2019年9月24日 (火)

アウトレットモールは滅びるだろう

 イケア神戸へ行った。アウトレットモールへ初めて入った。1週間ほどたってようやく印象がまとまったのでメモしておく。

 これは商店街の中間系だろう。商店街>大型小売店舗>コンビニ>アウトレットモール>ネットの流れでよいと思う。年代を入れると(戦後)商店街>(1960年代)大型小売店舗>(1980年代)コンビニ>(1990年代)アウトレットモール>(2010年代)ネットとなるかな。ここに考えが至るまで1週間かかった。これを前提に印象をまとめるとふたつある。

 印象のひとつは地域を考えるとき商店街の活性化をテーマとするのは不適切だということ。この巨大なアウトレットモールに人があふれているのを見ると、今さら商店街に回帰してもどうしようもないことがよく分かる。

 理由はふたつあって、ひとつは小売店舗には人と人とのふれあいがあるという幻想、もうひとつは計画系でいまだ商店街を中心とした近隣住区論が幅をきかせていることだ。

 人と人とのふれあいは幻想であろうし、もし存在しても地域を再構成する力にはなりえない。コミュニティの存在意義はふれあいではなく利害調整能力だとわたしは思う。ふれあいが無くてよいと言っているのではない。それはコミュニティ発生の原点であるのは間違いないが、地域再生を考えるならコミュニティをいかに組織するのかがキーとなると私は思う。

 もうひとつの近隣住区論はジェイコブスが「大都市の生と死」で明らかにしたように地域の緩慢な死を準備するものでしかなかった。わたしたちはそれをニュータウンで体験したはずだろう。

 そもそも商店街は昔からあったわけではない。明治以降鉄道の敷設につれて新たなビジネスモデルとして成立したものだとわたしは思っている。とくに戦前の公設市場の展開と戦後のアーケード化を経て1950年代の高度成長期に大衆の購買意欲の受け皿として爆発的に普及した。商店街の成立要件は「消費は美徳」とまで言われた購買意欲にあるだろう。それから大型小売店舗に王国を譲り渡すまで10年ちょっとしか無いわけだが、その流れから考えれば地域再生を商店街にゆだねることの不自然さがはっきりする。

 印象のふたつめは今後小売業はどうなるかということ。

 これはすでに始まっていてひとつは道の駅のような生産者直販マーケット。もうひとつは行商だ。道の駅については他で書いたこともあるが、1990年代に始まってからすぐに成果を出し始めた。大きな集客力から雇用を生み地域食の再発見など地域文化の再生にまで影響を与えている。車で1時間圏内という広域を対象とすることが特徴だ。

 行商形態の歴史は古いが、今は大型トラックで地域を巡回する形式のものが多い。コンビニの移動型と考えることもできる。ネットとコンビニの一体化が進めば新たな業態に整理されるのではないか。そうなればアウトレットモールの命脈は絶たれるだろう。生者必衰の理である。

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2019.09.15、神戸市ポートアイランド

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