2019年6月14日 (金)

恩師の絵

 亡き恩師の絵を見せていただいたので感想をメモしておく。

 それは色紙を細かく短冊状に切ったものをならべて貼って、それを長方形にカットしたものを貼り合わせて、さらにカットして貼り合わせたものだった。繊細でカラフルな見た目と違って制作過程はおそろしく単調で苦行のようなものだろう。わたしは数年かけて織り上げるというペルシャ絨毯を思い浮かべた。恩師はこれをいったいどのような顔をして作っていたのだろう。

 恩師は建築史家だったが、40代後半にパリへ赴き作家活動を始めた。何年か後にはさるコンテストでグランプリを受賞するなど注目を集めたが突然筆を折り周囲を驚かせた。わたしはクールなハードボイルドを決めこんでいた恩師が、その制作物が千日回峰のような苦行の産物でありながらカラフルで享楽的な色彩を帯びていくことに違和感を覚えたからではなかったかと思った。

 人は誰でもなりたい自分とあるがままの自分とのギャップに苦しむだろう。恩師は博識で話がおもしろくて人情にあつい、それでいて人一倍ストイックなかただった。大学の命運をかけた新設の大学付属のポスター美術館を短期間で国際的に名の通ったものに仕上げるという実績をあげた。その一方で作家として新たな歩みを始めた。恩師のなりたい自分とは何だったのか。

 恩師はかねがね美しさを成り立たせるのは哀しみだと言っていた。その表現に四苦八苦していただろうというのが絵から伝わる。哀しみの美学と言いながら、できあがるものは楽し気なのだ。そのギャップが許せなかったのかもしれない。しかし私はこのカラフルで楽し気な作品に苦行僧のような苦しみと哀しみを見ていたたまれなかった。これで十分哀しいですよと恩師が生きていたなら声をかけたいと思った。

|

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。