ワークワークファンタジア(97)
宮城内では国書の交換などの儀典が終わり酒宴となっていた。大極殿は木造の巨大な建物で、丹塗りの列柱の上に緑色の釉薬のかけられた瓦を載せている。板敷の床があり、正面の玉座には東晋王の代理である東晋使が座し、その左右に臣下である高句麗王と百済王代理の百済使とが対面して座った。それぞれ数十名の随行員を従えていたが、それが全員納まるほど大極殿は広かった。
今はワイ族の旋舞が始まったところだ。アップテンポの高句麗楽が流れ大極殿の前庭に100名ほどの舞子たちがくるくると見事に舞っていた。春の風が吹き抜け、垂らした幔幕をかすかに揺らした。どこかから梅の香がただよってくる。
百済使は律令官だった。盃を傾けながら苦虫をかみつぶしたような顔をしている。
「まさか、あなたが出てこようとは思いませんでしたよ、大臣」
高句麗王が茶化した。律令官は鼻で笑って盃を置いた。そして高句麗王をにらんで言葉を返した。
「おそれながら、伽耶の東晋軍が燕と通じておりました。いつからなのか、誰が仲介したのか、東晋軍の幹部らが全員討死いたしましたゆえ不明にございます」
律令官は高句麗王の傍らに控える民部卿を見た。こいつなのだ黒幕は。分かっているが密使が死んだ以上、今回は手出しができぬ。倭人が東晋船を奪いテグへ向かうと知らせてきたのは民部卿だった。ひょっとすると全部こいつの仕組んだ大芝居なのではないか。
「テグの鉄はそちらで管理してもらえるなら、我々には異存はない」
「はい、当面隣接する3国で共同管理することに決しております。それは本国も了承ずみのこと」
律令官が玉座を見上げると東晋使が大仰にうなずいた。
「3国とは、百済、新羅、伽耶ですかな」
「いいえ、百済、新羅、倭国です」
「倭国? あのあたりにまだ国は無かったのでは?」
「はい、国はありません。けれど一個小隊の騎馬で東晋兵を撃破いたしました。放置できませんので国の体裁をとらせ共同管理の一角を担わせます。それに元来、大伽耶は倭人も含んだ呼び名でした。そうでしたな民部卿」
「はい、仰せのとおりにございます。倭人は南洋全般に分布する海の民です。彼らの交易で我がワイ族は鉄と塩を手に入れていたということでございます。晋帝国のできた後は、晋国と百済の支配の元でそれまでと同様交易に従事してまいりました」
「今も倭人とは連絡があると」
「いえ、倭人とのつながりは今はありません。今回のテグの一件もまったく知らなかったことにございます」
律令官は民部卿の大嘘にはらわた煮えくり返る思いだったが、外交的にはこちらの完全な敗北だ。律令官は舌打ちをして再び盃を手にとった。民部卿の部下が耳打ちした。
「ユリア様、急ぎの伝令です。姫様が倒れられたとのこと。重篤な病状のようです」
そのとき上空で雷鳴がとどろいた。晴れ渡った青空にふさわしくなかった。そこに集まったものたちが皆いぶかしげに空を見上げた。上空には黒い妖気が糸を引くように回転していた。不審に思う間もなく中庭に落雷しあたりは閃光に包まれた。爆風が吹き舞子たちは同心円状に倒れた。シューという音だけが鳴っている。
「そうですか。それではあれは誰ですか?」
爆風にはいつくばっていた民部卿が顔をあげて独り言のようにつぶやいた。中庭の真ん中に黒装束に黒い眼帯の少女が浮かんでいた。
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