自家弁当 181130
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やってみればよく分かると思うが、こうやってねじって積むと端部で余りが出ない。ここのように端部がトンネルの向きと直交していない場合の常套手段なのだろう。ねじって積むのは面倒なので普通に積んでいるトンネルもある。その場合は端部に半端な大きさのレンガが並ぶことになる。見栄えだけのことでトンネルの強度とは関係がない。
ねじりマンポはなぜ斜め積みなのか(1)http://www.tukitanu.net/2018/06/post-6b3f.html
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舗石の隙間から緑鮮やかなコケがあふれ出している。あまりに見事だったのでしゃがみこんで撮った。
ここは無鄰菴(むりんあん)のすぐ裏だが、あの庭も見事なコケ庭になっている。無鄰菴の主・山縣有朋は西洋風の芝庭を造りたかったのでコケを取り除かせていたが、庭の半分ほどコケに覆われたときもうあきらめてコケでも良いと言ったというエピソードがある。それほどこのあたりはコケの生育にとってよい環境なのだろう。
もともとこのあたりは「吉水(きっすい)」という地名なので水気の多い土地だったことが分かる。吉水は法然や親鸞など宗教者が集まる聖地だった。作庭の名手夢窓国師も南禅寺をここに開いた。このすぐ近くの青蓮院も見事なコケ庭だ。ここに作庭すれば自然にコケに覆われる。水気が木気を生む「水生木(すいしょうもく)」の相生(そうしょう)の理が働くと考えることもできる。
ここは何もしなくても次々とコケ庭が発生し、そしてそれは次第に大きくなっていく。この歩道の小さなコケ庭もいずれ巨大なコケ庭に成長するのだろう。そんな力を秘めているように私には見える。
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無鄰菴(むりんあん)庭園は芝を大胆に使った造園でおもしろかった。つま先上がりの地形を上手に使って芝山が砂丘のように重なる奥行のある風景を作り上げている(写真)。庭のもっとも奥から和館を振り返ると、棚田を上から見下ろしたように水面が広がりそこに青空が映り込んで美しかった。
山縣有朋は造園家・小川治兵衛に対して既存の和風庭園ではないものを造るよう依頼したという。ベルサイユ宮殿庭園のような芝を使った庭園を造った。実際に庭のなかを歩いてみるとヨーロッパの風景式庭園のように見える。最近の加藤造園さんの修景の効果も現れはじめていて、造園時の明るく楽しい庭が復活している。おすすめである。
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武田五一はジェームズ館の工事中、パナマ博準備のために渡米したので日本にはいなかった。だから細部についてどこまで設計できたのだろうかと疑問に思っていた。
ジェームズ館にはレンガの飾り張りがある。ウイーン分離派のポスターのような囲み模様だ。正面両翼の囲み模様は昨年あたりに気付いた。最近同じものが東側で入り口にあることに気づいた。探せばもっとあるかもしれない。
これは京大時計塔の外壁にもある。この囲み模様は武田特有のデザインモチーフなのだ。だからジェームズ館も細部まで武田が決めたと考えてよかろう。
ジェームズ館は武田が42才のとき、京大時計台は53才のときの竣工だ。パナマ博を境として武田の作風は変るが、この囲み模様のようなウイーン分離派風のデザインモチーフは終生変らなかった。武田にとってウイーンがいかに大きな存在だったかを示している。
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