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2020年2月

2020年2月29日 (土)

【石橋スケッチ】スケッチ展の会場を描いた

 スケッチ展会場の「アトリエ173」だ。173は番地である。水路沿いの路地だが人通りは多い。大雨のときこの水路をオオサンショウウオが流れてきたそうだ。みのお川の上流で取水しているようで相当古い水路である。石橋はこんな水路が縦横に流れているのが特徴だ。これで47分。

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2020.02.28/ヴァフアール紙粗目F3、グラフィックペン0.5、固形透明水彩/池田市石橋

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2020年2月28日 (金)

本瓦葺きは長持ちする

蔵を再生したライブハウス「磔磔」は 本瓦葺きである。大正7年くらいの竣工に見える。もしそうなら100年はたつ。屋根は竣工時のままのように見える。本瓦ってそんなにもつのだろうか。本瓦は桟瓦より重ねしろが大きい。つまりどこをとっても瓦が3枚くらいは重なっている。だから多少瓦がずれても雨が漏ることはないのだろう。そのために長持ちしているのだろう。本瓦の性能はすごいな。

ちなみにホールの机はこれ(写真)。これは漬物樽のフタに見える。蔵に換気窓が少ないことと考えあわせて、この蔵は漬物蔵だったのではないかと思っている。磔磔はハリハリとも読めるのでハリハリ漬けを作っていたのかも。

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2020.02.15、京都市中京区、ライブハウス「磔磔(たくたく)」

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2020年2月27日 (木)

ウロコの家のウロコのジョウゴを見た

 ウロコの家のウロコのジョウゴ。松ぼっくりみたいでかわいい。ウロコの家に入ったのは初めてだった。居留地からの移築と説明があった。もしそうなら神戸の現存洋館で一番古いことになるのかも知れない。移築だと古い部材が限定されるがこれはどう見ても古そう。箱型の呼び樋を丸型の竪樋に接続するためのものなのだろうか。機能もよくわからないところが楽しいぞ。

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2020.02.23、神戸北野「うろこの家」

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2020年2月26日 (水)

館ものミステリー平面図を立体化する研究(03)「三角館の恐怖」

今月は江戸川乱歩だ。これはアメリカの「エンジェル家の殺人」の翻案だそうだ。それを無理やり日本に当てはめたので「明治中頃に竣工したレンガ造3階建ての住宅」という設定に無理がある。明治中期だとだいたい木造2階建てになると思う。この設定なら明治後期でないと無理がある。もしあるとすれば同志社大のクラーク記念館(明治26)みたいなものになると思うが、残念ながら平面図がバリバリの新古典主義なのでクラーク館のようなロマン主義的建築とは正反対だ。乱歩はそのあたり特に気にする風もない。そこに建築愛はない。

(2)の綾辻行人もそうだったが日本人作家には建築愛がないのだろうか。次回は海外作家の館ものを取り上げてみたい。


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2020.02.17/A4コピー紙、0.5シャーペン2B

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2020年2月25日 (火)

摂南大学住環境デザイン学科卒業研究発表展 感想メモ(2020.02.25)

楽しい学年だったと思う。卆計は成功したり失敗したりいろいろだ。わたしは失敗したことのほうがこれからの糧になると思う。自信をもってよろしい。なにより楽しい学年だったことは一生の宝となるだろう。今年も楽しいひとときを過ごすことができた。ありがとう、そして卒業おめでとう。

< 全体として >

いくつか気づいたことがあるのでメモしておく。
1.敷地が小さいと感じる作品が多かった。構想段階でチェックするべきだろう。
2.なぜその敷地でないといけないのか分からない作品が多かった。卆計は敷地選びで7割がたが決まる。たとえば釜ヶ崎の作品は分かりやすかった。地域特性と計画内容とがよくなじんでいる。
3.社会問題をテーマとした作品の場合、改善策が分かりにくいものが多かった。共用デッキがすべてを解決するわけではない。シャッター商店街とこども園とを組み合わせた作品は提案として分かりやすかった。不定形な形態を使わなかったことも社会派作品であることをよく示していた。

< 個別に >

1.ゆるゆる、じわじわ うえほんまち~うえほんまちハイタウン建替計画~【円満字賞】
空想建築系である。らせん状の立体スロープ公園に住宅、飲食、商店などを付け加えた計画。おもしろいのは二重らせんになっていてスロープ公園にはさまれた層に諸施設を置いたこと。住宅系だけタテに貫入させるアイデアもおもしろい。

2.ヒトの輪
京都市伏見区の竜馬商店街にひとり親世帯の支援施設を設ける計画。親世帯のシェアハウス、図書室や教室などの交流ゾーン、老人介護施設や児童館などの福祉ゾーンを計画した。設計の前提としてひとり親世帯へのインタヴュー調査を行った。その行動力はすばらしい。

3.あたりまえの日常を友として叶える第2の家【他賞】
大阪府新箕面駅前に難病児対象のコミュニティ型ホスピスを計画した。入院、在宅介護支援、社会自立支援、地域交流の諸施設で構成される。また難病児の思春期以後のケアのほか遺族との交流までを視野に入れた綿密な計画となっている。

4.居場所でつくる「むら」【他賞】
大阪府枚方市の香里三井団地の減築建て替え計画。アンケート調査によってコミュニティの力が失われつつある現状を明らかにし、コミュニティ再生の仕掛けを組み入れた。不定形な人工地盤上に住宅部のほかフィットネス、銭湯、コミュニティキッチン、DIYコーナーなどを配置し楽し気なコロニーとなった。

5.共に生きる学び舎
大規模災害時に避難所となる小中学校の教育と被災者支援の両立を考えた計画。避難所としての機能をあらかじめ計画することで教育を継続させよとする意欲作。被災直後から1年後まで避難所と教育現場とがどう共存できるのかをシミュレーションしたのがすごい。

6.見えない壁の小さな扉【円満字賞】
大阪市内のドヤ街・釜ヶ崎を敷地に選び、高齢化する日雇い労働者の町の再生のための仕掛けを分散配置した計画。こどもたちの宿題の場、ブドウ棚のある野菜広場、立体ギャラリー、屋上読書のできる図書室などを釜ヶ崎特有の屋外感・仮設感を活かしたデザインでまとめあげた設計力を評価したい。

7.養蜂場による住生活の改革
兵庫県尼崎市に計画した養蜂家のためのファーマーズマーケット。ミツバチタワー、空中歩廊、ビオトープなどを組み合わせた環境建築をめざしている。空想建築的なところが混じっているのが気になるが、環境問題を農家-養蜂家-エンドユーザーの3者の関係で解こうとした視点はよいと思う。

8.空間を着る【他賞】
大阪府忠岡町の繊維工場跡を敷地としたファッションストリート計画。試着するだけでなく重層化された街路を実際に歩くというアイデアがおもしろい。動くファッションを見せるための建築。これは正統な祝祭建築であろう。

9.「絵本」の力をかりる子供商店街
寝屋川市エスポワール商店街の再生計画にことよせた空想建築系作品。絵本を開くように次々と場面を展開させるトリックアート的な構成をねらった。建築意外のものを建築で表現する作品はこれまでの卆計にもあったが絵本をテーマにしたのは初めてだ。その意欲を買いたい。

10.空移現の建築【他賞】
他賞を受賞してよかった。これほど分からなかった卆計はこれが初めてだ。でも一生懸命なのはよく分かった。もし他が賞を出さないなら円満字賞に入れようと決めていた。思索と造形とを結び付けようとするひたむきな情熱を評価したい(できればもう少し分かりやすいくしてほしい)。

11.新たな都市農村交流の場の提案【他賞】
大阪と長野県飯山市の住民交流施設。梅田都心と淀川のあいだの中津を敷地に選んだ。階段状の人工地盤的なものに農村のミニチュアを計画した。講評では農村との交流拠点を都心に設けた着想が評価されていた。農村の疑似体験装置を建築として考えたアイデアはおもしろい。

12.井の中の蛙、大海を知る【他賞】
新大阪駅前の三角公園に海外各国をテーマとした図書館を計画した。高架駅から地上までの傾斜したヴォリュームに10本の井戸を通した断面構成と複数の泡が連なる平面構成に卓抜な設計力をみた。言うまでもないがこれは空想建築系ではない。10本の井戸に光や風などの性格を付加してインテリアを展開する手法もおもしろい。

13.水田のマチ -ナスビ小屋を用いた歴史適風致計画―【他賞】
京都府向日市のナスビ小屋をテーマとした作品。軽量鉄骨造の農業用倉庫なのだが、その変哲ない小屋にテントやミニデッキを付加して魅力ある風景を作り出した。すでにあるものを使って風景を再構築する魔法のような設計手法がおもしろい。

14.淀川における水上交通を活用した枚方宿の提案
水上交通の復活とその拠点としての水没都市の構想はとてもおもしろい。歴史的に見ても正しい視点だ。淀川流域は水没を前提とした地域づくりが行われてきた。水上歩廊と水面とのあいだのフロアデッキの構成もきれいだった。なにより次第に水没する過程をシミュレーションスケッチで示した手腕を評価したい。

15.現代における邂逅空間の創造
JR高槻駅前の歩行者用デッキを造り変えて歴史館そのほかの施設を設けた計画。人通りは多いがとくに使い道のないデッキを敷地とした着眼点がおもしろい。デッキに高低差をつけて透過性のある膜で覆うという手堅い手法もよいと思う。

16.上下左右"ストリートスポーツを通して繋がる新たな公園の提案"
スケートボードやストリートダンス、ボルダリングなどのストリートパフォーマーのための立体街路公園の計画。あくまで主役はパフォーマーで建築は脇役にまわっているのがすがすがしい。パフォーマンスという見えないものを建築化しようとする意欲作だ。

17.知的障碍者と健常者の相互理解に導くための共同機会の提案【他賞】
相互理解のためのワークショップの計画。巨大紙飛行機づくりと音の出るリングを使った2種類が提案された。いずれも実際にワークショップを行ってその成果を分かりやすく発表した。準備から発表までの一連の行動力を評価したい。

18.発達障碍児のコミュニケーション能力と自己肯定感を涵養するためのボード提案【他賞】
ゲームボードの研究と制作。実際にワークショップを行ってその成果を確かめた行動力を評価したい。講評では失敗作も含めて発表している点がよいとされた。試行錯誤もまた作品のうちだと再認識した。

19.LGBTsのプロパガンダ建築【円満字賞】
LGBTsはレズビアン、ゲイ、バイ、トランスジェンダー、そのほかの意味で性的少数者を示す。そのモニュメントを大阪梅田に構想した空想系作品。ルービックキューブのような巨大な箱を4つに切り分けて分断を象徴させたあたりは秀逸だ。その地下に広がる平安の地という設定もよくできている。試行錯誤の過程もおもしろかった。

20.「小近隣コミュニティ」形成を導く「新・縁台」の開発研究【円満字賞】
八角形の縁台風ベンチの設計と実作。お年寄りの座るベンチを複数調査してふたつのベンチが150度の角度で置かれていることを突き止めた。また置かれるべき場所がなにかに囲まれている環境であることやある程度の無関心が存在できることなど貴重な成果をあげている。これはおそらくもっと大きな研究の糸口になるだろうと思った。

21.機能不全家族をもつアダルト・チルドレンが自らの状況を認識するための自助ツール【他賞】
虐待や育児放棄などの可能性のあるアダルトチルドレンの判定ツール。他人の表情を読み取る力を数値化するもの。心療内科系で先行研究事例があるのではないかと思った。難しい研究に取り組んだ勇気を評価したい。自覚したあとの状況改善につながる展望があれば分かりやすかったかな。

22.循環可能な素材による空間デザインの提案~寒天パビリオン~【円満字賞】
寒天を利用した構造物の研究。立体脱型に失敗し、そのあと平面パネルの構築にも失敗している。ただし寒天を循環型素材として実用化しようという着想はすばらしい。もし実現すればものすごい発明だと思う。その将来性を評価したい。

23.暗闇から始まるくつろぎ空間の提案【円満字賞】
暗闇の設計。これは空想建築ではない。傾斜した柔らかい壁面に制限された開口部から落ちる光が暗闇のグラデーションを作る。そのことを模型実験で確かめた実証的な態度を評価したい。不定形なかたちの作品も造形的なレベルが高くておもしろい。

24.身体に考えさせる連なる面
ふるまいに応じた場の設計。大阪駅前で不特定多数のふるまいを採取してパターン化した。ガラス張りスペースや無機的スペースを傾斜路などで立体的に連続させた作品。とくに温熱環境の変化を取り込んだ自然環境の再現はおもしろい。空想建築系に見えるが実は実証的な研究なのだ。

25.-OPEN LOGGIA COMMUNITY-
大阪夕陽丘の上汐公園を敷地とした独居高齢者支援施設の計画。コミュニティキッチンを中心としたA棟とジムを中心としたB棟を高低差のあるウッドデッキで包み込む。このデッキが施設をまちに対して開くというところに手堅い設計力を感じる。

26.時の重層
京都市内で廃校となった旧生祥小学校を留学生交流施設として再生する計画。ワークスペース、ジム、シェアキッチンなどを増築する。旧校舎の外壁エレメントをパターン化し増築部分にパッチワーク状に貼り付けてイメージの継承をねらった。わたしは運動場に増築された階段広場によって閉鎖的な教室棟を開く工夫がおもしろいと思う。

27.天に向かう聖域
大阪市内のビルに囲まれた神社の再生計画。集会機能の強化によってかつてのコミュニティセンター的な役割を復権させる。複数の敷地を選んで試行錯誤しながら典型例を探ろうとする手法がおもしろい。日常と祭礼時によって施設の使い方が異なることを見抜く観察眼が確かだ。

28.共育-西二階町商店街とまちぐるみのこども園-【他賞】
姫路の西二階町商店街を敷地にこども園を計画した。通りをはさんだ左右に施設を分散させ空中歩廊によってつないだのがおもしろい。アーケードに響くこどもたちの声が聞こえてくるようだ。相談室などの支援機能を空き店舗に分散させてまちぐるみのこども園を実現させた。バランスがよく確かな設計力がある。

29.うめきたメディアタワー【他賞】
大阪駅北側に光の膜につつまれた巨大あんどん型遊歩タワーを計画した。膜のテンションを利用した構造がよくできている。不思議な立体が光のグラデーションをまといながら立ち上がるさまはさぞ美しかろう。ファサード不在の大阪駅再開発に顔を与えた構想力と設計力を評価する。

30.都市のインターフェイス-道頓堀川立体遊歩道計画―【円満字賞】
道頓堀に面した立体遊歩道計画。堀に裏を向けているビルとの接続をひとつひとつ確かめながら長大な遊歩道を実現させた。かつての芝居小屋街としてにぎわった道頓堀の復活を目の当たりにする楽しい作品である。仮設的なデザインも芝居小屋を思わせておもしろい。構想力、設計力、プレゼン力のそろった今期1番の優秀作である。

31.水辺の小景【他賞】
寝屋川駅前の水路沿いの遊休地を活用したコミュニティデッキの計画。公民館やこども図書館の機能を分解分散させウォーターフロントの遊歩道でつなげた。遊歩道に高低差を与え壁面緑化を行うなどわくわくする路地的な楽しさと風を感じるさわやかさを実現している。根気のある設計力を評価したい。

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【石橋スケッチ】石橋ビル

石橋駅周辺でもっとも高いビルだが道を歩いていてもあまり見えない。路地を入った奥に広い駐輪場がありそこからだとよく見える。頭抜けて高いビルの存在感がおもしろい。なぜここにこれほど広い駐輪場があるのか?ということも考えてみたい。これで40分。

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2020.02.21/ヴァフアール紙粗目F3、グラフィックペン0.5、固形透明水彩/池田市石橋

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2020年2月24日 (月)

【石橋スケッチ】駐輪場から商店街への路地

 これで40分くらい。F3(A4くらい)の大きさに慣れてきた。トタンにさび色をにじませたり、アーケード下を暗く描いたりと工夫するのが楽しい。石橋駅周辺は思っていたほど古い部分がない。この商店街(能勢街道)がもっとも古く昭和5年くらいの街並みだ。どこかに農村集落があるはずなのでもう少し探してみる。

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2020.02.21/ヴァフアール紙粗目F3、グラフィックペン0.5、固形透明水彩/池田市石橋

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2020年2月23日 (日)

【石橋スケッチ】阪急オアシス

 70年代風の建物のスーパーマーケットだ。立地がおもしろい。商店街に通じた正面入り口は路地の奥にあって建物は見えない。これは裏の住宅地側の入り口なのだが、ここは地盤が1層分低いので階段を上がらないと売り場へ行けない。見えない表側も描いてもいいかも。最近石橋のようすがだんだん見えてきておもしろ過ぎる。

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2020.02.18/ヴァフアール紙粗目F3、グラフィックペン0.5、固形透明水彩/池田市石橋

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2020年2月22日 (土)

ネズミは立ち止まって何をしているのか

ネズミがときどき立ち止まってフリーズしているのは自分がどこにいるのか分からなくなって世界を再構成しているだと思う。アリも同じようなことをしているように見えるときがある。スケッチはそれと似ているような気がする。3次元を2次元に写し替えながら古くなった世界観を更新しているのではないだろうか。

このごろゴチャゴチャしたものが描きたいと思ってそんな風景を選んで描いている。今までゴチャゴチャしてよく見えなかったものがスケッチすることでだんだん見えてくるのがおもしろい。じっと小1時間ばかり立ち止まってスケッチしているようすはリロードしているネズミと同じだろう。最近スケッチに出るたびにそんなことを考えている。

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2020年2月21日 (金)

旧大阪医大付属病院石橋分院の階段室

外観がそっけないインターナショナルだったのであなどっていたが中がすごかった。こんなスチールサッシのステンドグラスがとてもきれいだ。研ぎ出しの階段手摺の丸っとした造形も素晴らしい。明るく清潔感のある建物だ。

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2020.02.18、大阪府豊中市阪大総合学術博物館

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2020年2月20日 (木)

ライブハウス「磔磔(たくたく)」を描いた

 今月のスケッチ教室は京都で有名なライフハウス「磔磔(たくたく)」を描いた。ここをスケッチするのは3回目ではなかろうか。毎度同じような絵にしかならないが好きな建物なので何度描いても飽きないな。これが何の蔵だったのだろうといつも思うが未だに分からない。酒蔵にしては窓が少ない。わたしはなんとなく漬物蔵ではないかと思っている。

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2020.02.15/ワトソン紙はがきサイズ、グラフィックペン0.5、透明水彩/京都市、ライブハウス「磔磔(たくたく)」

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2020年2月19日 (水)

【石橋スケッチ】路地

 ここは3年前にも描いた場所だ。並べてみるとほとんど同じだ。大きさは違うのになぜ同じになるのだろう。前の絵は夏の感じがあるが今回のは冬に見える。スケッチは描いているときの気持ちが絵に入るからこうなるのだろう。

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2020.02.18/ヴァフアール紙粗目F3、グラフィックペン0.5、固形透明水彩/池田市石橋

前に描いたのはこちら。こちらは夏の感じが出ているのがおもしろい。
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2017.06.23/ワトソン紙はがきサイズ、グラフィックペン0.3、固形透明水彩/池田市石橋

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2020年2月18日 (火)

【石橋スケッチ】商店街のなか2

 雨が降っているので絵の具が乾かずじわじわとにじんでいくのがおもしろい。雨の日には雨の日にしか描けないスケッチがあるのだ。

 さて話は変わるが、こうした風景を設計することができるだろうか。複雑に入り組んだこの風景をひとりの人間が設計できるとは思えない。風景はさまざまな行為が上書きされた結果だろう。そこには個人を超えた集合的無意識の表現さえみられる。できるかなひとりで。まあわたしのスケッチもそれをつかもうとする試行錯誤ではあるんだけどね。スケッチしながらそんなことを考えた。

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2020.02.16/ヴァフアール紙粗目F3、グラフィックペン0.5、固形透明水彩/池田市石橋

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2020年2月17日 (月)

【石橋スケッチ】商店街のなか

 雨なので商店街のアーケードから出られない。この機会によく調べてみようと商店街をうろうろした。なかなかおもしろい。今回はA4サイズくらいの新しいスケッチブックを使った。マルマンの安い国産品だがわたし好みのよい紙だった。このスケッチで1時間くらいかかる。2枚描いたのだがスケッチブック、パレット、水洗いを持つ左手が痛くなった。次回は肩掛けヒモを用意しなくちゃ。

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2020.02.16/ヴァフアール紙粗目F3、グラフィックペン0.5、固形透明水彩/池田市石橋

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2020年2月16日 (日)

自分が天然バカであることに気づいたのはいつか

そのころわたしはJR環状線のすぐ横にある製図学校の講師をしていた。朝9時ごろから始まって夕方5時ごろまで授業がある。受講生はみんな社会人なので授業が終わったあとみんなで飲みにいっていた。もちろんわたしが連れていくのではない。同時に3クラス開講していたので、そのチーフ格の林先生が連れていてくれるのに受講生と一緒に着いていくのだ。

それは2007年の10月のことだった。

環状線の高架沿いの道を歩きながらわたしは林先生にギャグをかましていた。

わたし「林先生ってギターしてたんですよね。そういえば今日の授業でギタリストの名前が出てましたね。エリック・クリプトン?」
はやし「それは電球の名前だよ!」
わたし「なんだか微生物の名前のような」
はやし「それはプランクトン!」

打てば響くようなつっこみにわたしはしびれていた。

このあとだった。信号待ちしながらわたしは自分のクラスの受講性のひとりについてぼやいたのだ。

わたし「それにしてもM君の天然ぶりには困ったものです」

わたしは「そうだよな」という同意の言葉をもらえると思っていた。
しかし林先生は苦笑しながら、しかも即材にこう答えたのだ。

はやし「ははは、俺は君のほうがよっぽど天然やと思うで」
わたし(うわっ! なにそれ! 天然ちゃうで!)
信号音(ピッポ―、ピッポ―)

一瞬頭のなかが真っ白になったが、でも図星かも。
自分が天然だと思ったこともなかったが、
言われてみれば確かにそうかも知れない。

(わー、知らなかったー、どうしよー!)

どうしようもなく今も生きている。
わたしは天然バカです。

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2020年2月15日 (土)

犬の話(4)

 犬の話を続けよう(需要があるようなので)。

 わたしが五郎六郎と名付けた犬がいる。黒白まだらのフレンチブルドックだ。体調は50センチくらい。これが2頭いる。五郎六郎という鎌倉時代の武士のような名前だが、どちらかが五郎でどちらかが六郎なのだ。でもまったく見分けがつかないので五郎六郎とまとめて呼んでいる。
 彼らのお父さんは痩せた中年男性でいつも家の前のガレージで黒いワンボックスカーと犬を洗っている。このとき五郎六郎はリードが外されていることが多い。舌をベロベロ垂らしながらさほど広くもない道を縦横に駆け回りながらかわるがわるにホースの水に飛び込んでいる。犬は水が嫌いだと思っていたがそうでもないらしい。
 あるとき自転車で通りかかるとちょうど車と犬を洗っているところだった。小さな五郎六郎が元気いっぱい跳ねまわっている姿を見ると私はとてもうれしくなる。自転車の速度を落としてゆっくり眺める。そのときワンボックスカーのバックドアが開いていた。な、なんとそこに五郎六郎とそっくりな犬がもう1頭座っていたのだ。

(え、なんで?)

 私は振り返りながらもう一度犬の数を数えてみた。やっぱり3頭いる。

(ほんまかいな、それじゃあ五郎六郎七郎じゃないか!)

 わたしは多少混乱しながら通り過ぎた。しかしである。あれ以来3頭一緒にいるところを私は見たことがない。いつも2頭だ。あれは単なる見間違いだったのか、それとも幻影だったのか。今でも謎である。

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2020年2月14日 (金)

天神橋の裏話2

 妻木が日本橋を設計したとき、橋の上からは見えないアーチの裏側まで石張りにしたのは経済感覚の欠けたバカげた無駄遣いだと非難された。もちろんそれはバカげたことではなく船から見たときのデザインを大事にしたのでそうしたのだった。水上からの視点は武田たちにも受け継がれた。この天神橋を下から見たときの伸びやかな美しさは特筆に値する。武田は橋梁の美は構造物を飾るのではなく力の流れを表現することで新しい美を獲得するとした。まさにこの鉄骨の美しさは武田の考えた構造美そのものではないだろうか。

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2020.02.11、大阪市天神橋

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2020年2月13日 (木)

【祖山信仰と陰陽論4】古墳はどこを向いている?

 大阪平野の古市古墳群で調べてみた。ただしどうやっても正確にはならない。正確にならない理由は古墳の形が当初から変わっている可能性があること、地図に落とすときに誤差がでること、見えるピークが地図上の山頂と一致していない可能性があることなどだ。それでもある程度の傾向は出るだろうと思ってやってみたところある程度の傾向は出た。やはり古墳は特定の山とのつながりがあるようだ。

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 古市古墳群の大きさトップ10を使った。古墳の正確な方向は決めづらい。おおよその方向を決めてそれを下の大きな地図に落とし込んだ。

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 各古墳とつながりがあると思われる山は次のとおり。

  古墳名 祖山 築造推定年代
誉田御廟山古墳 金剛山(1125)  420年ごろ
仲津山古墳 信貴山(437)? 400
岡ミサンザイ古墳 生駒山(642) 500
市野山古墳 岩湧山(898) 470
墓山古墳 二上山(517) 410
津堂城山古墳 六甲山(932)? 380
前の山古墳(軽里大塚古墳) 二上山(517) 480
野中宮山古墳 二上山(517)? 400
古室山古墳 和泉葛木山(898) 380
10 野中ボケ山古墳 信貴山(437) 520

 大阪平野にはふたつの大きな古墳群がある。ひとつは今回使った藤井寺市の古市古墳群、もうひとつは堺市の百舌鳥古墳群だ。モズ古墳群で同じことをやってみるとどうなるか。これが結構おもしろい結論になる。それはまた次回に。

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2020年2月12日 (水)

天神橋の裏話

 まあ中之島の都市計画橋梁は水面との距離が短いためアーチがめちゃくちゃ薄い。だからご覧のようにアーチの取り付け角度が30度ない。すでにアーチと言えるのかどうかという域に入っている。ここらへんは武田やら片岡やらがあれこれ言ってこうなった。水の都にとって橋上からの眺めこそ命だというわけだ。それはまあワグナー先生の教えでもあるのだが。というわけでアーチを道路上に出さず無理やり路面下へアーチを押し込めてこうなった。おかげですっきりとした景色を楽しめている。けっこうすごいと思う。

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2020.02.11、大阪市天神橋

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2020年2月10日 (月)

【祖山信仰と陰陽論3】古墳も陰陽になっている


 連載するつもりはなかったが長くなったので共通タイトルをつけてみた。


 比叡山は比較的新しい祭祀形態なので易を使ったのだろう。基本は雄山と雌山の対で陰陽を構成するものだと思う。だから比叡山の祭祀も古くは天神に相当する神がいたはずだ。叡山は天台密教によって聖地の上書きをしたので分かりにくくなっている。


 さて古墳が陰陽でできているというのは民俗学の分野では早くから言われてきた。たとえば渡邊欣雄は「風水、気の景観学」(人文書院1994)で前方後円墳が陰陽でできていると最初に言ったのは松本清張だとしたうえで、中国沖縄の亀甲墓が陰陽で構成されていることとも考え併せて松本説を支持した。


 最初これを読んだときほんまかいなと思ったものだが今では納得している。陰陽論は紀元前5世紀には成立していたわけだから、東洋の墓制が陰陽論からはずれるわけがない。


 ただし松本清張が前方後円墳の方向がまちまちであるのは暦のせいだとするのには賛成できない。古来、暦は木星の運行を中心に考えられた。マヤの暦が金星を中心にしていることとよく似ている。木星の公転周期、つまり太陽を一周するのに12年かかる。東洋ではこの5倍の60年を暦の一巡りとした。木星は暦の神様「大歳神」として祀られ、その位置する方向がその年の干支となった。だから古墳の方角がまちまちなのは干支や恵方など埋葬時の暦によるのだろうとした。

 しかしそれではおかしい。なぜなら大阪平野の前方後円墳で海の側を向いたものが見当たらないからだ。もし暦に従って方角を決めているのなら12方向のすべてがほぼ同数なければおかしいだろう。では暦ではないとすれば何が理由なのか。わたしは前方後円墳は山を指していると考えている。古墳は先祖の帰るべき神山の依り代として造られたのではないか。だから古墳は神山の方角を向いている。

 それを確かめるために古墳の向きと神山の位置をトレースしてみた。長くなったので続きは次回に。

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2020年2月 9日 (日)

夢日記 200209

 短い夢だが覚えていたのでメモしておく。

 古い街道を車で移動中。斜面に新しい家が見え隠れする。どれも窓の大きな過ごしやすそうな住宅でカフェになっているところもある。中へ入れてもらって話を聞きたいと思いながら眺めている。とある先生のサロンにおじゃましている。杉板張りの部屋で大きな丸いテーブルが据えられている。窓はない部屋で玄関が見える。若い男の先客がいて日本地図を描いている。地名を書き込んだあと琵琶湖の下あたりに道を描く加え占領中に米軍がよく通った道だという。わたしは地図中の大阪の位置が違うと指摘しておいた。台所のほうから声が聞こえる。男はカレーを食べて出ていった。石田ゆり子が板間に座ってカレーを食べておいしいと言っている。わたしも自分のカレーを見つけたのでいただくことにする。

(夢読み)
わたしの場合、食べ物が出てくるのは体調が悪いときだ。それはそうなのだろう。石田ゆり子はよく知らない。ファンでもない。それはわたしの創造性の象徴なのだろう。人間の姿をして言葉も交わせるというのはよい夢だ。

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2020年2月 8日 (土)

阪急岡町あたりの近代建築「岡町センター」

 閉店したパチンコ屋だが古い。明治ころの商家を昭和5年ころに洋風に改装したように見える。修理すれば見違えるようになるだろう。

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2020.02.07、大阪府豊中市岡町

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2020年2月 7日 (金)

阪急岡町あたりの近代建築「岡会堂」

 豊中市の岡町は空襲で焼け残ったようで古い建物が今でもたくさん残っている。これは「岡会堂」という自治会の建物だ。昭和5年頃の竣工に見える。表側の白いタイルが当時のままなのだろう。なかなかモダンな雰囲気だ。丁寧に手入れされているようで幸せそうな建物だ。

 このあたりは昭和5年頃の長屋がたくさん残っている。箱軒の防火構造長屋はこの10年ほどで急激に減りつつある。ここもほとんどが空き家になっていた。豊中は関西でも協働型のまちづくりの先駆だったが今はどうなっているのだろう。所有関係を動かさずに再生する手法が機能すれば見違えるほどよくなるように思う。

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2020.02.07、大阪府豊中市岡町「岡会堂」

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2020年2月 6日 (木)

館ものミステリー平面図を立体化する研究(02)「十角館の殺人」

 綾辻行人の館ものシリーズの1冊目「十角館の殺人」(講談社文庫2007)の平面を立体化してみた。1960年ごろの建物のはずなのに「薔薇の名前」に出てくる中世図書館のような平面をしている。なにか平面図の元ネタがあるのかも知れないが60年代というこの小説の設定からはかけ離れている。文中の建物描写も意味不明であったりチグハグだった。作者はミステリーマニアだけど建築を愛しているわけではないと思う。そんなこんなで立体化しづらかったが60年ごろの日本の前衛建築家ならこんな感じだろうとあたりをつけて描いてみた。これで30分くらい。

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2020.02.04/A4コピー紙、0.5シャーペン2B

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2020年2月 5日 (水)

【祖山信仰と陰陽論2】比叡山も陰陽になっている

ちなみに大阪工業大学の梅田キャンパスから比叡山もよく見える。そして二上山と同じようにピークがふたつある。左が四明岳(しめいだけ)、右が大比叡だ。大比叡のほうが高いので雄山だろう。

さてこの山も二上山と同じように天地を祀る雨ごいの山かというとそうでもない。それはご祭神を見ればわかる。比叡山は日吉山(ひえやま)が古い言い方だが、日吉大社のご祭神は大物主(おおものぬし)神と大山咋(おおやまくい)神だという。

オオヤマクイの意味はよく分かっていない。ウイッキでは咋は杭であるとし杭を打ち土地の所有を示す意味とする。つまり土地神というわけだ。一方のオオモノヌシは三輪大社のご祭神であり大国主と同一視されることも多い。

オオヤマクイが土地神で地神ならばオオモノヌシが天神だというとそうでもない。オオモノヌシは大国主や大己貴(おおなむち)などいくつも別名がある。各地で祀られていたから名前も多いのだろう。しかしそれを金気の神様になぞらえるのは無理がある。どちらかと言えば土気か木気だと思う。

比叡山のふたつのピークは「地神-地神」のセットで二上山の「天神-地神」とは違う祭祀と考えたほうがよさそうだ。わたしは易でいうところの地山謙(ちざんけん)ではないかと思っている。地と山のイメージがそろうことで謙という答えになる。この場合、地にあたるのがオオヤマクイで山がオオモノヌシなのだろう。

謙とは謙譲のことで戦勝祈願に使うことの多い卦だ。天智天皇は近江遷都に際して三輪大社からオオモノヌシを勧請したという。元から祀られていたオオヤマクイとセットになったのはこのときだ。わたしは対新羅戦の戦勝祈願をしたのではないかと思っている。

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2020.02.01、大阪市北区梅田から眺めた比叡山

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2020年2月 4日 (火)

【祖山信仰と陰陽論1】二上山は陰陽になっている

大阪工業大学梅田キャンパス最上階の菜の花食堂から二上山がよく見える。普通は「にじょうざん」と読むが古くは「ふたかみやま」といったそうだ。つまり「二神山」だ。

名前のとおりピークがふたつある。高いほうが陽気で低いほうが陰気だろう。調べてみると実際に高いほうが雄岳、低いほうが雌岳だった。大阪平野から見てもっとも特徴的な形の山なので難波京の南東守護に使われたのだろうと思っている。

さて、二上山の頂上には葛木二上神社があり豊布都霊神(とよふつのみたまかみ)と大国魂神(おおくにたまかみ)を祀る。フツ神にはいろいろな意味があるがこの場合は雷神とされる。クニタマ神のクニは土地を示す。クニタマとはこの地域の土地神様という意味だ。

この二柱の神を陰陽に当てれば雷神が陽気で国神が陰気だろう。

この構成は向日(むこう)神社と同じだ。向日神社は雷神と向神(むこがみ)の組み合わせだが向神は国神様だ。二上山の大国魂神の向日神社の向神も大歳神のこどもだという点も共通している。ようするに祭祀の原始的な形式として天と地の組み合わせがあるのだろう。もちろん雷神が天神で国神が地神だ。

葛木二上神社は古来より雨ごいの聖地だったそうだ。五行説によれば水を生むのは金気だ。雨ごいをするには金気の神を祀ればよい。雷神は木気と思いがちだが、それが天神だとすれば金気にもなる。雨ごいをするとすれば天神を祀らねばならない。しばしば雷神が刀剣をご神体とするのはそれが天神であるからだろう。一方の国神は大地の神だから土気だ。土気は金気を補強する土用の役割を果たす。

二上山の向こう側は葛木氏、こちら側は物部氏の領域だ。いずれも大規模な農地を開いた古代氏族だ。その農地の給水を司るのが二上山の神なのだ。彼らは大規模な開発を行った総仕上げとして天神を祀ったのだろう。その古い記憶がご祭神や雨ごい儀礼に残っているのだと思う。

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2020.02.01、大阪北区梅田から眺めた二上山

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2020年2月 3日 (月)

「ら」抜き言葉と大阪弁

 「ら」抜き言葉について気づいたことがあるのでメモしておく。

 大阪弁はもともと「ら」抜きだ。「見られない」と「見れへん」、「寝られない」を「寝れへん」、「食べられない」「食べれへん」という(「へん」は「ない」という意味)。いずれも「ら」が抜けている。

 島田荘司の「ら抜き言葉殺人事件」が1991年なのでその少し前に「ら抜き言葉」という用語が生まれたのだろう。国語審議会の答申かなにかだったのかも知れない。いずれにしても「ら」抜きは乱れた国語として登場した。それを聞いたころは確かにそれは誤用であり言葉は正しく使うべきだと私も思った。そう思って言いもし書きもしてきた。しかしそれはあくまでオフィシャルな場での共通日本語としてであって、関西人のわたしは日常会話においては無意識にら抜きを使ってきたわけだ。はたして本当にら抜きは乱れた国語なのだろうか。

 大阪が都市化した江戸時代前半に各地の言葉が混じりあって大阪弁が成立した。ら抜き言葉はもともとはどこかの方言であったのかも知れないが、そのとき「ら」抜き言葉が大阪弁の重要な要素として取り込まれたのだろう。戦後、関西芸人のテレビ進出によって大阪弁が全国にまき散らされた結果、「ら」抜き言葉が全国規模で蔓延するようになったのだと思う。

 ウイッキによれば「ら」抜き言葉を日本語の乱れとする考えには異論があるようだ。異論の理由のひとつはそうした方言があること。ウイッキには中国四国地方とあるが関西弁も含めてけっこう広く使われているのではなかろうか。もうひとつの理由は、たとえば「見られる」と言えば受け身、尊敬、可能の3つの意味にとれるが「見れる」とい言えば可能に限定できることだ。江戸時代の初期には受け身、尊敬、可能から可能が独立する言葉の変化が見られるらしい。だから「ら」抜きは単なる誤用ではなく合理的な言葉の変化と考えたほうがよろしいと異論はいう。

 大阪弁は各地の言葉が飛び交うなかで共通語として発達したものだろう。そこに「ら」抜き言葉があるならそれは日本語の乱れというよりも先駆的な共通語の用法と考えたほうがよいのではないかと思う。

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2020年2月 2日 (日)

平板型防火シャッターを初めて見た

 平板型防火シャッターというものを初めて知った。中京郵便局はホールに外壁保存の展示コーナーがある。工事写真は興味があるのでいつも眺めているのだがその横にシャッターのことも書かれていた。ほんまかいなと思って外から見るとシャッターレールがギザギザになっているではないか。40年ほどこの建物を見ているがまったく気づかなかった。シャッター板がまだ残っているなら閉まった状態をぜひ見てみたいものだ。

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2020.01.20、中京郵便局
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平板型防火シャッターの仕組み。ワイヤーが仕込まれていて巻き上げるらしい。

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2020年2月 1日 (土)

夢日記 200201

 どうやら夢を覚えるコツをつかんだようだ。3日連続で夢を覚えている。ブログではなくノートにでも書くほうがよいかも知れない。

 大阪の問屋の主人の浮気がばれて奥さんが店にどなりこんでくる。主人は大きな体を土間にこすりつけるようにして土下座している。奥さんはそれを足蹴にした。
 明治40年ころの大阪。運河にかかった橋のたもとに民間会社の社屋が辰野金吾設計で落成した。その建物は不鮮明な写真で知ってはいたが、入り口階段の壁手すりにアールヌーボー風の小さな照明器具が付いていたとは知らなかった。玄関ホールで竣工パーティが開かれ、わたしは「セ・シ・ボン」を即興で歌う。なにかほかの出し物を用意しようと思っていたが間に合わなくてそうなったようだ。夢のなかでシャンソンを歌うとは思わなかった。辰野先生も笑っていた。恩師のT先生も喜んでいた。

(夢読み)
 最初の浮気の話は自分の創造性が分裂しているという表現だろう。夢がそう言うのならそうなのかも知れない。
 準備のできていないパーティーを即興で切り抜けるというのは現実にありそうな気がする。あれこれ準備することよりも即興の力のほうが大きいことを夢は教えようとしているのだろう。

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