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2014年7月

2014年7月28日 (月)

親子スケッチ教室雑感

 京都府古民家再生協会主催で府北部の旧加悦町(かやちょう)役場で親子スケッチ教室を開いた。おとな5名こども7名の参加だった。旧役場を対象に選んだのは、こどもたちが座り込めるスペースが欲しかったからだ。最初は硬い表情だったこどもたちが描くにしたがって次第にニコニコし始める変化がおもしろかった。小1時間ほどのスケッチだったがいろいろ考えたのでメモしておく。

 こどもの絵の特徴はふたつある。ひとつは対象と絵とが一致しないことだ。形も違うし色も違う。どうすればそれほど違う絵が描けるのか不思議でおもしろい。これはある種の発達心理学的な興味と言えよう。もうひとつの特徴は、そんな絵なのにはっきりと個性が表れていることだ。きっちりしてていねいなもの、勢いのよいタッチのもの、色使いの美しいものなどさまざまに個別化する。これにはちょっと驚いた。おとなのスケッチ教室の場合その人の個性が分かるまで5~6回はかかる。それが子供の場合は1回で分かってしまうのはなぜか。

 理由はふたつある。ひとつは、おとなには常識というリミッターがかかっていて、その人らしさを出すことを阻害していること。これは日本特有の文化現象であると思うし戦後アーツ教育の失敗でもあろう。かねてからそう思っていることで、せめてわたしの教室だけはそれを打破したいと願っている。

 もうひとつは今回初めて気付いたことだが、こどもの方がおとなよりも手先が器用であることだ。子供たちは与えられた画材をその場で試したり探ったりしながら絵を仕上げていく。説明書もなしにゲームを始めるような器用さを天性のものとしてこどもには与えられているのだろう。

 手を動かすことは思っていた以上に大事なことなのではないか。わたしは今までスケッチとは見ることと描くことを同時に進めると漠然と考えていたが、それはあいまいな言い方だった。見ることは脳内でイメージを生成させることだろう。そのイメージを紙面にトレースするのがスケッチという行為だ。しかし、手を動かすことでイメージがはっきりしたり思い違いに気づくことは多い。描くことでようやく見えてくると言ってもよかろう。手を動かす行為には脳内イメージを修正する力がある。

 脳内イメージは個人の意思とは関係なく与えられる。それは人類共通の世界認識システムだと思うが、描くことでいろんなものが見えればそれだけ世界が明瞭になるわけだ。こどもの試し描きや探り描きはその奮闘の跡なのだろう。絵は手の動きの軌跡の集合体だが、その全体像よりも軌跡ひとつひとつにこそ意味があるのかも知れない。そんなことを考えた。

 

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2014年7月27日 (日)

クレヨンで描いてみた

旧加悦町役場をこどもたちと一緒に描いてみた。みんながんばって良い絵を見せてくれた。ありがとう。


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わたしとしてはクレヨンの使い方がまだよく分からない。もっとほかに正しいクレヨンの使い方があるのではないかと思い始めている。

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2014.07.27

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2014年7月26日 (土)

釣りたぬき 須磨海釣り公園

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 5か月ぶりの釣行だった。春以降超忙しかったためだが、その割には実入りが無く釣りに行く気持ちになれなかった。ようやくひと段落したので釣行に及んだ。夏バテなので近場の須磨へ行った。ここは昨年10月以来だ。いつもいたアサキチがいなくなっていたし魚のさばき場が新設されていた。少し行かなかっただけ景色が変わるものだ。8時入園15時退園でベラとアジの13尾の釣果だった。


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回遊するボラ

 
 ボラの群れが回遊していた。こいつは口だけが白いので、遠目には白い斑点の群れが同一スピードで近づいてくるように見える。海面に浮いた何かを食べているのだろうか。ボラも釣ってみたい。


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ベラ(キュウセン)のオス


 最初に釣れたのがこいつだ。オスはきれいな緑色だ。いつもの第2釣台で釣り始めた。サビキ釣りで針にはオキアミを刺して降ろした。ここは潮流が速いので重いカゴを使っているが、これだと魚がかかってもよく分からない。わたしは五目釣りなのだからもっと内陸部に釣り座を移したほうがよいかも知れない。何か動いた気がすると思って上げてみるとこいつがかかっていた。続けてコンスタントにベラが釣れたので底にたくさんいるのだろう。見た目はやさしいが細かい歯がびっしり生えていて獰猛な感じがする。何を食べているのだろう。


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 家族連れが多かったが、隣にじいさんと小学校低学年の二人連れが釣り始めた。じいさんはチェックのシャツを着た見るからに常連さんで、なにくれとなく孫の面倒を見ていた。孫は初心者丸出しでエサをつけてくれだの、エサが取られたのだの、なにかブルッと竿が震えただのとうるさく注文を出していたが、まもなく最初の釣果を得た。コブダイの稚魚だとじいさんが言っていた。じいさんはここぞとばかり孫を持ち上げて記念写真を撮ったりしていた。それから孫はピタッと無駄口をたたかなくなった。あまりに静かなのでようすを伺うと、竿先をにらんでじっと睨んでもういっぱしの釣り人だ。おもしろいなと思った。

 入れ食い時はとても楽しいが、釣れないときはつまらないかと言えばそうでもない。当たりが無くなってエサや仕掛けを変えて試しながらも気分はダレた感じのときは日常とは違う独特の時間が流れている。それはそれでいいものだ。


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2014.07.20

 この日は30分に1尾づつのペースでコンスタントに釣れたが、とくに入れ食いになるわけでもなかった。釣り座が魚のさばき場のすぐ横だったが、次々と常連さんが魚をさばきに来ていた。けっこう大きなチヌやツバスが持ち込まれていたが全体的には低調だったと言える。雷が鳴り始めたので3時過ぎに納竿した。帰り際に続々と入園者があったので夕まづめのアジの入れ食いがあるのだろう。ベラ11.5-17センチ5尾、豆アジ10.5-14センチ8尾の釣果だった。
 
 

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クレヨンで描いてみた

枚方の万年山公園から見た淀川。暑い。
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でっかい仕事続報

 風水に関する英語論文はISAIA2014(参照)という日中韓の建築学会の交流会に提出したのだが、もしこれが採用になれば中国まで発表に行かねばならんらしい。仕事を放っておいて1週間の交流会だ。本当に行かねばならんのか今先輩に尋ねているところだが、アジアを渡り歩いた故鈴木喜一なら「行けよ」と言うかも知れない。杭州ってどんなところだろう。

 

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2014年7月25日 (金)

現場で図面

教会堂の修理中。内装解体後に仕様変更したため現場で図面を描いている。泥縄とも言う。
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2014年7月24日 (木)

クレヨンで描いてみた

100均でクレヨンを買ったので試してみた。けっこう描ける。
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2014年7月23日 (水)

現場入り2日目

内装解体中。棟梁と相談しながら初日で相当仕様を変更したが、2日目もいろいろ変えてみた。

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2014年7月20日 (日)

アーヘンの宮廷礼拝堂の塔はなぜ八角形なのか

 今朝アーヘンの宮廷礼拝堂のテレビを見ていたら、ここが八角塔なのはキリスト教で「8」が復活を意味するからだと言っていて、うへーそれって五行説じゃんと思った。キリストの復活が8日目であることやノアの箱舟に乗ったのが8人だったことなど8は復活を示す神聖な数字らしい。

 五行説では8は木気の成数(なりすう)で誕生や再生を意味する。また木気の生まれたばかりの生数(なますう)である3に土用の5が加えられて木気を発動できる成数になることも、神とキリストと精霊の三位一体の3がキリストの肉体を意味する5をささげることで復活の8になったとも言える。五行説では5は土気を表すが肉体は最強の土気だからぴったりだ。

 テレビは続けてこう説明した。八角形は正方形をふたつ重ねた形だが、4は世俗の世界を表し、八角形の頂点を結んで現れる円は神の国を表す。それって天円地方の陰陽論じゃん。なんでこうなっているのか。カール大帝のころの8世紀ヨーロッパに東洋思想が入っていたのか。それともこれが同時多発的に起こり得る神話的類型という現象なのか。こういうことは誰に聞けばいいのか。

 

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2014年7月19日 (土)

脳内会議 おまえの職業は何だ?

 自分の職業が何なのか分からなくて居心地が悪い。そもそも職業って何だ。職業を仕事(Work)と置き換えれば私の場合は建築探偵だ。修復設計も推理が楽しいからだし、町をスケッチするのも地域史を推理するのが楽しいからだ。職業が収入源(Employment)だとすれば私の場合は住宅新築設計と先生業だが、設計業は受注が安定しないし先生業の収入は小さい。どちらも業態としては独立しておらず、いろんなことやってます的な状況にある。

 居心地の悪さを改善させるためには、まず収入源として大きい設計業で特色を出して受注を安定させる方向だろう。私の場合伝統構法で作る昭和初期の洋館みたいなのが特徴で建築探偵団的建築とでも言える(参照)。ここ数年このマニアックな傾向はますますはっきりしてきており、私の理想の建築と言っても過言ではない。問題なのはマニアック過ぎて分かる人がほとんどいないことだ。でも黙っていても仕方がないので、その理想の建築とやらをブログででも連載してみてはどうか。もしそれで万一受注があれば仕事としても収入源としても改善するのではないだろうか。とりあえず連載内容でも考えるか。


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京都工芸繊維大学同総会館コンペ特別賞(2009)
  

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2014年7月15日 (火)

河合律

アニメが終わったので描いてみた。

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2014年7月14日 (月)

私のでっかい仕事

 今でっかい仕事をしている。風水で都の形を読み解く仕事だ。都がでっかいだけで仕事がでっかいわけではない。秋発表の英語原稿を書いていて明日締切という土壇場にいる。

 最近自分のやっていることが何の役に立つのか考えることが多い。風水理論も紹介しているまちづくり講義の授業評価アンケートでは「この授業は将来役にたつと思いますか」という項目があり、私の授業はいつも平均点以下だ。学生さんの言うとおり私の授業は客観的に見て役に立たないだろう。

 ではなぜ授業をしているのかと言えば、自分がおもしろいと思ったことを話すのが楽しいからだ。結果的に通説の全否定みたいなことがよく起こるので学生さんを疑り深くすることには役立っているかも知れない。もちろんそのために授業をやっているわけではないし、このやり方以外知らないので今後この評価が向上する見込みはない。風水研究も同様なので勝手に好きなことを書いている。でも少しは反響がほしい気もする。

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2014年7月12日 (土)

千鳥格子の推理

 虫虫協会の永嶺さんが飛騨の千鳥格子を紹介していた。編み込むようになっていて、とてもきれいだ。切込みを(3分の2)と(2分の1)にするらしい。おもしろいので考えてみた。


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 最初の5本は切込みを3分2と深くしておいて組む。切込みが深いのでゆるゆるのはずだ。これを目いっぱいまで押し込む。そうすると最後の1本を通す隙間ができる(下図)。最後の1本の切込みは2分の1でよい。それを通して押し込んでいた分を戻す。それで外枠に留めて固定する。こうしておくと、外枠からはずせばまたばらばらにできる。まあ、こんな感じではないか。


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(追記)

 よく見たら上図は間違っている。(3分の2)ずつ切込みをいれるから、押し込んだ状態は下図が正しい。とすると最後の1本を通すための切込みも(3分の2)になる。通すほうは(3分の1)でよい。もっとほかに良い方法があるような気がする。みんなも考えてみて。

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2014年7月 9日 (水)

建築探偵の写真帳 山坂の洋館

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 先日大阪の東住吉区山坂を歩いていて見つけた。とてもきれいなステンドグラスだ。花カゴかプランターなのだろうがソフトクリームに見えてかわいい。なにか文化財のプレートが門前に付いていたので有名建築なのだろう。住吉かいわいは何気によさげな洋館が残っていて歩くと楽しい。


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2014.06.28

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2014年7月 8日 (火)

誰もこない風水塾

 2回続けて受講者が誰も来なかった。なんともならない。

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2014.07.07、第7回風水入門「二条城唐門を易経で読む」

 

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2014年7月 7日 (月)

どうでもよい謎 少女マンガの歴史の大筋

 少女マンガをそれほど読んでいるわけではないが、そこから派生したコミケの歴史は概観したことがある。およそ70年代の少女マンガ状況が前提になっていた(参照)。断っておくが現在ヲタクといえば男だが、コミケは本来的には女の文化だ。戦後日本の女性観が大きく揺れ動いたが、コミケはそれへの反抗として始まったようにわたしには見える。で、その少女マンガ自体の源流はどこなのか。わたしの描いている大筋では石坂洋二郎の「青い山脈」〈1947)に出てくる女性像あたりが源流ではないかと思う。それが映画(1949年)をとおして大衆化し、ある種の理想形として男女から支持された時代があるのだろう。1949年といえばまだ連合国の占領下である。当然占領軍の民主化政策とリンクしていたと思う。
 映画が文化に与えた影響は計り知れない。わたしは映画をまったく見ないが、社会現象の資料としてなら見てもよいとも思う。おそらくそこに出てくる都会の日常は社会の写しだったから、それがまたたく間に地方に伝わったことだろう。地方のマンガ少女たちが競って東京へ集まったのは映画の影響も大きかったわけだ。
 大筋に戻ると、60年安保あたりからようすが変ってくる。高度成長期の女性観は青い山脈のころからかけ離れているように見える。それへの反発として少女マンガが変り、さらにそれがコミケへとつながったのだろう。ちなみに女性観はバブル景気のあたりでまた変わったように見える。考え始めたばかりで具体的にはまだ答えられないが、そうした女性観の変貌が住居とりわけキッチンの設計に大きく影響したように思う。それは女性観が食文化と直結しているからではないか。まあ大筋はそんなところだ。

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2014年7月 6日 (日)

ダイエット日記をやめること

 ダイエット日記をやめること
 きのうラジオで、食事の写真を撮るのは失礼だしそれをブログにアップしてもおもしろくないとか言っていた。まあそれはそのとおりなのでダイエット日記をやめることにした。最近太り気味なので嫌になっていたこともある。実際日記の中身もダイエットと関係が無くなっていたから別に何かが変わるわけでもない。ただしこれからも何かを書き続けると思うので新しい日記カテゴリーを立てようと思ったが今朝は思いつかない。しかも何かを書くと言って何を書くつもりなのだろう。少しそれを考えておきたい。

 けっこうヲタクなことしか書いてこなかったということ
 これまで時事的なことはできるだけ書かないよう心掛けてきた。なぜなら自分の意見ができあがっていないことが多いからだ。では何を書いてきたかというとやっぱり「風水」「都市論」「自然観察」みたいなことが多い。でもそういうカテゴリーは別に立てているわけだからそっちで書けばよかろう。

 テーマはしぼれないということ
 よく分からないのはブログ自体のテーマを絞れという人が多いことだ。アニメならアニメ、風水なら風水のブログに特化しろと言う。そうしないと訪問者が増えるないという。それはたしかにその通りなのだが、それじゃ楽しくないだろうと思ってそうしてこなかった。好きなことを自由に書けるのがブログのおもしろさだろう。

 日記ではないということ
 それから「日記」というジャンルそのものもよく分からない。日々の暮らしをつづるというジャンルが本当にあるのだえろうか。日記と称しても、だいたい書く内容は限定している人が多いと思う。日記を書くということと公開することは違うのだから、公開前提である時点で日記でなくなっているのではないか。そんなことを思っているのでわたしも本当の日記を書いたことはない。

 書きながら考える楽しさ
 ほかの人はどうか知らないが、わたしは書き始めるときどう終わるか考えていないことが多い。オチは書きながら考える。オチを思いついた時点で何を書いていたのか自分でも判然とする。そういう書き方が楽しい。読者放置のコラムが多いのはそのためでもある。どこへ逢着するか分からずに書くのはある種の推理小説に似ているかもしれない。まあいずれのカテゴリーも推理の要素は強いな。そのへんは建築探偵のブログタイトルどおりだ。

 どうでもいいことしか書いてこなかった
 以前「どうでもいい謎」という連載をしたことがあった(参照)。そのときは言葉探し中心だったが、よく考えてみればこのブログ全体がどうでもよいことのかたまりだ。新しい日記カテゴリーを「どうでもいい謎」にしておいて雑多なことを書き散らすのが良いかもしれない。なんかゆるい感じにしておきたい。

 

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横尾探検隊 2014.04.12-06.29

 今回は上階の展示室にターザンの雄たけびが始終響いていたので作品をよく見ることができなかった。ああいう演出が好きな人もあるのかも知れないが、わたしは黙って絵だけを見せてほしい。今回は会場にベンチも無かった。そこに座って絵を眺めて考えをまとめるのが楽しかった。ぜひベンチを復活してほしい。さて今回は物語の挿絵風の絵ばかりが集められていた。考えがまとまっているわけではないが感想をメモしておく。

 最初のコーナーには大きなアーチ橋の下で死体を探している絵だ。ボートの上から長い棒で水中をさぐる人たち、岸でカンテラを持った警官、橋の上でそれを眺める野次馬たち。今回よく分かったのは唐突に現れる船上の輝く裸婦は美を象徴しているらしいことだ。画面に添えられた白いバラも同じ意味なのだろう。死や恐怖と美が隣り合わせであることを示している。

 次のコーナーは怪盗20面相がY字路にやってきて箱から美術品を盗む絵だ。犬に食われて死ぬ男が描きこまれている。これも死と美の一致なのだろう。遠くを行く機関車は力を象徴しているのかも知れない。まあ、このへんで気づくべきだった。たしかに挿絵はコラージュと同じ手法だということに。

 今回は横尾の絵に再三登場する20面相やターザンの元ネタも公開されていた。構図がほとんど同じで驚いた。これってリキテンスタインのポップアートと同じじゃないか。彼はスーパーマンのマンガの写し絵で有名だ。特徴はマンガの絵を引き延ばした迫力と現代美術に対する反骨だろう。わたしは横尾とポップアートの同時代性をもっと大切にしたほうがよいと思う。

 下田のY字路の絵も出ていた。Y字路の絵はわたしのお気に入りだ。そこから読み取れる物語は以前書いたが、やはり見るたびに違う話が見えてくる。Y字路に立つ仏壇店の看板と街灯とがちょうど沈没船の船橋に見える。実際の風景そのものがすでにコラージュになっているのがおもしろい。岸壁には幽霊船が現れ、あたりは海底と化す。描きこまれた海中生物がそのことを強調している。そして少年たちは潜水服に身を包んで冒険に出るのだ。ここで冒険ー死ー恐怖ー美のラインがつながる。

 わたしが迷ったのは作者の読んだ物語をわれわれも読む必要があるのかということだ。結論的に言えば、そんな面倒なことをしなくても絵を楽しむことはできる。作品はコラージュなのだから、そこに描かれたひとつづつのモチーフの出どころを追及するよりも異質なものをひとつにまとめたおもしろさを楽しむべきだろう。

 頻繁に出てくる夜、水中、洞窟は物語の舞台が夢であることを示しているのだろう。夢はいつでも異質なものが隣合うコラージュだ。しかも短い物語になっていることが多い。その点で挿絵は夢と似ている。挿絵は登場人物の顔が風景に重ねられたり、いくつかの風景を混ぜるなどコラージュの手法を多用している。つまり挿絵そのものがすでにポップアート化しているわけだ。挿絵の発展形がマンガだとすれば、マンガもまたポップアート的なのだろう。リキテンスタインや横尾はそのことに気づいていたというわけだ。
 

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2014年7月 5日 (土)

ハスが咲いた

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 かみさんの育てているハスが咲いた。直径が15センチくらいある立派なハスで家のなかからでもよく見える。幾何学的な造形が美しい。花弁の縁がピンク色の瑞光蓮という種類だそうだ。夕方には花びらを閉じて明日朝また咲く。なぜ閉じたり開いたりするのだろう。茶わんバスも同時に咲いた。自庭はいま夏まっ盛りである。


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茶わんバス

 

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たぬきのダイエット日記 季節はもう晩夏

 旧暦から新暦に変って季節感がずれたとよく言われる。本当にそうだろうか。きょう7月5日は旧暦だと6月9日だ。4月から6月が夏だから旧暦では今はもう晩夏だ。もうすぐ土用の丑の日がくる。夏バテにうなぎが良いなどと言うが、土用が明ければ秋なのだ。旧暦で言えば七夕もお盆も秋の行事になる。どう考えても旧暦の季節感は半月から1か月ほどずれている。これは暦発祥の中国の季節とずれているせいではないかと思う。日本列島は海流の関係で中国大陸よりも暖かいのではないだろうか。


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自宅「朝ごはん」「カレイみりん干し」「半田麺冷やし汁かけ」


<2014.07.04(金)>
朝体重80.15kg、3日平均80.1kg(2003.4.28/82.4kg、標準体重66.6kg)
朝血圧 166-104(2014.03.17/146-92、自宅測定正常値125-80未満)
朝 食パン薄切り1枚120、キュウリ10、チーズ60、炒り玉子90、ヨーグルト60、豆乳100
昼 ごはん240、サバ塩焼き180、玉子焼き60、冷奴80.ポテトサラダ80、れんこんきんぴら60、みそしる60
晩 ししとう醤油炒め60、水カレイみりん干し120、切り干し大根60、半田麺冷やし汁かけ400、焼酎235 [2,095kcal]
酒 焼酎「白波」(270ml×15%)=40.5ml
歩 8,723

 

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2014年7月 4日 (金)

たぬきのダイエット日記 カニ型ストーブを知ってるか

 東京ガスのサイトで見つけた「カニ型ストーブ」がおもしろい(参照)。鋳鉄製のカニの形をしたガスストーブなのだが、火が入ると甲羅の部分が赤くなって沢ガニみたいになるという器具だ。なぜカニをテーマにしたのだろう。とても不思議で楽しいストーブだ。


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自宅「朝ごはん」弥生軒「サバ味噌煮定食」自宅「鶏肉とろろ丼」


<2014.07.03(木)>
朝体重79.90kg、3日平均80.7kg(2003.4.28/82.4kg、標準体重66.6kg)
朝血圧 114-78(2014.03.17/146-92、自宅測定正常値125-80未満)
朝 食パン薄切り1枚120、キュウリ10、チーズ60、ソーセージスープ120、ヨーグルト60、豆乳100
昼 サバ味噌煮200、ごはん240、冷奴60、みそしる60
晩 マカロニサラダ60、味噌汁60、もやし炒め40、サバ塩焼き200、鶏肉とろろ丼300、焼酎235 [1,925kcal]
酒 焼酎「白波」(270ml×15%)=40.5ml
歩 11,282

<2014.07.02(水)>
朝体重80.20kg、3日平均81.2kg(2003.4.28/82.4kg、標準体重66.6kg)
朝血圧 144-107(2014.03.17/146-92、自宅測定正常値125-80未満)
朝 食パン薄切り1枚120、キュウリ10、チーズ60、炒り玉子90、ヨーグルト60、豆乳100
昼 カレールー250、ナン180、コールスローサラダ80、きゅうり60、ソーセージスープ120
晩 マカロニサラダ80、もやし60、鶏肉ソテー220、三度豆炒め20、焼酎235 [1,745kcal]
酒 焼酎「白波」(270ml×15%)=40.5ml
歩 測定せず

 

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2014年7月 2日 (水)

たぬきのダイエット日記 目玉焼きはいつ国民食になったのか

 目玉焼きはいつからあるのだろう。ウイッキを見ると江戸時代の料理本「万宝料理秘密箱」(1785年)には載っていないという。100ほど玉子料理が乗っているのにそこに無いということはそういう食べ方をしなかったわけだ。玉子を食べることへのタブーがあったとも聞く。ただし玉子焼き(だし巻き玉子)はあったはずなのでそれほど強いタブーでもなかったろう。私が興味あるのは普及のほうだが、それはやはり明治以降ということになる。玉子焼きはフライパンと同時進行で普及したと思うが、戦前の家庭でフライパンを持っているのはキッチンのあるような近郊住宅地に限られていたのではないか。わたしはフライパンが各家庭にひとつづつ普及したのは戦後だと思っている。そうすると目玉焼きが家庭料理になるのも戦後のことなのかも知れない。問題なのはなぜ「目玉焼き」というかだ。英語フランス語ドイツ語中国語タイ語を見たが「目玉焼き」とは言わない。これは日本で命名されたものらしいのだが、なんとなくわたしは軍隊用語ではないかと思う。軍の食事が国民食に与えた影響は世の東西を問わず大きいが、これもそのひとつなのではないか。まあそのへんは発祥にかかわる話になるが。いずれにせよ推理の材料が少なすぎてこれ以上は分からない。目玉焼きは謎めいている。


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自宅「半田麺の冷やし汁かけ」「クリームシチュー」「鶏肉照り焼き」


<2014.07.01(火)>
朝体重81.90kg、3日平均81.6kg(2003.4.28/82.4kg、標準体重66.6kg)
朝血圧 139-93(2014.03.17/146-92、自宅測定正常値125-80未満)
朝 食パン薄切り1枚120、キュウリ10、チーズ60、炒り玉子90、ヨーグルト60、豆乳100
昼 半田麺の冷やし汁かけ500、万願寺トウガラシ焼き40、厚揚げと小松菜の炊き合わせ80、切り干し大根80
晩 キュウリとスモークチーズ80.焼きシシトウ40、クリームシチュー120、鶏肉照り焼き180、焼酎653 [2,213kcal]
酒 焼酎「黒霧島」(450ml×15%)=112.5ml
歩 10,474

 

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2014年7月 1日 (火)

鈴木みき

ヤマダ作「鈴木さん」の思考型ヒロイン鈴木みきが最近のお気に入り。

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木のソムリエ 木を伐るところを見せてもらった

 木のソムリエ(参照)という住育プログラムの一環で福知山の伊東木材(参照)さんに間伐作業を見せてもらった。20メートルほどの杉の木が倒れるようすは迫力があった。木を伐るのを見るのは生まれて初めてでとても新鮮な体験だった。伊東さんありがとうございました。


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 管理が放棄された森は木が密集して日の射さない暗い森になっていた。下草も生えず地表が露出し雨が降るとくずれる危険な状態だという。間伐を進めて明るい森に変え、ササなどの下草を茂らせて地表を守る。植えてもいないのに鳥が運んだ種から広葉樹が生える。比較的根の深い広葉樹が混じることでさらに強い山になっていく。山の健康を取り戻す方法を目の当たりにした思いだった。


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 最初に間伐を進めている50年ほどの杉山を見せてもらった。管理が滞っていたので生育が悪くひょろっとしている。みんなが見ているのは新しい重機。倒した木をつかんで枝を払いカットすることができる。こうした機械化が山の管理をおおいに助けているようだった。


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 次に見せてもらったのは管理の行き届いた100年ほどの杉林。明るく下草が生い茂り広葉樹も混じり始めている。きっちり管理された森はとても美しい。

 

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田植えのワークショップ

 宇治の炭山(すみやま)の会が田植えをするというので参加してきた。田植えをしたのは生まれて初めてで工場街で育ったわたしには新鮮な体験だった。これからも生育状態を見学させてもらうことになっている。うまく根付いてくれるとうれしい。炭山の会のみなさん貴重な体験ありがとうございました。


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 炭山とは地名で、元は醍醐寺の炭焼場だったそうだ。山のなかに古い炭焼窯が残っているらしい。炭山の会は田舎暮らしを実践する人たちのグループで、共同で薪ストーブ用の薪を割ったりしている。この水田は会の2家族が地元からお借りして昔風の米づくりを試している。脱穀も手動だというから本格的だ。これからが楽しみである。

 

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たぬきのダイエット日記 なぜ青空を見ると心が晴れるのか

 こどものころになぜ晴れが良い天気で雨が悪い天気なのか考えたことがあった。そのときは砂漠の国では晴れは悪い天気で雨は良い天気なのではないかと思った。でもそれでは日本で雨が悪いとされる説明にはならない。ではなぜ晴れが良い天気なのか。それは晴雨が陰陽になっているからだと思う。もちろん晴れ「上がる」ほうが陽気で雨が「降る」ほうが陰気だ。もともと陰陽に良し悪しはなかった。おそらく七福神の定着する室町時代後半ごろの風水が陰陽を吉凶に読み替えたのだろう。以来われわれは晴れると良い気持ちになり雲間の青空を見上げて心が晴れる思いをするようになった。「心が晴れる」というのは感情ではなく後天的な文化的現象だというわけである。


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自宅「朝ごはん」大阪王将「スブタ、かに玉、エビ天」こうちゃん「ホルモン串焼き」


<2014.06.30(月)>
朝体重81.40kg、3日平均81.1kg(2003.4.28/82.4kg、標準体重66.6kg)
朝血圧 171-105(2014.03.17/146-92、自宅測定正常値125-80未満)
朝 食パン薄切り1枚120、キュウリ10、チーズ60、炒り玉子90、ヨーグルト60、豆乳100、おにぎり200
昼 赤旨ラーメン600
晩 おにぎり200、酢豚小皿200、かに玉小皿160、キャベツ千切り10、エビ天3個120、漬物5、ごはん240、中華スープ60
夜 ホルモン串焼き200、ビール105、清酒189 [2,729kcal]
酒 ビール(300ml×5%)+清酒(180ml×15%)=42.0ml
歩 8,673

 

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