2014年8月19日 (火)

小島地名と墓場について

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2014.08.14、大阪府岬町小島漁港、正面の島の上に小島住吉神社がある

 小島と書いて「こしま」と読むらしい。「こじま」と濁音になる地名より「こしま」と濁らないほうが地名としては古い。今は地続きになっているが湾内に小さな島がありその頂上に小島住吉神社がある。小島がこの神社のある島を指していることは明らかだ。小島とは何だろうか。

 検索してみてもっとも近いと思ったのは博多湾の能古島(のこのしま)だ。金印出土で有名な志賀島の手前に浮かぶ小島だ。能古島は残島とも書き、神功皇后が三韓征伐の際に住吉神社を残したからだという伝承があるという。ほかに残島(のこしま)という地名はあるようで、高潮でも頂上が海面に残るからだというような地名伝承もあった。創世神話で有名な大阪湾のおのころ島も残島だろう。

 私は「こしま」は墓場だと思う。海民は島の洞窟などに遺体を置いたのではないか。京都の鳥野辺は古代からの墓場だったが、山の中腹に葬ることにより、死者を山へ送るという観念があったらしい。同じように小島に葬ることで死者を海へ送るのだろう。沖縄では海の果ての先祖霊の国をニライカナイと呼んだが、その死生観は日本海側や太平洋側など海つながりで広範に残っている。

 神功皇后は応神天皇を腹に宿したまま三韓征伐に赴き勝利を得た軍神だ。彼女は出産をコントロールできたと言う。軍神と出産とがどう繋がるのかよく分からないが、神功皇后は子安信仰によく出てくる。だから先祖霊の帰る小島に住吉神社が祀られていることは辻褄が合う。 

 鳥野辺へ続く清水坂が死者を送ると同時に、子供を授かる子安の聖地でもあることは以前にも書いた(参照)。命は死ねば山へ送るし、山からもらってくれば子供が生まれる。墓場と子安とが隣合わせなのは、古代人が命というものをそう考えていたからだろう。だから私は小島の「小」は「子」なのだろうと思う。「こ」とか「のこ」とは命もしくは誕生を示す言葉なのではないか。

 

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