建築探偵の写真帳 戦後ビル編 未生会館(京都)
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先日車を運転していると突然この道を通ったことあるような気がした。はっきり思い出したわけではなく、沿道の風景になんとなく見覚えがある。記憶をたどると数年前にこのあたりを一度だけ通ったことがあった。そんな何年も経っていても覚えていることに驚いたが、それよりも突然思い出したことのほうに驚いた。トリやアリは風景を覚えて道をたどることができるというが同じ能力が人間にもあるのだろう。
ここでおもしろいのは一度に全部思い出すのではなく、道をたどりながら少しづつ順番に思い出すということだ。沿道風景はひとつづりの連想として記憶されている。だから糸口が失われると思い出すことができないだろう。そう考えると忘れるということは記憶を失うことではなく単に連想の糸が切れるだけなのかも知れない。
言語学者でもある作家の高田大介が「図書館の魔女」で言語のもっとも大きな特徴はひとつながりになっていることだと言う。言語には必ず始めと終わりがひとつづつある。たとえば「こんにちは」という言語は「こ」で始まって「は」で終わる。そのことは言語である限り何語であっても同じだと言う。なるほど確かに高田の言う通りだと私も思う。この言語の連続性は、今ここで考えている記憶の連想性とよく似ている。
言葉は頭で考えるよりも先に出てくるものだ。よく考えてから話しなさいとよく言われるが、そんなことはできやしない。せいぜいできるいのは飛び出しそうな言葉を飲み込むことくらいだ。考えなくとも正しく言葉は出てくる。言っていることが正しいかどうかは別問題だが、言葉は考えることと無関係に出てくる。それは考える能力よりも先に言語能力を獲得しているように見える。
言語の連続性と記憶の連想性とが似ているとすれば、それは言語が道順を覚える記憶のやり方を応用して生まれた名残りなのではないか。つまりトリやアリが考えなくても道を選ぶように人は言葉をひとつながりの道として表現することができるようになったわけだ。言葉っておもしろい。
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奥田棟梁と一緒に仕事をした「竜骨の家」で屋根の金属板を葺いてくださった小泉さんがわたしのスケッチ展に来てくださった。そのときに「京都ものづくりフェア2015」で戦艦大和を展示していると聞いたので行ってみた。
板金術でここまでできるのかと驚いた。船体の3次元曲面を見事に再現している。舷側の3連砲は25ミリ3連装機銃、その内側の2連砲は12.7ミリ高角砲だ。後部にカタパルト2基があったこともこれを見て初めて知った。甲板は木製の表現になっていたので帰って調べると20センチ厚の鋼板の上に木製甲板を張っていたそうだ。煙突まわりの豆のような丸いものはサーチライトらしい。本当によくできていて、呉の大和ミュージアムまで行かなくてもこれで十分よく分かるのではないか。こんなすごい方と一緒に仕事できたのが誇らしい。
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つまらなかった。モヤモヤする。首相暗殺事件を通して少佐の過去が明らかになるという話なのだが、今ひとつ筋が通らない。ひとつは独立した愚連隊のような少佐の組織がなぜ公安の配下に下ったのか説得力が無い。ひとつは電脳技術開発者であった少佐の両親がなにをしていたのかが分からない。ひとつは補佐官である首相の息子の役割が分からない。とりあえず思いついただけでもこれくらいある。しかもクライマックスが無い。今のアニメはクライマックスが無くても商業的に成り立つのだろうか。そんなことはなかろう。なぜこんなことが許されているのだろうか。もうクールジャパンはダメになったのだろうか。
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スケッチ教室を始めたころから筆遣いが変ったように思う。これは2月に描いたパース(参照)の一部だが細部を見るととてもおおざっぱだ。でもそのほうがかえって勢いを感じる。輪郭と彩色が一致していなくても離れて見るとちゃんとして見えるが不思議だ。
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上がり框の幅が大きいため電動角ノミ盤が使えない。そこで手刻みに挑戦することにした。突きノミは首が長くてかっこいい。それを金づちで叩くとコーンと木が鳴る。音が木工室全体に響き渡って気持ちがよい。30分ほど気分よく木を鳴らしていた。すると突然ズボッと手ごたえが無くなり突きのみが突き抜けた。しまったぁ! 底を打ち抜いてしまったぁ! おそるおそる表返すと框の表面がひび割れてめくれている。うわぁ、ごめんなさい。仕方がないので木工用ボンドで固めてクランプで養生している。ほんとごめん。
追記 伊賀の先輩から突きノミを金づちで叩いてはいけないと教えてもらいました。道具の使い方を間違っておりました。かさねがさねごめんなさい
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ゴマと味噌の香りが立つ。モヤシはシャキシャキしている。それをかき分けて中太の麺を吊り上げる。腰のある黄色い麺に甘辛い味噌出汁がよくからんでうまい。チャーシューは薄味で、これも味噌とよくなじんでうまい。完成された札幌味噌ラーメンがここにある。
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ご承知のように辰野金吾は実施担当の弟子たちの裁量を広く認めていた。もちろんチェックはするだろうが、装飾の細部などはフリーにやらせることが多い。従って代表作と言われる東京駅でさえ当時若手のあいだで流行したウイーン分離派風の装飾分解の花盛りだ。これが日銀大阪支店(1902)を見る時の前提だ。
ところがこの建物は装飾分解が無い。まったく無いと思う。この当時装飾分解が無いというのはとても珍しい現象で、大阪では他に中之島図書館(1904)くらいしか思いつかない。大阪のメインストリートに新古典主義の銀行建築が立ち並ぶのは1920年代になってからなのだ。
これとよく似ているのは東京の日銀本店(1896)だ。ではこのふたつの実施担当が同じだったのか。大阪は辰野葛西建築事務所だから担当は葛西萬治でよいだろう。東京は辰野葛西事務所のできる前なので設計は辰野本人ということになっている。でも当時葛西は日銀技手だったから、やはり担当は葛西でよいのかも知れない。
葛西と言えば神戸の旧第一銀行(1908年、現地下鉄みなと元町駅)でも分かるとおり、相当やんちゃな装飾分解をする。そこが葛西のおもしろいところなのだが、それがふたつの日銀では鳴りを潜めている。なぜか? もっとも自然な推理は辰野本人がこのふたつの建物だけは装飾分解を封じたということだろう。何のために?
実は日銀の他の支店も新古典主義に統一されていて、当時流行の装飾分解は見当たらない。中央銀行の体裁を調えるためにアメリカ仕込みの新古典主義で固める戦略があったものと見える。ただし、この戦略に乗らない支店がひとつだけあった。それが京都支店(1906)だった。ここは放縦な装飾分解を施した中世主義建築なのだが、なぜ京都だけ違うのか説明できない。国策を解除するほどの理由が思いつかない。それとも日銀を新古典主義で固めたのは結果的にそうなっただけで、ことさら国策でも無かったのだろうか? さらに、京都の実施担当者が長野宇平次だったことも解せない。彼は曲がったことの大嫌いな新古典主義者だったからだ。ここは葛西の一択ではないのか。
人通りの絶えない御堂筋の歩道に立ちながらそんなことをとりとめもなく考えていた。
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午後1時を回っていたのでランチが残っているか尋ねた。
「サカナありますか?」
「サンマですけどいい?」
サンマは大好物なのでもちろんお願いした。この時間でも結構お客が入ってくる。カレーとかカツ丼の別皿とか頼んでいる。
サンマは特大サイズで、これにレモンをたっぷりかけた。皮がパリパリに焼き上がっており、それを箸で割って脂の乗った白身をごっそりと取り出す。サンマ特有の香りが立ち、ほんわかとした塩味にわずかな苦味が加わってうまい。
焼き魚定食は付け合わせが充実している。冷奴と出汁巻きひとつは定番だ。もう一品にいつもならポテトサラダが付くのだが、この日は野菜の炊き合わせだった。これもうまかった。
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自由課題ということで描いてみたいものを持ってきて、と言ったらこれが来た。藤森さんの神長官守矢史料館だ。現地へ行ってとても良かったので描いてみたいということだった。
まず雑誌の写真と平面を見比べて全体がどうなっているのか確かめて立面図を描いた。それを簡易パース法で起こしていくのだが、平面が途中で45度振っているので描きにくかった。でもまあ1時間半ほどでみな描けたので良かった。わたしも説明しながら一緒に描いた。それが上図。
課題に入る前に落書きタイムを設けた。この日は下図のような立方体を描いた。向きを変えたり影を入れたり、いろいろ試してもらった。下図はわたしの描いたもの。落書きタイムはおもしろいのでしばらく続けようと思う。
2015.11.09、「誰でも描ける建築パース入門」(受講生募集中)
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前から見たかった作品だ。ようやく見ることができた。思っていたより大きい。しかもとても細かいテクスチャーが画面を覆っている。気泡の割れた後のクレーターや縮み和紙のようなシワなど絵によってテクスチャーは変る。それは十分近づいてみないと分からないほど細かいものだけど、それが画面に独特の陰影を与えている。わたしは長年風雪に洗われてよい具合に古びたトタン壁を思い出した。
画面は青だったり黄色だったり絵によって同一系の色彩なのだが、それが動いていたり流れていたりする。風や雨を思わせる動きがあるのだ。その動く色彩のなかに木や鳥などがほんのわずかな線描きで散りばめられている。わたしはここに描かれているのは「その場所」の空気なのではないかと思った。いや、光と言ったほうがよいかも知れない。絵を見ていると、その場所の空気の冷たさや温かさ、鼻孔をくすぐる山の匂い、鳥やせせらぎやこずえを揺らす風の音が聞こえてくる気がする。
水の上の墨絵を和紙で吸い上げるように、光を吸着する吸い取り紙で空気を写し取ればこんな絵になるのではなかろうか。そのとき光が物質化して細かいテクスチャーを生んだように見える。それは新鮮な光の拓本なわけだが、テクスチャーは何十年もかけてようやく仕上がるエイジングがほどこされているのがおもしろい。
林真衣展 https://www.youtube.com/watch?v=_bRUS-1HTZc
ギャラリーeyes http://www2.osk.3web.ne.jp/~oeyes/
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