていた。こどもを遊ばせられる場所というだけで人は集まるのだね。

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2024.11.10、大阪市北区

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2024年11月14日 (木)

丸善カフェの天井配管迷宮

河原町通りの丸善カフェで和む。見上げると配管が数種類ある。保温材を巻くのは空調配管だろう。巻かないのは換気か排煙か。そのあいだを縫うように細いスプリンクラー配管が這う。迷路のような世界が広がっている。

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2024.11.09、京都市中京区

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2024年11月13日 (水)

京都水道会館の外部ラセン階段(1966定礎)

階段は見上げか見下げが絵になる。とくにラセン階段は誰が撮っても絵になる。水道会館の前を通ったので撮ってみた。思っていたとおりの絵になった。定礎は1966年。なかもきっとすごいと思う。公開して欲しい。

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2024.11.09、京都市左京区

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2024年11月12日 (火)

アンティークハウスを設計したいきさつ(2)ジョネス窓の貸与

設計の途中で1階窓にちょうどよいのがあると、お施主さんが見つけてきた。旧ジョネス邸を次代に引き継ぐ会が保存していたジョネス邸(1919)の窓である。ジョネス邸は神戸市垂水区塩屋の海岸沿いに並んでいた洋館のひとつで、不思議な和洋折衷が魅力的だった。わたしも保存運動のことは聞いてはいたが、なにもお手伝いできずにいた。2013年解体。

引き継ぐ会はレスキューした部材を公共建築などに移植して保存することを決め、学校などに次々と移植していった。レスキューされたものなので引き継ぐ会からの貸与という形式をとっているのがおもしろい。

引き継ぐ会は塩屋の旧グッゲンハイム邸に事務局を置いている。施主さんと一緒に塩屋に何度か訪れて、洋館を新築したいことをお話しした。そして許可をいただいてジョネス邸の窓と階段手摺と暖炉枠を借りることができた。暖炉枠は施主さんの事業所のほうへ設置して公開する予定である。ジョネス窓が手に入ったことで設計に弾みがついた。
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2024.10.26

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アンティークハウスを設計したいきさつ(1)洋館の設計依頼

足掛け3年の住宅作品が完成したので友人の写真家にお願いして竣工写真を撮った。よい写真が撮れたので紹介していきたい。

施主はわたしと同世代だ。子育ても終わり、かねてより心積もりしていた洋館生活に入ろうと思った。祖父の家が洋館で、こどものころから洋館にあこがれていたのだ。しかし物件を探したところ、手ごろな値のものは職場から遠く、近いものは高額だった。何年か探したが一向に見つからない。このままでは生涯夢は叶わないと考えた施主は、自宅を洋館に建て直すことに決めたという。

わたしのところに相談に来られたときには、洋館一軒分に相当するアンティーク建具を集めてらっしゃった。建具とはドアや窓やステンドグラスだ。ほかに照明器具も一軒分集まっていた。これで洋館を建ててほしいという依頼だった。円満字さんが適任と思う、とまで言われて引き受けた。おかげで楽しい仕事をさせていただいた。

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2024.10.26撮影

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2024年11月11日 (月)

月光がヴィバルディに似ている件

ベートーベンの月光第3楽章について考えたことがあるのでメモしておく。

1.バイオリン曲に聞こえる件  

音の展開がピアノというよりもバイオリンに聞こえる。検索したところ同じように思う者もあるようでいくつかのバイオリン演奏がユーチューブに上がっていた。それらを聴くとたしかにこれはバイオリン曲だと思う。そもそもベートーベンはピアノの速弾きで有名になった人だから、バイオリンの速弾きのようなピアノ曲を披歴してウイーンの聴衆を驚かせたのかもしれない。

ベートーベンの「ピアノソナタ"月光"第3楽章」をバイオリンで弾いてみた
https://www.youtube.com/watch?v=79yE-zkdZLA

ピアノで聞くと速いだけの演奏と情緒たっぷりの演奏に分かれて、どっちもしっくりこない。そんな違和感がバイオリンで聴くと無くなる。


2.ヴィバルディの四季・夏に似ている件  

そっくりである。なんで似ているのだろう。

ウイッキによれば、月光は1801年ベートーベンが30歳のときの作品、四季は1725年ヴィバルディ47歳の作品。
ベートーベンが故郷のボンからウイーンに出て9年目。革命を夢見る青年音楽家でハイドンの弟子という触れ込みで宮廷や貴族のあいだをわたり歩くパリピだったようだ。数々の浮名を流してもいたらしい。月光を含む楽曲集は14歳の伯爵令嬢に献じられている。

一方、ヴィバルディはベネチアの司祭。修道院の音楽教師を10年務めるが、35歳で劇場付のオペラ作曲家となる。45歳のころから各地の宮廷へ出入りするようになった。1741年、公演先のウイーンで病没。63歳だった。

経歴を見てもヴィバルディとベートーベンの接点は存在しない。それでも似ていると思う。

【超絶技巧】ヴィバルディ四季より『夏』(Vivaldi:Summer)第3楽章
https://www.youtube.com/watch?v=lNW-wlZN_4w

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竹野の木造建築群がかっこよい

漁港の上屋から眺めた竹野の建物。下見板張り2階建ての建物がどこまでも続いて独特の風景を作りだしている。この日は土砂降りの雨だったのでスケッチできなかったので来年また来る。いまから楽しみ。

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2024.10.19、兵庫県豊岡市

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2024年11月10日 (日)

竹野漁港の上屋

竹野漁港の上屋が耐震木構造でかっこよかった。柱から差し出した2枚の腕木でトラスをサンドイッチして固定している。これが室戸台風(1934)後に普及した耐震木構造。サンドイッチ方式は関西型だ。関東型は柱から差し出された斜め材(方杖)がトラスの下弦材(トラスの底の部分)につながる。関西型のほうが念が入っている。

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2024.10.19、兵庫県豊岡市

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2024年11月 9日 (土)

竹野駅跨線橋の階段裏を見よ

階段裏が美しい。階段の両脇を支える斜めの桁がギザギザのラチス梁となっている。ラチスとはハシゴのことで、小材を組み合わせて重いものを支えることができる。ここでは、その小材が上に伸びて階段の踏板を支えているところが合理的でおもしろい。その合理性が端正な美しさを生み出している。

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2024.10.19、兵庫県豊岡市

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2024年11月 7日 (木)

竹野駅跨線橋(1911)

ウイッキによれば元は浜坂駅にあったものを1968年に移築したという。部材に欠けたところがなく、ほぼそのままなのは珍しかろう。100年前の鉄道系の鉄材の品質の高さと行き届いたメンテナンスのたまものだ。

鋳鉄製の柱が10本立っている。銘板によれば明治44年に神戸で製作された。「神戸」とは神戸市須磨区にあった鷹取工場のことだろう。跨線橋を構成するさまざまな鉄材を製造できたことが分かる。

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2024.10.19、兵庫県豊岡市

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2024年11月 6日 (水)

竹野駅(2)

軒下に梁の端が見えているので骨組みの組み方がよく分かる。おそらくスケッチのような組み方だろう。トラス梁の端を軒桁と鼻母屋で挟んむのが特徴だ。柱から鼻母屋までをボルトで締め付けるとトラスは動かない。

庇部分は駅前広場側とプラットフォーム側にある。どちらもトラス梁で建物本体と一体化している。一体化しているので積雪で庇だけが落ちることはない。

こちらもボルトで要所を締めつけるやりかたで、伝統工法よりは現代の在来工法に近い。一種のプレファブリケーションで、部材の刻みを極力省略して工期を早めている。

それでいて100年の風雪に耐えているのだから、いかに簡略化されているとはいえ、施工精度がおそろしく高いことを示している。そのあたりはもっと評価されてよい。

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2024.10.19、兵庫県豊岡市

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2024年11月 5日 (火)

竹野駅(1911)

古い駅舎がここにも遺っていた。とてもうれしい。同じ路線の養父駅(1908)とほぼ同じかたちの標準駅舎だ。規格化しながらも旅客の安全と快適さを確保するよう工夫されている。ひとつは木炭ストーブによる暖房設備であり、もうひとつは積雪時でも自由に出入りするための軒庇である。こうした標準駅舎は各地で工期短縮を着そうなかから生まれてきたものだろう。現存最古の亀崎駅や信越線牟礼駅などがその先駆となると思う。明治中頃の木造駅舎をもっと見たい。

養父駅1908 http://www.tukitanu.net/2021/12/post-3e65b9.html
亀崎駅1886 http://www.tukitanu.net/2024/04/post-e39fca.html
牟礼駅1888 http://www.tukitanu.net/2024/02/post-477a2c.html

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2024.10.19、兵庫県豊岡市

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2024年11月 4日 (月)

南蛮文化館(1966)

外装が変えられているが、形はそのままだ。あまり見たことのない形でおもしろい。屋根部分がフタ状にめくれあがっており、これが宝箱であることを示すようにも見える。60年代の鉄筋コンクリート造は今よりずっと自由だったと思う。「大阪の建築ガイドブック、1982第3版」によれば、大林組の設計施工で1966年竣工。

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2024.10.17、大阪市北区 / 「大阪の建築ガイドブック、1982第3版」より

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2024年11月 3日 (日)

西田工業ビルのかっこいい吊り階段

何度見てもすごいなぁと感心する。2本の鉄筋が2枚の段を吊り下げている。ライトの落水荘や堀口捨巳の常滑陶芸研究所(愛知県)と同じ作りだ。特にここでは、鉄筋が伸びて上階の手すりを支えているのがすごい。よくまあ、こんなことを考え付くものだ。わたしも一度試してみたい。

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2024.10.17、大阪市北区

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2024年11月 2日 (土)

阪急宝塚線の中津高架の古いところ

電車からよく見えたので行ってみた。戦前の手すりが残っていた。モルタルの落下防止ネットがかかっていて見えにくい。

親柱の頭にはタテのラインが入っている。手すり子は2種ある。タテ格子の手すり子は先が三角形にとがっている。Xと十の組み合わせの手すり子は様式建築ではよく出てくる。この2種が交互に並んでリズミカルだ。文化財としてちゃんと直してほしい。

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2024.10.17。大阪市北区

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2024年11月 1日 (金)

夢の国奈良ホテル(15)魚眼に写る古都

玄関ホール奥にバーがある。その入口のランマに絵の入ったすりガラスがある。サンドブラストなのかエッチングなのか技法は判然としない。

模様は魚のかたちだとされる。ラグビーホールのような枠に古建築が納まり、その下端に尻尾が付け加えられている。たしかに魚だ。魚は水に棲むので防火の願いが込められている、という。そのことについて考えておきたい。

描かれている古建築は塔と鐘突き堂の2種。塔はバルコニーから見える興福寺東塔だろう。シルエットがよく似ている。では鐘突き堂はどうか。これは東大寺鐘楼(しょうろう)で間違いない。

この鐘は日本一大きいと言われている。その重量を支えるための工夫がこらされているが、なかでも柱の中間を横材が挿し貫くのが特徴だ。図のなかで大鐘の左右に突き出している横線は鐘つき棒ではなく、その横材である。横材の先端が斜めになっているところもそっくりだ。

おそらく東大寺の鐘つき堂もバルコニーから見えるのだろう。この図はホテルから見える古都のパノラマの特徴的な建築物をテーマとしている。だから、それを囲むラグビー型は目であろう。その目がなぜ魚に変化するのか。

正直申し上げてまだよく分からない。景色をひとつずつ目に納めることを魚釣りになぞらえたのかもしれない。古都の風景のなかで釣りをするようにゆっくりしてほしいという意味なのかな。

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2024.07.26、奈良市

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