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2020年9月

2020年9月30日 (水)

コロナについてのメモ(6)最終回


厭戦気分にも似たコロナに対する新しい社会状況が始まっている。


日本は国民全員に行きわたるだけのコロナワクチンの予約をした。来年のはじめからワクチンの供給が始まり来年のなかばまでに接種を完了する見通しだ。ワクチンが効き始めれば集団免疫ができたのと同じ状況になるのでコロナは収束に向かうだろう。

図解、新型コロナウイルス熾烈な「ワクチン争奪戦」(アンサーニュース、9/7)
https://answers.ten-navi.com/pharmanews/19198/

問題は副作用だ。
治験期間が極端に短いので十分な副作用の検討ができない。従ってリスクは各国政府がとることになるだろう。日本では副作用による製薬会社の賠償を政府が肩代わりすることになるようだ。危機管理の観点から政府がリスクを肩代わりするのは当然としても、ある程度の安全性への見通しが得られなければ医療現場で使えまい。さらに開発されたワクチンの有用性を確かめる期間もない。政府は効かなかった場合に備えて数社との契約を進めている。

ワクチンはあなたに届くか(NHK政治マガジン、9/2)
https://www.nhk.or.jp/politics/articles/feature/43732.html

次の問題は第3波には間に合わないということだ。
11月には始まると予想(予測ではない)されているが、最近の重症者数の動向を見ているとそろそろ始まっているようにも見える。厚労省の統計はリアルタイムではなく、各地からの報告をまとめるのに1週間から2週間かかると言われている。いま重症者数が微増しているのは9月の連休の人出の影響だろう。


第2波は第1波よりも感染者数は多かった。それはPCR検査を使ったクラスターつぶしを行ったせいで、これまで見過ごされていた無症状患者もカウントしたためだろう。実際は第1波も同じほどの感染者が出ていたと考えてよい。

それなのに重症化率や死亡者が第1波より少なかったのは、医療機関がコロナに慣れたことと治療薬のおかげだろう。従って第3波が来ても第2波同様に被害を抑え込めると考えることもできる。


しかし、それは日本であいかわらず感染爆発が起きないという前提での話である。これから冬になり暖房を使うようになると室内の全部換気は夏場ほどうまくできない。換気は3密防止の重要な条件だったがそこが崩れる。

また、閉鎖されていた大学が再開し始めている。小中高と開校しているのだから大学だけ閉鎖することはないのかも知れない。しかし、小中高と違って大学生は府県境界を越境して通学するものが多い。府県境を越えた移動の自粛は新しい生活様式の要素でもあった。そこも崩れ始めている。


換気の減少と大学再開など感染者を増やす条件がそろい始めている。さらに厭戦気分にも似た脱コロナの社会状況が感染増加に拍車をかけるだろう。そうしたことを踏まれれば第3波を第2波同等に抑え込められるのかわたしは疑問だ。

感染爆発は都市部のスラム街で始まった。

都市の弱い部分が最初に罹患するのである。日本における都市の弱点が存在するとすれば、それは貧困な高齢者層だろうとわたしは思う。都心部や近郊住宅地など高齢化と空洞化が同時に進む地域は都市をまだらに覆っている。もし日本で感染爆発が起こるとすればそうした地域ではなかろうかと思っている。

NY市、所得・地域別に格差鮮明、新型コロナの感染(日経新聞5/20)

ワクチンが間に合うまでの3ヶ月間、わたしは自粛を守るべきだと考えている。もし感染爆発が起きればすでに見てきたように感染者累計252万人(9/30現在8.2万人)、死亡者7万人(9/30現在1,563名)にのぼるだろう。

コロナを忘れたような脱コロナ現象、オリンピックを視野におさめた政府の施策、漠然としたワクチンへの期待感。そうしたふわっとした根拠のない楽観主義が頭を持ち上げる一方で第3波は確実に始まっている、ようにわたしには見える。

長くなったが、どうも気になってしようがないのでメモしておいた。ここまで読んでくださった読者に感謝する。

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コロナについてのメモ(5)

治療薬とワクチンの開発が進んでいることが日本が感染症対策を緩み始めている原因らしい。まずは現在の施策を確かめておきたい。

< 日本の国連演説 >
国連総会の各国首脳演説はリモートになった。日本は9/26だった。菅首相は感染症外交を標榜し①小作機関への支援②途上国への支援③経済再生のための国際間往来の復旧の3つの施策を上げたうえで来夏のオリンピックは疫病に打ち勝った証となると打ち上げた。大きく出たなと思った。その自信はどこから来ているのか。チェックしてすぐに分かった。ワクチンと治療薬の開発が進んでいるのである。

8/28の厚労相会見に現在の日本の感染症施策がまとめられている。現在の日本の主な感染症対策は次のとおり。①高齢者対策の優先(検査と治療)②インフル対策(検査需要への備え)③国際間の人の往来の再会(ビジネス目的優先、入国時の検査体制の確立)④治療薬の確保(レムデシビル、デキサメタゾン、新薬)⑤ワクチンの確保(来年前半に全国民分)

治療薬とワクチンの開発が相当進んでおり、国はその確保に走っている。その実績が強気な国連演説となって表れたわけだ。

首相官邸、第75回国連総会における菅内閣総理大臣一般討論演説
https://www.kantei.go.jp/jp/99_suga/statement/2020/0926enzetsu.html

厚労省、過去の大臣会見8/28
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kakokaiken.html

< 治療薬とワクチンの開発状況 >
アンサーニュースにリアルタイムのまとめがある。ワクチンは30社ほどが開発を競っており、すでにロシアで1社が認可、ほかに各国の8社が臨床試験中だ。日本政府はイギリスの製薬会社と4000万回分の予約を契約したそうだ。

(アンサーニュース)
新型コロナウイルス、治療薬・ワクチンの開発動向まとめ(9/25)
https://answers.ten-navi.com/pharmanews/17853/

とりあえず当初予定していた情報の整理を終えた。結論は明日にでも。

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2020年9月28日 (月)

コロナについてのメモ(4)

<新型インフル2009/10との比較>
コロナ以前のパンデミックは2009‐2010に流行した新型インフルエンザである。北米の豚由来の新型でH1N1型であった。若年層が重症化することが特徴だったがタミフルが劇的に効いて2010年3/23時点で日本での死者は198名にとどまった。国立感染症情報センター(IASR)の推定によれば日本の感染者は2100万人にのぼる。

パンデミック(H1N1)2009発生から1年を経て(IASR、Vol31、2010年10月号)
http://idsc.nih.go.jp/iasr/31/367/dj3671.html

WHOは世界死亡者推定は1.8万人とした。しかし米国疾病対策センター(CDC)が28.4万人という実情に近いと思われる推定値を出した。WHOの権威が揺らいだパンデミックであった。

09年新型インフル、死者28万人、WHO公表の15倍(日本経済新聞、2012年6/26)
https://www.nikkei.com/article/DGXNASDG26020_W2A620C1CR8000/

1968‐69の香港風以来のパンデミックだったが、まとまった日本語サイトが見当たらない。ウイッキにまとめがあるが出典が分かりにくい。こういうときネットは不便だ。とりあえずアメリカと日本の情報を表にしておく。

  感染率 感染者の死亡率
日本 17.5%(2100万/1.2億) 0.0009%(198名/2100万)
アメリカ

12.8%~26.3%(4100万~8400万/3.2億)

0.01%~0.02%(8,330~17,160)
コロナ(世界)

0.066%

1.9%

※データはウイッキによる

2009/2010新型インフルよりコロナのほうが感染率が圧倒的に低いことが分かる。20%程度の感染率だと数年で集団免疫を獲得できるだろう。実際は集団免疫が発動するまえに治療薬の普及でパンデミックは抑え込まれてしまった。2009/2010新型インフルは翌年第2波が来ただろうが話題にもならなかったのである。

今回のコロナ禍の特徴は感染率が低く死亡率が高いことにある。死亡率は治療薬次第で抑え込むことができることも2009/2010新型インフルの推移を見れば分かる。治療薬さえ見つかれば世界平均1.9%の死亡率は0.02%程度まで下がるように見える。ただしまだ有効な治療薬は見つかっていない。11月より始まると予測されている第3波をわれわれは高い死亡率のまま迎えねばならないのである。

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2020年9月27日 (日)

コロナについてのメモ(3)

連載にするつもりはなかったが、情報の出所を確かめるのに思いのほか時間がかかるので少しづつアップすることにした。需要はなさそうだがしばらく続ける。文字だけの投稿になったとたんに反応が薄くなるのもそれはそれで興味深い。

この記事はFBに転載しているが、そのなかのコメントに希望が見えてきたというのがあって驚いた。感染率が低くて死亡率が高いパンデミックは早期に自然消滅すると書いたことへの反応だろう。まだ結論を書いていないのでやむを得ないが、わたしがこれを書いているのは事態はさらに深刻だということを知ってほしいからだ。きょうはそのあたりを確かめておきたい。

< 海外のコロナ状況 >
日本の状況だけ見ていても全体像は把握できないので世界のようすも確かめておきたい。海外の状況にいてはグーグルニュースが見やすいが出典が分かりやすいのは札幌医科大学のHPだ。数字的にはそれほど違いはない。札幌医科大学のHPによれば9/27現在で感染率の世界平均は0.42%となっている。日本の0.066%が異様に低いことが分かるだろう。これを日本の成功と見ることはできない。なぜならその理由が分からないからだ。

札幌医科大学特設コロナページ https://web.sapmed.ac.jp/canmol/coronavirus/index.html?n=j
グーグルニュース https://news.google.com/covid19/map?hl=ja&gl=JP&ceid=JP%3Aja

東アジア・東南アジア・オセアニア諸国
韓国が0.045%、台湾が0.002%と近隣諸国は押しなべて低い。東南アジからオセアニアにかけてもさほど高くはない。フィリピンが0.27%、インドネシアが0.097%、オーストラリアが0.10%あたりが目立つが、それでも世界平均以下である。コロナの流行に地域間格差があるように見えるがその理由も分からない。

とりあえず言えることは日本は理由は不明だが結果的にうまくいっているということだけだ。それは韓国(0.045%)やタイ(0.005%)やベトナム(0.001)と同じ状況であり日本だけが抜きんでて秀でているわけではない。

各国のコロナ対策の比較ができればよいが、分かりやすいまとめは見つからない。各国ごとに状況を見ていくしかないわけだが、とりあえず初動で海外との移動を厳しく制限した台湾と同じく初動で徹底的なクラスターつぶしをした韓国の施策が有効だったことは確かだろう。日本も含めた各国はおそまきながら同じ政策を講じてそれなりの成果を得たと言えなくもない。ただし同様の施策はヨーロッパやアメリカのほうが早かった。それでも感染爆発を呼んだ理由が分からない。理由が不明である以上、東アジアにおいて今後も同じ状況が続く保証はどこにもない。

南北アメリカとヨーロッパ
世界的にみて南北アメリカ大陸の感染率は高い。アルゼンチンとチリが2.4%、ブラジルは2.2%、アメリカが2.1%と世界平均を大きく上回る。完全放任政策をとったブラジルと早期にできる限りの感染症対策をとったアメリカで結果が同じなのはなぜだろう? こうした理由が判明するのはコロナが収束した数年後になるので今は不用意な詮索は避けたい。とりあえずやるだけやっても感染率2%くらいになることがあるのは事実である。

ヨーロッパは派手に報道されるわりにはさほどでもない。スペインの1.5%が筆頭でイタリアでも0.5%ととどまっている。フランス0.7%、イギリス0.6%と世界平均0.42%とさほど違わない。

そのほかの諸国
ロシアは0.7%とヨーロッパよりもほんの少し高めだ。ベルラーシ0.8%、カザフスタン0.7%とロシア周辺諸国で流行している影響を受けているのかも知れない。

中東は初期にとりざたされたイランが0.5%とそれほどでもない。サウジアラビアが0.9%、オマーン1.8%、アラブ首長国連邦が0.9%、と感染爆発が始まっているように見える。カタールの4.3%がとんでもなく高いが、これは米軍基地のせいかもしれない。

インドはこのところ感染爆発が起きて死亡者数が増えている。さかんに報道されているがそれでも感染率はまだ0.42%しかない。死亡者数だけ見ていては実態は分からないだろう。

日本で感染爆発が起きた場合のシミュレーション
こうやって見てくると感染爆発が起きてもアメリカの2.1%程度で抑え込むことができていることが分かる。アメリカの死亡者累計は9/27現在204,311名だ。感染者累計は7,100,379名なので感染者の死亡率は2.8%だ。同じことが日本で起これば感染者数累計252万人(現8万人)、死亡者7万人(現1,539名)にのぼる。そのくらいのことがこれから起きても全然不思議ではない。コロナ禍は続いているのである。

明日はこれまでのパンデミックをチェックしておきたい。

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2020年9月26日 (土)

コロナについてのメモ(2)

< 感染率と死亡率 >
コロナの現状とインフルエンザ、スペイン風邪、ダイヤモンドプリンセス号の感染率と死亡率を比べておこう。

コロナ
9月24日現在で国内の感染者は累計80,098名、重傷者累計は163名、死亡者累計は1,531名である。
・東洋経済新聞 厚労省発表 
 https://toyokeizai.net/sp/visual/tko/covid19/

インフルエンザ2017/2018
大流行した3年前のインフルエンザの感染者は2249万人で死亡者は3367名にのぼった。
・国立感染症研究所「インフルエンザ2017/18シーズン」
 https://www.niid.go.jp/niid/ja/flu-m/flu-iasrtpc/8422-465t.html
・厚労所人口動態調査
 https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/81-1.html

ダイヤモンドプリンセス号(クルーズ船)
3711名の乗員乗客のうち696名が感染し26名が重症化、17名が死亡した。
・新型コロナウイルス感染症の現在の状況と厚生労働省の対応について(令和2年3月11日版)
 https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_10130.html

スペイン風邪
当時の日本の人口は5500万人。内務省の記録によれば2300万人が感染し39万人が死亡した。流行期は1918/19、1919/20、1920/21の3期4年である。なぜ3期で収束したのか原因は不明だが、集団免疫が発動したのではないかと言われている。
・フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』スペイン風邪
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%9A%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%81%8B%E3%81%9C

以上を表にまとめると次のようになる。

  感染率

感染者の重症化率

感染者の死亡率

コロナ 0.066% 0.2% 1.9%
インフルエンザ 17.5%   0.015%
クルーズ船 18.7% 3.7% 1.0%
スペイン風邪 41.8%   1.69%

この表から読み取れることは次のとおり。

コロナの特徴

(1)感染率は低いが死亡率は高い。
    感染率が低いのは感染爆発が起きていないからだがその理由は不明だ。
    理由として考えられるのは次の3つ
     ・新しい生活様式が感染拡大を防いでいる
      (3密の自粛、マスク手洗いうがい、養老施設や高齢者医療施設の隔離、大学閉鎖)
     ・クラスター対策が功を奏している
     ・もともとコロナの感染力が弱い
    実際はこの3つが同時に効いていると考えるしかない。
    本当の理由が分かるのは数年先になろう。
    ともかく、この程度の感染率では集団免疫は期待薄だ。
    低感染率、高死亡率のパンデミックはエボラ熱のように早期に自然消滅することになる。

(2)感染爆発は特殊な環境で起こりうる
    クルーズ船での感染率が高いのはコロナの特性ではなくクルーズ船の特殊な事情によるとしか考えられない。
    クルーズ船では感染爆発が起きたと考えられる。
    3密だったためか防疫に失敗したかのどちらかだろう。
    しかし医療崩壊は起きなかった。死亡率が低いのはそのためだろう。

長くなったので続きは明日

 

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2020年9月25日 (金)

コロナについてのメモ

厭戦気分にも似たコロナに対する新しい社会的状況が始まっている。現状から目をそらす根拠のない楽観主義ともいえるが、社会現象としては興味深い。一方、現状に関する情報もネット上から急速に消えつつある。新しい社会的状況はネットから始まっているのかも知れない。とりあえず現時点で確実なところをメモしておく。

< 日本の現状 >
第2波が8月初旬にピークを迎えその後順調に収束しつつある。これは東洋経済新聞のまとめた厚労省データが分かりやすい。わたしは新規感染者数ではなく重症者数のデータを見て判断している。多少山や谷があるが第2波が収束へむかっているのは動かないとわたしも思う。

東洋経済新聞 新型コロナウイルス国内感染の状況 
https://toyokeizai.net/sp/visual/tko/covid19/

< 今後の見通し >
見通しについては根拠なく種々に言われている。次の(1)は統計上の予測なので確度は高い。(2)と(3)は過去のパンデミック(主にスペイン風邪)との比較なので根拠は弱い。

(1)第2波の収束は10月
このまま収まっていくなら10月にはいったん鎮静化するだろう。

(2)11月から第3波
11月に入れば第3波が始まるだろう。第2波で終わるはずがないので第3波は来るとわたしも思う。それが11月なのかどうかは分からない。もっと早いのかも知れない。

(3)コロナの収束は数年後
国際的な取り決めでは新規感染者が0になって4週間それが続けばパンデミックの終息を宣言できるそうだ。国ごとの終息宣言になるわけだが、それはおそらく数年後になるだろうと言われている。なぜ数年先なのかといえば、人口の多くが罹患して抗体をもつようになり、いわゆる集団免疫が発動するまでに数年はかかるからだ。スペイン風邪のときには5年かかった。ただしワクチンや対コロナ治療薬の普及によって収束時期は早まる可能性がある。2年以上5年以内あたりが予測の範囲となる。

(4)ワクチンと治療薬の普及時期
アメリカ大統領は秋には薬ができると言っていたが、今は年内と発言を修正している。ワクチンに関しては当初言われていたように来年の春か夏まで待たねばならないのではないかと私は思う。それでも開発スピードとしてはかなり速い。治療薬については既存の肺炎治療薬のなかに効くものがあるはずなので年内の普及もあるかも知れない。

厚労省9月4日資料 
https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000668569.pdf

< 世界の状況 >
地域間の格差が大きい。アジア、オセアニア、アフリカでの新規感染者は少ない。インドで感染爆発が起きているほか、南北アメリカ、ヨーロッパあたりが依然として多い。なぜこうなっているのかは現在不明である。BCG説などまことしやかに語られたが仮説でしかなく、本当のところが分かるのはコロナが収束した数年後まで待たねばならない。コロナ対策に予断をもつべきではない。地域間格差からコロナ対策を語るのは危険でさえある。リアルタイムの現状についてはグーグルニュースのデータが見やすい。

世界の新型コロナ使者90万人突破、インドが感染爆発の中心地に(ロイター9/10)
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2020/09/90-16.php

コロナウイルス14日間の感染者の合計数(世界)
https://news.google.com/covid19/map?hl=ja&gl=JP&ceid=JP%3Aja

長くなったので続きは明日

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2020年9月24日 (木)

明延の崖家づくり(2)

ここは以前も描いたような気がする。集合時間が迫っていたが描きたくてしかたがないのでスケッチした。早描き15分スケッチである。

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2020.09.19/ワトソン紙はがきサイズ、グラフィックペン0.5、固形透明水彩/兵庫県養父市明延

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2020年9月23日 (水)

明延でスケッチ教室を開いた

兵庫県養父市で月に1回スケッチ教室を開いている。毎回行先は岸田さんが決めてくれる。今回は久しぶりに明延だった。午前中に鉱山見学をして、これがまた興味深かったので話は別にしておく。午後からスケッチ教室で10数名が集まった。いつも最初に実演をする。今回は白金号の真横を描いた。なかなか愛らしい。

実演をしながらとくに強調するのは鈴木喜一先生に教えられた「スケッチに失敗はない」ということ。スケッチは風景がではなく、その時間その場所にいた存在証明なので失敗はない。なにより大事なのは心を楽しませること。心を楽しませるのは自分にしかできないので、そこのところを大事にしてほしいと思っている。

実演のあと2時間ほど各自好きなものを描きに散った。なにを描くのか選ぶのも大事なことだ。動態保存されている一円電車の黒鉄号が人気だった。一円電車は愛されているなぁ。

再集合してスケッチの講評会をする。他のひとのスケッチを見ることはとても良いと思う。何を描いているか、どんな工夫をしているか、など一人ひとり違うのがおもしろい。そこがスケッチのよいところだと私は思っている。

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講評会のようす
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実演で描いた白金号の横顔
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2020.09.19、兵庫県明延にて

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2020年9月22日 (火)

明延の崖家造りをスケッチした

川沿いの崖家づくりの家がおもしろい。このあたりだと地上2階地下1階の3層になっている。川へ降りる階段もあったから選択や洗い物など川をい使った暮らしがあったのだろうと思う。生活上の必要からこんなにおもしろい建築が生まれたわけだ。

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2020.09.19/ヴァフアール紙粗目F3、グラフィックペン0.5、固形透明水彩 /兵庫県養父市明延

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2020年9月21日 (月)

明延鉱山しろがね号を描いた

兵庫県の明延鉱山から神子畑(みこばた)選鉱場を結んでいた一円電車「白金号」が保存されている。あまりにかわいいのでスケッチした。まるでネコバスみたいだ。動くところを見てみたい。

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2020.09.19/ワトソン紙はがきサイズ、グラフィックペン0.5、固形透明水彩/兵庫県養父市明延

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2020年9月17日 (木)

水気の山なみ

山はかたちによって5つの気に分類される。屏風のように立ちはだかり上端が波型になるのは「水気」の山だ。風水地理の本にはたいていその形が図入りで説明されている(下図)。

写真はJR長岡京駅前の再開発ビル6階から北方を撮ったもの。見事な水気の山である。JR京都線は長岡京の朱雀大路の上を走っているので、この水気の山は長岡京の真北に当たる。つまり四神相応の北方守護「玄武」がこれに当たるとみてよい。

四神はもともと山が当てられた。それを川やら道やらに当てたのは鎌倉時代以降だった。そのことは黄永融が「風水都市」(学芸出版社1999)で明らかにした。たとえば平安京の青龍を鴨川に当てたと説明されてきたがそれは鎌倉時代以降の仮説であって、奈良時代においては四神は山であったとした。

このことは学会からは無視されている。しかし古代の風水土木官僚が山を見て都の敷地選定をしたことは間違いないなかろうと私は思う。長岡京の真北にこれほど見事な水気の山なみがあることも四神が山であったことの傍証のひとつになろう。

ではほかの三神に相当する山波もあるのか。これほど明瞭ではないけれど、どれを当てたのかくらいは私にも分かる。それはまた別の機会に。

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JR長岡京駅前バンビオ2番館6Fより北を望む
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ピークが7つある
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呉明初「地理不求人」(E・アイテル「風水、欲望のランドスケープ」青土社1999所収)

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2020年9月16日 (水)

三角長屋はすばらしい

ここは以前にも紹介した。昭和はじめくらいの長屋である。3戸1棟の長屋なのだが1戸の平面が台形なのだ。こう言ってもどうゆうことかすぐには分からないと思うので説明する。

写真1枚目が北の角。ここで道がほぼ45度の角度で接している。広角レンズで撮ったような写真だが、実際に建物がとがっているのだ。

2枚目が長屋全体を納めた写真。屋根の上部がのこぎり状になっているのがお分かりだろうか。3枚目がそのアップ写真。棟木が左へ傾いている。

おそらく1戸の平面が台形をしていて軒を水平にしようとするとこうなる。理屈では分かっていても本当にそんなことができるのだろうか。それをやってしまうところが木造のおもしろさだと思うし、それだけの技量が昭和初期にはあったということだろう。

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2020.09.15、京都市

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2020年9月15日 (火)

東華菜館の塔をスケッチした

このスペイン風の塔が大好きだ。遠目なので細かいところが見えないが、かえって輪郭やプロポーションがよく分かる。東華菜館は何度も描いているが描くたびに好きになる。とてもよい。これで22分。

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2020.09.12/ワトソン紙はがきサイズ、グラフィックペン0.5、固形透明水彩/京都市、東華菜館

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2020年9月14日 (月)

東華菜館を対岸からスケッチした

スケッチ教室2枚目。大好きな東華菜館を四条大橋ごしに描いた。この角度だと北面と東面が両方見えるのでお得かも。

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2020.09.12/ワトソン紙はがきサイズ、グラフィックペン0.5、固形透明水彩/京都市、東華菜館

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2020年9月13日 (日)

旧四条大橋の残骸を発見した

たまたま下を通って見つけた。今の橋のかかる前の四条大橋の残骸だった。

手前のラインの入った丸い部分は橋脚の飾りの一部で、その右側にアーチの根本が切断されたまま残っている。

鉄筋が飛び出したままになっている。コンクリートに残された鉄筋の跡を見ると異形鉄筋だった。異形鉄筋は戦後のものと漠然と思っていたがこのころから使われていたわけだ。

松村博「京の橋ものがたり」京都文庫1994によれば旧四条大橋の概要は次のとおり。

明治45年市電の仮使用開始、大正2年竣工、柴田畔作設計、森山松之助・山口孝吉意匠設計
スパン50フィート(15.2m)、ライズ5フィート(1.5m)のコンクリートアーチ4連、1橋脚あたり250本の松杭(末口20㎝)
昭和9年・10年の鴨川洪水で流木がアーチにひっかかりダムのようになり周辺地域が水没する。
昭和15-17年架け替え工事。

わりと知らないことが多い。今の橋は戦後のものだと思っていたが、戦後なのは橋上のデザインだけのようだ。それから橋の下に川鳥の休んでいる棒杭の群れがあるが、あれが旧四条大橋の松杭だったわけだ。末口(細いほう)で20センチとあるからぴったりだ。

アーチはものすごく薄い。スパンとはかけ渡しの距離のこと、ライズとはアーチの高さのこと。50フィートで5フィートだから10対1だ。これは現存する七条大橋と同じアーチだそうだ。すでにアーチと呼べるかどうかの限界にある。

なぜそこまでしたかというと橋上にアーチを出して眺望を妨げたくなかったからだ。つまり風致上の要請による。この薄いアーチが旧四条大橋の最大の特徴であり、そのために流木がひっかかりやすくなったという最大の弱点でもあった。

昭和9年・10年の洪水では鴨川流域の広い範囲が水没したが、とくに先斗町や宮川町などの四条大橋周辺の花街が浸水したことが衝撃だったようで直後に架け替えの話が出ている。工期が伸びたのは戦時体制のせいだと思うが、それでも昭和17年(1942年)には完工している。大正2年(1913年)からわずか29年の命だった。

なぜこの部分だけ残っているのか。それは現在の鉄桁が旧大橋の旧大橋のアーチの根本に載っていることから分かる。現在の橋は東端に関しては旧コンクリートアーチ橋の橋脚を再利用しているのだ。

まあたしかにこれを撤去するとなると相応の労力が必要だし、橋の荷重はそれほど違わないだろうからそのまま使うほうが合理的だろう。反対側の橋脚がどうなっているのかは分からない。また今度見てくる。

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2020.09.12、京都市東山区、四条大橋下

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2020年9月12日 (土)

四条大橋をスケッチした

スケッチ教室で鴨川へ出た。木陰で描いていると多少涼しくなったのは喜ばしい。きょうははがきサイズでどこまで大きな景色が描けるのか試してみた。まあ大きな景色もたいがい描けるな。

京都スケッチ教室開催中 http://tanuki.la.coocan.jp/tanteitop.html

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2020.09.12、京都市四条大橋

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2020年9月11日 (金)

一休寺を参詣して考えたこと

一休寺を参詣した。知らないことばかりだったのでメモしておく。

本堂は永享年間(1429-1441)の竣工だそうだ。ものすごく古い。軒回りが賑やかで派手だ。外から挿し込まれた尾垂木が内部で雲肘木のような派手な姿に変わるのがおもしろかった。

一休禅師がこの寺を再興したのは康正年間(1455‐1456)だそうなので本堂竣工それより少し古い。このズレの説明はなかった。一休禅師は亡くなる1481年までこの寺で暮らした。大徳寺住職となってもここから通ったという。それだけこの地に愛着があったということだろう。

一休禅師の墓所があってそれに面して方丈の庭が作られていた。その庭もおもしろかった。

庭は左手に墓所が眺められ、それと対置するように大ソテツが植えられていた。わたしの解釈ではこの大ソテツが一休禅師なのだろう。その前におはぎのような丸い大きな刈込があって、それは船か牛車の牛をかたどっているように見えた。今も一休禅師は乗り物で地上を行き来しているというわけだろう。

方丈には一休禅師の木像が祀られていて、その髪と髭は自身のものを使ったという。もしそれが本当ならば、それは木像というより本人の成り代わりだ。

庭の背後は甘南備山に続いていく。まだツクツクボウシがたくさん鳴いて往く夏を惜しんでいた。

甘南備山は平安京の南方の守護として知られている。一休禅師がこの寺を離れなかったのは、甘南備山を護ることで都の平安と国家鎮護を祈るためだったのではないか。

そう考えると一休禅師は世間で言われているような偏屈な世捨て人のイメージとは違った人物として浮かび上がってくる。

ちなみに墓所には金春家の墓もあった。この地は能楽の盛んな場所としても知られているらしい。なかなか楽しい中世だったのではなかったろうか。

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鎌倉時代の本堂

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2020.09.10、京都府京田辺市

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2020年9月10日 (木)

ミステリー物件ここにあり

2階建てに見えるが平屋なのだ。道路側だけ2階の壁がある。しかも窓まである。なぜこうなったのか全く想像がつかない。まるでミステリーである。

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2020.08.23、三重県松阪市

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2020年9月 9日 (水)

三角ビルを見るとテンションがあがる

三角ビルはおもしろすぎる。中がどうなっているのか興味しんしんだ。道路拡幅の事情でできた三角形の敷地をめいっぱい使いきろうとするとこうなる。これは鉄骨ALCだが京都には戦前木造の三角建築もあるぞ。いずれそのうちご紹介しよう。

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2020.09.03、京都市中京区

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2020年9月 8日 (火)

まいまい京都「七条コース」の写真

 まいまい京都のスタッフの中山さんが写真を撮ってくださった。蒸し暑かったが曇っていたため陽ざしが弱く比較的歩きやすかった。まいまい京都はガイドと参加者が協力してツアーを作るあたりに特徴があるが、今回もレスポンスや突っ込みが多くて楽しかった。ありがとうございました。

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2020.09.06、京都市下京区七条通りかいわい

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2020年9月 7日 (月)

鞍馬口の洋館の現存を確認

わたしが京都の住宅10選を選ぶとすれば先の鈴木邸と並んでぜひ入れたい。建築家山田醇の設計のようにも見えるが山田醇が京都にあるとは聞いたことがないので違うのだろう。民芸風にも見えるしアメリカ屋あたりの設計にも見える。いずれにしても個性的な住宅だ。昭和5年ほどの竣工に見えるが戦後すぐあたりまで下るかも知れない。 詳細不明ながら大事にお使いになっているようすがうかがえてうれしい。

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2020.08.21、京都市北区小山

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2020年9月 6日 (日)

絶好調の風水講座だった

事務所協会主催の京町家と家相勉強会のときの写真をもらったので記録のためにアップしておく。一般からの参加もあり分かりやすいと好評だった。家相は五行説で説明できることが分かったのがわたしの収穫だった。

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2020.08.21、京都市北区「紫明会館」

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2020年9月 5日 (土)

10月のまいまい京都のご案内

10月は次の2コースが参加受付中だ。

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10月4日(日)10-12時 まいまい三条王道コース
京都の近代建築といえば三条通り。有名無名の近代建築の見方楽しみ方をていねいに解説する。建築探偵の定番コース。
郵便局>旧日銀(開いていれば内部も)>京都酒販ビル>旧日生ビル>SACURAビル>家邉徳時計店>1928ビル>其中堂>本能寺
https://www.maimai-kyoto.jp/event/ky20d081/

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10月18日(日)14-16時 まいまい岡崎コース
これまた近代建築の集まる岡崎公園かいわいを楽しく歩く。武田五一がふたつあるので武田追っかけの建築探偵はテンション高め。
白川橋>七宝館>有鄰館>大鳥居>国立近美>図書館>美術館>ローム>旧公会堂>謎の門柱>平安神宮
https://www.maimai-kyoto.jp/event/ky20d110/

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2020年9月 4日 (金)

北大路の洋館の現存を確認

北大路の大谷大学まわりは昭和初期の洋館がいくつか残っているので歩いていて楽しい。ここもきれいに修理が行われていて良好な状態で残っているのがうれしい。うれしいと思われていることはご存知ないだろうが。

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2020.08.21、京都市北区小山

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2020年9月 3日 (木)

洋館見つけた

大事にお使いになっている。こういう丁寧な修理は別場所でも見たことがある。古さを活かした修理ができるかたは少なかろう。わたしはこういう「どこを直したのか分からない」修理を理想としている。いいものを見せてもらった。

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2020.08.21、京都市北区小山

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2020年9月 2日 (水)

伊勢の近代建築(8)中井珠算簿記学校

1958年くらいではないか。スチールサッシュが残っているのが珍しい。中央部分が滑り出し窓になっているのも珍しい。一度大規模な改修をしたように見える。それで時代が分かりにくくなっている。最初から専修学校だったのだろうか。わたしには図書館に見えて仕方がない。

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2020.08.23、三重県松阪市

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2020年9月 1日 (火)

嵐山の多宝塔は伊東忠太の設計だった

 スケッチした後で説明板を読んでみると伊東忠太の設計だった。1936年竣工とある。嵐山に伊東忠太があるとは知らなかった。ひとつ賢くなった。

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2020.08.31、京都市西京区嵐山「法輪寺多宝塔」

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