2001年「分離派建築会100年展」メモ
分離派展を見てきた。収穫は堀口捨巳の住宅が思いのほか「かわいい」ということだ。木造としては納まりが悪いが、欠点を補ってあまりある「かわいさ」だった。たいへん興味深い。
多少苦言を呈すると武田五一をプレ分離派として登場させないでほしい。武田は分離派と関係がない。それは展示を見てもよく分かる。
かつて武田はデザインが下手だと見下されてきた。京都へ左遷されたと公然と言われていた。根も葉もないデマで、東大を主流派とするための言説の犠牲になっただけだ。私たちがそうじゃないとさんざん言ってきたので、さすがに今ではそんなことを言う不届き者も無くなった。それでも武田は駆逐されるべき古き様式主義者側と捉える考えが生き残っているわけだ。ひどい話だ。
かつて分離派史観とも呼ぶべきものがあった。様式主義を脱して近代合理主義建築へ至る歴史の道程こそ正義とする考え方で、元をただせばペブスナー流の近代建築史観に行きつくのだろう。そんな古臭いものはとっくに無くなったと思っていたが結構しぶとく生き残っていたわけだ。わたしとしては武田さえ巻き込まなければ文句はない。何を正義としていただいても結構だ。武田を分離派から分離してほしい。それだけは言わせてもらおう。
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