【 武田的ディテール(32) 武田の遺作を見てきた・桃山碑2】
先の紹介した個人ブログに桃山碑の当初の写真があった。今と違うところはふたつ。ひとつは板碑の下の基壇がもとは3段であったこと。武田は段を作るとき3段にすることが多い。高山彦九郎碑のときもなぜ今は1段しかないのかと思った。高山碑も桃山碑も結局竣工時には3段だったわけだ。そうだろう、そうだろう。もうひとつは左右の花瓶の位置が今より少し前で、しかもドラセナのような観葉植物的なものが植えられていること。これは花瓶ではなく植木鉢だったのだろうか。
さて桃山碑の武田的ディテールは3ヶ所ある。
まず第1に碑のかたちの幾何学的な処理。ご覧のように四角い板碑の角を大きく面取りしている。この板碑を上からみると細長い八角形となるが、板碑を支える基壇も八角形だ。八角形というモチーフを敷衍して全体をデザインするところがいかにも武田っぽい。
次に板碑の盤面が整数比で分割されていること。写真から板碑のタテヨコの比率を計算すると1:1.57となる。黄金比の1.63にも近いが、おそらくここでは2:3でデザインしている。武田は黄金比に近い比率として2:3を常々推奨していた。自身の設計においても平面や立面の比率に多用している。
ここで気をつけたいのは、欧米の墓碑のような横長の板碑に漢字で縦書きしていることだ。それが何の違和感もない。その理由は中央の樹木のイラストが視線をタテに誘導することと、文字の領域が板碑の中央の1/3に収まっていることのふたつだ。このふたつのデザイン処理のうちどちらかが欠けても不自然になってしまうだろう。こうしたデザイン処理を武田は躊躇することなく瞬時に行う。そこがたいへんおもしろい。
文字列に注目すると、中央の1/3列のさらに1/3の幅で刻まれていることが分かる。ようするに武田は盤面を6:9の方眼紙でデザインしているのだ。そう思ってよく見れば板碑の面取りされた斜め部分の幅は方眼紙1マスの1/2のようだ。武田は方眼紙で設計したことが知られているが、桃山碑もまた方眼紙上で誕生したものだったのだ。
長くなったので3つめの武田的ディテールは次回に。
2021.05.28、大阪市天王寺区筆ケ崎町、ヴィータ桃山
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