ワークワークファンタジア(106)
門前には小龍の胴体が入り組みあいながらズルズルと高速で動いていた。シャラシャラと鳴るウロコが炎に照らされて鈍く光った。すでに門前に人影はなく、運び出そうとした大型の文書箱がいくつも転倒して中身をぶちまけていた。巫女らの騎馬は速度をゆるめることなく、トントンと跳ねて小龍を避けて走り抜けた。胴体のあいだからいくつかの頭部が垂直に立ち上がり馬を喰おうとしたが、速さについていけず宙を噛んで倒れていった。
東門から一直線に北へ駆ける。左右は高い築地塀が続く。道にはもう誰もおらず巫女たちは速力をあげた。築地塀は防火壁なのだが、火の粉が空を舞い道路を渡って隣の区画へ燃え移り始めていた。巫女たちは炎の熱さを感じながら馬を走らせた。空は黒煙に覆われ夕暮れ時のように暗かった。
突然築地塀の一部がくずれ真横から小龍が襲ってきた。小龍は飛び出した勢いのまま地を這い騎兵を馬ごと喰らうと反対側の築地塀にぶち当たって止まった。
「また来るぞ!たずなを緩めよ!馬を自由に走らせよ!」
巫女が指示をすると同時に数カ所から攻撃された。避けきれず何人かが犠牲となったが小龍はそれ以上追ってこなかった。
巫女たちは横街へ出た。横街とは宮城の南端を東西に走る大路だ。それを左へ旋回する。騎馬が高速で旋回できるほどの道幅があるのだ。隊列を組みなおしたとき、それを狙い撃ちするかのように細かい光条が降り注いだ。馬は軽やかにステップを踏むと光条をかいくぐった。
「さすがワイ族の馬じゃ。戦い慣れておるわ」
それでも数名が直撃を受けて蒸発した。目標の龍の柱は目前だ。少なくなった騎馬隊は横街から朱雀大街へ旋回した。そのとき一際大きな光条が宮城の南門を貫いた。日干しレンガで作られたアーチの上部が吹き飛ばされた。その破片が騎馬隊に降り注ぐ。馬は泡を吹きながら必死にそれを避けた。アーチ上に建っていた緑釉瓦の木造建物は衝撃によって一瞬宙に浮くと騎馬隊の頭上に倒れ込んできた。最後部の騎馬が何騎か巻き込まれた。それでも残った騎馬は舞い上がる土煙の中から駆けだしてきた。南門の大屋根が回転して垂直な壁のように立ち上がった。そしてゆっくりとひっくりかえっていった。その光景を背に巫女らは軍司令部跡へ飛び込んだ。
騎馬隊は中庭まで走り込むと柱をぐるっと回りながら馬を止めた。龍の柱は立ったときと同じ姿でそこにあった。あたりは静まりかえっていた。龍のウロコの鳴る音だけが響いている。今まさに滅びようとする王険城のなかでここだけは護られているようだった。
「ここへまた戻ってくるとはな」
コムサが馬を下りながらつぶやいた。騎馬は半数に減っていた。中庭に大きな井戸があった。コムサらは馬に水を飲ませてやった。
「これが現れたときのことを教えてくれ」
巫女のまわりに男たちが集まってきた。ポランが問いに答えた。
「これは積算士サンスが立てました。さきほど短刀を大巫様に差し出した者です。フセ姫の助力を得たと申しておりました」
「フセとはタエドンの大巫の娘だったな。それとサンスと言うものとがふたりがかりで立てたというのか」
「はい。フセ姫はその場にはおりませんでした。サンスが夢の中で会ったようです」
「なるほど、夢か。・・・フセとやらはまだ夢に囚われているのやもしれん」
巫女の後ろで龍の尾が上昇していった。数百の目がまばたきもせずぎらぎらと巫女たちを眺めまわした。
「俺たちはどうすればいい?」
コムサが尋ねた。
「鳴り物がほしい。太鼓のようなものなら何でもよい」
「それなら牢の横に軍鼓があったな」
「わたしたちはどうするの?」
ワイ族の巫女たちがわらわらと集まってきて尋ねた。
「お前たち、舞はできるか」
「こう?」
「こうかな?」
「こうだよ」
3人は市場で舞ったときのようにくるくると巫女の周りを旋舞した。巫女はにっこり笑ってうなずいた。
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