2020年2月10日 (月)

【祖山信仰と陰陽論3】古墳も陰陽になっている


 連載するつもりはなかったが長くなったので共通タイトルをつけてみた。


 比叡山は比較的新しい祭祀形態なので易を使ったのだろう。基本は雄山と雌山の対で陰陽を構成するものだと思う。だから比叡山の祭祀も古くは天神に相当する神がいたはずだ。叡山は天台密教によって聖地の上書きをしたので分かりにくくなっている。


 さて古墳が陰陽でできているというのは民俗学の分野では早くから言われてきた。たとえば渡邊欣雄は「風水、気の景観学」(人文書院1994)で前方後円墳が陰陽でできていると最初に言ったのは松本清張だとしたうえで、中国沖縄の亀甲墓が陰陽で構成されていることとも考え併せて松本説を支持した。


 最初これを読んだときほんまかいなと思ったものだが今では納得している。陰陽論は紀元前5世紀には成立していたわけだから、東洋の墓制が陰陽論からはずれるわけがない。


 ただし松本清張が前方後円墳の方向がまちまちであるのは暦のせいだとするのには賛成できない。古来、暦は木星の運行を中心に考えられた。マヤの暦が金星を中心にしていることとよく似ている。木星の公転周期、つまり太陽を一周するのに12年かかる。東洋ではこの5倍の60年を暦の一巡りとした。木星は暦の神様「大歳神」として祀られ、その位置する方向がその年の干支となった。だから古墳の方角がまちまちなのは干支や恵方など埋葬時の暦によるのだろうとした。

 しかしそれではおかしい。なぜなら大阪平野の前方後円墳で海の側を向いたものが見当たらないからだ。もし暦に従って方角を決めているのなら12方向のすべてがほぼ同数なければおかしいだろう。では暦ではないとすれば何が理由なのか。わたしは前方後円墳は山を指していると考えている。古墳は先祖の帰るべき神山の依り代として造られたのではないか。だから古墳は神山の方角を向いている。

 それを確かめるために古墳の向きと神山の位置をトレースしてみた。長くなったので続きは次回に。

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