手数料を3度支払う
年末にとある講習会のネット申し込みをした。年が明けても返信メールが来ないので問い合わせてみた。
「お調べいたしますので少々お待ち願えますか」
講習元は東京虎ノ門にある国交省の外郭団体だ。電話に出た女性は折り目正しい。こうしたクレームには慣れているのだろう。電話のむこうは広いオフィスのようで飛び交う声が聞こえる。問い合わせ専門のオペレータールームかも知れない。いずれにしても年明け早々からご苦労なことだ。さほど待たせることもなく回答がきた。
「お申込みいただきましたが、残念ながらご記入漏れがあったため受理されずにいたようです。改めて申込書をご郵送いただけますか?」
ネット申し込みだと受講料の振込手数料が不要だったのだが郵送だと手数料がかかる。でも仕方がない。
「申込書に同封いただく書類がございます」
今から申し込んでも間に合うならありがたいことだ。今日の午後は授業があるのでさっさと郵送してしまおう。
「まず建築士免許証の写し。次に運転免許証か健康保険証などご本人の確認のできるものの写しです」
これはちょっと変ではないか。建築士限定の講習会だから建築士免許証を見せるのは分かる。でもなぜその他に本人確認の書類が必要なのか。建築士免許証は国の発行したものだから、それで本人確認になるのではないのか。まあ時間もないので素直に従う。
「受講料の振込明細の写しは申込書に貼ってください。あと建築士登録証明証も同封してください。」
建築士登録証明書。これは聞いたことが無かった。建築士会連合会が発行しているという。そもそも登録したから免許証が交付されているのだ。その上なぜそれを証明する書類が必要なのか。もちろん登録後に無効となった免許証もあるだろう。でもそれは台帳照合すればすぐ分かることだ。照合は受講者ではなく講習元の仕事なのではないか。そう思ったが言っても仕方がないので連合会に電話した。
連合会は芝の建築会館にある。こちらも朝から忙しそうだ。電話の向こうからざわつく音が聞こえる。今度も電話に出た女性はよどみなく説明してくれた。
「証明書を発行するには申込書をご郵送いただく必要があります」
また申込書か。しかも郵送となると証明書が届くまで時間がかかるだろう。この書類だけ後で送るしかあるまい。
「申込書に添付いただく書類がございますので申し上げます」
また添付書類だ。やっかい極まりない。でも今は時間がないし書類をコピーするだけならすぐ済むさ。
「まず建築士免許証の写し、次にご本人が確認できる運転免許証などの写しです。」
まったく同じじゃないか! 建築士免許証があるのだから運転免許はいらないんじゃないのか。でももう何も思うまい。
「最後に手数料400円を定額小為替にして同封してください」
手数料! 手数料がかかるのか! 申込みに手数がかかるのはこっちではないのか! そう思ったが、連合会のような行政系の外郭団体は手数料収入がないと立ち行かないのだろう。それが分かっているので不服は言うまい。それより定額小為替(ていがくこがわせ)というものを初めて聞いた。郵便局へ行けばなんとかなるか。とりあえず受講料を振り込まねばなるまい。わたしは申込書を書き上げると受講料を握って家を出た。
それまでコンビニで振り込みができると思っていた。どうもおかしいと気づいたのはATMの前に立ったときだ。画面には「引出し」と「預入れ」のふたつの項目しかないのだ。なによりまずカードを入れねばATMが動かない。一体どうすれば良いのか。わたしは現金を握りしめたまま呆然とした。
ーああそうか、現金をいったん自分の口座に入れてそれからカードで講習元へ振り込めば良いのか
後で分かることだが、この方法では入金できない。それでもそのときわたしは我ながら頭がいいと思った。なぜそんな間違いをしたのか。急いでいたからかも知れないが、もし急いでいなくても同じことをやったように思う。ようするに申込みとか入金という社会的な基本動作がちゃんとできないのだ。入金を選ぶと画面が変わった。
「この時間帯の手数料は108円です」
ああここも手数料だ。自分の口座に入金するのになぜ手数料が必要なのだ。しかも機械操作は利用者側の手間ではないのか。でも銀行も手数料がなければ成り立たないのだろう。
預入はすんなりできたが、あいかわらず画面は「引出し」と「預入れ」しかない。当たり前だ。コンビニATMはある種の口座からしか振込できないのだ。ここまできて私はようやく自分が間違っていたことに気づいた。コンビニからではどうやっても送金はできない。銀行のATMに行くしか方法は無かいのだ。ああ!手数料108円を無駄に支払ってしまったじゃないか。
銀行のATMは学校の近くにあった。意外と空いていたのですぐに送金できた。最初からこうしておけばよかったわけだ。
「この時間帯の手数料は324円です」
さっきより高いよ! でもまあこれで間に合うなら文句は言うまい。コンビニでATM明細のコピーを取り、それを申込書に貼ってポストに入れた。やれやれこれでひとつできあがりだ。後は登録証明書の申込書を送れば今年の初仕事は完了となる。そのためには定額小為替とやらを作らねばならない。
郵便局は暖房が暑すぎた。でもすぐに済ませたいのでマフラーも解かずにカウンターの前に突っ立っていた。順番はひとり待ちだし係りは二人いたからすぐ済むと思ったのだ。でも結局15分待つことになった。ようやく順番がまわってきたときよほど怖い顔をしていたのだろう。若い郵便局員が声を震わせながら応対した。
「た、たいへん長らく、お、お待たせしました」
「定額小為替、400円だ」
「そ、それでしたら、この申込書にご記入ください」
また申込書か! 眉間にしわを寄せながら差し出された書類に住所氏名電話番号を記入する。わたしは住所も氏名も長いので書くのに時間がかかる。しかも老眼で手許がよく見えない。暑さで頭がくらくらする。それでもじっとがまんして書き上げた。
「で、では、ご、ご本人の確認できるもののご提示をお願いします」
また本人確認か! 金を払うのになぜ本人確認が必要なのか! いまいましく思いながら免許証を取り出そうとする。焦っているのでなかなかカードケースから出てこない。ようやく取り出せて提示する。
「あ、ありがとうございます」
局員はペコペコ頭を下げながら申し訳なさそうに言葉を継いだ。
「そ、それでは手数料を100円頂戴いたします」
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