2015年3月31日 (火)

ワークワークファンタジア(63)

 大回廊は細長い白砂の中庭の前で終わった。左右に回廊が分かれ、左に主計寮、右は主税寮に繋がっていた。正面にはアーチ門があり、その中が民部卿の執務場所だった。

 オリは主計官の後について主計寮に入った。入る前から濃厚な墨の匂いが漂っていた。10段ほどの階段を上がると端が見えないほどの長堂に入った。そこで数百名の積算士が作業していた。10名ほどのグループごとに長机に座ってそろばんをはじいている。長机には丸い硯がいくつか置かれ、積算士たちはそろばんをはじきながら木簡の巻物を筆でチェックしている。

 そろばんの玉の音が高速ですれ合う音が五月雨のように長堂に響きわたっていた。オリはその異様なようすに足がすくんだ。帝国の心臓が今も息づいていることを強く感じた。主計官はせわしげに長机の間を通り抜けると中央の壇の上に座をしめた。オリもその横に控え、ザァーというそろばんの音の只中に身を置いた。

 遠くから正午の予鈴が聞こえた。同時に長堂のあちこちからリンという鈴の音が響いた。相変わらずものすごい勢いでそろばんがはじかれている。正午の第2予鈴が聞こえた。それに合わせるようにいくつもの鈴の音が鳴り渡った。鈴を鳴らした長机の積算士の主任はジャラジャラと木簡を巻いて、主計官の檀の前に届けた。見ている間に主計官の眼前に巻物は山積みになった。受け取る係官は計算の終わった地区名を大仰に述べ上げた。

 とうとう正午となった。遠い鼓楼から気の抜けたような太皷の音が響いてきた。それを聴くとほどなくそろばんの音は止んだ。係官の口上は続いていた。あれほど鳴り響いていたそろばんの音がほぼ止んだ。それでもまだパチパチと音のする地区がひとつあった。ワイ族の担当部署だった。ワイ族担当の作業が遅れるのはいつものことながら、居並ぶ積算士のあいだから舌打ちが聞こえる。すっきり終わってさっさと帰りたい気持ちにワイ族班がいつも水をさす。

「正午となりました。すべての計算が滞りなく終わりました。ご苦労さまでした」

 ワイ族班を無視して主計官が宣言した。ほっとした積算士たちが一斉に立ち上がって長堂を出ていった。ワイ族班だけは長机の前で硬直していた。正午までに計算が終わらないのは本来ならば重罪だった。しかしワイ国の多量の貢納品と消耗度の高さはみなが知っていたから、作業の遅延は黙認されていた。誰もいなくなった長堂で再びそろばんの音が響きはじめた。彼らはこれから数日にわたって計算を続けるのであった。

「赤い帯はワイ族の木簡だったのですね」
「赤帯は楽浪郡陥落後に加わった諸地域のものでワイ族固有ではありません。しかし亡くなった主計官がワイ族担当だったことは間違いありません」

 木簡はまとめられて主計寮の文書庫に運ばれていった。主計官はそれを見ながら思い出したようにオリに言った。

「そうそう、死んだ主計官の資料が残っていますから、あなたに渡しておきましょう」

 主計官はオリを伴って文書庫に入った。そこは細長い土蔵で中は3段に分かれ、各階に木簡類が充満していた。

「彼はなにか不正に気付いていたように思います。それが何か分かりませんが、実はワイ族班の主任が死ぬのは今回が初めてではありません。この10年のあいだに3名が亡くなっています。異例と言ってよいでしょう」

 主計官は3階まで上がると、その奥からひとつの袋を引き出した。中は積算中の木簡が詰まっている。

「あれが居なくなった後に残っていたものがこれです。なにを調べていたのか知りません。正直言って、わたしは怖くて中を見ておりません。オリ様の調べてらっしゃる事件と何か関係があるかも知れません。どうぞお持ちくださってお調べください」

 オリは差し出された袋を受け取った。主計官はほっとしたように微笑んだ。オリはまた面倒を押し付けられた気がして機嫌が悪くなった。

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