2015年5月 6日 (水)

ワークワークファンタジア(98)

「われはトキ姫。いにしえより伝えられし審神者(さにわ)の扉が今ここに開かれよう」

 フセ姫は母トキ姫の名を名乗った。それは彼女が薬効によりトキ姫の幻想に捉われてしまったのか。それとも
口寄せにより死者がひとときよみがえったのか。いずれにせよフセ姫は屋敷で倒れたのだから、今ここで宙に浮いている少女は生霊とも呼ぶべき幻影なのだ。不穏な気配を察して高句麗王が腰を浮かせた。

「あれはおまえの娘ではないのか」
「はい・・・いえ、娘は屋敷でやすんでおります。あれは娘の姿をしたほかの何者かです」
「トキ姫とはおまえの妻のことではないのか」
「はい・・・それもよく分かりません」
「作戦は中止だ。いますぐここへ近衛兵を入れよ」
「いえ、それはできません。今、宮城内に兵はおりません。門は勅令によりすべて閉じられました。しばらくは出ることも入ることもできません」

 高句麗王は眉根を寄せたが、とりあえず座りなおした。勅令により封じられたものを開くためには途方もない手順が必要なのだ。特に門の開閉は国家の存立にかかわる事項なのでなおさらだった。こうなったら、どこか警備の手薄な門を襲って突破するしかなかろう。それにしても手勢が少なかった。

 フセ姫は不敵な笑みを浮かべた。体が光に包まれ黒い燐光がまわりを飛んだ。彼女は両手を広げて旋舞するように回転した。再び落雷し、あたりは閃光に包まれた。砂煙のなかから兵士の影が浮かび上がった。それは楽浪郡落城のおりに命を落とした将兵たちの亡霊だった。甲冑を身を固めているが、それも焦げたように真っ黒で表情も分からない。天鼓が響いていた。それに合わせて黒い兵士たちは足を踏み鳴らした。その上でフセ姫は舞を止めると、左手を高くかかげた。その腕にまきつくように小さな黒い龍が現れた。

「それでサニワとはいったいなんだ?」
「神告による裁きの庭のことでございます」
「やはりきさまの仕業だったか!」

 百済の律令官が民部卿に喰ってかかった。

「龍の柱とは封じられたはずの古代ワイ国の技だったのであろう」

 民部卿は無表情に見返した。

「龍の柱は未完成でした。足りなかったのは大巫の力です。昔ならいくらでもいた天父の声を聴くものが今ではもうほとんどおりません。それをわたしはダエトン族の大巫トキ姫で完成させました。あなたにも天鼓の音が聞こえましょう」

 律令官ははっとして空を見上げた。天鼓の響きがたしかに聞こえてくる。天鼓は遠雷のようだ。太古の昔より雷は神鳴りとして恐れられてきた。落雷は天神の裁きのしるしでもあったのだ。

「このように大巫の力は、天父の声の聞こえないものたちにもそれを聞かせることができます。神告を行うものとは審判者というよりは仲介者と呼んだほうがよろしいでしょう」
「では、これは神の意思だとでも言うのか」

 大極殿のまわりに同時に数か所落雷した。殿内にも落雷し何人もが感電死した。爆風が吹き抜け各所から火の手があがった。トキ姫の裁定が始まった。

「晋国王は王険城包囲の知らせを受けながら援軍を送らなかった。楽浪は滅び、いにしえより伝えられし天神の祀りは絶えた。気脈は詰まり大地は疲弊した。その罪少なからず。いまその贖(あがな)いを受けるがよい」

 フセ姫の振り下ろした腕から小龍が飛び出した。それは大極殿の玉座めがけて飛び東晋使の目を射ぬいた。東晋使は悲鳴を上げる間もなかった。龍の一撃の勢いで玉座ごと後ろにひっくりかえり絶命した。まわりのものは、ようやく何が始まっているのか了解したらしく、てんでにその場から逃げ出した。フセ姫が2度3度と腕を振ると忠実な小龍は逃げ惑う東晋の使節団を襲いその目を食い破った。黒い亡霊たちが喜びにふるえ、ときの声をあげた。

「百済王もまた楽浪を見殺しにしたばかりか、今ではその略奪者とよしみを通じて恥じるところが無い。なかんずく天神をおろそかにする事はなはだしい」

 民部卿の顔色がまっさおになった。けれどさすがに彼は居住まいをくずさなかった。さきほどと同じ位置に端坐して裁定者の言葉を静かに聞いていた。たしかに百済は王険城にまっさきに援軍を送る立場だった。それまで数百年にわたって文明の恩恵に浴しながら、その恩人である王険城を見殺しにしたのだ。それは確かに道義にはずれた行いだった。今さらではあるが、そのことをなじられても弁明の仕様がなかった。民部卿が後ろに控える書記官たちに言った。

「よいか皆、動くでないぞ。あの龍は目が見えないようだ。動くと狙われる。それから目をつぶっておけ。右目だけでよいようだが」
「命乞いをせぬのだな。裁きの前でよき心がけじゃ。しかしその贖いは晋国王と同じじゃ。さあ裁きの剣を受けるがよい」

|

妄想歴史小説」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ワークワークファンタジア(98):