2021年7月 4日 (日)

天龍寺庭園の夢(3)

書院から庭を眺めると嵐山が正面に見える。その手前には亀山という丘がある。そして嵐山のピークと曹源池の瀧石組みとが上下に並ぶ。つまりこの庭の構成は、嵐山ー亀谷ー曹源池の瀧石組みとタテにつながることにあるのだろう。ではこのタテの軸線はなにを示しているか。

嵐山は松尾神の降りた聖地であり神々の領域である。亀山には亀山天皇と御嵯峨天皇の火葬塚がある。火葬塚とは墓ではなく火葬場のことだが墳墓に準じた扱いをする。その位置は写真の嵐山ピークと瀧石組みとのちょうどあいだにある。もちろん偶然ではなかろう。

後嵯峨天皇の皇子たちのうち後深草天皇が持明院統となり亀山天皇が大覚寺統となって南北二朝の原因となった。亀山天皇は亀山の地に離宮を営み本拠としたので亀山天皇のおくり名がある。天龍寺は大覚寺統である後醍醐天皇を祀るために亀山天皇ゆかりのこの地を選んで開かれたわけだ。

さらに瀧石組みのなかには滝登りをする鯉を模した鯉魚石(りぎょせき)が立っている。遠くてどの石なのかよく分からないのだが、鯉魚石は瀧石組にはつきものだ。鯉は滝を登り切ったとき龍となり天に昇るという故事にちなむ。だからこの庭の鯉魚石は後醍醐天皇になぞらえて語られることが多い。もちろん夢窓国師がそう言ったという確証はないのだが、寺の名前が天龍寺なのだから座りのよい話だ。

そう考えてくるとタテのラインはこう置き換えられる。

   神々の世界 > 天皇家とりわけ亀山天皇 > 後醍醐天皇

これがこの庭のコンセプトなのである。ではなぜ曹源池という名前なのか。長くなったので続きは次回に。

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2021.06.27、京都市、天龍寺庭園
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