2014年5月26日 (月)

風水入門(4)レジュメ 易経の基本

 きょうのレジュメを書いたのでアップしてみる。なぜ家康は二条の地に城を築いたのか。今回は易経を使って二条城の謎に迫る。


京都建築探偵塾 風水入門(4) 易経の基本 2014.05.26

1.易の仕組み

・易は8枚のカードから2度引く占いである。64通りの結果が出るが、それは簡単な漢字一文字か二文字で表される。その解釈を書いたのが易経で、孔子が西周で行われていた易をまとめたものと言われている。

2.8枚のカードの生成

01
(図1 八卦生成図)


・8卦(け、か)は陰陽の3度目の分裂によって生まれたものだ。したがって、それぞれの卦は3段の爻(こう、陰陽記号)で表される。

02
(図2)


・8種類の卦にはそれぞれイメージが与えられている。なぜそのようなイメージとなっているのかよく分からない部分もあるが、対立するイメージの4セットであることは間違いない。
天―地、雷―風、火―水、山―沢
父―母、長男―長女、中男―中女、小男―小女
(乾―坤、震―巽、離-坎、艮―兌)本来の卦

3.8枚のカードの配置

03
(図3 洛書の先天図)


・8卦の生成図を表にしたものを洛書の先天図という。
洛書にはもうひとつ後天図というものがあり、2枚でセットとなっている。これも陰陽の対になっていると思われる。後天図については九星の項で述べる。

4.64通りの結果 

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5.事例研究 二条城はなぜ二条にあるのか

(地理的確認)
家康は二条城を平安宮の南東角に造った。もともとこの土地は信長の二条城、豊臣の聚楽第など時の権力者が好んで築城した場所だ。これは平安宮と同じ場所を占めることで政権の正当性をアピールするとともに、平安京の起点となった龍穴・神泉苑を取り込む企図があったと思われる。なかでも家康は城そのものを神泉苑の上にかぶせるように建設した。

(時系列的確認)二条城年表
1601年 関ヶ原の戦い、二条城着工
1603年 二条城ほぼ完成、
徳川家康将軍就任、二条城で拝賀の礼
1606年 二条城天守閣完成
1611年 後水尾天皇即位
1605年 徳川秀忠2代将軍就任、二条城で拝賀の礼
1614-1615年 大阪の役、二条城は家康の本陣となる
1616年 徳川家康没75歳
1619年 藤堂高虎により二条城改修
1620年 徳川秀忠の娘・和子(まさこ)が中宮となる
    婚礼の行列は二条城から出発
1623年 徳川家光3代将軍就任、二条城で拝賀の礼
1626年 後水尾天皇行幸
1634年 秀忠逝去2年目により家光が入城
1750年 落雷により天守閣焼失
1788年 天明の大火により本丸御殿を焼失
1863年 15代将軍徳川慶喜徴収征伐のため入場

(わたしの推理)
・なぜ神泉苑の上に二条城を築いたのか。
・なぜ拝賀の礼で能をしたのか。
・なぜ3代までしか使わなかったのか。

 

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