つきのたぬきの「ちぐはぐな日常」
宴会の後、千鳥足で阪急梅田駅にたどりついのはまだ11時半だった。これなら帰れると思っていた。ホームには快速急行が停まっていたし、その後に河原町行きの各停もあった。案外空いていたので座ることができた。今から思うと酔っていたのだから座るべきではなかった。でも前日までの調査の連続で疲れていたのだ。だからこそ座るべきではなかった。座ったとたんに寝てしまった。
ふと目を覚ますと見知らぬ駅に停車していた。とっさに乗り過ごしたと思って飛び降りた。ここはどこだろう。ひょっとして乗り過ごしたのではなく、まだ茨木市あたりなのではないか。それならもう一度列車に乗らなくちゃ。まわりを見渡すが駅名表示が見当たらない。焦りながらキョロキョロしているうちにドアが閉まり快速急行は行ってしまった。向かい側のホームに駅名板が見えた。そこは高槻市だった。
電光掲示板がパタパタと変わり、桂どまりの各停が来ることを告げている。その後には河原町行きの各停もあった。時計は12時をまわったところで、この時点でもちゃんと帰れると思っていた。列車の到着までしばらく時間があったので手近なベンチに腰を下ろした。そのとたんに眠ってしまった。
「お客さん、最終が出ましたよ、お客さん、起きてください」
「……へっ?」
寝ぼけ眼をこすって見上げると駅員がわたしの肩を叩いている。
「もう電車はありませんよ」
駅員の肩ごしに終電が遠ざかっていくのが見えた。すぐには状況が理解できなかった。どうやらうたたねをしているうちに終電を逃したようだ。なぜ終電が出る前に起こしてくれないのかと身勝手な憤怒を覚えながらフラフラと立ち上がり駅を出た。そのときJRはまだ走っていることを思い出した。阪急高槻市駅からJR高槻駅まで歩いて10分ほどだ。なんだちゃんと帰れるじゃないか。このときもまだ帰れると思っていた。
JRはベンチが少ない。酔っ払いが寝過ごすのを予防するためベンチを撤去しているのかも知れない。ほどなく京都行きの終電がホームに滑り込んでくる。これに乗れば長岡京まで3駅だ。楽勝じゃん。やれやれこれでやっと帰れるよ。ほっとしながら座席に座った。そのとたん寝てしまった。
目が覚めると見知らぬ駅に止まっている。ドアが開いたところで暗いホームが見え、冷たい風が流れ込んできた。駅舎の端が見えている。1950年代風の鉄筋コンクリート2階建ての駅舎だ。これって向日町駅ではないのか。
(しまった!寝過ごしたか)
あわててホームに降りるのとドアが閉まるのと同時だった。モーター音をうならせて終電が駅を出ていった。誰もいないホームの電光掲示板の表示が「電車はありません」に一斉に変った。見上げた駅名板には大山崎とあった。そこは長岡京駅のひとつ手前だったのだ。
(しまった!ひとつ手前で降りちゃったよ!)
なにくわぬ顔で駅の外へ出るとタクシー乗り場には1台の車もない。後ろで駅のシャッターがガラガラと閉まった。もしそこにベンチがあればまた寝ていただろう。座るとだめだ。まあここまで来れば歩いてでも帰れるし。そう強がってみたものの夜風が冷たかった。でもしばらくするとタクシーがやってきた。よかったぁ。
(ああ今日は疲れたな。なんで2度も終電を逃すかな。酔って帰るとき座るとだめだな。今度から気をつけよう)
タクシーに乗り込んで行き先を告げる。
「一文橋までお願いします」
「分かりました。一文橋ですね」
タクシーが急発進する。その一揺れでわたしは眠りに落ちた。
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