2014年7月 6日 (日)

横尾探検隊 2014.04.12-06.29

 今回は上階の展示室にターザンの雄たけびが始終響いていたので作品をよく見ることができなかった。ああいう演出が好きな人もあるのかも知れないが、わたしは黙って絵だけを見せてほしい。今回は会場にベンチも無かった。そこに座って絵を眺めて考えをまとめるのが楽しかった。ぜひベンチを復活してほしい。さて今回は物語の挿絵風の絵ばかりが集められていた。考えがまとまっているわけではないが感想をメモしておく。

 最初のコーナーには大きなアーチ橋の下で死体を探している絵だ。ボートの上から長い棒で水中をさぐる人たち、岸でカンテラを持った警官、橋の上でそれを眺める野次馬たち。今回よく分かったのは唐突に現れる船上の輝く裸婦は美を象徴しているらしいことだ。画面に添えられた白いバラも同じ意味なのだろう。死や恐怖と美が隣り合わせであることを示している。

 次のコーナーは怪盗20面相がY字路にやってきて箱から美術品を盗む絵だ。犬に食われて死ぬ男が描きこまれている。これも死と美の一致なのだろう。遠くを行く機関車は力を象徴しているのかも知れない。まあ、このへんで気づくべきだった。たしかに挿絵はコラージュと同じ手法だということに。

 今回は横尾の絵に再三登場する20面相やターザンの元ネタも公開されていた。構図がほとんど同じで驚いた。これってリキテンスタインのポップアートと同じじゃないか。彼はスーパーマンのマンガの写し絵で有名だ。特徴はマンガの絵を引き延ばした迫力と現代美術に対する反骨だろう。わたしは横尾とポップアートの同時代性をもっと大切にしたほうがよいと思う。

 下田のY字路の絵も出ていた。Y字路の絵はわたしのお気に入りだ。そこから読み取れる物語は以前書いたが、やはり見るたびに違う話が見えてくる。Y字路に立つ仏壇店の看板と街灯とがちょうど沈没船の船橋に見える。実際の風景そのものがすでにコラージュになっているのがおもしろい。岸壁には幽霊船が現れ、あたりは海底と化す。描きこまれた海中生物がそのことを強調している。そして少年たちは潜水服に身を包んで冒険に出るのだ。ここで冒険ー死ー恐怖ー美のラインがつながる。

 わたしが迷ったのは作者の読んだ物語をわれわれも読む必要があるのかということだ。結論的に言えば、そんな面倒なことをしなくても絵を楽しむことはできる。作品はコラージュなのだから、そこに描かれたひとつづつのモチーフの出どころを追及するよりも異質なものをひとつにまとめたおもしろさを楽しむべきだろう。

 頻繁に出てくる夜、水中、洞窟は物語の舞台が夢であることを示しているのだろう。夢はいつでも異質なものが隣合うコラージュだ。しかも短い物語になっていることが多い。その点で挿絵は夢と似ている。挿絵は登場人物の顔が風景に重ねられたり、いくつかの風景を混ぜるなどコラージュの手法を多用している。つまり挿絵そのものがすでにポップアート化しているわけだ。挿絵の発展形がマンガだとすれば、マンガもまたポップアート的なのだろう。リキテンスタインや横尾はそのことに気づいていたというわけだ。
 

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