2021年7月18日 (日)

宝厳院庭園の謎の巨石群

宝厳院庭園も美しかった。

庭は広い。元は建物があったような平地があるので、建物が失われたあと複数の庭が連結されて現在のような形になったように見える。美しい庭園だったのでメモしておく。
 
奥のエリアは獅子吼(ししく)の庭と呼ばれている。釈迦の説法をライオンの咆哮にたとえた言葉だそうで獅子岩という巨石がある。たしかにライオンが吠えているように見える(写真)。

Img_1296 獅子岩

碧岩という巨石もあった(写真)。これは表面に縞模様の浮き出た珍しい岩だった。ほかにも巨石が見え隠れしたが、いったいいくつあるのかよく分からなかった。

Img_1289Img_1290 碧岩
2021.06.27、京都市「宝厳院庭園」

作庭は策彦周良(さくげんしゅうりょう)禅師による。1501ー1579なので夢窓国師(1275ー1351)より200年ほど後のことになる。ウイッキによれば武田信玄や織田信長と交流があったというから小堀遠州などの桃山時代の作庭のひとつということらしい。策彦禅師は2度にわたり中国へ渡り最先端の作庭を学んだようだ。かの地にこのような巨石庭園があったということだろうか。

策彦禅師は晩年に天龍寺の塔頭の妙智院に隠棲したという。妙智院はいまも天龍寺門前にあるが策彦禅師のころはここ宝厳院の場所にあったそうだ。おそらく方丈があり、その前に獅子吼の庭があったのだろう。方丈が失われ巨石群も樹林に沈んで獅子吼の庭の全貌が分からなくなってしまった。それでも巨石の配置を丁寧にたどれば策彦禅師の作庭を復元することは可能だと思う。

獅子岩は白虎、碧岩が青龍を示すのではなかろうか。陰気である獅子岩が陽気の領域の東側、陽気である碧岩が陰気の領域の西側にある。つまり獅子は東へ帰ろうとし、龍は東へ戻ろうとするので、その中間で陰陽がまじりあう。竜虎混合は桃山時代によく使われたモチーフだが、この庭も同様の分かりやすい意味だったように見える。

ふたつの巨石の中間に樹林に埋もれた巨石があった。近寄れなかったが、これが3つ目の巨石・響岩ではないか。竜虎混合により庭が響くという意味なのだろう。そこに本来は瀧口があって響くのは水音だったのかも知れない。樹林にひびく水音こそ獅子吼にたとえられた釈迦の説法だったのだろう。
Map

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