2016年1月23日 (土)

御所の木を推理してみた

 歩道いっぱいに張り出していて、ものすごい根が露出している。ムクノキかと思うが確かめてはいない。木の力強さを感じる。

 さて、木は狭苦しいところでかわいそうだし、歩道は狭くなって危ない。なにかの事情でこうなったのだろう。どういう事情があったのか考えてみた。

1883年 大内保存事業完工(外周石垣土塁など)
1912年 京都三大事業完工、丸太町通り拡幅

 これを見れば丸太町通りが広がりムクノキが歩道上に残ったと考えるのが普通だろう。しかしこの推理には欠点がある。第1に拡幅時に京都御苑側の敷地を削らないだろうということ。もうひとつは拡幅が関係しているのなら、丸太町側の石垣は1912年に積みなおしているということ。同じように積むことは可能だが、見た印象では御苑四周の石垣は同時に見える。ではどうしてこうなったのか。この場所は閑宮院で今も庭園を公開している。この木が閑宮院庭園のものだとすればどうなるか。

・閑宮院庭園の造園(江戸時代)
・1868年 明治維新
・1883年 大内保存事業完工(京都御苑の完成)、このとき閑宮院庭園の一部が丸太町通り敷地となる。宮家の木を切るわけにもいかずここだけ石垣が変則的になった。

 まあ、こうだろうな。

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2016.01.22、京都御苑丸太町通り側

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