2015年1月29日 (木)

ワークワークファンタジア(53)

王宮庭園には都を見下ろすことのできる楼閣があった。民部卿は伴もつけずその階段を昇った。見晴らしのよい最上階には高句麗王しかいなかった。天蓋の布が春風になびく。壮年の王は数々の戦場を駆け抜けてきた武人でもある。壇に寝そべりながらも老いた民部卿に向ける目は鋭い。平伏する臣下に王は問うた。

「百済のねらいはどこにある」
「伽耶国の復興をもくろんでおるようでございます」
「濡れ手に粟で鉄山の利権を手に入れようとは露骨よの」
「百済は東晋との関係を笠に着て慢心しております。武闘派の将軍がやっかいばらいになりましたゆえ律令派の天下にございます」
「それをお前が言うか」
「おそれいります」

 民部卿は山岳部族であるワイ族の族長の家柄で晋時代に楽浪郡に留学し律令官吏となった。帝国滅亡で混乱する郡都をとりまとめ律令制度ごと高句麗王に投降した。その誠実な人柄と大胆な行動力とで律令官たちの信頼は厚い。今の高句麗王が王位を継いだときすでに民部卿は高句麗の重臣のひとりだった。

 王はしばらく民部卿を見下ろしていたが、その本心をつかみかねたように目を離した。燕との講和を建言したのは民部卿だった。そのとき王は30年続いている戦争の終結を考え始めていたことを見透かされたような気がしたが、秘密裡の工作を民部卿にまかせることにした。正直言って燕との講和が成ればどれほど助かることか。

「いつまでも戦に明け暮れているわけにもいかないからな」
「御意」
「で、百済使はいつ着くんだ」
「道々で族長たちの歓待を受け遅れておりますが後数日で来着かと」
「そうか」

 燕との講和を百済に知られるわけにはいかなかった。燕は東晋の天敵だったからだ。講和工作を知っているものは高句麗のなかでもわずかでしかなかった。臣下には百済系のものも多かったからだ。晋国出自のものが多い王険城の律令官僚は地元とのしがらみの無いので外交に使いやすかった。それでも主な部族長には内々に話は通してある。講和が成った時点で百済攻めを始めるつもりだったからだ。

 庭園の桃が満開だった。前線は数年前から膠着しており、ひとときの平和を王険城は楽しんでいた。市場では大きな商いがあったようで祭りのようだ。

「そう言えばお前の国から久しぶりに商隊がやってきたのじゃなかったか」
「3年ぶりにございます」
「まあここはもういいから早く行ってやれ」
「ありがとうございます」

 民部卿の下がった後、高句麗王はあおむけになって天井を見つめながら物思いに沈んでいた。昔、王は神と交信できたという。自分は策略で皇子たちを出し抜いて王位を獲ただけだ。幾度も死線をくぐりながらも神々と出会ったことは一度も無かった。自分が出し抜いた皇子たちのなかに本当の王がいたのかも知れない。そう思うとおかしかった。王とはいったい何なのか。

 王位をねらって策略を弄しているころから民部卿は協力者のひとりだった。しかし未だに王は清廉潔白な民部卿を信用できなかった。まあ彼は誰も信用していなかったので特に民部卿だけを疑っていたわけではないのかも知れない。春風に運ばれて桃の香が楼上までただよってきた。

 

|

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ワークワークファンタジア(53):