森田慶一の作品を発見した
この不思議な表札を見てほしい。カマボコ型の表札など見たことがない。これはやはり分離派の森田慶一の仕業だろう。実際、門柱は写真にあるとおり菱形断面をしている。これは森田設計の農学部正門の門柱と同じ形だ。そして試験地のオープンは農学部正門竣工と同じ1924年である。近代化遺産リストには未掲載だが、この門を設計したのは森田であると考えてよいだろう。
門扉は新しくなっているが、前のものをそっくり写したらしい。大倉三郎設計の事務所棟回廊の門扉とそっくりだ。森田のデザインしたものが壊れた後で大倉が作り変えたのだろう。森田が海外出張中だったのかも知れない。
さて北白川試験地は細長い園地の中央を園路が通り、その中央と一番奥がサークル状になっている。中央は円形噴水で奥は盛り土の上にしだれ柳が植えられている。この田園都市風の園地を計画したのは当時の京大営繕課顧問の武田五一だと思う。彼らしい端正で温かみのある風景が実現している。さすがである。
ちなみに試験地の建物は建築部部長の永瀬狂三の手になった。大倉はまだ京大へ戻っていない。森田は1922年に京大へ入った。彼の初期作品は農学部正門、楽友会館などが知られているが、この試験地門のように探せばもっとあるだろう。わたしはこのころの森田のちょっと不思議な表現主義が好きである。
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