2015年3月31日 (火)

ワークワークファンタジア(62)

 オリたちは中庭から民部省の中央を貫く回廊を進む。幅が15メートルほどある大回廊だ。天井からは吊り燭台が点々と下がっている。民部省は正午で閉庁となるが、実際には夜中まで仕事をしているのである。

 主計官とオリとすれ違うものはみな軽く会釈を交わすだけだ。本来ならば高級官僚であるオリや主計官の前ではひざまずいてあいさつせねばならないが、民部省内では儀礼を簡略化するのが通例となっていた。この大回廊を渡るものはみな一刻を争う政策上の重要案件をかかえたものたちばかりだからだ。

「オリさま。あのタエドン族の王子には悪いうわさが絶えませんぞ」

 主計官はオリを横眼で見ながら忠告した。

「さしでがましいようですが、もう主計寮では市場を相手にするものなどおりません。」
「そんなに評判が悪いのですか?」
「本当にご存じないのですか?」

 あきれたという風に主計官は立ち止まってオリを見た。オリはきょとんと主計官を見上げた。主計官はオリを回廊の隅にいざない声をひそめて告げた。

「謀反です」
「ムホン?」
「うわさです。本当かどうか分かりませんがね。ご承知にようにダエトン族は百済との辺境部諸族の有力豪族です。辺境部族たちは時宜を見極めて身を処する術にたけています。今はおとなしく高句麗の配下に納まっていますが、かつては百済軍の主力だったものたちです」
「まあ、それはそうですが」
「特にあの王子はよくありません。大蔵と結託して貢納品の横流しをしているともっぱらのうわさですよ」
「ええっ! 本当ですか」
「うわさです。ただ、今回うちの主計官が殺されたのもそのことと関わりがあると言うものもあります」
「・・・まさか」

 オリは呆然として中庭のほうを振り返った。もちろんもう東市司たちの姿は見えない。多くの官僚が行き交う大回廊は晋帝国当時のままだ。内乱の予兆などどこにも見当たらない。しかしここで公然のうわさになっているということは、民部省はすでに市場を見限ったということなのだろう。

 主計官はうろたえる若い陰陽師生を見下ろして鼻で笑った。彼は辺境諸族を日和見主義者と嘲笑ったが、実際日和見主義なのは彼ら帝国官僚のほうではなかったのか。帝国滅亡に殉じずこうして命脈を保っていること自体、日和見主義以外のなにものでもなかろう。しかし圧倒的な文明力の差は歴然としていたから、民部省が高句麗に寄生しているのではなく高句麗が民部省に寄生しているように誰の眼にも映っていたのである。

「分かりました。気を付けます。ご助言ありがとうございます」

 オリは主計官に頭を下げた。うまく恩を売ることができて主計官は満足げにほほえんだ。

「先を急ぎましょう。もうほどなく正午になります。わたしも配置につかねばなりません」

 大回廊は小走りのものたちであふれはじめた。それぞれ木簡の束を抱えている。帳や符が行き来する大回廊はまさに民部省の動脈であった。

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