2016年3月 1日 (火)

スプロールの町を行く

 日頃、私は町を見ていない。そうすることで嫌な建築やつまらない風景が頭のなかに入ってくることを無意識にシャットアウトしている。ところが最近、近代建築を探すために町を見てまわっている。自転車で町を流すのだがソナー全開なのでいろんなものが頭のなかに流れ込んでくる。

 たとえばモルタル塗りの住宅がある。外壁はうらぶれて瓦もずれている。玄関先には発砲スチロールの欠けたトロ箱に半分枯れた多肉植物が植わっている。それは、いつもは見ていないありふれた風景だ。それが頭の中に入ったとたん、いくつか分かることがある。

 これはたぶん借家で大家は高齢化してメンテナンスまで気がまわっていない。建物は1970年前後に建てられた。このあたりの開発がそのころなのだろう。玄関横にプロパンガスの配管が残っているので都市ガスが供給されたのはその後だ。店子はおそらくひとり暮らしのばあさんで今日は病院に行っている。花を育てるのが好きで玄関先を飾っていたが、次第に手入れできなくなった。手間のかからない多肉植物ならと植えてみたものの、それなりになっている。

 そういったことが同時に頭の中に入ってくる。見えるものすべてが何かしらの意味をもっていて、それが風景から滲み出ているのだ。それが次々と頭のなかを駆けまわる。こんな風景はいたるところに蔓延していて私は次第にうんざりするのだ。

 これは町の風景というよりも暮らしの風景と言ったほうがよいかも知れない。最近は景観行政のなかへ暮らしの風景が入るのが当たり前になったが、それは酒蔵や漁村など産業系のものが多かろう。高度成長のころの薄汚れてありふれた風景にはほとんど誰も見向きもしない。しかし戦後の圧倒的多数の暮らしがそうした今は見捨てられた風景のなかで営まれてきた。町を流していると、そうした風景がたくさん残っていることが分かる。いったいこれらの風景をどう理解すればよいのか。そしてどのような評価を与えればよいのか。

 私は戦後復興過程の住宅建設ラッシュのなごりなのではないかと思う。高度成長と都市への急激な人口集中、それをまかなったのは例にあげたような地主層の借家と企業の社宅だった。戦後の郊外開発が、そうした小さな資本先導でモザイク状に行われた。まあ、いわば19世紀末ロンドンのスプロール現象と同じことが行われたということだろう。そうした特殊な歴史条件のもとで集中的に作られた風景のなごりの中を私は自転車で走っていたわけだ。

 この頃ようやくそうした風景に慣れてきた。さらに高度成長のころの活気にあふれた風景を重ね合わせることができるようになってきた。町はとてもおもしろい。

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