2015年5月 9日 (土)

ワークワークファンタジア(100)

 面をあげたフセ姫はすでに人のものではなかった。髪は逆立ち耳元まで避けた口に牙をむき長い舌を遊ばせていた。眼帯の隙間からのぞく片目は丸く大きく爛々と赤く輝いていた。その後ろに半透明の巨大な筒が電光を発しながら急速に立ち上がっていった。

「出デヨ、ワガ大地ノ眷属(けんぞく)ヨ、咎人(とがびと)ドモヲ食ライ尽スガヨイ」

 フセ姫の恐ろし気な声が死の宣告をした。同時に大量の小龍が現れた。勾欄の手すりの先、ひっくりかえった玉座の脚の先、そんな大極殿のあらゆる尖った先から押し出されるように小龍が生えてきた。黒い小龍で目も耳も無く、先端は八重に牙の生えた大きな口だけだった。体をくねくねと揺らせて外と出ようともがく。殿内にいたものたちは恐怖に目をみはった。

「いかん、目を喰われるぞ!目をつぶれ!」

 高句麗王が部下たちに叫んだ。しかし、誰も目を閉じることはできなかった。軒先の垂木の先からザアッと小龍たちが滝のように垂れ下がった。外へ出た小龍は喜びに体を震わせて一斉にミャーと鳴いた。

「フハハハ、サスガ、ココハ晋ノ選ンダ龍穴ダ。龍ガ良ク育ツワ」

 フセ姫は龍に怯える人間どもを見下して笑った。地響きとともに中天高くそびえた柱のなかに龍が現れた。気持ちの悪い黒い半透明な触手がぐねぐねと何本も現れ宙をまさぐりながら伸びた。そして何度も地面が大きく揺れ龍の巨大な口が現れた。柱の根本で死体の塊となっていた晋国兵の亡霊たちの目が音をたてて弾けた。飛び跳ねた眼球が大極殿の床にいくつも転がった。それを生まれたばかりの小龍たちが群がって食べた。

「コノ城ゴト皆殺シニシテクレヨウ」

 小龍たちが人間を襲い始めた。見る間に殿内は血の海となった。そこに居合わせた貴族や役人、巫女や従者にいたるまで見境いなく小龍は襲った。民部卿は龍の柱の前に立ち尽くしながらそれを呆然と見ていた。
小龍たちは民部卿の配下のものも無差別に食い荒らしていたが、民部卿だけは無事だった。空中のフセ姫にも足下の民部卿は見えていなようだった。彼だけがこの凄惨な殺戮の現場とは異世界にいるようだった。これはいったい何なのだ。自分たちは道教の復興のために龍の柱を再現したが、それが完成したとたん人間全てが罰を受けることになるとは。頭上でフセ姫が笑い続けていた。

 柱のなかの龍はシャラシャラとウロコを鳴らしながら上昇していたがようやく尾を現した。それはいくつにも枝分かれしており、それが触手のようにお互いからみあって蠢いていた。尾の先端にはなぜか数百の目があった。尾のウロコに間に開かれた丸い目は赤々と輝き初めてみる地上を舐めまわすように見つめていた。

 百済使の使節団は節刀のタテに守られていた。その半透明のタテは今は水滴のような丸い膜に変じて使節団を守っている。端坐している律令官が高句麗王に手招きした。王はまさか律令官に助けられるとは思っていなかったので驚いたが、生き残った部下たちを集めて膜のなかへ逃げ込んだ。追ってきた小龍は膜にはじきかえされた。

 龍が柱の最上部で反転した。柱のなかは上昇する部分と下降する部分とが二重らせんとなってずるずると動いた。目が上昇する横を巨大な口が降りてきた。触手が地面に触れると地下へは潜らず、そこで反転して再度上昇していった。

 真っ赤な口のなかが光を帯び龍は火を吐いた。それは西側の回廊を直撃した。回廊の一部が霧散し、そのまわりで燃え盛っていた火が爆風によって消えた。再び地底から地響きがとどろいた。第2撃は大極殿を直撃した。基壇の一部が人間や小龍とともに消失し、爆風で大極殿が浮き上がり後ろ向きに転倒した。建物は柱の根本を天に向けてまっさかさまに基壇から落た。小龍の発動はまだ止んでいなかったようで、その数十本の柱の先から新たな小龍たちが噴き出した。

 龍の柱から続けざまに雷撃が発した。ひとつは民部省を直撃し、中央大回廊とそのまわりにいた数百名の官僚が蒸発した。もうひとつは道観の大塔の中ほどを吹き飛ばした。一瞬宙に浮いた塔の上部は静かに落下し、塔の下部を押しつぶしながら下がっていった。最後のひとつは南大門も上空をうなりながら通過して、港の東晋使の船のうち残っていた1隻を打ち抜いた。ばらばらになった船の破片が対岸まで吹き飛んだ。その衝撃はテドン川に津波を巻き起こし上昇した水面が東西の市場を飲みつくした。

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