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2015年4月

2015年4月29日 (水)

ワークワークファンタジア(97)

 宮城内では国書の交換などの儀典が終わり酒宴となっていた。大極殿は木造の巨大な建物で、丹塗りの列柱の上に緑色の釉薬のかけられた瓦を載せている。板敷の床があり、正面の玉座には東晋王の代理である東晋使が座し、その左右に臣下である高句麗王と百済王代理の百済使とが対面して座った。それぞれ数十名の随行員を従えていたが、それが全員納まるほど大極殿は広かった。

 今はワイ族の旋舞が始まったところだ。アップテンポの高句麗楽が流れ大極殿の前庭に100名ほどの舞子たちがくるくると見事に舞っていた。春の風が吹き抜け、垂らした幔幕をかすかに揺らした。どこかから梅の香がただよってくる。

 百済使は律令官だった。盃を傾けながら苦虫をかみつぶしたような顔をしている。

「まさか、あなたが出てこようとは思いませんでしたよ、大臣」

 高句麗王が茶化した。律令官は鼻で笑って盃を置いた。そして高句麗王をにらんで言葉を返した。

「おそれながら、伽耶の東晋軍が燕と通じておりました。いつからなのか、誰が仲介したのか、東晋軍の幹部らが全員討死いたしましたゆえ不明にございます」

 律令官は高句麗王の傍らに控える民部卿を見た。こいつなのだ黒幕は。分かっているが密使が死んだ以上、今回は手出しができぬ。倭人が東晋船を奪いテグへ向かうと知らせてきたのは民部卿だった。ひょっとすると全部こいつの仕組んだ大芝居なのではないか。

「テグの鉄はそちらで管理してもらえるなら、我々には異存はない」
「はい、当面隣接する3国で共同管理することに決しております。それは本国も了承ずみのこと」

 律令官が玉座を見上げると東晋使が大仰にうなずいた。

「3国とは、百済、新羅、伽耶ですかな」
「いいえ、百済、新羅、倭国です」
「倭国? あのあたりにまだ国は無かったのでは?」
「はい、国はありません。けれど一個小隊の騎馬で東晋兵を撃破いたしました。放置できませんので国の体裁をとらせ共同管理の一角を担わせます。それに元来、大伽耶は倭人も含んだ呼び名でした。そうでしたな民部卿」
「はい、仰せのとおりにございます。倭人は南洋全般に分布する海の民です。彼らの交易で我がワイ族は鉄と塩を手に入れていたということでございます。晋帝国のできた後は、晋国と百済の支配の元でそれまでと同様交易に従事してまいりました」
「今も倭人とは連絡があると」
「いえ、倭人とのつながりは今はありません。今回のテグの一件もまったく知らなかったことにございます」

 律令官は民部卿の大嘘にはらわた煮えくり返る思いだったが、外交的にはこちらの完全な敗北だ。律令官は舌打ちをして再び盃を手にとった。民部卿の部下が耳打ちした。

「ユリア様、急ぎの伝令です。姫様が倒れられたとのこと。重篤な病状のようです」

 そのとき上空で雷鳴がとどろいた。晴れ渡った青空にふさわしくなかった。そこに集まったものたちが皆いぶかしげに空を見上げた。上空には黒い妖気が糸を引くように回転していた。不審に思う間もなく中庭に落雷しあたりは閃光に包まれた。爆風が吹き舞子たちは同心円状に倒れた。シューという音だけが鳴っている。

「そうですか。それではあれは誰ですか?」

 爆風にはいつくばっていた民部卿が顔をあげて独り言のようにつぶやいた。中庭の真ん中に黒装束に黒い眼帯の少女が浮かんでいた。

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ワークワークファンタジア(96)

「こ、これは」

 ポランが驚いてサンスを見た。これは龍の柱の立つ直前の河原の状況と同じだったからだ。

「わしの話だけで、これを再現したというのか」
「・・・よく分からないの」

 ポランが目を戻すと亡霊たちは中庭いっぱいの円を描いて繋がった。不気味にぐねぐねと動いている。目をそむけたくなるようなおぞましさだった。つながって一体となった亡霊たちは電光を発しながらカタカタと笑った。白い歯が黒いかたまりのあちこちに見えた。

「よし、今の内に突入するぞ。やつらの背後に回る」

 いくどか中庭に落雷し亡霊たちの黒いからだが弾けた。そして亡霊たちの上に半透明の円筒が立ち始めた。ゆらゆら揺らめきながら次第に高さを増す。黒衣衆は混乱していた。

「うろたえるな。これは夢だ。うわっ!」

 亡霊の体が沸騰しどろどろになった黒いの体が飛び散った。黒衣衆の足元に落ちた黒い塊はたちまち床板を溶かした。強い酸の匂いが立ち込め薄い煙が流れてきた。黒衣衆は総崩れとなり我がちにその場から逃れようとした。ポランたちが突入し司令部はたちまち制圧された。

「ほんとにこれが夢なのか」

 立ち尽くした民部卿の側近が中庭の異変を見つめながら言った。巨大な龍が現れるところだった。最初はふらふらと揺れる長い触手のようなものが地面から現れた。それが円筒を叩くたびに半透明の壁はふるふると震えた。次に大きな口が現れた。魚のような丸い口で、ちょうど池の鯉が水面に口を出しているような感じだ。円筒にぴったり納まるほど大きい。魚と違うのはその口のまわりにびっしりと鋭い歯が生えていることだ。櫛のように何重にも生えた歯が外へ開いたり内へ閉じたりしていた。口のなかは真っ赤な粘膜に覆われている。

 その場にいた敵も味方もあっけにとられて龍の出現を見ていた。口の下にはふさふさとした銀色の毛が燐光を発しながら続いた。その後には金属のこすれ合う音をさせながら銀色のウロコの胴体が続いた。不思議なことに目は無かった。手足もなく龍としては不完全であることが分かる。円筒はもう高さも分からないほど立ち上がっている。その中を一体の龍が上昇し続けていた。硫黄の焼ける匂いが充満していた。

「ああ、こんな形だったかも知れん」

 ポランは戦場で龍の柱の下を馬で駆け抜けたが龍の姿はよく覚えていない。筒の中を上下する軟体動物の姿をおぼろげに覚えているだけだ。それよりも筒の頂部が光り始め、そこから強力な光線が発せられたことをよく覚えている。自分たちの騎馬隊はその直撃を受けて消滅したのだった。しかしこの龍の柱が火を噴くことはなかった。シャランシャランとウロコの音を立てながら目の無い龍は筒のなかを上下するだけだった。

「やはりこれは幻なのか?」
「さあ、オリ殿たちを返してもらおう」

 ポランは牢を開けさせてオリたちを救出した。サンスが駆け寄ってオリに抱き付いた。

「よかった!」
「ありがとうございます」
「フセ姫が・・・フセが、どこか遠くに行っちゃたの」
「・・・そうですか。一緒に探しましょう」

 サンスはオリの腕のなかで泣いた。泣きながら、さきほどのあやかしはフセの力ではないかと思った。自分だけであれだけのまぼろしを作り出せるとは思わなかった。ひょっとしてフセは自分の近くにいるのではないか。

 東市司がワイ族を見渡しながらコムサに言った。

「遊軍てのはこれのことか」
「ポラン殿が味方に付けば言うことはない。だがな、あの眼帯娘が出てきたら我らはなす術がない。わしの息子が倭人の大巫を連れてくれば何とか対抗できるかも知れんが、もう時間切れだ」

 コムサらは軍司令部の中庭まで出て足がすくんだ。龍の柱など見たことが無かったからだ。

「これはなんだ」
「ポラン様の見た龍の柱を立てたの」
「サンスが立てたのですか」
「そうよ。でもフセ姫が手伝ってくれたみたい。あの子どこか近くにいる気がするの」
「近くとは?」
「それがよく分からないの。ここだけどここでないところよ」

 サンスは道観でフセ姫の白昼夢を見たことを話した。コムサはサンスがこれほどフセ姫と親密であったことに驚いた。フセ姫も完全に敵というわけではないのか。

「ともかく王の身が危ない。今、宮城内で龍の柱を立てられると手の打ちようがない。ともかく王の身柄を安全な場所に移して再起を期そう。これは始まる前から負けの決まっている戦だ。王を確保したら各自ばらばらに逃げるように。そうだな、1年たったらここに集まろうじゃないか」

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ワークワークファンタジア(95)

 旧軍司令部の奥に司令部中枢の建物が残っていた。中庭を挟んで3方を建物が囲んでいた。西側は兵運用部、東側は補給部、南面する中央が司令部だった。王険城が包囲陥落したとき、晋軍の幹部たちが自決した場所だ。薄気味悪いので誰も近づかない。秘密結社のアジトにはうってつけだった。

 司令部の後ろに石造りの武器庫が並んでいた。武器類が敗戦時のまま取り残されていた。奥に戦場での虜囚収容用の木製格子のカゴがいくつも並んでいる。一辺が数メートルある大きなものだ。その内のひとつにオリたちは閉じ込められていた。

 黒衣衆らは司令部に集まってクーデター決行の最後の手順を確認していた。

「よいか。最終目標は百済使、東晋使それに高句麗王の3名だ。目標は全員大極殿に集まっている。本隊はすでに配置済みだ。おまえたちは宮城門3か所を制圧し、作戦終了時まで中のものを外へ決して出してはならぬ。龍の柱が立てば宮城内は恐慌に陥るであろう。しかし何があっても門を開けてはならぬ。特に中門の外には辺境部族の族長たちがたむろしている。あやつらに関わられると戦後処理がやっかいになる。いいか。これよりお互いの連絡は禁ずる。流動的な状況に各隊の判断で対応せよ。行け」

 黒衣衆はいくつかのチームに分かれて飛び出していった。入れ替わりに伝令が飛び込んできた。

「た、たいへんです!姫様が突然気を失って、・・・相当衰弱しておられます」
「む・・・姫様のご出陣が無ければ成功は覚束ない。急ぎユリア様へ伝令を送れ」

 伝令が中庭に飛び降り、走り出そうとして立ち止まった。じりじりと後ずさりしている。回廊の影から複数の人影が現れた。族長ポランと彼の腹心たちだった。

「やあポラン殿。貴殿も宮城へ呼ばれたのではなかったですか。まあ、招きに応じておれば今頃命は無かったでしょうがね」
「オリ殿と東市司を返してもらいに来た」
「おや、なぜあなたが不正を働いた下級官吏の肩を持つのでしょう。彼らは律に照らして公正に罰せられるだけです」
「ワイ族はな、数十年前に龍の柱の復活を命を賭して押しとどめた名誉がある。わしはあのとき新羅の大巫に恩義がある。今はその恩義にむくいワイ族の名誉を守るときだ」
「なんと・・・麦原の戦いの生き残りだったとは」

 今の黒衣衆のなかで麦原の戦いを直接知っているものは無かった。龍の柱も直接見たものはいなかったのだ。民部卿の腹心らにはポランが地獄からの帰還兵のように見えた。麦原の戦いは勝者も敗者もなく戦略的にも戦術的にも最悪の戦いだった。今始まったこの動乱も再びワイ族にはばまれる運命か。しばらく目をみはってポランをにらんでいた幹部が片手をあげた。

「弓兵前へ」
「いかん、回廊へもどれ!」

 弓兵がバラバラと現れ、司令部前面の勾欄の前に並んでひざをついた。

「一斉射」

 回廊の列柱にたんたんと乾いた音をさせて矢が突き刺さった。第2波、第3波と矢は途切れることはない。

「これでは近づくこともできん」
「いいわ。わたしが龍の柱とやらを立ててあげる」
「まさかサンス殿、そのようなことができるのか?」
「まやかしよ、一瞬の夢のようなもの、だからそのすきに」

 そういうとサンスは回廊の隅にあぐらをかいて気を調えた。

「大丈夫、天鼓はわたしにも聞こえるわ」

 そっと指を立てそこからきっと天を見上げる。そこには回廊の薄暗い天井があるばかりだが、サンスの目にはその向こうに広がる濃い藍色の青空が見えていた。そもそも藍色は龍を示す色なのだ。天鼓が確かに聞こえた。遠く雷鳴のように響いている。それは息をのんでそのようすを見ているポランたちにも聞こえた。

「今度こそ、ここから龍を出してみせるわ。・・・フセ姫助けてね」

 サンスがさっと指先に目を落とした。なにかが引き裂かれる音が聞こえた。変異が始まっていることは分かるがサンスの指先に龍は現れなかった。

「あれ、おかしいわね」

 目をあげたサンスは中庭を見て驚いた。地面をバチバチと電光が走り、黒い人影のようなものがフラフラと現れた。数十体はあるだろう。輪郭もはっきりせず焦げたようにプスプスと煙を上げている。黒い幽霊は中庭の中央に集まると、それぞれ天を見上げて恨み言を言った。そして手に持った剣のようなものでのどを突き刺した。黒い血がほとばしりそれはパタパタと倒れていった。

 それはこの庭で自決した晋国軍の将校たちの亡霊だったのだろう。中庭をはさんで敵も味方もそのようすから目を離せなかった。幻を呼び出したサンスでさえ何が起こっているのか理解できなかった。倒れていた亡霊たちはしばらく煙を上げていたが、炭火に再び火がつくように内部で電光が弾けて手や足と思われるものがゆらゆらと動き出し合体を始めた。

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2015年4月28日 (火)

藤居醸造麦焼酎「無農薬自然麦」

 漆喰協会の鳥越さんに頂戴した麦焼酎「舞香」があまりにもおいしかったので、京都五条の銘酒館タキモトで探したところ、同じ藤居醸造の「自然麦」があった。麦の香ばしい香りがするのは「舞香」と同じだ。「舞香」は軽やかな飲み口が印象的だったが、これはもっと素朴で実直なうまさがある。藤居醸造さんは家族経営の小さな醸造元のようで、古式通りの酒造りをなさっているそうだ。鳥越さんはそれを応援してらっしゃると言う。わたしも応援したい。うまい酒をありがとう。

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2015.04.28

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飛騨「DHA定食」

 最近スケッチ教室の後はここで刺身定食を食べるのが定例となっている。山国の店名なのに海鮮がうまい。刺身定食も各種あるが、3種盛りのDHA定食がおすすめだ。3種の中身は日替わりのようだ。この日はカンパチ、ハマチ、ブリだった。刺身が新鮮でコリコリした食感でうまい。ボリュームもあってわたしにはちょうど良い。あさりの味噌汁は全ての定食に付くが、これが何気にうまいのもポイント高いぞ。

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2015.04.25、大阪府京阪枚方市駅「飛騨」

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家ごはん 鶏ラーメン

 かみさんが鶏ブロック肉の醤油漬けの残り汁でラーメンを作ってくれた。札幌ラーメンの麺の上に茹でモヤシと醤油漬け玉子をあしらい醤油汁をかけている。縮れた麺に鶏がら味の甘い醤油がよくからんでうまい。

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2015.04.25

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枚方宿「塩熊」

 スケッチ教室で塩熊さんを描くのは2回目だ。このスケッチのように生徒さんには斜め描きで描いてもらったが難しかったようだ。斜め描きができるとスケッチの幅が広がるが、まあ無理に描かせなくてもよいかと思った。難しいなりにそれぞれ自分の絵になっていて、わたしはそのほうがおもしろかった。スケッチは線や彩色の調子が自分のものになっていることのほうが大切だろう。

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2015.04.25/ワトソン紙(ハガキサイズ)、4Bホルダー、透明水彩/大阪府枚方市

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家ごはん 砂ずりと干しタラのグラタン

 中央は茹でモヤシの上の砂ずりに微塵切りのショウガをかけたものだ。コリッとした砂ずりの食感にショウガの香りがよく合ってうまい。上は干しタラのグラタン。塩気を抜いた干しタラとチーズとがよく合う。下は自家製スコーン。グラタンの汁をぬぐうのにちょうど良い。

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2015.04.24

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珉珉四条新館店「白身魚の甘酢あんかけ」

 初めて注文した。白身魚はタラだろう。それを目の前で揚げて甘酢あんかけにしてくれた。短冊に切られたニンジン、タケノコや玉ねぎなどの野菜がサクサクして触感を調えてくれる。甘酢の酸味がさわやかだ。白身魚の淡白な味甘酢あんかけがよくからんでうまい。

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2015.04.23、京都市阪急河原町駅

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自家弁当

 同女の授業のあと御所で早弁をした。まだみんなが働いているときに食べる弁当は格別である。御苑内の松が風に揺れるたびに煙のように花粉をまき散らせていた。弁当のベーコンで巻いたアスパラは自宅の庭で採れたものだ。ほかにお煮しめにチーズ竹輪、切り干し大根とシュウマイが2つ。ごはんには花ワサビの醤油漬けが載せられており滅法うまかった。

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2015.04.23、京都御苑

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空の研究 150423

 4月が雨が多かった。雨が止むとこんな劇的な空を見せてくれた。低層を流れる綿雲と高層の筋雲の組み合わせで空が立体的に見える。雲のあいだの抜けるような青空がまぶしい。わたしはこういう空を見るとミケランジェロの「最後の審判」を思い出す。今その絵を見てもこのような雲海の表現はない。空を舞う群像の混乱がこの空と共通するのか、それとも他の絵と勘違いしているのか。よく分からないが私のなかでは、こういう空は「最後の審判」で固定化されている。

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2015.04.23、京都市中京区堀川中立売


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ワークワークファンタジア(94)

 サンスはオリたちがどこへ連れ去られたのか必死に探した。フセ姫は民部卿の屋敷に入ったらしいことは分かったが、オリたちがどこにいるのかさっぱり分からなかった。王険城は朝から大変な人出だった。サンス自身も手配されている身なのではこの人出は助かった。これなら見つかることもあるまい。そう思うと少し気が楽になった。

 サンスはパレードの人ごみに紛れて道観の入り口をうかがった。民部卿の屋敷と背中合わせの道観には珍しく黒衣衆の見張りがついている。

「やはりここだろうか」

 場所が分からない以上、救出に突入することができない。なんとしてもオリたちの正確な居場所をつかみたかった。 

 次第に百済使のパレードが近づいてきた。鼓笛の楽が聞こえてくる。不思議な楽だ。大巫がいたころは、こうした楽が王険城でも行われたのだろう。どことなく民部省の中庭での異変を思い出させる調べだった。観衆の歓声があがった。パレードの先頭が赤い百済旗をかかげてサンスの目の前を通り過ぎた。それに続く隊列の矛先がギラギラと輝く向こうに大きな緋色の傘がゆっくりと左右に揺れていた。サンスはそれをうっとりと見つめた。

 少し離れてワイ族の族長ポランも道観のなかをうかがっていた。傍らを鼓笛隊の大きな音が通り過ぎる。それに気を取られて目を離した一瞬にサンスの姿は消えていた。人がひとり消えたことにまわりの誰も気が付いていないようだった。ポランは人をかきわけてサンスの居た場所にたどりついた。この人だかりの中で瞬時に移動できるはずもなかった。ポランにはなぜサンスが消えたのかさっぱり分からなかった。

「待っていたぞ」

 不意に声がしてサンスは振り返った。サンスはその一瞬に白昼夢のとりことなっていた。まわりの人影は消え、無人の大通りにただ楽だけが遠くでくぐもった音を響かせていた。道観の中庭がまっすぐ見通せ、そこにフセ姫が立っていた。

「フセ姫!」

 サンスは駆け寄ったが、そばまで来て目をみはった。フセ姫は幻影のように半透明で輪郭がふるえている。まわりのツバキの落花は花の表を上に向けて地面から数センチ浮き上がり静かに回転していた。そこから楽の音に合わせて精妙な鈴の音のようなものが聞こえている。

「待っていたぞ」

 フセ姫は悲しそうにサンスを見上げた。

「もう時間が無い。わらわは天湖へおもむかねばならん。かか様の声が聞こえる。かか様が天湖へ行けというのじゃ」
「天・・・湖?」
「そこへ参れば天父に会えるという。わらわは天のとと様にお会いしたい」

 そういうとフセ姫は唇をかんだ。

「龍が来る。わらわはまた龍を生んでしまった。わらわはまた龍を失うのがこわい」

 フセ姫がうるんだ目でサンスを見た。

「分かったわ。一緒に行きましょう。私が付いていってあげる。どうしたらいいの? あなたは本当はどこにいるの?」
「わらわはもうこの幻の中にしかいないのじゃ。外がどうなっているのかもう分からなくなってしもうた」

 楽の音が遠ざかっていく。それとともにツバキの回転は止まり、次々と地面に落ちて転がった。

「もうお別れじゃ。ありがとう、サンス」

 サンスはフセ姫を抱きとめようと手を伸ばしたが、腕は宙をつかみフセ姫はかき消えていた。

「・・・フセ姫」

 まわりに現実が戻っていた。サンスはツバキの木の下で呆然と立ち尽くしていた。門を守る黒衣衆がそれに気づき駆け寄ってきた。はっと気が付いたサンスは塔のなかへ逃げ込んだ。暗い塔内の急な階段を駆け上がる。下から追手が迫ってきた。駆け上がっりながらフセ姫の悲しい目が思い出されて涙が出た。

 ポランは中庭にサンスが突然現れるところを見た。まるで神隠しにあっていたようだ。黒衣衆が気づいて駆け寄るのも見えた。ポランも黒衣衆の後を追って塔内へ入った。鉾を覆う布袋の組みひもを解いた。そして気付かれないようにそっと階段を上った。

 追手は最上階にサンスを追い詰めたところだった。階段が急でひとりづつしか上れない。剣を抜いた3名が階段を見上げていた。

「待て!」
「・・・こ、これはポラン殿、どうなさいましたか」

 黒衣衆のなかのひとりが驚いて振り返った。しかし、ポランが鉾を構えているのを見て彼が敵であることを悟ったようだ。

「神殿に馬をよこしたのは、やはりポラン殿でしたか。身内から裏切りが出るとはワイ族も落ちたものですな」

 そう言いながら3名はじりじりとポランと囲んだ。

「おまえたちワイ族ではなかろう。およそ道観の生き残りか」

 黒衣衆の足が止まった。

「・・・さすがワイ族一の戦士ポラン殿、すべてお見通しですか。ちょうどよい機会です、教えて差し上げましょう。今日は天師道が再興する輝かしい日となるでしょう」
「なにをするつもりか」
「さてね」

 左右からポランめがけて切りかかった。ポランは鉾を一回転させてそれを薙ぎ払うと、切っ先を正面の敵に突き付けた。しかし一瞬遅く、正面からの一撃をかわすのが精いっぱいだった。回転する矛先で正面を敵を飛びのかせたが、左右の敵からの第2撃が加わった。ポランは鉾を器用に回転させながらその攻撃を受け流したが、天井が低く鉾を自由に扱えなかった。ポランはじりじりと後退し始めた。

「ポラン様! これを使って!」

 階上から声がかかった。ポランが見上げると階段の上からサンスが節刀を投げた。ポランは鉾を大きく一回転させて跳びあがり節刀を左手で受けとった。さやを振り払うと左側の敵のふところに飛び込んで節刀を突き立てた。さらに鉾を一回転させて正面の敵のふところに飛ぶとそれを倒し、そのまま後ろ手に最後の敵を葬った。一瞬のことだった。節刀には血がひとしずくも付いていなかった。ポランはその刀の不思議な威力に魅入られた。

 ポランが鉾をかついで上がってきた。節刀をサンスに返して礼を言った。

「助かった」
「フセ姫が消えたの。・・・天湖に行くと言っていたわ」
「そうか。それはワイ国の聖域の名だ」

 ポランは窓を次々と開けて地上を見渡した。サンスも駆け寄って眺めまわした。地上のようすが手にとるように分かった。通りは群衆に満ち溢れ、パレードは宮城の門をくぐるところだった。民部卿の屋敷ではなにかあったらしく、あわただしく人が出入りしていた。民部省はいつものように多くの役人が走り回っている。眼下に軍司令部の廃墟が見えた。そこに黒衣衆が集まっているのが見えた。

「どうやらオリ殿たちはあそこのようだ」
「あれはなに?」

 サンスがおびえたようすで宮城を指さす。にぎやかな中門付近の向こう側、宮城中心部の上空に黒い妖気の筋がいくつも絡み合うように渦を巻いていた。異変が始まっていた。

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2015年4月24日 (金)

ワークワークファンタジア(93)

 サンスを連れた3騎はワイ族の宿営に逃げ込んだ。

「ちょ、ちょっと待って、ワイ族って言ったら民部卿の本拠地じゃない」
「ただいま戻りました!」
「サンス姉さまだけ取戻しました!」
「フセ姫もオリさまも連れていかれました!」

 巫女たちはぽんぽんと馬から飛び降りた。彼女らを出迎えたのはワイの族長ポランだった。

「ちょちょっと、あんたたち、ちゃんとわたしを降ろしてよね」
「こりゃいけね」
「姉さま飛び降りてください」
「ぽーんとね」
「え? こう?」

 地上へ降りたサンスはよろけて巫女たちと一緒に盛大にひっくりかえった。ポランはその様子をあきれて眺めていた。

「フセ姫とオリが連れていかれたの。助けて!」

 サンスはポランに駆け寄って言った。サンスにはもう誰が敵で誰が味方か分からなかった。でも巫女らとこの隻眼の族長はフセ姫とオリの味方になってくれるような気がした。

 巫女らを大神殿に向かわせたのはポランだった。東市接収の情報はいち早くこの宿営にもたらされた。巫女らからフセ姫をかくまったことを聞いていたので、ここへ移るよう手配したのだ。それよりも民部卿の動きのほうが早かったようだ。こちらに知らせると同時に大神殿に踏み込んだのだろう。ワイ族の宿営なら民部卿の目もごまかせると思ったが、巫女らが見られている以上ここも安全ではあるまい。

 宿営の奥で彼らはこれからどうするか話し合った。外の騒ぎは一向に静まる気配はなかった。市場の一部にダエトン族が立てこもっているらしく、宿営の前を兵が騒がしく行き来していた。楽浪郡落城以来の動乱が始まっているのかも知れなかった。サンスは大神殿のまぼろしの話をした。大巫が龍を返せと言ったというところまで来るとポランはいきなり立ち上がった。

「そうだったっか。やはりあれはワイの技であったか」

 サンスや巫女たちはポカンとポランを見上げている。

「どうか、なさったのですか?」
「・・・実は、わしは麦原(ばくげん)の戦いの生き残りじゃ。そのとき龍の気に当てられて片目を失った」

 ポランは麦原の戦いのようすを聞かせてやった。ワイ族はふたつに分かれて戦ったこと。自分たちは新羅と連合してワイ帝国の方術復活を止めようとしたこと。決戦の戦況が不利となり味方が総崩れとなったこと。そしてワイ族の騎兵と新羅の大巫姉妹が龍の柱を倒したこと。

 サンスらはこの無口な族長がこれほど長く話したのを聞いたことが無かった。そのことに驚くより、その話の凄惨な中身に心奪われて聞き入っていた。最後に白虎の幻影がふくらみ、暗黒の空のした3本の龍柱が倒れるところは身震いするような光景だった。物語が終わっても誰も声を発することができなかった。話を聞きながら、それぞれが麦原の戦いの現場に立っているような気がした。物語は巫女の技に属する幻影と同じ性質のものなのだろう。

「おまえたちは馬を連れて牧へ逃げろ。我々はまず東市司殿とオリ殿を救い出す」
「あ、ありがとう!」

 サンスが涙顔に言った。

「我々はまず牧へ逃げる」
「作戦の始まりじゃ」
「ぎゃははは」

 サンスも涙をふいて笑った。

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ワークワークファンタジア(92)

 内大臣コムサは軍司令の焼跡の奥にある牢に入れられていた。黒衣衆に手当てされたおかげで怪我は相当回復していた。黒衣衆は山岳系のワイ族のものたちだったようだ。ここでは見たこともないような薬草を使って手当をした。それもワイ文明の名残りなのだろう。コムサは民部卿のねらいが燕と組んで高句麗を滅ぼしワイ帝国を復活させることであろうと思った。

 ここは静かだった。市場の喧騒に慣れている彼にとって新鮮だった。膠着した前線における夜営の緊張に似ていた。一瞬後には夜襲を受けて死ぬかも知れない。兵士のなかには戦闘の止まった前線の緊張に耐えられず気のふれるものも出た。戦っているときよりも精神の消耗度が激しいのだ。

 しかし彼はこうした生死の分かれ目のような静寂を好んだ。なにも思わずなにも望まなかった。ただ静かに耳を研ぎ澄ます。そうするとたまに天鼓の聞こえる夜があった。彼は天父の声を聴くような性質ではなかったが、案外最強の戦士は巫女の領域に通じるのかも知れない。

 彼が瞑想を続けようとすると牢の扉が荒々しく開かれ男が中に放り込まれた。男は縛られていたので受け身ができず牢の床に転がった。それでも器用に起き上がるとするりと縄を解いて手をさすった。

「いてててて、なんだよ、縛られてるんだから投げ込まなくてもいいじゃないか」
「なんだ東市司、なんでおまえまでここに来るんだ」

 東市司がぎょっとした顔で牢の奥をうかがった。そこに内大臣コムサがあぐらをかいていた。

「なんだ、おやじさんじゃないか。あんたこそなんで捕まってるんだよ。道理で帰ってこないわけだ。耄碌したんじゃないか」
「何を言う。・・・まあいい。外がどうなっているか話せ」

うす暗い牢のなかで彼らはお互いの情報を交換して善後策を語り合った。どうも情勢は彼らにとって不利だった。どう考えても1手足りない。どこかに最強の遊軍がいないものだろうか。

「しっ、静かに」
「えっ、な、なに?」

 コムサが東市司を手で制して耳を澄ませた。東市司も耳を澄ます。音を聞くのは索敵の第1条だ。どこまで遠くの音を聞けるかが生死を分ける。遠くで天鼓が鳴っているのがコムサには聞こえた。前線で聞いたことのある楽だ。それは失われた楽浪郡の楽であった。彼がひざでその拍子をとってみる。3拍と5拍の入り混じった独特のリズムだ。

「おまえには聞えぬか」
「聞こえん」
「よく聞いてみろ。天鼓だぞ」
「・・・やっぱり聞こえん。おやじさんもワイ族の娘っ子らと同じ技が使えるのか」
「そんなことなかろう。ただな、長く戦場にいると聞こえるようになるやつもいるのさ」
「そんなものかね」
「そう言えば、フセ姫を大神殿に置いてきたと言ったな。お前は知らんだろうが、この国の最後の大巫があの娘の母親なんだぞ」
「ほんとか、そりゃ」
「天鼓は大神殿のほうで鳴っているんじゃないか?」
「いや、だから俺には聞えないって」
「なにか大神殿で始まってるんじゃないか?」
「市場には軍が入ったからな。フセ姫らが見つかったのかも知れんな」

 その内、牢の扉があららしく開かれ男が放り込まれた。その小さな男はうまく受け身をとってくるくると床の上を回転して牢の中央にすとんと片膝をついた。

「おまえより受け身が良いな」
「うるさいよ」

 若い男が振り向いて目を見開いて驚いている。それはオリだった。

「なんだオリ、なんでお前までここに来るんだ」
「それはこっちのセリフですよ。お二方とも無事でよかったです」

 オリはそう言いながら器用に手首を回して自分で縄を解いた。その様子を見てコムサがつぶやいた。

「どいつもこいつも器用になりやがって。さあ反撃の準備だ。市場がどうなったか話してくれ」

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ワークワークファンタジア(91)

 百済使は王険城の手前で隊列を整えた。百済王使節は随行も含めて10数名にのぼる。それに貢献品の運搬員と儀仗兵、それに関連諸族の族長たちも加わっていたので総勢は200名近くに膨れ上がっていた。

 先頭を鼓笛隊が進む。その後を着飾った儀仗兵が高らかと旗と鉾をかかげて続いた。百済使と副使が輿に乗っている。百済使は王の代理なので、その威儀は盛大できらびやかだった。正使は緋衣で節刀をふところに差している。頭には金糸で編んだキャップのようなものを被っていた。副使は墨染の黒衣でキャップは同じだ。それぞれに大きな傘がさしかけられ、遠くからでも百済使の居場所が分かった。

 国の使いに正副あるのは陰陽を当てはめたものなので元来正使と副使とは同格だった。正使は国書を届けるのが役目で、返書を受け取るのは副使の役目だった。往路の責任者は正使で帰路の責任者は副使だ。国使の役目を陰陽に分けて、それぞれ陽気側の正使と陰気側の副使が担当したのだ。

 随行の書記官たちの一行が正装して徒歩で続き、その後を貢納品を収めた箱がいくつも続いた。それらはすべて真っ赤な漆塗りだった。そのあとを辺境諸族の族長たちが着飾った騎馬で続いた。西市を過ぎるころ人が増え始めた。久しぶりのパレードを見ようと王険城のものたちが集まっているのだ。人々は歓声をあげてパレードを出迎えた。

 パレードは港の東晋船の傍らを通り過ぎた。船は3艘あった。見上げるばかりの大船だったが、先頭に停泊している船で火災があったらしく岸壁側に傾いて半分沈没していた。船尾は燃えぬけて黒焦げの竜骨を天に伸ばしている。それは生きながら焼かれたものが命乞いのために天に突き出した腕のように見えた。

 正副国使は苦い顔をして顔をそむけた。この船の上で何が起こったのか彼らには薄々分かっていた。密使は帰って来ず、ダエトン族の有力者である内大臣コムサは行方知れずだ。しかもダエトンの本拠である東市は封鎖されたという。市場を力ずくで屈服させるなど聞いたことが無い。そもそも市場はあらゆる部族が平等にふるまうことが許された聖域(アジール)なのだ。それを土足で踏みにじるとは何と恥知らずなことか。

 しかし今はそれを問題にしている余裕は無かった。今回の百済使の使命は高句麗と協力して燕の影響力を排除することだった。その一端を担うはずの東晋使が襲われ、しかも高句麗王と渡りの付けられたはずの内大臣は消えた。この外交策はすでに破たんしたも同然だった。百済使には焼け船が不吉な未来を暗示しているように見えた。

 パレードは王険城の南大門から朱雀大街へ入りそのまま宮城へ向かった。沿道には久しぶりのパレードを見ようと人だかりができていた。こどもたちが楽に合わせてパレードのまわりを踊りながら付いていった。

 パレードが道観の前を通るとき、紅白の梅の木がほのかに反応した。百済楽の太古のリズムに合わせて花芯の微光が脈動した。王険城の楽は晋軍が亡びたときに失われてしまった。楽隊は軍の専属だったので晋国駐屯軍が解体されたとき楽隊も無くなったのだ。百済の鼓笛は失われた王権所の楽とよく似ていた。花は楽を楽しむように明滅していたが、鼓笛隊が遠ざかると元のとおり物言わぬ花となってしまった。

 パレードが民部省の前を通るとき、紅白のツバキの落花がほのかに反応した。民部省はまだ多くの役人が働いていたが、誰も中庭のことなど気にもしなかった。落花はほんの数ミリ地上から浮き上がり、くるりくるりと上を向いた。やはり花芯が楽のリズムにあわせて明滅し始めた。しかし、さっと風が吹くと花は吹き散らされてしまった。パレードが遠ざかるとまた元通りの平穏な庭に戻った。

 民部省のあたりから大街の左右を着飾った高句麗兵が並び百済からの賓客を出迎えた。朱雀大街の突き当りに宮城の正門がそびえていた。土レンガで作られた3連アーチの門の上に木造1層の建物が載り赤い勾欄を巡らせている。屋根は緑釉瓦で葺かれていた。

 門はすでに開いており、パレードはそのまま門をくぐった。見物衆もそれに付いて入城した。この日ばかりは宮城内に入れるのだ。門の後ろには細長い広場があった。まわりを高い城壁が取り囲んでいる。パレードは広場の突き当りの中門をそのまま通り抜けた。そこから先はパレード本体しか入城できなかった。書記官の一行が入ったあと中門は締められた。それがパレードの終わりだった。楽はしばらく聞こえていたが、その音もとぎれた。パレード本体が中門の先で止まったようだ。

 広場では辺境諸族の族長たちが馬から降り旅装を解いた。そして酒食を運び起こせると酒宴が始まった。彼らの役目は国使の護衛であって、その達成を祝うための酒宴だ。これは王険城のものたち全員にふるまわれた。本来ならば、この酒宴は地元のタエトン族が仕切る習わしだった。けれどもそこにタエトン族の姿は無かった。族長たちは酒を酌み交わして豪快に笑っていたが、誰もそのことに触れるものは無かった。彼らは分かっていたのだ。ここでなにか異常なことが起こりつつあることを。

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2015年4月23日 (木)

ワークワークファンタジア(90)

 暗闇の中をフセ姫が泣きながら歩いていた。聞いているこちらが悲しくなるような泣き方だった。遠くから誰かが走ってきた。フセ姫の前でひざまつくと姫を抱きしめた。

「・・・かか様」
「もう大丈夫よ。どうしたの」
「わらわの、わらわの龍の子が死んだのじゃ」

 そう言ってまたフセ姫は母親の腕のなかで泣き始めた。そのうち泣き疲れて寝てしまった。母親は子を抱き上げると元来たほうへ戻っていった。それは道観の教主の姿をしたタエドン族の大巫の成人した姿だった。

 光が戻ってきた。高句麗兵が松明に火を入れたのだ。弓兵が前に出て矢をつがえた。巫女集団は奥へ消えるところだった。祭壇前の長老衆はわれがち逃げ出した。

「や、やめてくれ! 射ないでくれ!」
「これは王の命令です」

 奥で大巫が振り返って艶然と笑った。変な音が聞こえ神殿の時空がゆがんだ。兵団長が命令した。

「ひるむな!これは幻である。一斉射!」

 ぎりぎりまで引き絞った弓から短い弓が放たれた。ブーンと弓弦の震える音が響いた。射た反動でつかんだ手のなかで弓が回転し、弓弦が鞆に当たる乾いた音が続いた。弓は転げまわる長老衆の頭の上を過ぎ、歪んだ神殿の時空のまま変則的な軌道を描いて巫女集団に到達した。10数名の巫女の胸を矢が串刺しにした。射られた巫女たちはてんでに膝からくずれ落ちた。中央の大巫には3本の矢が貫通していた。大巫は血を吐きながら笑った。それを見て高句麗兵たちは寒気が走った。立っていられるはずが無かった。大巫は両手を広げ天を見上げた。そしてなにかをつぶやくと、後ろざまに倒れた。

「しまった!」

 民部卿が駆け寄り大巫を抱き起こした。大巫は蒼白の顔に眼を見開いたまま息絶えていた。神殿内は逃げる長老衆と追う高句麗兵とで混乱した。そのなかで民部卿は大巫のなきがらを抱き上げて立ち上がった。

「静かにしてください。これはすべて幻です」

 民部卿はそう言うと3本の矢を1本づつ抜いた。そのたびに血が噴き出て大巫の体が痙攣した。民部卿は見まみれになりながら言った。

「いいかげんにしなさい、フセ!」

 民部卿の腕のなかの大巫はフセ姫の姿に返っていた。高句麗兵も長老衆も消え、かわりに民部卿のまわりを黒衣衆が固めていた。静寂のなかで細々とした灯火が灯心を焦がす音だけが聞こえた。サンスが誰に言うともなく口を開いた。

「あれはなに? とと様と大巫は最後に言っていたわ」
「あのとき大巫に矢は当たりませんでした。これはすべてフセの妄想です。大巫は生き残り、わたしは彼女を道観の教主に据えました。しかしその後、国中の巫女に異常が蔓延しました。天父の声が聞こえなくなったり発狂するものが続きました。元々巫女は少なくなっていたのですが、楽浪郡が滅んで10年ほどで国中から巫女はいなくなりました」
「なんでフセ姫の母親が大巫なの」

 フセ姫は民部卿の腕のなかで静かに寝息を立てていた。

「・・・あれは私の妻なのです」

 サンスは驚いてオリを振り返った。オリも同じような顔をしていた。

「さて帰りましょう。この人たちを捕縛してください」

 黒衣衆がオリとサンスに縄をかけた。一行が神殿を出ようとしたとき馬のひずめの音が遠くから聞こえた。それはあっという間に近づき、神殿の先端の穴から3頭の騎馬が侵入するのが見えた。

「お姉さま!」
「助けに参りました!」
「天父の助けの参上です!」
「ぎゃははは」

 民部卿は静かに言った。

「弓を射よ」

 黒衣衆が背負った弓をするっと腕にするとすばやく矢をつがえた。

「あああ!」
「矢が来ます!」
「こりゃいけない!」

 矢が射られると同時に巫女たちは手近な茅葺きの穴から飛び出ていった。矢が列柱にたんたんと音を立てて突き刺さった。

「よく聞け。馬の音を聞き逃すな」

 民部卿の指示によって黒衣衆は次の矢をつがえたまま耳を澄ませた。馬のひずめの音が神殿をくるりと回って近づいてきた。それが十分近づいたところで黒衣衆は茅葺きの壁に向けて矢を放った。矢は茅を打ち抜いて馬に命中したように思われた。その瞬間、黒衣衆の背後から3騎が乱入した。

「うそですよ~!」
「幻ですよ~!」
「ぎゃははは!」

 黒衣衆の腕を振り払ったサンスだけが馬に飛び乗った。

「逃げろー!」
「やばいやばい」
「急げ―!」

 逃げる騎馬を矢が追ったが、馬は左右にステップを踏んですべてを避けた。黒衣衆が次の矢をつがえる前に3騎は神殿から飛び出して行った。

「残念です。彼女にはフセのそばにいてほしかった」

 民部卿はしばらく騎馬の消えたほうを見ていたが、思い直したように歩きはじめた。

「さあ、行きましょう。もうすぐ百済使が到着します」

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2015年4月21日 (火)

ワークワークファンタジア(89)

「われはこれより天湖に向かう」

 大巫の言葉に長老衆は驚いた。自分たちが当面、高句麗と百済の両側に分かれるとしても、この神殿がある限り自分たちはひとつだと思っていたからだ。

「それは一体どういうことでしょうか?」
「ワイ族は高句麗の軍門に下り、すでに天湖の祀りは途絶えたようだ。おぬしらもそのことを薄々感じていたであろう。なによりテグの鉄が減り始めておろう。」

 そのとおりだった。テグの鉄はこの市場のもっとも重要な産品だったが、その入荷はここ何年かで驚くほど減っていた。それが塩値の暴騰を誘い、この動乱の遠因ともなっている。

「われは天湖に至り、天と地の絆を取り戻そう。さすれば地脈も生き返ろう」

 市場は鉄と塩と布とが交易の中心的な交易品目だった。そのアンバランスが世情を混乱させた。特に鉄の需給は諸族にとって死活問題だった。それがワイ族の祀りと関わっていたとはだれも思っていなかった。それを大巫が再生すると言う。本当に再生するならばこれほど良い話はない。

「さあ、行け!今より我らは敵味方に分かれる。それもひとときのことじゃ。恐れるな!今はそれぞれが生き延びよ!」

 楽浪郡が今まさに滅びようとしていた。そのひっ迫感がこの静かな神殿にも押し寄せていた。長老衆がひとりまたひとりと立ち上がった。立ち上がったものはすでにどちらに帰順するかを決していた。全員が立ちあがったとき、言葉は交わさずとも誰がどの軍門に下るのかはお互い手にとるように分かった。こういう計算高いところはさすが市場の民である。長老衆らは滅びる楽浪郡に未練はなかった。大巫の言葉を聞いてそのことがよく分かった。国は滅びても市場は滅ぶことは無いのだ。

 長老衆らが新たな決意の下に立ち上がったとき神殿に高句麗兵が乱入した。突然のことだったのでさほどの抵抗もなく神殿は制圧された。

「神の社(やしろ)に軍兵を入れるとは何事ぞ。これほど天神を恐れぬ所業はかつて無かったであろう」

 祭壇の前に立ち上がってフセ姫は憤然と言った。オリとサンスは左右からフセ姫を守っている。高句麗兵のなかから民部卿が現れた。それは数十年前の若いころの民部卿だった。取り押さえられている長老衆から驚きの声が漏れた。まさか敵軍のなかに王険城の主がいるとは思わなかったからだ。

「この社に天神はおりませぬ。それは大巫様が一番よくご存じのはず」
「ユリヤか。最初からこれがねらいであったか。・・・何が望みじゃ」

 民部卿は若いときも今と同じような感情の抑揚の無い話し方をしていた。それでも大巫の前ではなぜか饒舌だった。

「天道の再興にございます。昔この国には正しく天道を尊ぶ清らかな心がございました。それを失った今こうして亡国の憂き目にあっているのです。今こそ正しい道教の道を打ち立てる時でしょう」
「そのために、・・・わらわの龍を使ったか!」

 龍の子を失った大巫は目をうるわせて言い放った。民部卿は彼女の気迫に押されて言いよどんだ。

 楽浪郡を滅ぼすと同時に、大伽耶の鉄を手に入れるために百済と高句麗の連合軍をテグに向かわせたのは彼の策だった。テグの鉄は採りつくされ大伽耶国の威勢も見る影もない。それでも東北アジア最大の鉄の産出量を誇ることに変りは無かった。テグには最強の晋国軍が駐屯し半島のどの勢力も手を出せなかった。それを打ち破るために失われた古代の龍の柱を再現したのが民部卿だったのだ。そのための龍の子を生んだのが大巫だった。

 しかし龍の柱はワイ族の大巫に倒されテグの接収には失敗した。民部卿自身もワイ族だったのだから、ワイ諸族のなかで古代のワイ帝国の方術復活について賛否が分かれたわけだ。民部卿らは方術を使って帝国の復興をもくろんだ。大巫らは方術の復活を望まなかった。なぜなら京大な方術はコントロール不能に陥り結果的にワイ帝国を滅ぼしてしまったからだ。

「わらわの子を返してから、おまえの言い分を聞いてやろう」

 民部卿は大巫の言葉を鼻で笑った。

「・・・全員捕縛せよ」
「おまえには、お前には!・・・子を思う親の気持ちなど分からぬのであろう!」

 地響きがして神殿が揺れた。高句麗兵の手のゆるんだすきに長老衆は反撃を始めた。武器を持っていなくともタエドン族は海賊だ。近接戦で高句麗兵の敵ではなかった。巫女衆が一度に立ち上がるとともに神殿内の灯火がいっせいに消えた。暗黒のなかで別の幻影が始まっていた。

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中国食府上上の担々麺

白いスープの底にミンチとタケノコのみじん切りが沈んでいる。辛さはラー油を使って自分で調整する。そのままでも十分おいしい。ゴマの香りがスープの甘く上品なコクを引き立てる。ピリ辛のトウガラシが体を内側から温めてくれる。人気があるようで、これを食べている人が多かった。

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2015.04.21、京都市阪急大宮

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青き龍の川(2)鴨川

 これは下賀茂神社の東側を流れる高野川の川底だ。青い粘土層が露出しているのが分かる。前に長岡京の小畑川の底が青いことをご紹介したが(参照)、ここにも同じ粘土層があるようだ。この橋の上で振り返ればそこから先は鴨川だ。つまり鴨川の底にも青い粘土層が続いているのだろう。鴨川も小畑川と同じく木気の川だったわけだ。

 鴨川の「鴨」の字の「甲」は十干(じっかん)の最初で「きのえ」と読む。きのえとは木の兄と書き、木気の陽気側を示す。九星図では雷と風が木気だが陽気側は雷のほうだろう。雷は色で言えば碧(あお)、方角で言えば東、季節で言えば春、洛書後天図で言えば「震」となる。震(しん)は妊娠の娠と同じで誕生したばかりの命の微動を示す。震も娠も字のなかに辰が入っているようにイメージとしては龍が使われることが多い。

 わたしは下賀茂神社に祀られる雷神はこの「震」の神ではないかと思っている。鴨川は下賀茂神社の参道と考えてもよさそうだ。


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2015.04.16

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家ごはん つなぎの無いハンバーグ

 ハンバーグなのだがパン粉などのつなぎを入れていない。だからとても柔らかくてスプーンですくって食べられそうだ。レンコンとタマネギが食感を調えている。普通のハンバーグはパン粉などに油が残るのだろう。それが無いのであっさりとしてうまい。ショウガに醤油を垂らしてさわやかな和風の味わいだ。

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2015.04.20

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家ごはん ポトフ

 豚肉の塩漬けを作ったときにできた出汁をベースにしたポトフだ。薄味だけどスープのコクが深くて十分うまい。春キャベツをまるごとひとつ煮込んだそうだ。芯まで柔らかくスープがよく染み込んでうまかった。

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2015.04.20

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家ごはん 塩漬け豚肉の蒸し焼き

 かみさんが新しいメニューに挑戦した。レシピを聞いたがよく覚えていない。たしか豚のブロック肉を5日間塩漬けにして、それを1日なにかに漬けて、最後にオーブンで蒸し焼きにしたとかだったと思う。豚肉がコーンビーフみたいな繊維質になっていて驚いた。コーンビーフも塩漬けだから同じことなのだろう。脂が抜けてさっぱりとした味わいだ。それでいて豚肉の旨みは増しているように感じるのが不思議だ。それが野菜にもよく染み込んでうまい。

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2015.04.18

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自家弁当

 同女で最初の授業を終えたあと、まだ11時だったが御所で早弁をした。焼いたソーセージと野菜の煮物などシンプルだけどうまい。さらに外で食べるごはんは格別だ。ごはんの上には自家製の花ワサビの醤油漬け。ピリ辛でとてもおいしい。ごちそうさま。

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2015.04.16、御所にて

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2015年4月18日 (土)

ワークワークファンタジア(88)

 外が騒がしいのでオリは目を覚ました。フセ姫とサンスはまだ祭壇の上で眠っている。オリはそっと神殿を出て市場の様子をうかがった。早朝だというのにたくさんの市人が右往左往していた。通りの向こうから武装した騎馬隊が砂埃を巻き上げて疾走してオリの目の前を通り過ぎた。どこかで戦でも始まったのだろうか。河岸に出てみると、われがちに船が出るところだった。オリは荷を船に積み込んでいる市人に尋ねた。

「なにがあったのですか!」
「知らねぇよ! 東市司が謀叛のかどで引っ張られたのさ!」

 男はそう言うと船を出した。オリは市場の反逆がこれほど早く露見したことに驚きその場に立ち尽くした。朝陽に輝く川面を白い帆を上げた船が次々と出ていく光景が美しかった。

「こうしちゃおれない!」

 オリは我に返ると神殿に急いで戻った。サンスとフセ姫はもう起きていた。フセ姫の服を直してやりながらサンスが聴いた。

「どうしたの? 外が騒がしいようだけど」
「東市司がつかまったらしい。軍が出て市場を制圧しているところだ」
「なにそれ?」

 サンスがオリを振り返って尋ねた。サンスの手が離れたフセ姫は目をこすりながらストンと座った。あたりの灯火がともり始めた。

「ここは安全なの?」
「分からない。外は軍であふれている。見つかるのは時間の問題だろう。そうなれば反逆者に加担してフセ姫をさらったと疑われるのは間違いない」
「私たちの行く末を他人事のように言うのはやめて。そんなことよりフセ姫を返すわけにはいかないわ。ああ、あの子たちを返すんじゃなかった。馬があればまだ逃れられたものを」
「なにを騒いでおるのじゃ」

 フセ姫のようすが変っていた。髪を長く床に垂らし年齢も少し進んでいる。幻視が始まっていたのだ。そこは数十年前の王険城陥落の朝の神殿だった。フセ姫は金の冠をかぶっていた。それは大巫の正装だった。黒い眼帯だけはフセ姫のままである。

 祭壇の前には極彩色の供え物があり、なんらかの儀式の始まる前であったようだ。神殿内は灯火が輝いて明るかった。フセ姫のまわりには同じような黒装束の巫女たちが居並び、その前に長老衆が平伏していた。オリとサンスはフセ姫の左右に侍していた。フセ姫の問いに長老衆が答えた。

「高句麗兵が市場を制圧しております」
「王険城は包囲され炎上しているようすにございます」
「百済軍も郡境を越えたとの知らせがまいりました」
「いったい我々はどうすれば良いのでしょうか」

 フセ姫はフッと笑った。

「なにを今さらあわてることがあろうか。晋国に服従する前のいにしえの時代に戻るだけであろう。われらは高句麗と百済の双方に帰順し市場の命脈を保とうではないか」

 長老集たちは顔を見合わせた。ダエトン族はテドン川の河口から中流にかけて分布する諸族だった。王険城は水運の利を得て古代より市が立った場所だ。普段は仲の悪い北方の高句麗族と南方の百済族がここでは仲良く交易した。それは市場の祀る天神の前で諸族は平等であったからだ。ここには西方の新羅族も来た。また、かつて大帝国を築いていた東北のワイ族もやってきた。ワイ族はシルクロードとつながっていたので、特に市場では重きをなした。

 この秩序はたぶんに晋帝国の威光にあずかっていた。王険城は周辺諸族が手出しのできない晋国直轄領だった。楽浪郡は明確な国境で区切られた植民国家ではなかった。晋朝が押さえていたのは半島最大の市場である王険城だけだったのだ。そこを押さえるだけで半島全域の経済を牛耳ることができたのだ。晋国が道教を国教としながら、王険城の巫女教団を保護したのは宗教よりも経済を優先した植民地政策の表れである。

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2015年4月16日 (木)

家ごはん ビフテキ

 かみさんの実家からいただいたビフテキを焼いてもらった。とても柔らかくて脂身のところもとろけるようだ。塩コショウと肉汁の旨みがよくなじんでうまい。付け合わせの野菜類で豊富な肉汁をあますところなく染み込ませて完食した。ごちそうさま。

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2015.04.15

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家ごはん アスパラとイカのパスタ

 庭のアスパラが生えたのでパスタにしてもらって食べた。うちのような痩せた土壌の庭でも、ちゃんとアスパラの香りがした。イカの旨みと塩味だけのシンプルな味わいにアスパラの香りが加わってうまかった。

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2015.04.14

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2015年4月14日 (火)

ワークワークファンタジア(87)

「さて、そろそろ市場をつぶしますか」

 居並ぶ律令官を前にして民部卿がうそぶいた。それは民部省の高官たちの間では既定路線であった。律令制は市場と二人三脚の制度だった。ただし律令制が完全管理の計画経済を目指したのに対して、市場は自由な交易による変動相場制を前提としていた。律令国家と市場とはそもそも相容れないものだったのだ。市場をつぶして完全に経済をコントロールすることは律令官たちの悲願だった。でもそれは秦の始皇帝でさえも手をつけられなかったタブーだった。市場が死ねば国が亡ぶ。そのタブーを打ち破る時がいよいよ来たのだ。

 東市司の役所は早朝に接収された。民部省は近衛兵を使って東市司を包囲した。東市司は不在だったが、民部省は勅令を示して東市司の倉庫群を臨検した。

「武具類をどこへやった!」

 査察官はダエトン族の宿老に詰め寄った。

「何のお話しでしょうか?」
「もう良い! ただちに東市司を反逆の罪により捕縛せよ!」
「お待ちください! ここには何も反逆を証しするものはございません!」
「うるさい! ここには多量の武具が収蔵されていることを我々は現認した」

 査察官は塩袋を叩きながら言った。東市司は市場をぷらぷら歩いているところを特に抵抗もなく捕縛された。ダエトン族のクーデターのうわさが流れ市場のものたちは逃亡した。市場の機能は停止した。

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ワークワークファンタジア(86)

 高句麗の大神殿は古式を残していた。茅葺きで三角形断面の細長い竪穴式だが、両端が半円形平面で茅を葺き下ろしている。コッペパンのような形だ。出入り口はコッペパンの横腹にあった。中は相当広く数百人が収容できそうだ。列柱が2列に並んでいる。天井の一番高いところは10メートルほどあった。一歩そこへ入ると市場の喧騒がウソのように引いていった。シンとした無音が耳を圧迫する。

 右側の奥に祭壇があるが何も祀られていない。左側の奥には先日東市司たちが運び込んだ武具類が積み上げられていた。東市司はそれに目もくれず祭壇の前にフセ姫たちをいざなった。そこは他より1段高く赤い敷物が敷かれていた。古い祭壇には皿の上にうずたかく積まれた供え物があった。五色の穀物類だったが、完全に乾燥して色目は抜けていた。

 フセ姫は祭壇の前まで走るとひとしきり供え物を眺めていたが、急に振り返ると敷物の上にちょこんと座った。そのようすがあまりに自然だったので、他のものたちは神託を受けるかのようにフセ姫の前に並んで座った。フッとまわりに灯火がともった。怪異が始まっているのだが、それさえも自然な感じがして誰も怪しまなかった。

「で、なにがあったんだ?」

 東市司が聴いた。サンスが夢見の話を始めた。フセ姫の龍生みのところまで話すとフセ姫が震え始めたので、あわててかけより抱きしめた。

「分かったよ。なんとまあひどい話だな。内大臣が帰ってこない理由もその夢のとおりなのだろう。ああもう俺たちゃ打つ手がねぇな」
「いえまだ望みがあります。節刀がここにあるわけですから、それを使って東晋使と百済使との連携をとれば良いのではないでしょうか」

 東市司があきれて言った。

「おまえはいつから反乱側になったんだ? 多分お前の言うとおりのことをおやじはやろうとして失敗したのだろう。今から俺たちが同じことをするとして、それは王険城への反逆そのものだぜ」
「確かにそのとおりです。民部卿の狙いがまだよく分かりませんがフセ姫がここにいたいと思うなら、わたしはそれを助けたいと思います」

 サンスがフセ姫を抱きながら目をうるませてうなづいていた。それを見て東市司は言葉を継いだ。

「ありがとよ。ここにある山積みの武具も民部卿の口車に乗せられておやじたち長老衆が集めたものさ。巫女たちの馬もアブミもクラもな。俺たちゃ民部卿にまんまと乗せられて反逆者の汚名を着せられたってわけさ。でもなオリの言うとおり東晋使とわたりをつけるのは悪くない。もうすぐ百済使も入城するしな。百済は俺たちには親戚みたいなもんだ。うまく話がつければ、まだ俺たちも生き残る道があるさ」

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空の研究 150412

 買い物帰りに長岡宮跡の公園から眺めた空だ。桓武天皇もこんな空を見ていたのだろう。天気が悪くなる直前で雨雲が出ていたが、その隙間からは青空も見えた。春にはのほほんとしたイメージがあるのが、実際には気温の差が大きく雨風も強い。この空のような動きの激しい季節だ。萌え出る若葉もよく見れば真っ黒な枝からにゅっと緑の葉が出るところなど激しいものを感じる。春はのほほんしているのではなく、もっと力強くて激しいものなのだと思う。

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2015.04.12、京都府向日市

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三光(さんこう)

 岩船寺の隣に白山神社と春日神社があった。ふたつ並んだ社の回りに神様の名前を刻んだ石が並べてある。石碑型のものもあれば自然石に名前を刻んだだけのものもある。

 その中に三光(さんこう)があった。わたしは石碑が好きだが、これはなかなか美しい。江戸時代のものだと思う。字を刻むところが少しへこんでいるのは雨があたるのを減らすためだろう。三光が日月星であることはウイッキにも書いてあるので知っていたが、日天子・月天子・星天子という呼び名は知らなかった。

 それぞれの名前の上に神格を表す紋がきざまれている日は丸、月は三日月なのでそれぞれ陰陽を表しているのだろう。おもしろいのは星で三ツ星となっている。これは何だ?

 京都の北野天満宮の門は三光門と呼ばれ、天神の神格が星であることを示す。この石碑で星が中央を占めるのも陰陽のどちらにも傾かない中心の神様という意味だと思う。ただ、それがなぜ三ツ星なのか分からない。そこが分かれば天神様のことももっとよく分かるだろう。


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2015.04.08

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岩船寺メモ

 岩船寺の石塔だ。11重である。11は木気を表す数字3と8の合計なので、やはり木気を表す。池のほとりに立てられており水気が木気をはぐくむ形になっているのだろう。木気は季節なら春に当てられ再生を意味する。ここも浄瑠璃寺と同じ山に囲まれた龍穴地形だった。湧き出ているのは泉であると同時に龍脈をたどってきた気である。気を受けて再生を願う祈りの形式化だろう。つつじが満開で美しかった、木気の寺にふさわしい。

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2015.04.08

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家ごはん 鶏とろ丼

 鶏肉の醤油漬けをスライスしたものにトロロをかけた丼だ。鶏肉がチャーシューみたいな感じで甘辛く、それにさっぱりとしたトロロがよくからんでうまい。

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2015.04.12

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家ごはん 自家製ピザ

 かみさんがピザを焼いた。先日丹波のパン屋パンドーゾのカフェでおやじさんがピザを作っているところをずっと見ていたので作り方が分かったらしい。イーストでふくらませたパン種を練棒で薄く延ばして、その上にチーズと缶詰トマトとベーコンを散らしてオーブンで焼いた。パンドーゾのピザ窯は1分で焼きあがっていたが、家のオーブンだと10分くらいかかる。それでも上手に焼きあがっておいしかった。

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2015.04.11

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2015年4月12日 (日)

ワークワークファンタジア(85)

 東市の中央に神殿があった。この国に巫女がいたころ、ここは国の中心だった。市場はその参道でもあった。最初に楽浪郡が置かれたのは紀元前1世紀頃のことで、この物語の時代から500年も前の話だ。その後楽浪郡は各王朝が引き継いだ。楽浪郡が高句麗に下ったのは30年ほど前のことだ。楽浪郡は高句麗王の臣下に下ったが、その実高句麗の内実を支配したのは王険城の律令官たちだったのだ。辺境異族に接収されたからと言っても500年にわたる楽浪郡の文明的優位は揺るがなかったのだ。

 巫女集団がこの国から消えたのは晋国時代のことだったろう。中国の土着的な宗教は道教とも天師道とも呼ばれ、その宗教的指導者は女性が多かったようだ。後漢の時代には「鬼道」とも呼ばれ、その後の三国時代の魏志倭人伝に卑弥呼が「鬼道」を行ったということとの関連を思わせる。三国は晋によって統一されるが、それも50年ほどで亡びこの物語の五胡十六国の乱世へと突入した。道教は当時の中華文明の中核を担い辺境諸族へと浸透していった。

 かつては楽浪郡でも原始的な呪術が支配的であったが、500年の文明化の果てに巫女集団は道教教団に吸収されていった。元来、巫女の行う原始的な呪術と道教とはよく似ていた。道教の教主に女性が多かったことがそのことを証している。
 
 市場は早朝からにぎわっていた。東市司がワイ族のものたちと陰陽師を連れていても誰も怪しまなかった。市場のものたちが東市司にあいさつを交わす。東市司は慣れた感じでそれを受けながら小声でオリに言った。

「つけられているな。一番問題なのはその馬だ。分かるか」
「はい。それとアブミとクラですね」
「分かってるじゃないか。まずそれをどこかへやってくれ」
「どこかって、どこですか?」
「オリは黙ってて。いいこと、おまえたち。今すぐここから馬を連れて離れて。戻ってきちゃだめよ」
「分かりました姉さま」
「今すぐここから馬を連れて離れます」
「ぎゃははは」

 巫女たちはひらりと馬に乗るといきなり走り出した。市場のものたちが驚いて左右に避ける。それを見事な手綱さばきでかいくぐり砂煙をあげて遠ざかっていった。

「見事なものだな。あいつらうちの戦士にならないかな。あ、こうしちゃおれん、今のうちに隠れるぞ」

 東市司はオリたちを手近な店に引っ張り込んだ。

「ごめんよ、ごめん、ちょっと抜け道させてくれ」

 東市司たちは店を抜けると裏道を走って神殿へ裏から入った。この神殿はおそらく晋帝国時代に植民地政策の一環として大規模に建て替えられたのだろう。その後巫女集団が道教教団に吸収され大神殿の役割は王険城の道観に引き継がれ大神殿は使われなくなった。晋帝国が滅ぶにあたって、ますますここは忘れられた存在となってしまった。それでも巫術の盛んであった時代の記憶は色濃く残っており、廃墟となった大神殿は誰も手を触れらることの許されない聖域として残っていた。

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2015年4月11日 (土)

ワークワークファンタジア(84)

 朝になっていた。オリが目を覚ますとフセ姫が泣いているのが聞こえた。座り込んだサンスが姫を抱き寄せての背中を撫でている。

「どうかしましたか。どこか痛みますか」

 サンスがキッと顔を上げてオリをにらんだ。そして何も言わずまたフセ姫を撫で始めた。

「・・・?」

 オリはわけが分からず首をひねった。

「なにかあったのですか?」

 サンスがまた思いつめた顔をしてオリをにらんだ。

「・・・龍が、生まれたの」
「はあ」
「・・・そして、死んだの」
「はあ?」
「それもこれもあの父親のせいよ」
「民部卿のことですか?」

 怒りに震えたサンスが唇をかみしめてオリをにらんだ。そこへ巫女たちが入ってきた。

「お姉さま!」
「おはようございます!」
「きょうもよいお天気ですよ!」
「おまえたち、馬で来たわね」
「はい!」
「よく走ります!」
「絶好調です!」
「よくやった。では逃げるぞ」
「はい!」

 巫女たちが部屋を飛び出していった。サンスは泣いているフセ姫を抱えあげて走り出した。

「ちょちょっと待ってください。どこへ行こうというのですか。なぜ逃げるんですか」
「いいから黙って走って」

 そして巫女たちがそれぞれサンス、オリ、フセ姫を乗せて道観から逃げ出した。オリとサンスは馬に乗ったことがないので振り落とされないようつかまっているのがせいいっぱいだった。フセ姫は乗馬の心得があるらしく巫女と一緒になって馬を駆っている。いつの間にか泣き止んで笑っている。

「姉さまどこへ参りますか」
「そうね。東市司へ行ってちょうだい」
「わかりました!」
「ぎゃははは」

 馬はさらにスピードを上げて城門を潜り抜けた。障害物をいくつも飛び越え東市司の門を走り抜けた。ちょうど出てきた東市司と宿老が高速で向かってくる馬を見て固まった。

「おい、あれはなんだ」
「ウマでございます」
「いやそれは分かってるよ」

 馬はみるみる近づいて東市司を跳び越した。巫女たちの笑声が聞こえた。東市司が振り返って叫んだ。

「またおまえらか!」

 その上をさらに2頭の馬が飛び越えた。砂煙にまみれて東市司はせきこんだ。馬から降りたサンスが叫んだ。

「追われているの! かくまって!」
「おいオリ、こりゃどういうわけだ?」
「それがわたしにもさっぱり。きのう剣のせいのようですが」
「そこの黒いちっちゃいのは何だ」
「これは民部卿の娘のフセ姫です」
「わらわはフセじゃ。とと様から逃げてきた。もうあの家には帰りとうない」
「なんだよ、家出かよ。まあいい。ここにな、その馬がいるとまずいんだよ。いい隠れ家があるからそこへ移ろう。話はあとだ」

 こうして東市司はオリたちを連れて役所を出ていった。行く先はもちろん市場の神殿である。

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ワークワークファンタジア(83)

 死体が再びつながり始めていた。妖気がドロドロの黒い液体となりまとわりついてくる。雷撃が2度3度と弾けサンスを吹き飛ばした。ばらばらになった死体は小山のように盛り上がりビクビクとうごめいた。フセ姫は泣いた姿のままその頂部にとりこまれていた。そのまわりのいくつもの死体の頭が口を開いて黒い液体を吐き出した。姫の姿が次第に分からなくなっていく。それでもあいかわらず泣き声だけは聞こえてくる。

 サンスはどうすることもできず呆然と眺めていた。おまえは傍観しているだけなのだということ自体が夢の一部なのだろう。天鼓が響いていた。それに合わせて死体の塊はビクビクと痙攣した。つながりあった死体はとぐろを巻いた大きなヘビのような形になりズルズルと動いた。ますます黒い液体にまみれ表面はぬるぬると光った。姫の泣き声はひときわ激しくなった。

 3つ目の夢が始まっていた。それは龍生みの儀式だ。さきほど通り抜けた林がその場所らしい。フセ姫が陣痛に苦しんでいた。産屋の外を大きな風が吹いて不安をあおった。サンスは女官のひとりとなってフセ姫の手を押さえていた。姫は苦しみに白目をむき激しく痙攣した。そして龍の卵を産んだ。

 卵はひとりでにヒビが入り中から小さな龍が粘液にまみれながらゾロリと出てきた。まだ目が見えないようでくるくるとのたうっていたが。すっと頭をもたげるといきなりサンスを襲った。あわてて逃げだすと龍はものすごいいきおいで追いつきサンスを襲った。とっさに節刀を抜き龍を防いだ。手ごたえがあり、おそるおそる剣を見ると龍が引き裂かれているところだった。龍が自分から動くように剣に進み頭からふたつに裂けていった。龍は悲鳴をあげながら剣から逃れようとぐるぐると動いた。その龍の動きが刀身を通してサンスの腕に伝わった。いつの間にかフセ姫が目の前にいた。姫は目をみはり、わななきながらそれを見ていた。

「やめて!」

 ふたりが同時に叫んだ。サンスは節刀を手から振り落とそうとしたが離れなかった。さして長くもない小さな龍が裂かれるのにさほど時間はかからなかった。ふたつに割れた龍の死体が節刀から落ちた。同時にフセ姫は泡を吹いて倒れた。
 
 夢はそこまでだった。気が付くとサンスは起き上がっていた。あれは節刀が見せた幻だったのだろうか。フセ姫がウンとうなって起き上がった。目をこすっている。サンスはハタハタと駆け寄り姫を抱きしめた。
 
「ごめんね。つらかったでしょう」

 フセ姫は最初驚いていたが龍が死んだことを思い出してむせび泣き始めた。同じ夢を繰り返し見てきたのだろう。長いあいだ泣いていた。そしてサンスに抱き付いたまま安心してもう一度寝てしまった。サンスもまた眠りに落ちた。今度は夢さえ見なかった。

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ワークワークファンタジア(82)

 サンスたちは民部卿に連れられて道観の奥に入っていった。いくつもの広間と庭とが迷路のように続いている。思っていたほど荒れてはいない。誰かが手入れをしているのだろうか。一番奥に雑木林があった。サンスはなぜか薄気味悪いと感じた。巫女たちも同じ気持ちのようで、できるだけ林を見ないようにしている。林の裏で道観は民部卿の屋敷とつながっていた。特に柵があるわけではなかった。道観と屋敷とは一体のもののように思えた。

「わたしの屋敷は昔は道観の方士たちの暮らす坊だったのですよ」

 フセ姫の部屋は雑木林のすぐ隣にあった。これでちょくちょく遊びに来れるのだとサンスは納得した。

「湯をわかしてください。それから部屋を暖めて」

 サンスは女官たちの手を借りてふたりの看護をした。服を脱がせて汗を拭いた。外傷はどこにも無かった。ふたりは痙攣も納まり今は静かに寝息をたてている。気を失っただけで命に別状があるわけではないようだ。サンスは巫女たちに馬を連れて帰るように言った。

「ありがとうございました」

 サンスは民部卿に頭を下げた。

「いえ、お礼を言うのは私のほうです。フセが道観へ行くことなど今までありませんでした。あなたがたとお近づきになったのがうれしかったのでしょう」
「わたしはフセ姫様に驚かされてばかりです。いろいろ教えてくださって感謝しています」
「塔を引き出したのはフセですね」
「はい、驚きました。失われたという巫術が生きていたとは思いませんでした」
「あれが自分から巫術を使うのはとても珍しい。あなたがたとお友達になりたかったのでしょう。これからもよろしくお願いします。それからこの剣はどこかに隠しておいてください。フセはこれに怯えて雷を呼んだようです」

 民部卿が出ていったあとオリの目が覚めた。しばらく目を開けたまま焦点が定まらない。サンスが手をにぎってやるとようやく気付いてここはどこかと尋ねた。サンスが説明してやる。

「そうでしたか。ありがとう、サンスのおかげです。あのとき剣からいろんな幻がわたしの中へ流れ込んできました。あなたが剣を取り上げてくれなかったらどうなっていたか分かりません」

 サンスはオリの手を握ったまま無事でよかったと泣いた。オリはサンスの頭をなでながら覚えている幻をいくつか話してやった。ひとつは非常に古いものでどこかの草原での決戦のようすだった。平原を埋め尽くした幾万の兵士たちが流れる水のように打ち寄せてくる。迎え打つ側もアメーバのように形を変えながら、その大軍を飲みつくそうとした。青い旗がひるがえり雨のように矢が降り注いだ。そう言えば音がしていなかった。切れ切れの映像がフラッシュバックしていくだけだった。

「最後に見た幻にはフセ姫が出てきました。彼女は龍を飼っていたようです。それがどんなものなのかよく見えませんでしたが、この剣がそれを引き裂いてしまったようです。なぜか内大臣もいました。龍の絵を描いた扉の前でした。あれはいったいどこでしょうか」

 そこまで語るとオリは再び眠りに落ちていった。サンスもそのまま寝てしまった。サンスのふところの節刀がほのかに光った。

 サンスは夢を見ていた。夢にしてははっきりしているが、これが夢であることは分かった。そこは死体で覆われた戦場だった。空はどんよりと曇り世界は薄明りのなかに閉じ込められていた。戦場の真ん中で黒装束のフセ姫が泣いていた。悲しくて仕方がないという泣き方だ。サンスは駆け寄ろうとするが死体が動き出して行く手を妨げた。

 黒い妖気が立ち昇りそれがフセ姫を中心とした半円球となった。その球面をばらばらになった死体がずるずると這い上がり始めた。サンスはそれを引きはがそうとするが、次々と死体がつながり手に負えない。はたと気づいてサンスはふところの節刀を取り出した。その切っ先を死体の壁に突き刺すと、ずぶずぶと腕ごと飲み込まれていく。サンスが死体の壁に飲まれようとしたとき、なにか手ごたえがあった。続いてあたりはまぶしい光に包まれ壁の一部に穴が開いていた。節刀はほのかな振動音を響かせ白く輝いている。その光のまわりだけは死体が白い霧となって蒸発していくのだった。

 節刀をフセ姫に見せてはいけないことを思い出して彼女はそれをふところにしまった。そしてフセ姫の元へ駆け寄り、膝を落として姫の肩に手を添えて声をかけた。

「どうしたの?何が悲しいの?」
「・・・龍が死んだの、わらわの、龍が・・・」

 そしてまた姫はむせび泣き始めた。サンスは姫の肩を抱いて背中を撫でてやった。姫がサンスに抱き付いて激しく泣き出した。サンスは姫の重みと温かさを感じながら背中を撫で続けた。ふたつめの夢はそのあたりから始まっていた。

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浄瑠璃寺メモ

 初めて浄瑠璃寺へ行った。おもしろかったので考えたことをメモしておく。境内は山野草で満ち溢れている。山に囲まれた地形で大きな池がある。雨が降っていたのでコケがとても鮮やかだった。これだけコケやシダが育っているのだから雨が降っていなくとも水っぽい場所なのだろう。山に囲まれ泉の湧く場所は龍穴(りゅうけつ)だ。

 阿弥陀9体仏を収める阿弥陀堂がシンプルな構造で美しかった。中央のご本尊まわりに太い柱を4本立て大きな枠組みを作る。その左右に細い柱の翼廊を伸ばし四周に庇をまわしていた。堂内の列柱のならぶさまはとても素敵だ。

 9体仏の前にあるカウンターのようなものは後補のように見える。これがあると堂の外から阿弥陀仏がよく見えないだろう。カウンターもどう使ったのかよく分からないが真鍮製の飾り板がとてもきれいだった。

 阿弥陀のいる西方は金気の世界だ。9体仏の「9」も金気を表す数字だ。一方薬師も金気であることが多い。金気は水気を強めるから、この寺の中心は池なのだろう。

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2015.04.08浄瑠璃寺

 池の西側に西方極楽浄土の阿弥陀を祀り、東側に東方浄瑠璃世界の薬師如来を祀る。薬師を収める3重塔は小高い丘の上にあり、そこから阿弥陀の来迎を拝むわけだ。阿弥陀堂の建具を取り払うと池に9体の阿弥陀像が水面に映り込み仕掛けになっているようだが、今は池中の島がじゃまをしてよく見えないだろう。

 この島は臨終の際に施主を寝かせ、まじかに阿弥陀を拝むための装置だと思うがよく分からない。塔の下にも舌のように小さな半島が突き出ているが、これも何に使ったのか分からない。本当はもう少しいろいろあったのが失われてしまって池の使いかたが分からなくなっているのではなかろうか。

 浄瑠璃寺は大阪の四天王寺とよく似ている。四天王寺の鳥居前の逢坂は日没時に阿弥陀の来迎を幻視する日想観のスポットだった。そして寺の六時堂にはやはり薬師如来が祀られている。坂は日没時に水平に照らす日光を受け赤く染まる。そのとき東西をつないだ空中歩廊を阿弥陀がわたってくる。浄瑠璃寺はこの坂の構造をまねているようにも見える。

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 赤い3重塔の意味も少し考えてみた。3は木気を表す数字だし赤も火気を表す。火気は金気を減らして木気を助ける。薬師は金気であることが多いがここでは木気であるのかも知れない。そもそも東方そのものが木気の領域だ。そう考えると塔の屋根が檜皮葺であることもうなづける。金気の世界である阿弥陀堂は金気の瓦を葺き、木気の世界である3重塔は木気の檜皮で葺いたというわけだ。木気の薬師は珍しい。そう言えば四天王寺の六時堂の前にも池があった。薬師が木気である場合は木気を強めるために水気を供えるのかも知れない。

 

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吊り店

 岩船寺あたりに吊り店がだくさん出ていた。漬物や山菜などが吊るされていてとてもきれいだ。かみさんはトウガラシと高菜漬けを買っていた。このあたりは柿の産地だから、もともとは吊るし柿を売っていたのではなかろうか。

 沿道の無人スタンドとはいえ、売上全部合わせれば相当な額になるだろう。経済統計に表れない経済活動であることも興味深い。わたしは朝市やこの吊り店のような沿道での売り買いが地域を再構築する上でとても大切だと思う。


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2015.04.08、京都府木津川市岩船寺

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家ごはん 砂ずりとカボチャ

 酢醤油に漬けこんだ砂ずりがうまい。ネギの香りとショウガの辛さがコリコリの砂ずりに独特の風味を与えている。カボチャは中まで柔らかく煮えていて出汁がよく染み込んでいた。鶏スープのシンプルな塩味も体によさそうな感じでうまかった。

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2015.04.10

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珉珉「油淋鶏(ゆーりんちー)」

 珉珉は各店メニューは似ているが味はだいぶ違う。油淋鶏は三条店のほうが塩辛く、四条店のほうが少し甘い。どちらもおいしい。これは四条店のほう。この後ギョウザも頼んだ。珉珉大好き。

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2015,04.09


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ミツマタの花

 ミツマタの花が咲いていた。ミツマタがこんなにきれいな花をつけるとは知らなかった。離れて見るとまるで野イチゴがぶらさがっているように見えて愛らしい。

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2015.04.08、京都府木津川市岩船寺

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自家弁当

 浄瑠璃寺へ行ったとき、かみさんが弁当を作ってくれた。ノリを敷いてサンドイッチみたいにして作る簡易おにぎりだ。中身は明太子、きんぴらごぼうと玉子焼き、高菜漬けと牛肉の時雨煮など。平たいので食べやすい。外でいただくごはんは格別にうまかった。

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2015.04.08

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てうれ「カレーラーメン」

 札幌ラーメンで有名な店だ。その上に業務用のレトルトカレーが載っている。甘口のボンカレーのような主張の無い味がラーメンの鶏ガラ出汁の旨みを引き立てる。モヤシがしゃきしゃきしているのも札幌ラーメンらしい。ここはもちろん普通のラーメンもうまいのだろうが、私は見た目のインパクトが強いカレーラーメンしか食べたことはない。

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2015.04.09、京都市左京区

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2015年4月10日 (金)

ワークワークファンタジア(81)

 東市司のふところから節刀が落ちてリンという涼やかな音がした。馬と巫女とが3方から同時に振り向いた。東市司はそれを拾い上げるとオリのところへ戻ってきた。

「そうそう忘れるところだった」
「なんですかこれは」

 見たことの無い剣だった、さやを払うとまっすぐな刀身が現れる。

「鉄剣だと思うぞ。東晋船に落ちていたんだ」

 オリは首をひねりながら剣をサンスに渡す。

「ほんと、見慣れない剣ね。ここに水と書いてあるわ」
「ほんとですね。刀身の付け根に小さく刻印があります」
「なんだ、字が書いてあるのか」
「字じゃないわ、爻(こう)よ」
「コー?」
「漢字なら兌(だ)ね」
「ダァ?」
「八卦(はっか)ですよ」
「・・・ハッカァ? まあいい。お前んところで調べて持ち主に返してやってくれ。探し物は得意だろ。じゃな」

 東市司は節刀をオリに押し付けて帰っていった。

「・・・どうしたものでしょう」
「それを考えるのがあんたの役目じゃない」
「それは何じゃ」

 フセ姫が震えながら立っていた。

「わあ、かわいい!」

 馬を下りた巫女たちが駆け寄ってフセ姫を抱きしめた。

「どうしたの?」
「震えているの?」
「大丈夫?」

 巫女たちが心配そうにフセ姫を覗きこんだ。寄ってきた馬たちも同じように姫を覗きこんだ。姫の視線は節刀に釘づけになっていた。

「なんでそれがここにあるのじゃ」
「この剣を知っているのですか」

 フセ姫は後ずさりしてその場から逃れようとした。節刀が輝き始めた。晴れ渡った空の頂点から鋭い金属音が響き紅白の梅の古木に落雷した。節刀はオリごと光の輪に包まれ電光がバチバチとはじけた。オリは感電したように節刀を持ったまま白目をむいて泡を吹いている。馬たちが驚いて逃げ去った。あわててサンスが節刀をオリの手から叩き落とした。節刀はくるくると回転しながら地面を這ってフセ姫の足元で止まった。

「ヒッ!」

 フセ姫が気を失って倒れた。それを巫女たちが支える。駆け寄ろうとしたサンスの後ろでオリが倒れた。

「オリ!」

 振り返ったサンスがいまいましそうにうなった。

「ああもう!いったいどうしろと言うのよ!」
「ふたりを奥に運びなさい」

 そこに民部卿が立っていた。

「さあ早く」

 サンスと巫女たちはふたりを抱えて道観の奥へ連れていった。

「これは東晋使の節刀ではありませんか」

 民部卿は落ちていた節刀を拾い上げサヤに納めた。剣のツバがサヤと触れ合う鈴の音のような音が小さく響いた。そのとき民部卿は東晋船上でのできごとを一瞬のうちに幻視した。龍が引き裂かれるところを。娘が泣きながら倒れるところを。民部卿は節刀を見つめたまましばらくその場に立ち尽くしていた。

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ワークワークファンタジア(80)

 東市司は役所の門前で腕組をして難しい顔をして市場を見ていた。傍らには宿老が控えて同じように市場を見ている。東市司は憤然としてたようすで宿老に尋ねた。

「おやじ殿はどこへ消えた?」
「宮城へお出かけになったのではありませんか」
「それは東晋船の騒ぎの前のことだ。王との話が長引いたとしてももうとっくに帰っているだろ。せっかく無理を聴いてやったのに様子を見にも来ないってのは何なんだ?」
「こたびの王子の働きにはめざましいものがございました」
「お前に褒められても仕方ないんだよ。ともかくあれがいないと情報が入ってこない。ひょっとしてあいつの身に何かあったか?」

 宿老がびっくりした顔をして東市司を見た。

「まさか、あのコムサ様に敵するものがありましょうか」
「だよなぁ」

 ふたりは顔を見合わせて笑った。そのころ内大臣は敵の手に落ちていたが誰もそのことに気づかなかった。日頃から単独行動を好む性質だったので、こういうはめに陥いるのだ。

「じゃ、オリのとこ行ってくる」
「また目無し死体のお調べですか。市場のこともちゃんと見てくださいまし」
「分かってるよ」

 後ろ手を振りながら東市司はふらりと出ていった。

 東市司が道観の門をくぐると梅の花が散り始めてた。その先に見慣れぬ巨大な塔が建っている。ずっと昔から建っているようで相当古びている。道観へ入ったことも無かったから自分が知らなかっただけかと思った。オリとサンスはその階段で餅を食べていた。

「分かったんだってな。あちっ」

 東市司は勝手に餅串を抜くとほうばりながら尋ねた。オリは話すかどうか少し迷ったが、すでに民部省へは報告してある。いずれ市場へも調べが行くだろうと思い話しておくことにした。

「亡くなった主計官が調べていた物品は3つでした。帳簿から数字を抜き出して数年分の損耗を調べていたようです」
「損耗ってあれか、運ぶ途中にダメになる貢納品のことか」
「そうです。で、その3つとはアブミ、クラ、そしてウマです」
「どれも市場で扱ってるぜ」
「失われた分量がちょっと異常で、この1年でほぼ30騎分の行方が分からなくなっていました」
「騎兵が1隊できるな。っておい、それって市場がかすめたことになっているのか?」
「はい」
「なんだよそれ、馬の事は聞いてないよ」
「馬以外はお聞きになっているのですか?」
「へっ・・・」
「馬以外の武具も市場で集めていたのかと」
「いやいやいや何言ってるんだおまえ。おれたちが王に弓引くわけがないじゃないか」
「そうなんです。そこが分からなくて。目無し死体が東市でばかり見つかったこともこれ見よがしです。そもそも目無し死体が何なのかまだ分かっていません。ただこのままでは市場に謀叛の疑いがかけられるのは避けられないでしょう。むしろ事件のねらいはそこにあるのかと」
「・・・おまえすごいな。そこまで分かるものかね。まあ市場は関係ねぇからな。馬も武器も知らねぇ。だいたい俺たち馬はあまり使えないしな。騎馬はそもそも北方諸族のお家芸だ。・・・そう言えばワイ族のお嬢ちゃんがたはきょうは休みか?」
「巫女たちはきょうは来てないわ。馬を探しに行かせたのだけど、そう簡単には見つからないよね」
「そうか。あいつらがいないと静かでいいや。俺は帰るぜ。餅ありがとよ」

 東市司が後ろ手に串を振りながらプラプラと帰り始めた。ちょうど紅白の梅のあいだに来たとき門からものすごいスピードで黒いものが飛び込んできた。馬を高速で走らせる巫女たちだった。

「ねえさまー!」
「ウマを見つけました!」
「ちょうど30頭です!」
「それとアブミとクラです」
「届かなかったのは乗り手だけじゃ」
「ぎゃはははは」

 驚いて立ち止まった東市司の頭の上を馬が次々と飛び越えた。そして梅の木と塔のあいだをますますスピードをあげて走り回った。あきれたサンスが立ち上がって口笛を吹いて叫んだ。

「止まりなさい!」

 東市司を飛び越えようと3方から寄せてきた3騎が急に止まった。くつわが上げられ馬が前脚をあげた。動きの止まった後ろ脚が横ざまに滑る。馬が止まったとき東市司は3頭の馬の尻にはさまれていた。東市司の顔を馬の尾が撫でた。

「だからワイ族は嫌いなんだよ」

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ワークワークファンタジア(79)

 テドン川沿いを巫女たちは歩いていた。川沿いには洪水の水勢をやわらげるための林が植えられており、その中を古い街道が続いていた。あまり人は歩いておらず川面をわたってきた冷たい風が吹き抜けて気持ちがよかった。

「あなたたちウマを見つけてくるのよ」
「きゃはは、それ姉さまのまね?おもしろーい!」
「あんたウマを知らないの?顔が長くて愛らしい動物よ」
「ぎゃはははは」
「やはりウマは河原にいるのではないでしょうか」
「なに今度はオリさま?似てるぅー!」
「ぎゃははは」

 川沿いには大規模な水田が広がり麦の穂が一面に靡いていた。王険城はすでに遠くにかすんでいる。しばらく行くと川が大きく曲がる場所に出た。そこの広い河原が牧に当てられているようで多くの黒馬が放されていた。

「わー!」
「おウマさんだ!」
「見つけた!」

 巫女たちは両手を広げて左右に旋回しながら河原へ駆け降りた。そして一番手前のウマの少し手前で立ち止まり身を低くしてそっとささやいた。

「おいで」
「こっちにおいで」
「おウマさん!」

 馬は最初無視して草を食んでいたが、巫女たちがくるくると旋舞を始めると興味をもったらしく顔をあげた。馬は旋舞を不思議そうに眺めていたが、鼻をならして巫女たちの元へ寄って来た。背丈が1.5メートルほどの小さな馬だ。よく訓練されているらしく人に慣れていた。巫女たちがわっと集まってたてがみを撫でてやった。馬は気持ちよさそうに尾を振り巫女に鼻面をこすりつけた。

 少し離れたところの数頭の馬が顔をあげてそのようすを見ていたが、ゆっくりと巫女たちのほうへ歩き出した。それを見てさらに遠くの馬たちが顔を上げた。巫女と馬とがじゃれあっていることは波紋が広がるように相当遠くの馬にまで伝わった。そして巫女たちをめざして集まってきた。なかには駆けてくる馬もいる。気が付くと巫女たちはたくさんの馬たちに囲まれていた。

「うわあ!」
「なにこれ!」
「すごいすごい!」

 集まった馬は巫女に撫でてもらおうと鼻面をぎゅうぎゅう押し付けてくる。

「おまえたち寂しかったのか」
「寂しかったんだね」
「いい子だね」

 巫女たちは手近な馬から順に馬の首を抱きしめてタテガミを撫でてやった。そうするとどの馬も安心したように鼻を鳴らして尾を振った。

「あんたさんがたはワイ族のものか」

 馬飼いの爺さんが馬の輪の外から声をかけた。馬がいっせいに馬飼いのほうを見た。巫女たちの姿ほとんど馬に隠れては見えない。馬の輪のあちこちで巫女がピョンピョンはねて頭を出した。そして馬をかいくぐり外へ出てきた。

「ワイ族の巫女じゃな」
「そうですよ」
「そうそう」
「ワイ族の巫女ですじゃ」
「ぎゃはははは」

 馬がまた巫女たちを取り囲み鼻面を押し付けてきた。それはまた順番に撫でてやる。

「馬が喜んでおるな。さすがはワイ族じゃ。わしらじゃあんな風にはできん。あんたさんがたは小さいころから馬に乗ると聞いたが、乗ってみるかの」
「ほんと?」
「やった!」
「乗りたい!」

 巫女たちは馬の首をかかえて跳ねた。

「アブミもクラも届いておる。届かなかったのは乗り手だけじゃ。どれでも好きな馬を連れてくるがよい」
「じゃあおまえ」
「わたしはおまえ」
「おまえだ」

 それぞれが撫でていた馬の顔を見て巫女は言った。馬は話が分かったのか鼻をならすと巫女の後についていった。
 しばらくすると河原を高速で馬を駆る巫女たちの姿があった。街道には人垣ができて歓声をあげた。ただ早いだけではなく曲乗りのようなこともできた。相当大きな障害物でも楽々と飛び越えることができた。馬飼いの爺さんは目を丸くしてそれを見ていた。これほどの乗り手はこの国にはおるまい。今出会ったばかりの馬が乗り手を完全に信頼して安心している。馬がこれほど人に近い感情を持っていることを初めて教えられた気がした。

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ワークワークファンタジア(78)

 午後になり民部省の書記たちは帰っていった。彼らは午後に仕事をしてはいけないのだ。オリとサンスは道観のテラスの端に腰をかけ満開の梅の木を眺めた。その後ろになにかの建物の基壇が残っていた。八角形の石の壇で四方に階段がついている。

「モチでも食べるか」

 サンスはそう言うと火を焚き餅を焼き始めた。小さな団子を竹串に刺したもので、しばらくするとモチの焦げる匂いがただよい始めた。

「文書はどのくらい見つかったの?」
「数千巻あるというのは大げさで、実際は500巻くらいでしょう。まだ半分も確かめていませんが道教の経典類が中心であることは確かです。陰陽寮にもない貴重なものも含まれています。ただ集められた書物どうしに脈絡がありません。当然あるべき書物が欠けているような気もします。やはり戦乱のなかであわてて持ち出したものだけが残っているのでしょうか」

 サンスは聞いているのかいないのか、餅を裏返したりしている。そのうち焼けた1本をオリに渡した。

「そうなんですよね。他にも必ずあるはずなんですよね。あちっ!」
「焼きたてなんだから気をつけなさいよね」
「わらわもモチを所望じゃ」

 いつの間にかふたりの前に黒装束の少女が立っていた。5歳ぐらいだろうか。服装はワイ族の巫女たちとほとんど同じだが赤い幾何学文様がえりに染め抜かれていた。髪を高く結いやはり同じ文様の入った幅広の黒布で巻き上げていた。そこまではワイ族の巫女たちとよく似ているのだが、ひとつだけ違うのは眼帯をしていることだった。眼帯と言っても黒い細布をぐるぐると巻きつけ、見えるほうの片目をその隙間から覗かせていた。ふたりが驚いていると少女はもう一度言った。

「わらわにも餅をたもれ」
「あんた誰?どこから来たの?」

 少女はサンスから竹串を受け取るとふたりの間に座り器用に餅をかじり始めた。

「わらわはフセじゃ。家からきた。ここは家の続きじゃ」
「なんだお隣りさんか。びっくりしたじゃない。オリ、お隣りさんて誰だか知ってる?」
「知ってるもなにも、お隣りはユリア様のお屋敷ですよ」
「だれそれ」
「民部卿ですよ」
「ええっ! それじゃこの子、民部卿のとこのお姫さまなの?」
「もう1本たもれ」

 ふたりはさらに目をみはって小さな闖入者を見た。少女はふたりの視線を意に介さず一心に餅を食べていた。

「おまえたちはここで何をしているのじゃ」

 おなかのふくれた3人は同じようにテラスに後ろ手をつき、紅白の梅の木を見上げていた。春の青い空が続いている。オリは道観の書庫を調べていることを聞かせた。オリは見つかった書物のことを嬉々と語った。

「そんなこと言っても子供には通じないわよ」
「おまえは書がそんなに好きか?」
「はい、大好きです」
「そうか、とと様と同じじゃな。・・・ここには書はもっとあるぞ」
「本当ですか!それはどこにあるのでしょうか!」
「そこにあるじゃろ」

 勢いよく尋ねたオリだったが、少女の言っている意味が分からなかった。少女の指さす先は建物を失った基壇があるのみだ。

「・・・そこに書庫があったという意味ですか?」
「倉ではない。塔じゃ。・・・お前には見えんのか?」

 少女は意外そうにオリの顔を下から覗き込んだ。オリは少女にからかわれているのかと疑ったが少女の目は真剣そのものだった。

「はい、どうやら私には見えないようです」
「おまえはどうじゃ」
「私にも見えないわ」
「しようがないやつらじゃな」

 少女はフッと笑って足をバタバタさせた。

「よし、今からわらわがお前たちにも見えるようにしてやろう。そこで見ておれ!」

 そう言うと少女は両手を広げて2度3度と舞うとパタパタと基壇へ向けて走った。まっすぐには走らない。トンビのように左右に旋回しながら舞うように走る。そのようすはワイ族の巫女たちとそっくりだった。

 紅梅をまわり白梅をまわったころ異変は始まっていた。旋風が巻き起こり梅の花びらをらせん状に巻き上げた。赤い柱と白い柱が左右に立って輝きながらぐるぐると回転した。

 少女はそれに見向きもせず基壇を左回りに駆けまわると正面の階段をトントンと上がって正しく基壇の中央に立って自慢げにこちらを振り向いた。オリもサンスも何事かがすでに始まっていることを予感して身を固くした。

「よいか。よく見ておれ」

 そう言うと少女は地面を両手で掴んで何かをひっぱりあげた。基壇の上に少女の背と同じほどの高さの青銅製の棒が立っていた。あんなものが埋まっていたとは知らなかった。それは塔の一番上の部分の飾り棒だった。少女がその棒をさらに引き上げると棒に続いて塔本体がずるずると引きずり出された。

 地響きとともに最初に八角形の瓦屋根が現れた。たちまち基壇の上は屋根でいっぱいになり少女の姿は見えなくなった。屋根に続いて壁が現れた。そしてまたその下の屋根が現れた。同じ速度で塔が現れ続けた。振動で塔の壁土や瓦がところどころ剥がれ落ち基壇のまわりに砂埃を上げた。

 オリとサンスはあっけにとられて眺めていた。地響きが止み、基壇の上には30メートルほどの11重の八角塔が建っていた。どこかから笛の音が聞こえる。静かな優しい調べだ。塔の扉が開き少女が手招きした。

「これでお前たちにも見えるじゃろ」
「ど、どうやったの?」
「カギがかけられていたからな。それを解いただけじゃ。塔は最初からここにあったのじゃ」
「そうなの?」
「巫術はの、無いものを出すことはできん。ありながら見えなかったものを見せるだけじゃ」

 少女の後について塔のなかへ入った。ひんやりとした冷たい空気が肌をさした。ひとりでに灯火がともり瓦製の平板を敷き詰めた床がほのかに照らし出された。そこにはおびただしい巻物が散乱していた。
 

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2015年4月 8日 (水)

ワークワークファンタジア(77)

 東晋船は丸1日燃え続けて鎮火した。浸水したが岸壁の水深が浅かったので船首から見ればほとんど元のままだ。船尾は燃えぬけ焦げた竜骨が打ち上げられたクジラのあばら骨のように空に突き出していた。

 東晋の国使団の救護は民部省が担当したので市場は平常に戻った。東市司の作戦は着々と進み、ほぼ1日で武器の移送は終わった。

 道観の書庫ではオリが嬉々として書物の目録を作っていた。オリの左右に主計官から出向した書記が控え次々と巻物を開いていく。オリは一目見て目録番号、書名、分類を述べる。他の複数の書記をたちがそれを木簡に記録していった。

「オリ、分かったわよ」

 サンスがやってきて言った。オリはハイテンションで書物の目録を口述していて聞えていない。サンスはうんざりした顔になって、パンパンと手を打った。ワイ族の巫女たちが駆け寄ってきた。

「姉さま!御用ですか」
「姉さま!また龍ですか」
「姉さま!遊んでください」
「はい、お前たちの出番だよ。オリを私の前に連れてきておくれ」
「分かりましたぁ(3人同時)」

 巫女たちはくるくると舞ながら書記たちの間に躍り込んだ。書記たちの筆が止まった。

「どうしたのですか。早く次の書物を見せてください」

 オリが左右を見渡して言った。彼だけが巫女たちの乱入に気づいていなかったのだ。

「オリ様!」
「姉さまがお呼びです!」
「早くお越しください!」
「ちょ、ちょっと待ってください、わ、わたしは書庫の分類が、わあぁ!」

 巫女たちはオリの言葉を無視して左右の手を取って走り出した。オリは瞬時にサンスの前にはいつくばっていた。

「やっと来たわね、この書物バカが」
「なんだサンスではありませんか。私は今書庫の目録を作っていて忙しいのです。これは大発見ですよ!」

 サンスは軽蔑した目でオリを見下ろした。

「分かったわよ」
「へっ?」
「へっ?・・・じゃないわよ。死んだ主計官が何を調べていたのか分かったと言っているのよ」

 主計官の竹簡を調べるよう頼んだのはオリだ。オリはそのことをようやく思い出してサンスの前に正座した。

「馬よ」
「・・・ウマ?」
「あんた馬を知らないの? 顔が長くてたて髪がふさふさで足の野太い愛らしい動物よ」
「いやそれは知っていますけど・・・」
「主計官は大蔵の損耗度を調べていたみたい。平均的に見えるけど馬の損耗が突出しているわ。それが丸々横流しだとすれば一個小隊の騎兵が編成できる。主計官はそれに気づいて殺されたのでしょう」
「・・・それは・・・本当ですか?」
「間違いないね」
「それじゃあ、市場の反乱は確定ではないですか」
「・・・なにそれ? 市場が関係あるの?」
「・・・大ありです」

 オリは腕組みして考え込んだ。

「姉さま、次はウマですか!」
「わたしウマに乗れます!」
「わたしもウマは大好きです!」

 貢納品の馬はワイ族からのものだった。今回のキャラバンでも多数の馬が貢納されたはずだ。

「おまえたち、ワイ族の馬がどこの牧(まき)にいるか調べておいで」
「分かりました!」
「ウマを探してまいります!」
「おウマさん大好きです!」

 巫女たちは道観から駆けだしていった。

「で、どうしたものでしょう?」
「知らないわ、そんなこと、それを考えるのがあなたの仕事でしょ」

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ワークワークファンタジア(76)

「なんだあれは」

 宮城の高楼で高句麗王は不機嫌そうに尋ねた。朝日のなかに立ち昇る黒煙は、ただならない事が現在進行で起こっていることを示していた。

「今確かめさせておりますが、第1報では東晋船で火災が起こったようです」

 王の後ろにはいつくばって民部卿が答えた。

「何者かの襲撃を受けたようで負傷者が多数出ているようです」
「襲撃だ?」

 王は眉根を寄せて民部卿を振り返った。民部卿は身を縮こませた。

「まだ確認は取れておりません。救助は市場のものたちが行っております」
「ダエトン族か。後からあいつらからも話を聴こう。それよりも一体どこの誰が東晋船を襲うというのだ」
「それはわたくしにもさっぱり・・・」
「あれか? 百済使が一足はやく東晋と接触したか」

 民部卿は王の洞察力に驚いた。さすがはいくつもの戦場を駆け抜けてきた勇者だ。民部卿は動揺を隠して短く答えた。

「それも未確認にございます」

 王は民部卿をにらんでいたが、玉座に戻ってあぐらをかいた。民部卿も向きをかえて建言した。

「おそれながら、此度の件は表向き燕の奇襲ということにしてはいかがかと存じます」
「まあそれが良いだろうな。船を沈められては東晋使は生きて帰れまい。戦闘の上ということであればまだ申し開きもできよう。百済使が入城するまでの方便だ。どちらにしても東晋使は生きては戻れぬのであるからな」

 王は口元に笑みを浮かべて言った。

「ユリヤよ。俺は久しぶりに血が騒ぐぞ。百済使の到着が待ち遠しい」
「入城まで後数日でございます」
「よし、宮城の近衛をすべて東晋船の救援に向かわせろ。それから東晋使はすでに難民だ。まず米と塩を届けろ。おまえのところで他に必要なものを調べて届させろ。後数日変な騒ぎを起こさせるな。襲撃者の正体は早急に探っておけ」

 高楼を降りた民部卿は寄り添う側近たちに指示を与え急ぐよう言った。側近のひとりが民部卿に耳打ちした。

「近衛が引けば王は丸腰です。百済使の入城を待つまでも無いのではありませんか」
「ははは、あなたは王がどれほどの戦士なのかご存じない。わたしたちの手のもので王と渡り合える部隊はありませんよ。それよりもあれは帰りましたか」
「姫様はさきほどお館(やかた)へお帰りになりました。相当憔悴してらっしゃる様子です、館のもので介抱しております。命には別条ないということですのでご安心を」
「・・・そうですか」

 民部卿の足が止まった。側近たちは民部卿のくもった顔を見て驚いた。民部卿の感情を見るのは初めてだった。民部卿は自分に言い聞かせるようにつぶやいた。

「もう少しの辛抱です。王道の復活まであと少しです」

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ワークワークファンタジア(75)

 東市司たちは内大臣が出ていった後、車座になって作戦を練っていた。当然敵方に見張られているだろうから、うかつに運び出すわけにはいかなかった。倉庫群は高い垣で囲まれていたが、修理と称してその一部に穴を開け隣接する塩商人の敷地へ武器を運び出すことにした。外からは見えないので気づかれる気遣いは無かった。そこからさらに市場中央にある大神殿の廃墟に運び入れることにした。大神殿は今使われなくなって久しいが立ち入りが禁じられtている場所だ。隠し場所としては都合がよかった。塩商人のせがれがこの軍議に加わっており、彼の協力が不可欠だった。

「いやですよ。そんなものどこに置けばいいのですか」
「塩倉に決まってるだろ。おまえのところは広いんだから都合がいいんだよ」
「今入ってる塩はどこへ移せばいいんですか」
「ここへ持ってこいよ」
「へっ?」
「ここにある武器は帳簿上は塩なんだ。見たろ、全部塩袋だったろ。だから入れ替えてしまえばいいんだ」
「・・・代金は誰が持つのですか」
「大丈夫だよ。塩値が上がってるじゃないか。それで東市司にも利が出てるんだ。俺のところで買い上げるよ」

 塩商人のせがれの顔がほころんだ。軍議はすぐにまとまり、それぞれが準備のために市場へ帰っていった。

 早朝、彼らが東市司に集まったときに東晋船の火災の知らせが入った。急いでかけつけると船尾には火がまわって手がつけられない。船首の跳ね上げ式のハッチは半開きのまま止まっている。船が傾いたので開閉用の縄がからまったらしい。身軽なもの数名がその隙間から中へ入り斧で巻き上げ機の縄を切った。ハッチは勢いよく倒れて開き砂埃を舞い上げた。

 ちょうど作戦用に用意していた用材で仮設の救護所を作った。意外なことに船内には多数の負傷者があった。襲撃を受けたことはあきらかだった。彼らは次々と負傷者を救護していった。

 東晋船は市場から少し離れていたので、陸地への延焼はなさそうだった。それでもけっこう広範囲に火の粉が舞い盛大な黒煙が立ち上っていた。港からは延焼を避ける船が一斉に出ていった。火の粉のため帆が上げられず、みな手漕ぎで船を出した。

 市場のものたちが次々と集まり消火作業も始まった。相当な煙のため船尾へは入れず、そこからの延焼をくいとめるのがせいいっぱいだった。東市司は戦場のような現場で次々と指示を出しながら宮殿の中へ踏み込んだ。そこにも多数の負傷者があり次々と運び出されていった。

 奥に広間があった。床全体が傾ききな臭い煙が漂っていた。外には朝日を浴びた王険城が一望できた。宮城の梅林が満開なのもよく見える。広間の正面には鳳凰を描いた壁がありその一部に作られた隠し扉が開いていた。中に賊がひそんでいるかもしれない。そう思い東市司は数名を連れて狭い階段をゆっくりと上がった。

 階段を上りきると部屋が吹き飛んでいた。誰もおらず吹きさらしの床に粉々に砕けた漆塗りの扉の破片が散らばっていた。そのあいだに細長い剣が1本落ちていた。見慣れない剣で手にとると軽々として扱いやすそうだ。みな戦士なので剣には興味がある。それぞれが手にとって眺めてみた。サヤも見つかった。黒漆のサヤに螺鈿で龍の模様を描いた見事なものだった。東市司が剣をサヤに納めると、丸いツバがサヤに当たりリンと鈴の音のような音がした。その涼やかな音にみなが微笑んだ。

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さくらさく

 健康のために小1時間ほど自転車で走っている。お天気が良かったので山際のお寺まで足を延ばした。花見に行ったわけではなかったが桜が満開で良い花見ができた。お寺の手水鉢に桜が一輪浮いていた。みずごけの緑とよく映って美しかった。

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2015.04.04、京都府長岡京市長法寺

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理想の建築 墓地の地蔵堂

 わたしは実作が少ないので一緒に仕事をしている仲間にもわたしが何を理想としているのか伝わっていないようだ。しかしわたしの理想の建築はこの数年で結構はっきりしてきた。それはたとえばこんな建築だ。

 無駄のないシンプルな架構が美しい。機能に合わせて屋根の一部を下げ伸ばしているところがスマートだ。お地蔵様の前に吊り下げてある提灯掛けの横棒もアクセントになっておもしろい。なによりきれいに清掃されていて大事に使われているところが微笑ましい。

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2015.04.04、京都府長岡京市西ノ丘霊園

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玉華園「麻婆豆腐」

 大阪日本橋でラノベを買ったあと久しぶりに中華料理店「玉華園」へ寄った。店の方に「久しぶりデスネ」と言われてびっくりしたけどうれしかった。ここへは何度か通ったが、あるときお客のじいさんが飲み過ぎてイスから転げ落ちたときに介抱したことがあったので覚えてくれているのだと思う。

 いつもは「四川風」の麻婆豆腐を頼むのだが、久しぶりだったので「四川風」を言うのを忘れた。普通の麻婆豆腐は初めてだった。驚くことに土鍋に入っている。炒めたあと煮込んでいるようだ。麻婆豆腐と言えばどぎつい味が多いが、これはまろやかな味わいで豆腐の旨みがよくわかる。適度なとろみとさわやかな香辛料の味付けでうまかった。

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2015.04.07、大阪日本橋「玉華園」

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家ごはん ポトフ

 近所の農家の販売所で春キャベツが出始めたので、かみさんがポトフを作ってくれた。牛肉をゆがいた後汁をスープのベースに利用し、他に化学調味料を使っていない。野菜の旨みが溶け込んでコクのある甘さに仕上がっていてうまい。春キャベツは柔らかくて芯までトロトロに溶けている。スープの最後の一滴まで飲み干した。

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2015.04.07

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家ごはん ワカサギの天ぷら

 ワカサギが安かったので天ぷらにしてもらった。ホクホクの白身が天ぷらの油とよくなじんでうまい。岩塩を振っただけで淡白な味わいが引き立つ。少しの苦味がさわやかで春らしい。

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2015.04.06

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2015年4月 7日 (火)

ワークワークファンタジア(74)

 龍は襲撃を終えると少女の首元になついて巻き付いた。少女はしばらく龍をまとわりつかせていた。体の発光は消えていた。足元の死体はバラバラになって散らばっていた。船が焼け落ちる轟音が響いている。彼女はゆっくりと内大臣に歩み寄った。その手ににぎられた細長い剣をしばらく眺めていたが、かがみこんでそれをもぎとった。

「こ、これは、何じゃ」

 血にまみれた剣はかすかに震えて微光を発していた。それを持っていると息苦しくなる。少女は肩で息をしながらも剣から目を離せなかった。腕の震えが全身に及び始め再び少女の体が発光し始めた。さきほどとは違う真っ白な光だ。それが大きな球のようになり少女の体を包んだ。龍がおびえて球から飛び出ようとするが、そこから出ることはできなかった。

 少女の体が球ごと浮き上がった。日の出が始まっていた。東晋船の宮殿の最上階が最初に朝日があたった。その光を受けて剣は高い金属音を鳴り響かせてひときわまばやく輝いた。天鼓が聞こえていた。そして剣が龍を引き裂き始めた。

「や、やめて!」

 少女はうろたえて剣を捨てようとするが手から離れない。剣に引き寄せられた龍は頭部からまっぷたつに裂かれていった。龍はのたうちながら悲鳴をあげた。ザリザリと龍のウロコを斬る音が悲鳴に重なった。

「ああっ!」

 すっかり斬られた龍の死体が床の上にポトリと落ちた。同時に少女は気を失い床の上に落下した。剣は輝きながらゆっくりと着地し床全体をまばやく光らせた。床の上転がる多くの死体が龍の残骸とともに白い粒子となって蒸発した。光が消えたとき黒い少女と内大臣だけがそこに倒れており、そのあいだに血もつけない節刀が落ちていた。

「姫様を早く!」

 襲撃者たちが昇ってきた。あたりには何もなかった。何が起こったのかよく分からず襲撃が成功したのかどうかさえ確かめようが無かった。

「その男は大事な人質だ。血を止めてやれ。」

 雨は上がっていた。高楼は完全に焼け落ちかわりに猛烈な勢いで立ち昇る煙が黒い巨人のようにうごめいていた。煙の表面を火の粉が巻き上げられていく。襲撃者たちは現れたときと同じようにすばやく消えていた。床には節刀が転がっていた。曇りのない刃の表には黒い煙とともに青い春の空が映り込んでいた。

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ワークワークファンタジア(73)

 少女は異様な風体をしていた。襲撃者と同じ黒づくめの装束をまとい、頭部は片目を残して黒い帯でぐるぐると巻かれていた。左手には背負い型の革袋を引きずっている。

 日の出前だがあたりはすっかり明るくなっていた。少女の後ろ側に数十メートル離れて船尾の高楼がそびえていた。それが次第に火に包まれていくところだった。高楼のテラスには3本の大きなのぼりが立てられ五色の旗がなびいていたが、まずそれが1本づつ燃え上がりその火がこけら葺きの屋根に燃え移った。朱塗りの高楼はまたたく間に火に包まれ黒煙を吹き上げた。

 少女の体からは半透明で黒い妖気がプスプスと湧き立っていた。少女のまわりを黒い煙のようなものが細く糸を引くようにしてぐるぐると幾筋も飛び回っている。黒包帯のすきまから少女の眼が赤く光った。内大臣は邪悪な気配を察して戦慄を覚えた。

「なぜこの剣がほしい?」

 内大臣は時間をかせぐために尋ねた。なんでもいいから話をつないで時間をかせげば状況が変わるかもしれない。今この沈む船の上にある3国の同盟は風前の灯(ともしび)だった。体が動かない以上、言葉で相手を遠ざけるしかなかった。

「・・・それはな」

 相手は話に乗ってきた。幼い声だった

「それはな、わらわは龍を飼っておるからじゃ。龍はわらわの言うことを聴かぬ。龍を斬る剣があれば言うことを聴かせられるじゃろ」

 内大臣は彼女が何を言っているのか分からなかったが、話を続ける糸口を見つけた。

「欲しけりゃおまえにくれてやってもいいぞ。けどなよく聴け、これは晋国の天子様の遣わされた天帝の剣だ。天帝というのは天の父のことだ。だから邪悪な龍なぞは言うことを聴くどころか、たちどころに消え去るだろう」
「う・・・おまえは、天の父を知っているのか?」

 少女はびくっと震えて内大臣に尋ねた。内大臣は少女が天帝という言葉に反応するとは思っていなかったので驚いた。天帝は元来北極星を指した言葉だが、今はさまざまに意味づけされ、かえってあいまいな存在となっている。内大臣は天帝についてよく考えたことが無かった。とりあえず相手の質問をそのまま返してやった。

「おまえは天父を知らないのか?」

 少女は押し黙ってしまった。答えが無いのを見ると時間稼ぎはこれまでか。少女の体が発光し始めた。黒い影のある変な光だ。少女は自動人形のようにがくがくと体を痙攣させて言った。

「・・・わらわが・・・父を・・・天の父を・・・知らぬと申すか」

 何度か爆音が響き船体が震えた。巨船全体がねじれて変形し始めていた。高楼が陸地側へ大きく傾斜し始め、炎の影からテラス部分がまるごとはずれて燃えながらゆっくりと落ちていった。船体のあちこちから悲鳴のようなきしみと破壊音が鳴り渡った。燃え落ちる船を背景に小さな黒い少女が立つ光景は現実離れして美しくさえあった。

「・・・ふはははは」

 少女が笑いながら内大臣たちに歩み寄った。引きずる革袋がゴトゴトと重い音をたてた。高官たちは内大臣の傷を押さえながら元勅令庫のあった場所まで下がった。少女はバラバラになった勅令庫の龍の扉を踏みつけて止まった。体から音を立てて妖気が吹き上げた。まるで内部が燃えているようだ。両手をゆっくり左右に広げ天を見上げた。空は黒煙に覆われ薄暗かった。夜に逆戻りしたようだ。

 その黒い空の頂天から黒い雨が降り始めた。内大臣はこんな雨を戦場で経験したことがある。あれは王険城が落城し晋帝国の軍司令部が燃えたときだ。炎に包まれ焼け落ちる司令部を包囲陣の前線で心躍らせて見ていたことをよく覚えている。燃え落ちる側にいれば今の自分たちのような気持ちなのだろう。

 床に転がっていた死体がブクブクと泡を吹きながらうごめきだした。裸の手や足がぐねぐねと動きながらつながっていく。少女の体が死体の上に少し浮き上がった。黒い光が死体に流れ込んでいく。電流が流れるように死体はビクビク震え眼球を破裂させた。

「天の父がな、わらわに雨をもたらせる。雨は龍を育てる糧(かて)じゃ」

 少女は視線を内大臣たちに戻すと左手の革袋を持ち上げ前に突き出した。あれほど重そうだった袋が軽々と宙に浮き回転を始めた。雨のしずくがまき散らされ内部で細かな振動音が鳴り始めた。回転が急激に早くなり突風が吹いた。まばゆい光の中から小さな龍が悲鳴をあげながら飛び出してきた。体調が20センチしかない黒い龍だ。まだ幼いらしく形もはっきりしていない。

「あはははははは」

 少女は心地よさそうにうっとりと笑った。その屈託のない笑声がかえって不気味だった。その龍は片目だった。前がよく見えないらしく変に少女の左手にまとわりつきながらまばゆく発光した。

 少女の手が高官たちのほうへ振り下ろされた。龍ははじかれたように一直線に跳び龍は百済密使の右目に飛び込んだ。密使は倒れることもできず立ったまま死んだ。龍がもう片方の目から飛び出していくと密使の死体はゆっくりと倒れた。一瞬のできごとだった。龍は次々と高官たちを襲った。

 内大臣は薄れる意識のなかで東市司の追っている目なし死体はこの少女の仕業だったのかとどこか冷めた心の片隅で思った。内大臣はこの危機的な状況に現実感を持てず傍観していた。自分が動けないことや起こっていることが理解できないこともあったが、それ以上にこの圧倒的な龍使いの力そのものが実態の無いはかない夢のようなものに思えてしかたなかった。太古の昔あったという大巫女の力とはこのようなものだったのだろうか。それも東市司に教えてやらねば、そう思いながら内大臣は気を失った。

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2015年4月 6日 (月)

空の研究 150404

 きれいなウロコ雲が出ていた。相当高い。1万メートルくらいか。対流圏の上層か。海の波の下で砂がこんなふうな波紋を描いているのに似ている。理屈は同じだろう。上空の冷たい空気層が早く流れて、その下の湿った空気層の表面にさざ波をたてる。吹き寄せられて湿度の上がったところから結露して雲が発生してこうなるのだと思う。空は海に似ている。

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2015.04.04、京都府向日市

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自主的里山アーツ「ヒツジさん」

 小さな神社を訪れたところ、木立の陰でこいつが待っていた。最初なにか分からずしばらく眺めてヒツジだということが分かった。今年の干支なのでここにいるのだろう。それにしてもとてもかわいらしい。よくできているので作家さんの屋外アーツかと思った。

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 境内の端に「おウマさん」もいた。こいつもなかなかかわいいじゃないか。


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 その棚には歴代の干支が並んでいる。ここは竹の産地なので、すべて竹でできている。目だけビー玉なのだがそれがとてもキュートで楽しい。神社に干支の作り物が置かれることはよくあるが、これほど見事なものは珍しい。こういう自主的な里山アーツは探せばもっとあるかも知れない。


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2015.04.04、京都府長岡京市子守勝手神社


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2015年4月 5日 (日)

ワークワークファンタジア(72)

 大男はシンプルにまっすぐ剣を振り下ろした。内大臣は舞うように体を交わして男の胴を切った。厚い装甲に阻まれて剣の刃が欠けた。大男の剣は前室の床を打ち抜いた。それを引き抜くと相手を見ずにそのまま水平に振り回した。剣の先が漆塗りの扉の双竜を切り裂き勅令庫の中でおののく外交官たちの姿が見えた。内大臣は部屋の隅へ飛びのいて切っ先を避けた。爆音がとどろきさらに船が傾いた。内大臣は剣を避けきれず肩を切られ血が噴き出した。

 大男はゆっくりと手ごたえのあったほうを向くともう一度剣を振り上げて内大臣めがけて振り下ろした。内大臣は剣でそれを受け止めるしかできなかった。高い金属音がして内大臣の剣が折れた。折れた剣の先がむなしい音を立てて床に転がった。

 素手で大男を押さえるか。高官たちをどこかへ逃がすか。自分がすでに手負いであることも考え合わせていくつか逃げる方法を考えたが、どれも決め手に欠いた。もうひとり連れてくるんだったと内大臣は悔やんだ。

「コムサ殿、これをお使いください」

 勅令庫のなかから東晋の外交官が内大臣に声をかけ何かを投げてよこした。急いで拾い上げると、それは東晋国使の節刀(せっとう)だった。勅令庫のなかに納めてあったのだろう。内大臣はさやを振って落とした。幅が狭くまっすぐな刀身が現れた。丸いつばが付き柄は螺鈿で龍文がきざまれていた。まったく実戦向きには見えず、大男相手にどれだけ役にたつか心許無かったが無いよりましだ。大男が振り下ろした一撃を節刀で受け止めた。

 節刀は一撃をしなやかに受け止めた。鈴が鳴るような金属音が響いた。血まみれの現場に似つかわしくない涼やかな音だった。音は小さかったが大男の剣ははじき返されていた。これには剣に慣れた双方とも少なからず驚いた。大男は確かめるようにもう一度打ち込んだ。リンと鈴の音がして、やはり剣ははねかえされた。

 大男は数歩下がっていぶかしげに節刀を見つめた。

「・・・それは何だ」

 内大臣は初めて襲撃者の声を聴いた。それは高句麗人の声だった。ひょっとして民部卿の手のものなのか。

「これはな。龍を斬る剣だ」

 節刀にはそれだけの力があると聞いたことがある。そんなものがあるものかと思っていたが、案外嘘でもないかも知れない。大男は鼻で笑って言い放った。

「気に入った。その剣は俺のものだ」

 大男は3度目に打ち込んできた。同じようにはじかれた剣をそのまま水平に振り回して内大臣をなぎ倒そうとした。内大臣はそれをかわして体を回転させながらトンっと床を蹴って宙に浮かんだ。空振って無防備によろけた大男の背中に逆手に持ち替えた節刀を突きさした。手ごたえがあり、ぐっと引き抜く。節刀の先から血がしたたった。

「それは・・・おれのものだ!」

 しかし大男は倒れなかった。刺されたところから血しぶきをあげながら振り向いたのである。内大臣は初めておののいた。こいつは人間なのか。それとも痛みを感じない薬でも投与されているのか。そんな戦士は聞いたことが無い。大男の血まみれの一撃が撃ち込まれた。血で濡れたためか、今度は鈍い金属音がして剣同士が組み合った。

 大男は力押しに押さえつけにかかった。内大臣は片手だったので剣を受けることしかできなかった。ここで剣を払うと次の一撃が避けられない。節刀に力をこめ腰を下ろして踏みとどまった。大男は力を籠めて内大臣を押しつぶそうとした。節刀がかすかに鳴動して微光を発し始めた。内大臣は目をみはった。相手が力をこめているはずなのに、こちらは片手で楽にそれを受けることができている。

「この剣は何なんだ?」

 ひときわ大きな爆音がとどろき船がゆっくりと傾き始めた。内大臣は床の血に足を滑らせて壁際まで転がった。大男はすかさず打ち込んだが、仰向けにころんだ内大臣の節刀がそれをはじき返した。船がますます傾き内大臣は立ち上がることができず床の上で体をよじらせた。血に濡れた床は足がかりがなく無様にのたうつだけだった。獲物を捕らえた敵が剣を振り上げた。そのとき傾いた船体が岸壁に衝突した。舷側が破壊され傾きが急に止まった。その反動で宮殿の3階部分が振り落とされた。

 内大臣が節刀を杖に立ち上がったとき3階は床しか残っていなかった。大男は3階部分とともに吹き飛ばされたようだ。振り返ると勅令庫のあった場所には高官たちが倒れていた。

「ああ、命拾いしたな」

 春の朝が始まっていた。涼しい風が吹くわたる。黒煙が立ち上り、岸壁で騒ぐ声が聞こえる。いずれ市場のものたちが助けに来るだろう。高官たちが立ち上がり内大臣を助け起こした。そのとき階段からひとりの幼女が現れて彼らの前に立った。

「龍を斬る剣はわらわのものじゃ」

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ワークワークファンタジア(71)

「ここに隠し階段があります」
「よし3人で行け!」

 広間中央に大きな鳳凰の壁画があったが、その一部が隠し扉になっておりその中に狭い階段があった。襲撃はふたり一組が基本だが、偵察の場合はふたりとも行動不能になった場合それを知らせに戻るため伝令がひとりつくのだ。

 勅令庫は階段を上ったところに前室があり、正面に鍵のかかった朱漆の扉があった。扉には龍の絵が大仰に描かれている。これを開けられるのは国使だけであり、開けるための儀礼が事細かく決められていた。内大臣は他のものを勅令庫へ入れてカギをかけた。もし自分に不測の事態かあった場合は東市司へ盟約を知らせるように頼んでおいた。時間をかせげばまだ勝機はある。東晋船へ救援がかかれば襲撃者たちも引くだろう。

 階段はふたが閉められその上に儀礼用の大型祭壇を載せて動かないようにしていた。襲撃者は大型の槌(つち)でそれを下から叩いた。ここに隠れていることはすぐに気付かれてしまったようだ。ふたを破る音が何度も響いた。前室にはバルコニーへ出る扉が左右にあったので、そこを開けて明かりを入れた。日は昇っていないが外はすでに明るかった。きな臭い煙が春の冷たい空気に混じって前室に入ってきた。襲撃者は目標の恐怖をあおるかようにことさら大げさに槌音をたてた。そのうち建具がばらばらになって祭壇が倒れた。内大臣は剣を構えた。

 階段はひとりしか通れないので、そのまま突入するのは自殺行為だ。前室にはあの太った戦士がひとりきりであることは気配で分かった。二人目を三人目が肩車した。そして二人が同時に床上に上がり、三人目はただちに階段を駆け上がった。一人目が内大臣の剣の一撃で階段へ転がり落ちると3人目ともども下へ落ちていった。内大臣はそのままくるりと体をかわし二人目の襲撃者を後ろ手に切り捨てた。

 内大臣は次々と上がってくる襲撃者を同じ要領で片付けていった。剣が血に濡れ次第に切れ味が悪くなっていくのが分かる。相手側は次々と襲撃を繰り返すが上がどうなっているのかさっぱり分からなかった。たったひとりになぜ阻まれるのか。そこで3人を5人に増やし、一度に3名の戦士で取り囲むことにした。

 内大臣は不思議と疲労を感じなかった。むしろ体の切れはよくなっている。久しく実戦から離れていたので勘が鈍っていたのが、ようやく目がさえてきた感じだ。階段から3名が同時に飛び出してきた。この狭い前室で人数を増やせば同士討ちの危険が増して、かえって戦力は落ちる。襲撃者たちはよく訓練されているが実戦の経験が浅いようだ。

 同時に船底から何度目かの爆音が響き船が大きく揺れた。浸水が始まっているのだろう。真ん中のひとりが打ち込み同時にふたりが左右にまわりこんだ。剣の打ち合う音が響き、内大臣はくるりと体をかわして階段側へ身を移した。かわされた相手が前につんのめったところを蹴り飛ばし、さらにもう1回転して身を低くして右側の襲撃者を切った。同時に打ち込んできた一太刀を剣で受け、また同じようにくるりと身をかわして後ろでに切り、振り返った最初のひとりにとどめを刺した。

 襲撃者側も、ようやく上にいる戦士が大国の高官などではなく、相当な使い手であることに気づいた。この作戦にこれほどの使い手がいるという除法は無かった。偶然なのかも知れないが、ともかく時間が来るまでは作戦を続行せねばならなかった。

 煙がますます濃くなる。敵も味方も煙にむせた。薄く流れる煙のなかからゆらりと巨体が現れた。2メートルほどある大男で手に下げている剣も尋常でない大きさだった。内大臣は襲撃者たちがパターンを変えたことにフッと笑った。

「最初からそうしておればよかったものを」

 

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2015年4月 4日 (土)

ワークワークファンタジア(70)

 それは周到に準備された襲撃だった。夜明け前のまだ暗い内に東晋船の船底で火災が発生した。船底奥だったので気付いたときには船底は火の海だった。初期消火に失敗し最悪の事態に備えてデッキの高官たちを誘導しようとしたところで一個小隊の襲撃者が上船した。それは接岸面とは反対側からやってきたのだ。十数メートルある舷側(げんそく)をよじ登ってくるとは誰も思っていなかった。不意をつかれた東晋船はたちまち制圧され襲撃者たちは宮殿内へなだれこんだ。

 襲撃者は黒服黒覆面のかなりの手練れ揃いで、お互い声を交わすことはほとんどなく手振りで作戦を実行している。内大臣はゆっくりと傾斜した廊下が広間の前室に入る扉のところに立ちふさがっていた。襲撃者たちは目配せをしたあと剣を背中に載せ低い姿勢で走り寄ってきた。廊下はふたりが並んで走るのがせいいっぱいなので剣を構えて走ると同士討ちの危険があったからだ。

「こいつら動きが普通じゃないな。」

 おそらく左右どちらかが切り込んでそれを受けているあいだに、もうひとりが背後にまわってとどめを刺すつもりだろう。内大臣はその俊敏な動きを見て驚いた。これだけの兵士ならどこの国のものか分かりそうなものだがまったく分からなかった。だから誰をねらっているのかも見当がつかなかった。

「くそっ、せっかく作った盟約を守らねばならん」

 ここで死んでは3国の共同戦線は消え、民部卿の思うままになってしまう。内大臣は剣を構えた。この時点で彼が右利きであることが襲撃者には分かる。つまり切り込むのは反対側を走る者だ。片方が背中から剣を高く掲げて内大臣に打ち込んだ。その刹那に内大臣は剣を左手に持ち変えた。彼は左利きだったのだ。襲撃者は一瞬目をみはったがそのまま打ち込んできた。

「ばかめ!」

 内大臣は剣でそれを受け同時に右手を伸ばして片方の扉を閉めた。背後に回ろうとした襲撃者は扉に激突してひっくりかえった。内大臣は剣を回転させて相手の剣をはらい落すと蹴り倒した。そしてもう片方の扉をしめ素早くかんぬきをかけた。

「囲まれていますが相手は少数です。火がまわっておりますのですぐに救援も参りましょう。それまでどこかに隠れてやりすごすしかありますまい」
「では勅令庫に参りましょう。少しせまいですがここよりは安全です」

 国使の携えてきた国書を保管する部屋が宮殿の最上階にあった。国書は皇帝と同じ権威があったので、その上を人が歩くことはできない。だから最上階に収められたのだ。もっとも国書はすでに高句麗へ渡した後なので今は空だ。

 広間への扉はあっという間に破られた。襲撃者たちはたちまちに侵入して広間のあちこちを調べた。逃げられるわけは無かった。外は次第に明るくなってきている。遠くでなにか爆音が聞こえ船体が震えた。積荷のなにかが激しく燃えているのだろう。煙が広間にもただよい始めていた。

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野田の古民家

 野田は大きな古民家がいくつも残っている。だいたい2階建てで黒漆喰塗りだ。見た感じでは大正時代から昭和初期にかけてのものが多い。この民家は形は少し変っているので、なにか特殊な工房でも併設しているのだろうか。メンテナンスもよいので大事に使われていることが分かっていれしい。

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2015.04.01/ワトソン紙〈ハガキ)、4Bホルダー、透明水彩/大阪市野田

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2015年4月 3日 (金)

ワークワークファンタジア(69)

 内大臣が東市司を出たとき呼びとめるものがあった。門前の暗がりの中に数名の官服のものがあった。それは先日接待した東晋の使節団のものたちだった。

「おそれいります内大臣。百済からの使いが参っております。ご同行願えますか」
「へっ・・・? 百済使の入城は数日後ではなかったですか」

 東晋の外交官はふっと笑った。

「百済使はひとつではないですよ。そのことはよくご存じのはずですが」
「あ・・・ああ」

 内大臣も気が付いた。百済使には必ず密使が随行し、実際の外交はそちらが担当するのだ。でもそれがなぜ高句麗よりも先に東晋使節と接触しているのだ? 

 内大臣は百済も東晋も高句麗さえも信用していなかったが、このタイミングで接触してくるのなら共同できるかも知れない。内大臣は戦士である以前に政治家としての資質があった。複雑な状況をうまくつないで状況を作り出す力が彼にはあった。

「分かりました。ありがとうございます。お伺いいたしましょう」

 王の元に行く前に百済や東晋の意向を抑えておくことは大きな力になるはずだ。外交官は彼を東晋船にいざなった。数百名にのぼる使節団はみな上陸して宿営地を作った。東晋からの荷を上げた船は今少しづつ帰り荷を積み込んでいるところだった。それも夜になれば少数の警備官が残るだけで人気は無かった。確かに密談にふさわしい場所だった。テドン川に停泊する東晋の船はあまりにも巨大で夜の闇のなかに小山のようにそびえていた。
 
 デッキ上に宮殿が建っていた。煌々とともしびが焚かれていたが、その光を隠そうともしない。船があまりに大きいので、地上からデッキ上がまったく見えなかったからだ。開け広げた回廊からは闇に沈む王険城を見下ろすことができた。灯火が見えるのは民部省だろう。あそこはまさに不夜城だ。ひょっとして東市司の動きも丸見えではないかと焦ったが、あまりに近すぎて全く見下ろせなかった。心地よい春の宵の風が吹き抜けた。

「テグで龍の柱が立ったことはすでにお聞きおよびでしょう」

 百済密使が話し始めた。

「それはまさに大巫の時代に伽耶が作り出したものと同じものでした。ただ写し絵のように実態がありませんでした。わたしも柱に触れてみましたが、何の抵抗もなく触ることもできませんでした」

 東晋の外交官も内大臣のテグで起こったできごとをつぶさに知ることができた。そして話が燕の軍旗が現れたところに及ぶと聴いていたものたちは一様に息を飲んだ。それは今までの情報にはまったく無かったことだ。

「それは本当ですか」
「ええ、わたしはそれを目の前で見ました。東晋軍が燕と通じていたことは確かです」

 東晋の外交官は苦い顔で歯ぎしりした。自軍の寝返りを憤ったのか、それとも秘密にしていたことが露見したことへのいらだちか、それは分からなかった。ただ内大臣はその両方だろうと直感した。この件はこれ以上追及しないほうが良い。

「で、そのワークワークの巫女はどうなったのですか」

 巫女が新羅軍とともに月城へ向かったことはすでに知っていた。内大臣はこの場に唯一いない新羅の扱いを決めたかったので話を変えた。百済密使は巫女たちが新羅へ向かったことを述べ、その後はまだ知らせがないと付け加えた。

「今のところ新羅は放置してもよいのではないでしょうか」

 東晋の外交官が言った。新興の新羅は東晋にとって国家ですらなかったのだ。さほど重要さを感じられなかったのだろう。内大臣は現在もっとも力があるのは新羅であることを見抜いていたが、この東晋のにぶさは我々にとって都合がよいと思い東晋の意見に賛同した。そして民部卿のクーデターの可能性について意見を述べた。

 百済も東晋もそれを興味深く聞いていた。楽浪郡が再興されるなら、それは東晋にとっても百済にとっても歓迎すべきことだった。そのこと自体はタエドン族の内大臣にとっても悪い話ではなかろう。より安定した政権が生まれることは分断されている辺境の民にとっても良い話だ。

 ただ問題は伽耶の鉄資源だった。もし民部卿が燕とつながりがあるのなら、楽浪郡が復活したとたん鉄資源は燕の手に落ちるだろう。それはここに集う3国にとってもっとも避けたい事態だった。

 話は早かった。3国は共同して伽耶の鉄資源を管理する。得体の知れないワークワークには多少の鉄を融通して早期に引きあげてもらう。新羅については適当に共同管理の輪のなかに入れるが、鉄さえ手に入ればおとなしく言うことをきくだろう。民部卿については早期に排除するべし。こういった協定がたちまち結ばれた。内大臣はやっかいなことになったと思った。民部卿は王の信認が厚い。王が退任しないかぎりこの協定は発効しないだろう。内大臣は眉間に寄せたしわをフッとゆるめてほほえんだ。

「まあ、なるようにしかならんな」

 その夜はそのまま酒宴となってみな船上の宮殿で寝てしまった。襲撃があったのは皆が寝静まった夜明け前である。

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ワークワークファンタジア(68)

「これじゃあ本当に謀叛(むほん)だよ」

 東市司があきれて言った。その夜、内大臣に呼び集められたダエトン族の若者たちは東市司の倉庫で山積みの武具を見せられ、百済戦の近いことを知らされた。

「謀叛とはなんだ?」
「なんだおやじ知らないのか。民部省で俺たちのことがどう言われているのか。武器を横流しして反乱を起こす準備をしているそうだぞ。その通りじゃないか」
「なんと!」
「よくもまあこれだけ集めたもんだな。しかも俺に断りもなく倉を使いやがって。本当に驚いたぜ」

 内大臣は武器の山の前で腕を組んで考えていた。集まった若ものたちは何がどうなっているのかよく分からなかった。百済と高句麗のあいだに新国を建設するという話は、これまで根なし草だった我々にとって良い話なのではないか。そのための十分な武器が揃っているとすれば、それに乗らない手はなかろう。でも話ができ過ぎている気もする。大国の間に揺れ動いてきた彼らは疑り深かったのだ。

「はめられたのかも知れん」

 内大臣はうなるように言って皆を見た。

「民部卿の真の目的は楽浪郡の再興かも知れん。もしそうなら滅ぼされるのは百済ではなく高句麗のほうだ。高句麗軍の主力である我々と高句麗王のあいだを裂くために謀叛の疑いをかけるつもりかもしれん」

 その場にいたものたちは、その複雑な駆け引きの意味がよく分からなかった。ただ民部省が敵対しているらしいことだけは分かった。

「もう手遅れかも知れんが、せっかく集めた武器がそのまま相手の手に落ちるのはしゃくだ。今すぐこれをどこかに隠せ」
「あんた簡単に言ってくれるけど、倉8つ分のものをどこへ移せって言うんだよ」

 東市司がかみついた。とんでもない話だ。俺たちは民部省とも仲良くやってきたじゃないか。それをどう間違えたのか今は反逆者にされそうになっている。それはあんたたち長老衆のせいじゃないのか。

「すまん! 俺があさはかだった」

 内大臣は皆に頭をさげた。歴戦の勇士に頭を下げられると誰も彼を責められなかった。東市司も腕を組んでどうするか考えた。

「もう間に合わんかも知れんが、俺はこれから王のところへ行く」
「ああじゃあ、運ぶ先はあそこでいいんじゃないか。ここから近くて十分広くて誰も立ち入らない場所」
「そんな都合のいい場所があるのか」
「何言ってんだ。これだけの量を今すぐ運べって言ったのはあんただろ。少しは考えてみろよ。うってつけの場所があるじゃないか」
「・・・おまえ、まさか」
「へへっ、そのまさかだよ。それじゃあみんな手はずを決めよう。集まってくれ」

 若者たちは東市司を中心に輪になって座った。議事は東市司が進めた。彼の適切な進行で議論は活発になっていった。それは戦場での軍議そのものだった。内大臣は若手が確かに育っていることを目の当たりにして胸が熱くなった。

「それじゃあ任せたぞ。俺は宮城へ行く」
「ああまかせとけ」

 東市司は振り向きもせず片手を振って内大臣を送り出した。

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電柱

 スケッチ大会が始まるまで出座何酒店の窓の外に見える電柱を描いてみた。これは油性サインペンだ。学生さんにもらったもので、かすれぐあいがちょうど良い。

 以前「幻術電線」の連載をしていたが(参照)、網の目のように入り組んだ電線には独特の美しさがある。

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2015.04.01/ワトソン紙(ハガキ)、油性ペン極細、透明水彩/大阪市野田

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2015年4月 2日 (木)

ワークワークファンタジア(67)

「サンス、大丈夫ですか」

 オリはしゃがんでサンスの肩をゆすった。

「ああ、あああ」

 サンスは初めてオリに気づいたようだった。でもまだ目の焦点が合わない。

「・・・龍が出たのよ」
「はい」
「花から龍が出たのよ」
「はい?」
「みんな飛んでいったわ」
「・・・」
「・・・龍は喜んでいたわ」

 サンスはオリにうつろな目をむけてかすれた声で言った。やはりオリにはわけが分からなかったがそれに応えた。

「そうですか。それは良かったですね」
「・・・あれ? オリじゃない」

 サンスは初めてオリに気づいて目の焦点を合わせた。

「ああ、すごいものを見てしまった。きょうはもう帰るわ」
「何しに来たんですか」
「ああどうでもいい。陰陽寮が呼んでいるわ。行ってやって。それじゃ」

 サンスはそそくさと身じまいを調えると、さっさと中庭を出て行った。帰り際に巫女たちに声をかけた。

「おまえたち、きょうはありがとう! また会おう」
「姉さまありがとう!」
「姉さま楽しかった!」
「姉さままた遊んでください!」

 サンスは振り向きもせず片手を振って民部省を出て行った。それを見送ってからオリはサンスに竹簡を調べてもらうつもりだったことを思い出した。

「まあ、明日でもいいでしょう」

 オリは東市司に主計寮で聴いたことをすべて話した。東市司に関わる悪いうわさについても聞いたとおりに話した。東市司は渋い顔で聴いていた。

「別に敵対しようと思っているわけじゃないんだけどな、俺は」
「ええ、そうでしょう。ただここには市場に対する抜きがたい不信感があるのは確かです。わたしもそのことを初めて知って驚きました」
「俺の素行が悪いとかそういう話じゃないな。本当に市場に反逆の企てがあるのかね」
「さあそれはわたしにはさっぱり」
「まあきょうはおもしろいものも見せてもらったし! その竹簡を調べれば目無し死体の謎も解けるんじゃねえの? 俺も帰るわ。きょうはありがと」

 そう言うと東市司も民部省を出ていった。巫女たちは遊びつかれて花の上に思い思いの方角に倒れて寝ていた。族長が指笛を吹くと巫女たちは目を覚まして犬のように族長の元へ集まった。そして彼らはワイ族の宿舎に帰って行った。それを見送りながらオリはうずうずする心を抑えきれなかった。道観の書庫にはどんな書物が残されているのだろう。陰陽寮へ帰って「符」を出してもらわなくちゃ。オリも足早に中庭をあとにした。

 誰もいなくなった中庭にさっと風が吹いた。地面に散らばるツバキの花がコロコロと転がって上を向いた。再び振動音が聞こえて花がフッとわずかに浮かんだ。くるくると花が上を向こうとしたとき、また風が吹いて花はコロコロと地面を転がった。それを何度も繰り返していた。もし巫女やサンスがいれば同じことが起こっただろう。人がいないと龍は生まれないらしい。ただ春の濃い青空が広がっていた。その濃い青空そのものも変異と呼べなくはないだろう。

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ワークワークファンタジア(66)

「まあいいわ。どうせオリもしばらく帰ってこないでしょうし・・・。龍が見たいの? いいわ見せてあげる」

 サンスがそう言うと巫女たちは花のうえにペタンと座ってニコニコしながら龍を待った。

「ちょっと待ってね。たしかオリはこうやって・・・」

 サンスも巫女たちの前に座ると皆の前に人差し指を立てた。巫女たちもマネをして同じように指を立てた。サンスは眼をつぶって気を調えた。巫女たちも神妙な顔付きをして目をつぶった。でも、ときどきうっすら片目を開けてあたりをうかがっていた。

「ほら、遠くで雷のような音が聞こえるでしょう」
「うん聞こえる」
「龍の来る音だ」
「お空の上から聞こえる」
「そう、それからこうして空を見上げるんだわ」

 サンスはキッと空へ視線を投げた。巫女たちもマネをして一斉に空を見上げた。確かに遠雷のように天鼓が鳴るのが聞こえてくる。その音が数度続くのを聞き届けた後でサンスは視線を指に戻した。巫女たちも眉根にしわを寄せ真剣な顔つきで指先を見た。しかし指先には何も起こらなかった。でも天鼓の音はよりリズミカルに聞こえている。失敗したのかどうかすら分からず4人はしばらく身動きもせず天鼓を聴いていた。

 異変が現れたのは地面に広がるツバキの花だった。天鼓に応じるようにかすかな振動音が響き始めた。4人はぞっと寒気が走ったが動けなかった。ツバキの花のひとつひとつが震えながらほんのわずか浮かびあがった。あちこち向いていた花はそれぞれくるっと回転して花の表を正しく上に向けなおした。そろえられた花の上に黄色いメシベの波がゆらいだ。その波間から小魚が川面を跳ねるように無数の小さな龍がポーンと飛び出した。

 こうなるとは思っていなかった4人は驚きに目をみはって龍の出現を眺めていた。2~3センチの半透明の龍で、小さすぎて小ヘビか虫にしか見えない。体内を赤い電光が走り小さな赤い目が明滅していた。まっすぐ数十センチほど飛び上がるとそのまま尾っぽから落下し出てきた花のなかに落ちた。花は龍をキャッチして船のように小さく揺れた。

 まちまちに飛び出していた龍は次第に天鼓に合わせるようになった。そしてだんだん高く飛べるようになった。2メートルほど跳べるようになったとき龍たちはいっせいにミャーと鳴いた。

「うわ」
「すごい」
「高い高い!」

 巫女も立ち上がって龍に合わせてピョンピョン跳ねた。そして笑いながらサンスのまわりを回った。巫女が手を差し伸べると落下してきた小龍が腕から肩へとまとわりついてきた。巫女たちの髪がざっと逆立って身体が輝き始めた。そして龍とともに輪舞を舞った。そのまんなかでサンスは龍のうずに囲まれて感じていた。龍が喜んでいる。そのことがはっきりと分かった。

「おい、ようすが変じゃないか」

 東市司が気づいて族長に声をかけた。族長にも天鼓が聞こえ始めていた。ふたりはおそるおそる中庭に足を踏み入れた。巫女たちに近づいたとたんふたりとも龍のうずに巻き込まれてしまった。小龍はふたりの肩や腕にもまとわりついた。龍に触られるとひんやりと気持ちがよかった。

 回廊にはいつしか人垣ができていた。龍たちは少しづつ大きくなり、すでに数十センチになっていた。依然として半透明ながら角らしきものやヒゲらしきものが分かるくらいに成長していた。突然、回廊から笛の音がひときわ高く鳴り響いた。役人たちのなかに笛を持っているものがあったのだろう。それがひとりふたりと増え、天鼓に合わせて即興の楽を奏で始めた。中庭を見下ろす皷楼からも太皷の音が聞こえていた。人はさらに集まった。

 小龍は30センチほどに成長するとひときわ高く鳴いて天に昇った。かなり近くから天鼓が聞こえ、それに勇気づけられるように小龍は一匹また一匹と天に昇っていった。巫女たちは舞いながら笑ってそれを見送った。龍は数十匹づつ勢いよく舞い上がるようになり、最後の一団は数百匹の集団で青い空に吸い込まれていった。そこへ集まったものたちはそれを呆然とながめていた。

 笛の音は止まっていた。皷楼も沈黙し天鼓もすでに聞こえなかった。我に返った群衆はそれぞれの部署へ静かに帰っていった。皆、良いものを見たと満足げだった。それと入れ違いにオリが戻ってきた。

「みなさん、何をなさっているのですか?」

 中庭のまんなかに族長と東市司が呆然と突っ立っていた。その横でサンスが放心したように座って空をながめていた。3人ともオリの声を聴いてようやく目が覚めたようにあたりを見回した。でもまだ目がうつろだ。巫女たちが駆け寄ってオリのまわりで跳ねて口々に言った。

「龍が出たよ!」
「飛んで行ったよ!」
「龍が喜んでいたよ!」

 巫女たちが力いっぱいそう言うので、わけが分からないままオリはにっこり微笑んで言った。

「それはよかったですね」

 巫女たちは笑ながらツバキの大木のまわりを走り回った。

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野田の路地(2)

 スケッチ大会を始めるにあたってまず実演した。今度は6Bで描いた。これで15分くらいかな。雨があがったので描きやすかった。

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2015.04.01/ワトソン紙〈ハガキ)、6Bホルダー、透明水彩/大阪市野田

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野田の路地

 以前も描いたことのある路地をもう一度描いてみた。傘をさしながらなので描きにくかった。でも雨の日でもスケッチできることが分かった。

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2015.04.01/ワトソン紙〈ハガキ)、4Bホルダー、透明水彩/大阪市野田

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出座何酒店ごちそうさま

 久しぶりに出座何酒店へ寄ってみた。建築家の矢部達也さんがきまぐれに開く酒店で、やはり建築家のオクワダさんがバーテンとなる。彼の選りすぐりのスコッチをいただいた。香りのあるもの、甘味のあるもの、同じウイスキーでもいろいろあって、それを飲み比べるのが楽しい。

 今回は矢部さんの磁器婚祝いだということで、料理のふるまいもあった。シェフ役は建築家の對中さんで、今回はウイスキーに合わせて香りのよい料理を用意してくださったそうだ。モロッコ風のペーストがあって、それをバケットに塗って食べる。オリーブとアンチョビ、豆ペーストのゴマ風味、生クリームと3種あってどれもおいしかった。

 便乗企画でスケッチ大会を開いた。建築学生さんがふたり参加してくれた。ちょうど雨もあがって良いスケッチの時間を過ごすことができた。ひとりは路地を描いていて、いいところに眼をつけるなと思った。後でペン画のスケッチも見せてもらったが、やはり見ているところがおもしろい。ペンのタッチも良かった。もうひとりは公園の風景を描いていた。ふわりと柔らかい色調に仕上げていてよかった。絵本になると思う。

 野田は不思議なところで、何度も来ているはずなのに道に迷ってあせった。そのうちに街の構造を解き明かしたいと思っている。また呼んでください。ありがとうございました。

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2015.04.01、大阪市野田

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2015年4月 1日 (水)

ワークワークファンタジア(65)

 ツバキの花は花びらが根元のところでつながっている。だから散るときは花ごとポトリと落ちる。たくさんあるオシベも根本でひとつになっている。それが花びらとつながっているので花はそのまま丸ごと落ちる。花の落ちた後にはメシベだけが残る。まるで多段式ロケットが機体を切り離すようだ。落ちた花を見てもどこがつながっていて水分を補給していたのかさっぱり分からない。それほどきっぱりと切り離される。不思議な花だ。

 巫女たちは落ちた花がじゅうたんのように広がったなかで転げまわっていた。この庭は普通のものは入れない場所なのだが、ワイ族の巫女だということは一目で分かるので誰もとがめなかった。民部卿がワイ族出身なので大目に見てもらえたのだろう。

 巫女たちが花をまき散らすたびにツバキ独特の花粉の匂いがあたりに充満した。巫女たちは花をぶつけあってじゃれあいながら笑った。

「あれはあんたのところの巫女だろ。ここに巫女はもういないから分からないのだけど、巫女ってのはあれが普通なのか?」

 巫女たちの騒ぎを少し離れた回廊の柱にもたれて眺めていた東市司が族長に尋ねた。族長はすでに民部省の担当官に帳を引き渡した後だった。

「ううむ・・・」

 この巫女たちが「普通」でないことを先ほど知った族長は、どう答えればいいものか分からずうなった。

「まあいいけどさ。楽しそうでいいじゃないか」

 東市司は腕を組んでツバキの大木を見上げた。中庭の四角く切り取られた青空に紅白の花がいっぱいに咲いていた。幹は太く、まるで龍のようによじれていた。巫女たちは遊び疲れたのか赤い花の上にまちまちに転がっていた。

「見て見てこれ」
「なになに?」
「どうしたの?」

 寝転がって赤い落花を陽にすかしていたひとりが、もうひとつの花を向い合せにくっつけた。

「なにこれ」
「おもしろい」

 腹ばいで近寄ってきたふたりがそれを手にとってためすがえす眺めた。花をふたつ合わせると赤いボールのようなものができた。筒状のオシベがボールの中でつながってトンネルのようになっていた。

「うわ、龍がいる」
「うそ」
「見せて見せて」

 トンネルを覗いていたひとりが驚いて目を離した。受け取ったひとりもわっと驚いて花を投げ出した。それを拾い上げてもうひとりがのぞいた。陽を受けて紅に光る花のボールのなかで、半透明で数ミリほどの龍がうごめいていた。遠雷のような天鼓の音が聞こえた。

「なにこれ」
「小さくて白いでしょ」
「くねくね動いているでしょ」
「うん! 小さくて白くてくねくね動いてる!」
「あははははは」

 3人は同時に笑って転げまわった。花がぽんぽんと跳ねあがった。

「龍と遊びたい!」

 ひとりが花をすくって投げ上げた。花は空中で回転しながら浮かんだ。

「龍を呼びたい!」

 もうひとりが花を投げると、さらに多数の花が空中で回転しながら1本の柱のようになった。

「龍が大好き!」

 最後のひとりが花を投げ上げると、赤い柱の回転が急に増して小さな竜巻が起こった。巻き上げられた赤い花が一筋の柱となり、うねうねと揺らぎながら天へ向かって立ち昇った。強い風が吹き、巫女たちはばらばらと倒れた。ツバキの大木の枝はぐるぐるとしなり、さらに多くの花が散って赤い柱に加わった。巫女たちは花の上に大の字に寝ながらそのようすを見ていた。しかしその不思議は一瞬のことで、ほどなく風は止み巻き上げられていた花が赤い雪のように巫女たちの上に降り注いだ。

「なにをしているの!」

 巫女たちは龍の幻影にとらわれていたが、突然現れた女の声に我に返った。

「ダメじゃない。こんなところで遊んで。いいこと、この木はこの国を守護する聖なる樹なんだからね」

 巫女たちはのそのそ起き上がり、花の上に座りなおして同じように頭をかしげて女を見た。

「なに? 私の言葉が分からないの? どうしてここで遊んでいるの?」

 最後の言葉をワイ語で言うと、巫女たちは「うわぁ」と驚いて女に駆け寄った。

「姉様は方士様ですか?」
「オリ様に似ています」
「龍をどうやって出すのか教えてください!」
「えっ、なによ、オリを知っているの?」
「龍と遊びたい!」
「方士様の術を知りたい!」
「いや、だから、私は方士じゃないって。サンスって言うの。これでも積算士なんだから」

 巫女たちが同じ顔をして同じように頭を傾けた。サンスはそのほほえみにたじろいだ。きらきらした目で見つめられるとドキドキした。この子供たちはいったい何なのだろう。

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ワークワークファンタジア(64)

 オリは袋の中身を少し取り出してみたが、バラバラになった竹簡の束がいくつか取りまとめられている。竹簡は計算用のメモらしく上下にびっしり数字が書きこまれていた。

「これは何ですか」
「なにかの計算表だと思いますが中身を見ていないのでなんとも言えません」
「こんな状態で残されていたのですか」
「ええ、ワイ族の班は夜遅くまで仕事をしていますが、彼がいなくなった朝、机の上に残っていました。束にくくったのも彼でしょう」

 何かを計算していて、その集計表だけを持ち出して襲われたということだろうか。ここに残っている竹簡を整理すれば、何を調べていたのか分かるのかも知れない。

「ありがとうございます。それではお預かりします」

 文書庫には次々と集計の終わった木簡の束が運び込まれていた。

「主計寮のみなさんはこの作業を毎日なさっているのですか」
「いや、我々は偶数月が月番です。あと数日同じようなことを繰り返しますが月末にはすべての集計を終えて帳簿を閉じます」
「そうですか。それでは春の花を楽しむひまもありませんね」
「ここには大ツバキがありますから。今年はとくに見事です」
「そう言えば、ここへ来る途中の道観の紅白の梅も満開でしたよ」

 ふたりは長堂へ戻り、オリは居残ったワイ族班のものたちにいろいろ尋ねた。だれも死んだ主計官が何を調べていたのか知らなかった。何かを調べていたことさえ知らなかった。竹簡を机の上に広げて見せた。それは帳簿から特定の貢納品の数量を抜き出したものらしい。1年分ほどのデータが集められていて、納期ごとに束になっていることだけが分かった。

「たいへんお世話になりました」
「そうそう、オリ様は道観の書庫のことはご存じですか」
「え?」
「最近書庫の担当を兼任したのですが、書物に詳しくないので困っているんですよ」
「ええっ! 書庫が残っていたのですか」
「はい。ずっと民部省が管理しています」
「そ、それは、ほんとうですか!」
「本当ですよ。まあ基本的によそには見せませんからご存じなかったのかも知れませんね。年に1度虫干しするくらいで管理らしいことは何もしていないのが実情です」
「なにが納まっているのですか」
「文書はすべて紙の巻物でそれが数千巻ほどあります。中身はわたしには分かりません」
「うわー!」

 主計官はきょうのことと引き換えにこの若い陰陽師に書庫の手伝いをさせるつもりで話を持ちかけたのだが、これほど喜ぶとは思っていなかった。

「そんなに書物に興味がおありですか」
「はい。道観の書庫が残っていたなんて夢のようです」
「夢じゃないですよ。あなたにならいつでもお見せします。鍵はわたしの部署で管理していますから陰陽寮から符(ふ)を出してください」
「は、はい! ありがとうございますっ!」

 オリは意気揚々と大回廊を帰っていった。
 

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