ワークワークファンタジア(104)
「おお息子か!」
「へっ?父上?」
新羅から倭人たちを連れてきたキャラバン商人がコムサの息子だった。偵察のために新羅へ送られていたのだった。門から出てきた砂で真っ白になった人間たちのうちのひとりが駆け寄り手を握ったので、ようやくこれが自分の父親だと分かった。その足元を何度目かの小さな波が洗った。
「お、お主、なぜここへ」
「倭人の護衛だ」
律令官がタケ将軍を見つけて驚いた。
「それよりこれはどうっなっているんだ」
「謀叛だ。我々は高句麗王をお護りしてここまで逃げのびたところだ。敵は龍の柱を使っておる」
「麦原の戦いの再現か」
また直近に光条が落ちた。全員が伏せて爆風をよけた。巫女だけは騎乗のまま門の向こうの燃え広がる王険城を見つめていた。光条の攻撃は城内を無差別に襲い黒い煙が各所から上がっていた。朱雀大街を多くの罹災民が南大門めざして逃げてくるのが見えた。そこへも容赦なく攻撃は行われた。フセ姫の皆殺しにするという言葉通りだった。
「これが倭人の大巫か」
「はい、この巫女がテグで龍の柱のまぼろしを立てました。今は地脈をたどって天湖へ向かう旅の途中です」
高句麗王の問いにコムサの息子が答えた。サンスが巫女に駆け寄った。
「天湖、フセもそこで天父を見つけると言っていたわ」
「フセとは誰じゃ」
「タエドン族の大巫の娘よ。あの柱もあの子の力を使って再現したらしいわ。助けてあげて、フセを」
「なんと!巫女を犠牲にして方術を使ったというのか。なんともひどいことを。お前が高句麗王か」
巫女が王をにらんで問うた。
「このままでは皆殺しになるぞ。この国では大巫無きあと、誰が天神を祀っておったのじゃ。おまえか」
高句麗王はフセ姫の審判を思い出して言葉が出なかった。この30年間、誰もそんなことを考えもしなかった。
「それが罠だったということに、ようやく気付いたというわけか」
巫女が天を見上げて嘆息した。黒煙が太陽を隠し薄暗くきな臭い戦場の空だった。
「罠ってのはどういう意味だ」
「天神をわざと祀らないことで地脈を閉ざし国力を疲弊させるということですよ」
東市司の疑問にオリが答えた。
「それほど大切なことだったのか」
「あなたがたタエドン族が今も大神殿をお護りしているではありませんか」
「ああ、そうだな、再興するつもりはあったんだよな、忘れてた」
コムサが巫女に尋ねた。
「麦原の戦いでは新羅の大巫が龍の柱を倒したと聞きます。あなたにもそのような力があるのですか?」
巫女は内大臣を見下ろして皮肉に笑った。
「お前たちは自分らの作り出した厄災の後始末を名も知らぬ辺境の巫女に託すというのか」
コムサは返す言葉も無かった。これは確かに高句麗のしでかした不始末なのだ。
「まあ良い。だが残念ながらわらわには大巫の力は無い。まぼろしを作り出すのが精一杯なのじゃ。だから問うておる。なにか天神を祀る依代(よりしろ)は無いのかと。もしや、それがあれに打ち勝つ何者かに変じるかも知れぬからの」
「巫女様、これをお使いください」
サンスが節刀を差しだした。それはもうサヤも柄も失われ刀身だけになっていた。反りの無いまっすぐな短剣で、戦塵をくぐり抜けた今も曇りひとつ無かった。
「これでフセを自由にしてやってください」
巫女が節刀を受け取った。その瞬間、刀身はまばゆく発光した。節刀が巫女に呼びかけた。
「そうか。名を白虎と申すか。わらわたちを護っておくれ」
夢が始まっていた。巫女は麦原の戦いのときの新羅大巫の姿に変化し始めていた。それを見てポランは驚いた。新羅の姉巫女が当時の姿のまま現れたからだ。
「おお!大巫様、お会いしとうございました」
「・・・ポランか、久しぶりじゃの、息災か」
「はっ、ありがたきお言葉にございます」
ポランは涙をこらえて歯を食いしばった。
「すまんな。また馬がいる。これを使うにはここでは遠すぎるのじゃ。今は妹もおらぬ。この剣の力を借りて戦うしか術がないのじゃ」
「おそれながら、われらは今30騎を擁しております」
「よかろう、それで十分じゃ」
騎馬に自信のあるもの30名が選抜された。高句麗王は自ら騎乗を申し出たが巫女が断った。
「おまえは残って天神の祀りを復興するのが役目じゃ」
コムサやポラン、他に辺境諸族の族長らが騎乗した。
「おまえたちも行くの」
「はい姉さま」
「この中では一番の乗り手です」
「ヘビなんか蹴散らせてくれます」
「必ず帰ってくるのよ」
「はい!(3人同時)」
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