2019年5月19日 (日)

鏡の作用について

 鏡の作用について考えたことをメモしておく。

 鏡に映った姿は左右逆転しているとよく言われる。本当にそうだろうか? 鏡をよく見ると右手は右に左手は左に写っている。逆転などしていないのだ。ただし「鏡に映った姿から見れば」左右が逆転している。鏡の世界の自分になって鏡の外の私に面したとすれば右に左手、左に右手がある。このように左右の概念は「誰から見て」なのかという視点者の立場を示さないと意味をなさない。鏡の作用において左右が逆転するのは視点者の立場を変えることが前提となる。

 おもしろいのは前後である。鏡の作用では前後も逆転する。前後と左右とは密接に結びつけられたひとつの概念ともいえる。視点者がどっちを向いているかによって前後も左右も決まるのだ。前後左右という平面上の座標軸は視点者の向きによって定まると言ってもよい。

 さて不思議なのは左右が逆転するのに上下は逆転しないことだ。床屋にある壁掛け時計は鏡のなかで正像となるよう左右逆転させている。なぜ上下はそのままでよいのか? 上下は前後左右と違って視点者の向きとは関係がないということなのだろうか。

 では鏡を頭上に掲げて見上げればどうなるか。こうすると前後左右だけではなく上下も逆転するのだ。その状態で壁掛け時計を正像に見せようとすれば当然上下も逆転させねばならないだろう。上下左右を同時に逆転すればそれは元のままなのではないか。元のままでなぜ鏡のなかで 正しい像を結ぶのか?
 

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