2016年11月26日 (土)

桂離宮 修理現場所長の裏話がおもしろくてためになった

 ゼネコンの30歳代の現場監督。発電所の仕事が終わって一息ついていると部長に呼ばれて京都の現場へ行けという。はい分かりましたと言ってみるとそれが桂離宮の修理現場だった。

 離宮ができて350年にして初めての大修理という国家的事業だ。伝統木造のエキスパートが着任するまでのつなぎと言われたはずが、結局ひとりで6年の工期の面倒を見ることになった。上には当代を代表する学者による委員会があり、現場には数百年の歴史を背負う職方があり、どちらも初めて会う人たちばかりのなかを右往左往しながら現場をまとめていく人情話だった。こういう人情が現場から消えて久しい。最後に職人芸は代々受け継がれていくということを力説なさっていたが、現場監督芸は誰が受け継ぐのだろうか。

 一番おかしかったのは、現場の覆い屋(素屋根)の設計を構造設計の大家が担当したが、現場の一木一草を損なわないように昔風の木造で作ることになった。その材料に相当長尺の丸太が指定されており、そんな高価なものを使わなくてもいいでしょうと言うとその大家が怒りだしたそうだ。

「そんなものを使わなくてもいいでしょうと言ったら怒り出しましてねぇ。仕方がないので泥川まで先生を連れていって原木を200本買ってきました」

 もちろんゼネコンの持ち出しである。このあたり今とは違って現場代理人の権限が強いなぁと思う。おそらく話はすぐにゼネコントップに伝わっており、トップと先生方との話もついていたのだろう。そんなことは露知らず、現場監督は連日先生方や人間国宝級の職方の無理難題(本当は無理でも難題でもないのだが)に振り回されるのであった。

 6年の修理を通じて人生が変わったとおっしゃる。わたしはお話しを聞きながら、この人は最初から何も変わらなかったのではないかと思った。結局、先生方も職片も一世一代の大仕事を前にして緊張していたのだろう。それは良い仕事を残したいう純粋な気持ちだ。そのことを理解して、それぞれの力を最大限に引き出したのは現場監督の力量だ。彼は仕事を好きになってもいいが惚れてはいかんとおっしゃった。現場の中心にありながら、現場を突き放して見ることができるというのはただごとではない。こういう得難い方があってこそ、この国家的事業も無事に成功を納めることができたのだと思った。たいへん勉強になりました。水本先生ありがとうございます。

 京都建築専門学校市民講座Vol.29-2「桂離宮昭和大修理御殿整備工事の現場から」
 講師 元㈱大林組桂離宮工事事務所所長 水本豊弘氏

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