2020年2月25日 (火)

摂南大学住環境デザイン学科卒業研究発表展 感想メモ(2020.02.25)

楽しい学年だったと思う。卆計は成功したり失敗したりいろいろだ。わたしは失敗したことのほうがこれからの糧になると思う。自信をもってよろしい。なにより楽しい学年だったことは一生の宝となるだろう。今年も楽しいひとときを過ごすことができた。ありがとう、そして卒業おめでとう。

< 全体として >

いくつか気づいたことがあるのでメモしておく。
1.敷地が小さいと感じる作品が多かった。構想段階でチェックするべきだろう。
2.なぜその敷地でないといけないのか分からない作品が多かった。卆計は敷地選びで7割がたが決まる。たとえば釜ヶ崎の作品は分かりやすかった。地域特性と計画内容とがよくなじんでいる。
3.社会問題をテーマとした作品の場合、改善策が分かりにくいものが多かった。共用デッキがすべてを解決するわけではない。シャッター商店街とこども園とを組み合わせた作品は提案として分かりやすかった。不定形な形態を使わなかったことも社会派作品であることをよく示していた。

< 個別に >

1.ゆるゆる、じわじわ うえほんまち~うえほんまちハイタウン建替計画~【円満字賞】
空想建築系である。らせん状の立体スロープ公園に住宅、飲食、商店などを付け加えた計画。おもしろいのは二重らせんになっていてスロープ公園にはさまれた層に諸施設を置いたこと。住宅系だけタテに貫入させるアイデアもおもしろい。

2.ヒトの輪
京都市伏見区の竜馬商店街にひとり親世帯の支援施設を設ける計画。親世帯のシェアハウス、図書室や教室などの交流ゾーン、老人介護施設や児童館などの福祉ゾーンを計画した。設計の前提としてひとり親世帯へのインタヴュー調査を行った。その行動力はすばらしい。

3.あたりまえの日常を友として叶える第2の家【他賞】
大阪府新箕面駅前に難病児対象のコミュニティ型ホスピスを計画した。入院、在宅介護支援、社会自立支援、地域交流の諸施設で構成される。また難病児の思春期以後のケアのほか遺族との交流までを視野に入れた綿密な計画となっている。

4.居場所でつくる「むら」【他賞】
大阪府枚方市の香里三井団地の減築建て替え計画。アンケート調査によってコミュニティの力が失われつつある現状を明らかにし、コミュニティ再生の仕掛けを組み入れた。不定形な人工地盤上に住宅部のほかフィットネス、銭湯、コミュニティキッチン、DIYコーナーなどを配置し楽し気なコロニーとなった。

5.共に生きる学び舎
大規模災害時に避難所となる小中学校の教育と被災者支援の両立を考えた計画。避難所としての機能をあらかじめ計画することで教育を継続させよとする意欲作。被災直後から1年後まで避難所と教育現場とがどう共存できるのかをシミュレーションしたのがすごい。

6.見えない壁の小さな扉【円満字賞】
大阪市内のドヤ街・釜ヶ崎を敷地に選び、高齢化する日雇い労働者の町の再生のための仕掛けを分散配置した計画。こどもたちの宿題の場、ブドウ棚のある野菜広場、立体ギャラリー、屋上読書のできる図書室などを釜ヶ崎特有の屋外感・仮設感を活かしたデザインでまとめあげた設計力を評価したい。

7.養蜂場による住生活の改革
兵庫県尼崎市に計画した養蜂家のためのファーマーズマーケット。ミツバチタワー、空中歩廊、ビオトープなどを組み合わせた環境建築をめざしている。空想建築的なところが混じっているのが気になるが、環境問題を農家-養蜂家-エンドユーザーの3者の関係で解こうとした視点はよいと思う。

8.空間を着る【他賞】
大阪府忠岡町の繊維工場跡を敷地としたファッションストリート計画。試着するだけでなく重層化された街路を実際に歩くというアイデアがおもしろい。動くファッションを見せるための建築。これは正統な祝祭建築であろう。

9.「絵本」の力をかりる子供商店街
寝屋川市エスポワール商店街の再生計画にことよせた空想建築系作品。絵本を開くように次々と場面を展開させるトリックアート的な構成をねらった。建築意外のものを建築で表現する作品はこれまでの卆計にもあったが絵本をテーマにしたのは初めてだ。その意欲を買いたい。

10.空移現の建築【他賞】
他賞を受賞してよかった。これほど分からなかった卆計はこれが初めてだ。でも一生懸命なのはよく分かった。もし他が賞を出さないなら円満字賞に入れようと決めていた。思索と造形とを結び付けようとするひたむきな情熱を評価したい(できればもう少し分かりやすいくしてほしい)。

11.新たな都市農村交流の場の提案【他賞】
大阪と長野県飯山市の住民交流施設。梅田都心と淀川のあいだの中津を敷地に選んだ。階段状の人工地盤的なものに農村のミニチュアを計画した。講評では農村との交流拠点を都心に設けた着想が評価されていた。農村の疑似体験装置を建築として考えたアイデアはおもしろい。

12.井の中の蛙、大海を知る【他賞】
新大阪駅前の三角公園に海外各国をテーマとした図書館を計画した。高架駅から地上までの傾斜したヴォリュームに10本の井戸を通した断面構成と複数の泡が連なる平面構成に卓抜な設計力をみた。言うまでもないがこれは空想建築系ではない。10本の井戸に光や風などの性格を付加してインテリアを展開する手法もおもしろい。

13.水田のマチ -ナスビ小屋を用いた歴史適風致計画―【他賞】
京都府向日市のナスビ小屋をテーマとした作品。軽量鉄骨造の農業用倉庫なのだが、その変哲ない小屋にテントやミニデッキを付加して魅力ある風景を作り出した。すでにあるものを使って風景を再構築する魔法のような設計手法がおもしろい。

14.淀川における水上交通を活用した枚方宿の提案
水上交通の復活とその拠点としての水没都市の構想はとてもおもしろい。歴史的に見ても正しい視点だ。淀川流域は水没を前提とした地域づくりが行われてきた。水上歩廊と水面とのあいだのフロアデッキの構成もきれいだった。なにより次第に水没する過程をシミュレーションスケッチで示した手腕を評価したい。

15.現代における邂逅空間の創造
JR高槻駅前の歩行者用デッキを造り変えて歴史館そのほかの施設を設けた計画。人通りは多いがとくに使い道のないデッキを敷地とした着眼点がおもしろい。デッキに高低差をつけて透過性のある膜で覆うという手堅い手法もよいと思う。

16.上下左右"ストリートスポーツを通して繋がる新たな公園の提案"
スケートボードやストリートダンス、ボルダリングなどのストリートパフォーマーのための立体街路公園の計画。あくまで主役はパフォーマーで建築は脇役にまわっているのがすがすがしい。パフォーマンスという見えないものを建築化しようとする意欲作だ。

17.知的障碍者と健常者の相互理解に導くための共同機会の提案【他賞】
相互理解のためのワークショップの計画。巨大紙飛行機づくりと音の出るリングを使った2種類が提案された。いずれも実際にワークショップを行ってその成果を分かりやすく発表した。準備から発表までの一連の行動力を評価したい。

18.発達障碍児のコミュニケーション能力と自己肯定感を涵養するためのボード提案【他賞】
ゲームボードの研究と制作。実際にワークショップを行ってその成果を確かめた行動力を評価したい。講評では失敗作も含めて発表している点がよいとされた。試行錯誤もまた作品のうちだと再認識した。

19.LGBTsのプロパガンダ建築【円満字賞】
LGBTsはレズビアン、ゲイ、バイ、トランスジェンダー、そのほかの意味で性的少数者を示す。そのモニュメントを大阪梅田に構想した空想系作品。ルービックキューブのような巨大な箱を4つに切り分けて分断を象徴させたあたりは秀逸だ。その地下に広がる平安の地という設定もよくできている。試行錯誤の過程もおもしろかった。

20.「小近隣コミュニティ」形成を導く「新・縁台」の開発研究【円満字賞】
八角形の縁台風ベンチの設計と実作。お年寄りの座るベンチを複数調査してふたつのベンチが150度の角度で置かれていることを突き止めた。また置かれるべき場所がなにかに囲まれている環境であることやある程度の無関心が存在できることなど貴重な成果をあげている。これはおそらくもっと大きな研究の糸口になるだろうと思った。

21.機能不全家族をもつアダルト・チルドレンが自らの状況を認識するための自助ツール【他賞】
虐待や育児放棄などの可能性のあるアダルトチルドレンの判定ツール。他人の表情を読み取る力を数値化するもの。心療内科系で先行研究事例があるのではないかと思った。難しい研究に取り組んだ勇気を評価したい。自覚したあとの状況改善につながる展望があれば分かりやすかったかな。

22.循環可能な素材による空間デザインの提案~寒天パビリオン~【円満字賞】
寒天を利用した構造物の研究。立体脱型に失敗し、そのあと平面パネルの構築にも失敗している。ただし寒天を循環型素材として実用化しようという着想はすばらしい。もし実現すればものすごい発明だと思う。その将来性を評価したい。

23.暗闇から始まるくつろぎ空間の提案【円満字賞】
暗闇の設計。これは空想建築ではない。傾斜した柔らかい壁面に制限された開口部から落ちる光が暗闇のグラデーションを作る。そのことを模型実験で確かめた実証的な態度を評価したい。不定形なかたちの作品も造形的なレベルが高くておもしろい。

24.身体に考えさせる連なる面
ふるまいに応じた場の設計。大阪駅前で不特定多数のふるまいを採取してパターン化した。ガラス張りスペースや無機的スペースを傾斜路などで立体的に連続させた作品。とくに温熱環境の変化を取り込んだ自然環境の再現はおもしろい。空想建築系に見えるが実は実証的な研究なのだ。

25.-OPEN LOGGIA COMMUNITY-
大阪夕陽丘の上汐公園を敷地とした独居高齢者支援施設の計画。コミュニティキッチンを中心としたA棟とジムを中心としたB棟を高低差のあるウッドデッキで包み込む。このデッキが施設をまちに対して開くというところに手堅い設計力を感じる。

26.時の重層
京都市内で廃校となった旧生祥小学校を留学生交流施設として再生する計画。ワークスペース、ジム、シェアキッチンなどを増築する。旧校舎の外壁エレメントをパターン化し増築部分にパッチワーク状に貼り付けてイメージの継承をねらった。わたしは運動場に増築された階段広場によって閉鎖的な教室棟を開く工夫がおもしろいと思う。

27.天に向かう聖域
大阪市内のビルに囲まれた神社の再生計画。集会機能の強化によってかつてのコミュニティセンター的な役割を復権させる。複数の敷地を選んで試行錯誤しながら典型例を探ろうとする手法がおもしろい。日常と祭礼時によって施設の使い方が異なることを見抜く観察眼が確かだ。

28.共育-西二階町商店街とまちぐるみのこども園-【他賞】
姫路の西二階町商店街を敷地にこども園を計画した。通りをはさんだ左右に施設を分散させ空中歩廊によってつないだのがおもしろい。アーケードに響くこどもたちの声が聞こえてくるようだ。相談室などの支援機能を空き店舗に分散させてまちぐるみのこども園を実現させた。バランスがよく確かな設計力がある。

29.うめきたメディアタワー【他賞】
大阪駅北側に光の膜につつまれた巨大あんどん型遊歩タワーを計画した。膜のテンションを利用した構造がよくできている。不思議な立体が光のグラデーションをまといながら立ち上がるさまはさぞ美しかろう。ファサード不在の大阪駅再開発に顔を与えた構想力と設計力を評価する。

30.都市のインターフェイス-道頓堀川立体遊歩道計画―【円満字賞】
道頓堀に面した立体遊歩道計画。堀に裏を向けているビルとの接続をひとつひとつ確かめながら長大な遊歩道を実現させた。かつての芝居小屋街としてにぎわった道頓堀の復活を目の当たりにする楽しい作品である。仮設的なデザインも芝居小屋を思わせておもしろい。構想力、設計力、プレゼン力のそろった今期1番の優秀作である。

31.水辺の小景【他賞】
寝屋川駅前の水路沿いの遊休地を活用したコミュニティデッキの計画。公民館やこども図書館の機能を分解分散させウォーターフロントの遊歩道でつなげた。遊歩道に高低差を与え壁面緑化を行うなどわくわくする路地的な楽しさと風を感じるさわやかさを実現している。根気のある設計力を評価したい。

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コメント

円満字先生 
今年もまた、大変な脳力と労力を使って、学生たちの作品を講評してくださり、誠にありがとうございます。すべての作品を見ていただくだけでも時間がかかるはずですのに、丁寧に丁寧に気持ちを込めて、ひとりひとりが振り絞った構想をくみ取っていただいていることに、例年にも増して感嘆しております。
ようやく4年間の達成感をしみじみ味合うことのできる卒業前のこの時期にもかかわらず、様々なイベントが中止・延期されていく不穏な状況に学生たちはがっかりしている中、
円満字先生からの言葉のプレゼントは、彼ら彼女らにとって、実に貴重なはなむけ、未来へのエールです。本当にありがとうございました。

投稿: 川上比奈子 | 2020年2月27日 (木) 11時51分

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