2016年10月 9日 (日)

【伊予旅行】14.臥龍山荘(4)

 不老庵のロケーションは下図のようになっている。神棚の後ろは青石の露呈した崖で、その上に大洲神社がある。神社は大洲城の完成した1331年にその守りとして開かれたという。ご祭神は大国主の命と事代主の命の二柱だ。これは大黒天と恵比寿天に習合される。ようするに不老庵の床の間に飾られる神様は大黒天と恵比寿天の二神なのであろう。

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 ちなみに大黒と恵比寿の陰陽の組み合わせはこの時代に成立したのかもしれない。鎌倉末期から室町初期にかけて、つまり後醍醐天皇の時代の修験道が聖地を再生してまわったのではないか。

 陰陽のセットになっているのは神様だけではない。大洲神社のある青い磐座である神楽山は、肱川を挟んだ対岸の山を冨士山(トミスヤマ)とセットになっている。ここには江戸時代に如法寺が開かれている。如法寺の開かれる前の冨士山も行場の点在する仏の領域であったろう。神社は陽気、寺院は陰気のセットだからだ。

 おもしろいのは方角と社寺の陰陽が入れ替わっていることだ。日の昇る東側が陽気、火の沈む西側は陰気だ。大洲では肱川をはさんで陰気の西側に陽気の神社、陽気の東側に陰気の寺院が配置されている。これは陰陽の交合を意識した配置なのだろう。こうした意図的な逆配置も中世的な感じがする。

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 東の空に満月が昇る。月は陰気そのものであり満月は陰気の絶頂である。陽気である東側は月光に包まれる。月光は陰気の作用であろう。それがまず肱川を照らす。川面がキラキラ光る。その反射光が不老庵の天井を白々と照らし出す。この場合の白は水を表わす。水気は木気を生む。従って不老庵に肱川の白光が届くとき、木気は発動するわけだ。不老とは再生を意味し、不老庵はそれを視的に表現するための呪具なのだ。それはここが再生を願うための祈りの空間であることを示している。

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