2018年6月 2日 (土)

社宅のまちづくり

 長く見えるが3棟に分かれている。一戸当たりの面積が大きいのと前の道が広めなことから社宅だと思う。尼崎から東灘にかけては社宅が多かった。それは住宅統計を見れば分かる。この30年ほどでそのほとんどが姿を消した。これはその生き残りだろう。

 住宅統計を見ればいかに都市民が社宅に住んだのかが分かる。戦後の住宅史はニュータウンと持ち家政策で語られることが多いが、実は社宅の占める割合のほうが大きかった。今もこうして町を歩くと社宅に出合う。それは阪神間だけでなく京阪間の私鉄沿線でも同じだ。戦後のまちづくりは社宅によって進んだとわたしは考えている。


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2018.04.18、兵庫県尼崎市

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