2015年8月 2日 (日)

祇園祭りの山と鉾の配置

立ち飲みの「たつみ」でお昼をしている。目の前に今年の祇園祭りのうちわがあった。何気なく見ていたところ、山と鉾の配置に規則性があることに気づいた。これって既知のことなのかな。

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規則性とは図のとおり。白丸が鉾、黒丸が山。町の中央に白丸が集まっている。これってどう読むのが正しいかわからないが、旧京都の中心を示しているのではなかろうか。

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コメント

たつみファンさんコメントありがとうございます。なるほど、前時代の名残が保存されているわけですね。

投稿: つきたぬ | 2015年8月 2日 (日) 16時07分

町小路(新町通)が平安後期頃より朱雀大路にかわるメインストリートになったようですね。そして鎌倉時代には四条大路との交差点が中心街になりました。そして当時の祇園祭では、山と呼ばれるものはなく、鉾のみでした。山が建てられ始めたのは、14世紀、室町時代以降だそうです。

投稿: たつみファン | 2015年8月 2日 (日) 15時02分

町小路(新町通)が平安後期頃より朱雀大路にかわるメインストリートになったようですね。そして鎌倉時代には四条大路との交差点が中心街になりました。そして当時の祇園祭では、山と呼ばれるものはなく、鉾のみでした。山が建てられ始めたのは、14世紀、室町時代以降だそうです。

投稿: たつみファン | 2015年8月 2日 (日) 15時01分

町小路(新町通)が平安後期頃より朱雀大路にかわるメインストリートになったようですね。そして鎌倉時代には四条大路との交差点が中心街になりました。そして当時の祇園祭では、山と呼ばれるものはなく、鉾のみでした。山が建てられ始めたのは、14世紀、室町時代以降だそうです。

投稿: たつみファン | 2015年8月 2日 (日) 15時00分

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