2019年5月30日 (木)

~~せねばならない

 「やることメモ」をつけている。もう2年になる。その日にやることを毎朝箇条書きにする。申請書の作成、学校の授業、庭の水まき、小説を読む、一日にやることは多い。やった項目には〇印を付ける。〇が増えるとうれしい。そういう性格だから2年も続いたのだろう。もし刑事が来て「あなたは〇月〇日何をしていましたか」と聴かれても2年以内であれば答えられる。完璧にだ。

 5月になってから書式を変えた。箇条書きの上に時間割を作った。横棒を引いて6時から21時までの行動を記録している。これで「あなたは〇月〇日の午後〇時から〇時までのあいだ何をしていましたか?」と聴かれても答えられる。これはすごい、かも知れない。

 でも、こんなメモは何の役にも立たない。わたしのアリバイを聴く刑事は一生来ないし、一日の予定を立てたからといって有意義な一日を過ごせるわけでもない。むしろ私は「~~せねばならない」という箇条書きにうんざりしている。箇条書きが1日に10個あったとして、その365日分×存命年数を消化するだけの人生はまっぴらだ。

 昨秋から親族の介護にたずさわることが多いおかげで、自分があと10年、20年、30年たったらどうなるのかよく見えるようになった。学校で夢や希望や志しを語りながら、本当はそんなものは無いのではないかと思い始めている。本当に自分にとって大切なのは未来の夢や希望や志しではなく毎週月曜と木曜にゴミを出したり毎朝金魚にエサをやったりする「今」なのではないか。「~~せねばならない」と思うのではなく、やることひとつひとつをどこまで楽しめるのかが大切ではないか、と思い始めている。

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