ワークワークファンタジア(45)
赤い衣の舞子たちが、かがり火の中を舞う。舞うごとにかがり火の火の粉が舞い立つ。舞手はヒナと同じくらいの子供たちだ。この舞いは巫女が教えたものだ。巫女がテグで龍を呼び起こしたときの舞いで、それを新しい新羅楽に合わせている。9人が一組となり、それが3セット27名が密集して舞っていた。アップテンポな新羅楽とクルクル旋回する幻想的な舞いに大勢のギャラリーは夢見心地だった。
衣装は赤地に白い派手な渦巻き紋を染め抜いた筒袖で同色の帯を締めている。三つ編みにした髪はグルグルと頭上に巻き上げて、やはり同色の幅広ヘッドバンドで固めている。まるで筒状の帽子を被っているようだ。それがコマのようにくるくると回るのは風を表現しているのだろう。コマの芯のように筒帽が一切ぶれないのが見ていて心地よい。テグで巫女はヒレを使ったが、ここでは扇を持たせている。
さらに背中に赤くて薄い母衣(ほろ)を着せている。母衣とはマントの一種で、首と腰に固定されており走ると風をはらんでフワッとふくらむ。戦国時代の井伊家の騎馬隊が赤揃えと称して赤い甲冑に赤い母衣で戦場を駆け抜けた姿はさぞ美しかったろう。また、北野天満宮の所蔵する風神雷神図の風神が広げている袋のようなものも母衣だと思う。舞子たちが旋回するとごとに母衣がふわっと丸くホオズキのようにふくらんでおもしろい。
ヒナは祭壇の前でだらしなく手足を放り出して寝ていた。稚児は神様同等だから何をしてもしかられることが無い。そのまわりに大巫と巫女たちが座っていた。巫女たち外国人もまた神様同等の扱いを受けるのだ。上座は神座であり、そこは神々が並ぶ場所なのだ。
一日がかりの大祭も終わりを迎えようとしていた。夜の祭は神々とともに楽しむ宴であって、観衆には甘い新酒がふるまわれた。将軍はヒナと巫女の傍らで黙々と杯を傾けていた。その杯に満たされた酒の水面がパッと明るくなった。杯には昇り始めた十六夜(いざよい)の月が映り込んでいた。
舞子たちの煽ぐ扇に同期するように湖の向こう岸から大きな丸い十六夜(いざよい)の月が昇る。湖面は水を打ったような静けさで、上昇する月を鏡のように映し込んだ。ふたつの月が等速で離れていく。そのようすは上座のものにははっきり見えた。
それまで眠るように舞いに見とれていた巫女が、やにわにその輪の中に飛び込んだ。舞いは一瞬乱れたが、それでもすぐに調子を取り戻た。舞子たちのつくる渦のなかを巫女は自由に舞った。観衆はそのようすに見とれた。
大巫が何か叫びながら倒れ込んだ。巫女たちが大巫を助け起こして神殿から運び出していった。舞いは続いており、驚いた観衆もすぐに元通りになった。将軍は手中の杯に映った月をにらんでいたが、ただひとり大巫が叫んだ言葉を理解した。大巫は「風が立つ」と言ったのだ。
風祭りなのだから、風が立てば五穀豊穣の願いが聞き入れられたことになる。それは何十年ぶりに復活した大祭が成功したことを示すわけだが、大巫のあわてようはその風が尋常でないことを預言するのだろう。いつのまにか起き出したヒナが高い座の上でキャッキャッと笑っていた。将軍にはテグで見た龍が杯の水面から怒濤のように上昇するまぼろしが見えた。
ポンと間の抜けたような音が聞こえた。それは風が生まれた音で、気象用語で空震(くうしん)と呼ぶ。湖面に漣(さざなみ)が生まれ、湖面の月をかき消した。波はゆっくりと、しかし確実に神殿へ近づいてきた。突風はまっすぐ吹くのではない。高速に回転する空気のうずが一方向に進んでくる。竜巻や台風と同じだ。だから相当強い突風であっても、進む速さはゆっくりなのだ。
漣はキラキラと月光を反射した。そしてどこからともなくゴゥーという地鳴りのような風音が近づいてきた。観衆は聞き覚えのある風音に敏感に気付いた。舞いは続いている。夢心地から覚めた観衆が顔を見合わせた。そのとき突風が神殿内へ吹き込んだ。舞子たちの母衣が、入り口から順にポンと梅の花が咲くようにふくれた。咲きながら舞子たちは風に舞った。上座からは舞子たちが丸い風船の様になって順番に吹き飛ばされるようすがよく見えた。
観衆たちはワッと叫んでその場に伏せた。かがり火は吹き消されて倒れ込んだ。あらゆるものが神殿のなかを舞った。風は上座の面々をなぎ倒し祭壇を吹き飛ばし鏡岩へ突進した。風が止みパラパラと舞い飛んでいたものが落ちてきた。神殿内のものたちが、こわごわ顔を上げおびえた目で見つめた暗がりの奥で鏡岩が丸く輝き始めていた。。
キラキラ光るそれは、最初は花崗岩に含まれる雲母が月光を反射するようだったが、たちまち光を増し月光に輝く湖面と同じような光景となった。ただならぬようすに神殿内は騒然となり、観衆は我先に出口へ走った。鏡岩は輝きを増し、すでに十六夜の月が降臨したようになっていた。鏡岩からパンと乾いた破裂音がした。それは鏡の開いた音だった。こうこうと光る丸い炉はパチパチと火花を散らし、さきほどとは比べものにならない突風が今度は鏡岩から吹いた。逃げるものたちは出口へと吹き飛ばされいった。
将軍は音を聴いたとたんに剣を地面に突き刺して風に耐えた。手に持っていた杯はあっという間に吹き飛ばされていった。無人となった神殿を強風が吹きぬける。神殿の屋根がばらばらになって吹き飛ばされていった。将軍は剣に掴まってそれに耐えた。風は次第納まってきた。将軍がほっと安心したとき、風は逆転した。鏡岩は輝きながら地上のすべてを吸い込むように風を起こした。将軍は吸い込まれまいと剣にかける手に力をこめた。
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